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per l/a psicoanalisi

シラー『人間の美的教育について』

2020-07-01 21:55:00 | Note

《流派をたてるくらいなら、いっそのこと他の間違いをしでかしたほうがよく、権威や他人の力にすがって身をまっすぐに立てているくらいなら、いっそのこと自分の力の弱さで倒れるほうがましだと思っています。》p.30

《美のいっさいの魔術は、その秘密性にあるので、その本質は諸要素を必然的に結合しても、廃棄されてしまうものです。》p.31

《実際にあの政治的問題を経験の中で解決するためには、美的問題を通ってその道に出なければならないことを、なぜならば、自由にまでたどりつく道が美であることを知って欲しいのです。》p.34


《理性の啓蒙——、これを洗練された階級の人たちが自慢にするのは、べつにさしつかえないことですが、全体からみて、これが思念の高貴化に影響をあたえたことはほとんどなく、むしろ腐敗を格言的に証拠立てているようなものです。》p.44

《…彼らは理性によって自然に帰ることができるのに、誰も彼もが、むやみに理性を振りかざして自然から離れることをよしとしている》p.46

《思弁的精神は観念の国で、失われることのない所有を得ようと努力しているあいだに、いつか感性の世界においては異国人になってしまい、形式のために素材を失わなければならなくなってしまったのです。》p.51

《純粋な知性が感覚の世界にある権威を横領し、経験的な知性がそれを経験の条件下に屈服させようと熱中しているあいだに、両方の素質が成熟しきるところまで発達してしまい、それぞれの領分の全域をすっかり使い果たしてしまうのです。》p.53

《……この神性への道——決して目的地に導かないものを道とよんでよければ、この道は、人間に“とって”感性の中に開かれているのです。》p.77

《……ただ、その形式が私たちの感覚の中で生き、その生命が私たちの理性の中で形となってこそ、人間は生命ある形態であり、そして、いかなるときでも常に私たあちが、美と評価するところのものです。》p.95

《美によって、感性的な人間は形式に導かれ、そして思索に導かれるのです。美によって、精神的な人間は質料 Materie に還元され、そして再び感覚世界が与えられるのです。》p.108

《ところで美について、美は人間に対し、感ずることから考えることに移行する道をひらくものといわれているにしても、決してこれを、あたかも美によって間隙が——感覚を思考から分離し、受け身を能動から分離する溝が——満たされるように考えてはなりません。この間隙は無限なのです。》p.114

《思想とは、この絶対的な能力の直接行動です。》p,114


《事実、美というものは知性のためにも意志のためにも、絶対になに一つ成果をあたえず、なに一つとして知的な目的も道徳的な目的もしとげていません。美はただ一つの真理をも見つけず、なに一つ私たちが義務を履行するのを助けてくれず、そして一言でいえば、性格を築くにも、頭脳を啓発するにも不適当なものです。》p.124

《しかし正にそれによって、ある無限なものが獲得されるのです。事実、感ずるさいの自然の一方的な強要によって、また考えるさいの理性の排他的な立法によって、人間からまったくその自由が奪い去られていることを想いうかべてみさえすれば、当然私たちは、美的情調の中で取りもどされる能力を、あらゆる贈り物の中の最高のもの——人間性の贈与——とみなすことができます。》p.125

131情熱の美しい芸術は存在しますが、

《美的情調の人間には、彼が欲すればそれが直ちに普遍妥当的な判断となり、普遍妥当的な行動となるのです。》p.135

《それゆえに、義務に対する道徳的優越はまったく存在しませんが、しかしそれに対する美的優越は存在するので、そうした振舞いが高貴といえるのです。》p137〔原注〕

《人間は欲求を、“いっそう高貴に”することを習って、それによって“崇高になろうとする”必要をなくさなくてはなりません。このことは、美的教養によって果たされるもので、美的教養は、それについては自然律も理性の法則も人間の随意に任せているいっさいのものを、美の法則に服従させ、そして美が外的生命に与えている形式の中に、内的生命を開いてくれるのです。》p.138

141結局のところ人間にとって、

《美はたしかに私たちにとって“対象”なのです。なぜならば反省は、私たちが美についての感覚をもつことのできる条件であるからです。同時に、しかし美は“私たちの主観の一状態”なのです。なぜならば感情は、私たちが美についての表象をもつことのできる条件であるからです。したがって美は、私たちが観察するものゆえに形式であり、同時に美は、私たちが感ずるものゆえに生命なのです。“一言”でいえば、美は、私たちの状態であると同時に私たちの行為なのです。》pp.150-151


★途中


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