極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

滑落する世界

2016年07月23日 | 時事書評

 

 

   

 
            インターネット、携帯電話と、コミュニケーション手段が発達していくのが
            最近の世の趨勢で、これに逆行することはできないんですが、コミュニケ
            ーション自体が自己目的化したら、それはちょっと病気です。

 

                                                                                           
                              Takaaki Yoshimoto 25 Nov, 1924 - 16 Mar, 2012 
 

 

  

MailOnline July 22, 2016

【滑落する世界:ミュンヘン無差別銃撃事件】

22日、ミュンヘンに起きた銃乱射事件。子供たちにも容赦なく発砲したという凶行は、25人の

死傷者を出し、平和な日常を一瞬にして奪い去ったと報じた(毎日新聞 2016.07.23 11:30)。そ
れによると、ミュンヘン北部の大型商業施設向かいのマクドナルドで起きた。地元警察によると、
容疑者の18歳の男はマクドナルド店内で発砲してから、路上に移動して乱射を続けた。事件発生
後に現場から1キロの地点で、自殺したという実行犯の遺体が見つかったが、当局は市民に外出自
粛を呼びかけ、公共交通機関を停止するなど、混乱と緊張が続いたという。

地元警察によると、事件の動機や男の詳細な人物像は不明だが、ドイツとイランの二重国籍である
ことが判明している。第二次大戦後、多くのイラン人が独国内の大学で医学などを習得。1979
年にイラン革命が起きると、多くの医師や学生が家族と共にドイツに移り住んだ独国内には約12
万人のイラン系住民がいるとされる。トルコ系などに比べ、比較的裕福で高学歴な人が多いイラン
系国民が起こした犯行は、独国内の移民政策のあり方に議論を起こすことは必至だという。

 

2016 Munich shootings/Wikipedia

18日、独南部ビュルツブルクでアフガニスタン出身の少年(17)が刺傷事件を起こした際に、
CSUのゼーホーファー党首は「国と州の治安機関は難民の監視を厳格化すべきだ」と言及。「
らゆる法的手段を導入すべきだ」とし、移民・難民への厳しい対応に慎重なメルケル政権に圧力

かけた。バイエルン州は昨年秋の難民問題で、難民の約9割が入国経路として利用したドイツの窓
口」になった。元々カトリック系が強い地元では、イスラム教徒の流入に反発が広がった。難民へ
の銃使用を容認する新興右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に、CSUの支持が流れる
など党内には不満がくすぶっていると、同新聞社は伝えている。


● 強欲と野蛮な社会からの決別

世界中を震撼させる、あるいは不安を煽る事件が連続し発生している。裏返せば、世界の差別と収
奪に苦しむ声なき声のすべての民衆の「強欲と野蛮な社会」からの決別を求める叫びのように、わ
たし(たち)には聴こえる。ここは細かい分析は避け「因果応報」(あるいは因果律)として、経済
的合
理性を押さえても安全を優先する時限的な交通・流通・通信・観光・交流・移動・取引に関わ
る国
際監視の厳重化(あるいは減速化)の反復を提案したい。あとは、米国・ロシア・中国・EU

などの大国の他国への侵略的干渉あるいは軍事行動を徹底して禁止(国際ルール違反による国連決
議による懲罰行動はこの限りでない)。そして「共生と贈与」による経済格差の国際的是正目標の
設定の、以上3つの項目について行動を起こすべきだと考えるが、これは"Listen to What the Men
Said
" ではなかろうか。ここでの"the Men "は「神々」でも「被抑圧民」と解してもよいが、何と
しても豆が坂を転げ落ちるように世界動乱に落ち込まぬようにと祈りたい。
 

 


    幸 運

   僕は九歳だった。

   僕は生まれてこのかたずっと酒と

   縁が切れなかった。友達連中も酒は飲んだが、

   彼らは酒に溺れたりはしなかった。

   僕らは煙草とビール、それに

   女の子を二人ばかり連れて

   砦(フォート)まで行った。

   僕らは馬鹿なことばかりした。

   たとえば酔っ払って気を失ったふりして

   女の子に自分の体を

   触らせてやったりしてね。

   女の子たちがズボンの中に

   手を入れてくるときにじっと横になって

   笑い出さないようにするのに

   苦労したものだ。あるいは彼女たち

   ごろんと仰向けになって

   目を閉じて、そして

   体じゅうを触らせてくれた。

   一度パーティーの最中に

   親父が小便しに裏のポーチに出てきた。

   レコード・プレイヤーの音楽に重なるように

   人々の声が聞こえた。

   彼らはみんな立ったまま

   飲んだり笑ったりしていた。

   親父は小便し終わると

   ジッパーを上げて、しばらく

   星でいっぱいの空を見上げた。夏の夜には

   空はいつも星だらけだった。

   それから家の中に戻っていった。

   女の子たちは家に戻らなくてはならなかった。

   僕は砦で仲良しの友達と

   一晩を過ごした。

   僕らは唇を重ね合わせ

   互いの体を触りあった。

   明け方になって星が光を

   失っていくのが見えた。

   家の芝生の上で女がひとり

   寝転んでいた。

   僕は女の服の中をのぞき、

   それからビールを飲み

   煙草を吸った。

   うんうん、こういうのが人生ってもの。

   家の中では誰かがマスタードの瓶に

   煙草を突っ込んで消してあった。

   僕はボトルからぐいと

   ストレートで口飲みし、それから

   生温くなったコリンズ・ミックスを飲んで

   またウィスキー。

   とまあ部屋から部屋をまわったのだが

   家には誰もいなかった。

   なんという幸運、と僕は思った。

   何年もたったあとでも

   そんな家のためなら僕は

   何だって投げ出しちやうぞと思っていた。

   友達だろうが愛だろうが夜空の星だろうが。

   中に誰もいなくて、誰も

   帰ってくる見込みがなくて、それでもって

   酒が飲み放題って家のためならば。


                                                   Luck

   I was nine years old.
   I had been around liquor
   all my life. My friends
   drank too, but they could handle it.
   We'd take cigarettes, beer,
   a couple of girls
   and go out to the fort.
   We'd act silly.
   Sometimes you'd pretend
   to pass out so the girls
   could examine you.
   They'd put their hands
   down your pants while
   you lay there trying
   not to laugh, or else
   they would lean back,
   close their eyes, and
   let you feel them all over.
   Once at a party my dad
   came to the back porch
   to take a leak.
   We could hear voices
   over the record player
   see people standing around
   laughing and drinking.
   When my dad finished
   he zipped up, stared a while
   at the starry sky--it was
   always starry then
   on summer nights--
   and went back inside.
   The girls had to go home.
   I slept all night in the fort
   with my best friend.
   We kissed on the lips
   and touched each other.
   I saw the stars fade
   toward morning.
   I saw a woman sleeping
   on our lawn.
   I looked up her dress,
   then I had a beer
   and a cigarette.
   Friends, I though this
   was living.
   Indoors, someone
   had put out a cigarette
   in a jar of mustard.
   I had a straight shot
   from the bottle, then
   a drink of warm collins mix,
   then another whisky.
   And though I went from room
   to room, no one was home.
   What luck, I thought.
   Years later,
   I still wanted to give up
   friends, love, starry skies,
   for a house where no one
   was home, no one coming back,
   and all I could drink.

【我が家の焚書顛末記 Ⅵ】 

レイモンド・カーヴァー全集第4巻『ファイアズ』でいよいよレイとはお別れだ。といっても、何
回かに渡り記載することになる。前回と同じような感想になるが、焚書の進捗が極端にスローダウ
ンしているため、ペースを上げる必要がある背景にある。
ところで、レイが生きていれば78歳だ
が、この詩篇を読む限り、アル中の疾病の中で苦闘する
する35歳前後に当たるが、エタノールと
煙草は突然変異誘起性嗜好品のトップとセンカダリー
で、しかも酒と煙草を一緒に経口・吸引する
ことの相乗効果を考えると彼の早折は宿命的であったのだろう。

さて、残片的で、時間に追われる作業を長時間――会社勤めより自由度はあるものの結局のところ
朝昼・休祭日なしで続けることを比較すると2倍ほどになっているとだと思うが、最近は夕食後の
作業はめっきり減っている。ホームページ更新1つ、調査研究作業1つ、ブログ更新2つ、そこに、
1、2のテーマをこなせば(これもいまは中断)、焚書作業が滞るのは必定。それでも、レイ(村
上春樹)の文書を読んで思索することで、普段の断面的な思索とは異なり、心静かに頭の中が整頓
されていくのがわかる。思索に疲れた旅人を、砂漠のオアシスで疲れを癒やし、
渇いた喉を潤して
くれる。

     解 題 
                                   村上 春樹

  この『ファイアズ(炎)』という本について個人的な思い出がある。これは僕がアメリカ
 に行ってレイ・カーヴァーに会ったときに、彼から直接貰った本なのだ。それは1984年
 の夏のことで、この本はその一年前に出版されたばかりだった。だから僕のこの本には、彼
 の例によってちまちまとした可愛らしい字でサインがしてある。彼が本にサイソする字の大
 きさは、僕が本にサインする字のだいたい四分の一くらいの大きさしかない。体のサイズは
 彼の方が圧倒的に大きいのだけれど。

  この本はもともとはキャプラ・プレスというカリフォルニアの小さな出版社から1983
 年の四月にソフト・カヴァーで出されたのだが、一年後にヴィソテージからやはりソフト・                                             
 カヴァーの版が出ている。そして1989年にヴィンテージ・コンテンポラリーズ・シリー 
 ズとして再出版されている。今回の訳出はすべて1989年のヴィンテージ版によった。作
 品に手を入れるのが何より好きなカーヴァーのことだから、版によっては多少の細かい違い
 がある。ここに収められたいくつかの作品を僕は以前に訳出したことがあるけれど、そのと 
 きのテキストは最初のキャプラ・プレス版によったものであった。

  ただし最初と二番目の版に含まれていた作者自身による「あとがき」の文章は、1989
 年の版では削られている。この全集では、少しでも多くの彼の文章を拾い上げるという趣旨
 から、このあとがきをとくに付け加えることにした。このあとがきのテキストはキャプラ版
 による。僕はキャプラ版を二種類持っているが(ときどきあまりにも版が多くて何が何だか
 わからなくなってしまう)、そのうちの二百部限定版ハード・カヴァーをテキストにした。

  この『ファイアズ(炎)』の特徴は、エッセイと詩と小説とがひとつの本に収まっている
 という点にある。詳しい経緯はカーヴァー自身の手によるあとがきに触れられているが、い
 わゆる落ち穂拾い的な内容と言ってもいいだろう。彼が比較的有名になってから書いた四篇
 のエッセイをまず巻頭に並べ、それから60年代後半から70年代に発表した詩を収めてい
 る。そのほとんどは、既に絶版になってしまった何冊かの彼の詩集から拾い上げたものであ
 る。そして最後には七篇の短篇小説が収められている。そのうちの三篇は『愛について語る
 とぎに我々の語ること』に収められたもののヴァージョソ違いであり(別の作品と言っても
 いいくらいに、かなり大幅に違っている)、『ハリーの死』と「雄子』の二篇はそれまでに
 どの短編集にも収録されていなかったものである。

  もちろん落ち穂拾いとは言っても、凝り性のカーヴァーのことだから、決して手は抜いて
 いない。読んでいただければわかるように、他の本に収め損ねたものを適当に集めて一冊の
 本にしましたというようなお手軽なものでは決してない。むしろ「この一冊でわかるポータ
 ブル・カーヴァー」というコピーをつけてもいいくらいの濃密な内容になっていると思う。
 僕自身も当時この本を読んで、そうかカーヴァーというのはこういう人だったのかと納得し
 た覚えがある。エッセイはどれも見事な出来だし(エッセイとはこういうものだという手本
 のようなエッセイである)、本書における詩の選択と配列はカーヴァーの詩の世界への格好
 の招待状のような役割を果たしている。短篇の内容に関してはあとで個々に述べるが、それ
 ぞれに興味深い小品が揃っている。カーヴァーの書く短篇はどんなものでも面白いと言って
 しまうと身も蓋もないけれど、とくにヴァージョン違いの三編については、『愛について語
 るときに我々の語ること』に収められたヴァージョンと読み比べると尽きない興味がある。

  何より大事なことは、この本に収められたヴァージョンの方がより新しい――つまりより
 成熟した――ヴァージョンであるということである。たとえばここに収められた『足もとに
 流れる深い川』(ロング・ヴァージョン)は『愛について……』に収められたショート・ヴ
 ァージョンよりずっと出来がいいと僕は考えている。未亡人のテス・ギャラガーの証言によ
 れば、これらの作品は編集者であるゴードン・リッシュの指示によって短組版に変えられた
 のだが、カーヴァー自身はオリジナルの長いヴァージョンに愛着をもっていて、それをもと
 により素晴らしい作品をしあげたということになるわけだ。(後略)
                           

  ● 今夜の一曲

 Listen to What the Man Said

「あの娘におせっかい」(Listen to What the Man Said)は、75年にポール・マッカートニー&ウ
イングス(Paul McCartney & Wings
が発表した楽曲、及び同曲を収録したシングル。タイトルを
直訳すると「あの男の言
う事に耳を傾けよう」。後年、酒井美羽が邦題と同名の漫画を出している。
この曲では、ギターにデイ
ヴ・メイソン、サックスにトム・スコットをゲストとして起用している。

 

Any time, any day
You can hear the people say,
But he wont mind, well, I don’t know
But I say love is kind
Soldier boy kisses girl
Leaves behind a tragic world
But he wont mind, he’s in love
And he says love is fine

Oh -- yes, indeed we know
That people will find a way to go
No matter what the man said
And love is fine for all we know
For all we know, our love will grow
-- that’s what the man said
So won’t you listen to what the man said

そう、実は皆も分かってるだろ
人は、皆、それぞれ行くべき道を見つけるのさ
何があろうともねって、神様が言うんだ
皆が知ってる通り、愛って素晴らしいだろ
そんで、育んで行くのさってね
そう、耳を傾けてごらん、神様の言う事に
どう?そう言ってるだろ

He said . . . . .

 

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