日々の恐怖 3月14日 憑坐 祟り
“憑坐”
うちの昭和7年生まれのばあさんの、さらにばあさんが子どもの頃のことだから、明治か江戸時代頃かもしれない話が伝わっている。
そのばあさんが12歳ぐらいのときに神隠しにあった。
当時は里子に出されたり人買いに売られたりなんてこともあったそうだが、そういう親が事情を知っていていなくなったのではなく本物の神隠し。
夕方、赤子の弟の子守をしながら裏をぶらついていたと思ったら、いつのまにかいなくなって赤ん坊だけがおんぶ紐といっしょに草の上で泣いていた。
集落の若い者大勢が出てさがしたが見つからない。
そのうち夜になって街灯もない頃だから明日の夜明けからまた探そうということになった。
そうしたら当時のじいさんが、女の子の神隠しは神おろしの憑坐(よりまし)にしようとしてさらっていった場合が多い。
憑坐の手順には普段使ってる櫛が必要で、さらっていったものか術をかけられた本人が取りにくることがある。
だから櫛を隠しておけば、目的が果たせなくなって子供が返されることもあると言って、箱に入れて自分が寝ている納戸に持っていった。
それからじいさんは本当はネズミがいいんだが時間がない、と言いながら大きなガマを捕まえてきて鎌の先で腹を割き、内蔵を櫛にまんべんなく塗りつけた。
同時にアワかなにかの実をぱらぱらふりかけた。
その晩じいさんが櫛の箱を枕元において寝ていると、なにかがやってきた気配がある。
じいさんは起きていたんだが体が動かないし、叫ぼうとしても声も出ない。
そのときに笹みたいなにおいが強くしたそうだ。
何かかなり大きな妖物がきている圧迫感がある。
妖物は枕のすぐ上にある櫛箱に手をかけたようだが、ビーンと弾く音がして、さらにパシッと叩きつけられたような固い音がする。
そして「けがれ・・・」、という咳が言葉になったような声がして気配が消えた。
しばらくじっとしていたら体が動くようになったんで、明かりをともしてみると櫛が箱から出て床に落ちており、櫛の歯がばらばらに折れていたそうだ。
で、ばあさんは昼前に集落の氏神の森から歩いて出てくるところを見つかった。
本人にさらわれていた間の話を聞いてみても、まったく要領を得ない。
木の葉がゴーッと鳴って目の前が白くなり立っていられなくなってうずくまると、背中の赤子が、まだしゃべれないはずなのに「か・し・こ・み」と一語ずつはっきりと声に出した。
さっと太い腕でかつがれた感じがして、そのあとは貝の裏側のように虹色にきらきら光る場所でずっと寝ていた。
まぶしくて目を覚ますと鎮守の森の入り口のあたりにいたんで家にもどろうとした、と言う。
まあ、田舎の旧家だから、こんなこともありかと思う。
“祟り”
祟りとは恐ろしいもの。
ワケがあるからこそ祟られる。
日本の神様は恐ろしいもの。
だからこそ人々は祭り、あがめ、その神威を称える。
崇められなくなった神様は、時に、不可解な出来事で人を呼び戻す。
わたしの実家のかたすみに、小さな屋敷神が祀られている。
父の話では、江戸時代の初め頃に太宰府天満宮から天神様を、伏見稲荷からお稲荷様を頂き、二体を並べて祀ったらしい。
昔は地元の秋祭りの日、氏神様のお社から我が家まで神輿を出し、屋敷神様の祠の前で神楽や剣舞を奉納したというから、地域でも信仰の厚い神様だったのだろう。
ところが、時代が過ぎると共に、神様も没落した。
二体の神様は人々から忘れ去られ、我が家の屋敷神様としてのみ、細々と敷地の片隅に残された。
父がまだ20代の頃。
この屋敷神様に不埒な真似をする者があった。
隣の家の主が、屋敷神様が祀られている四畳半ばかりの敷地に、ゴミを捨てるようになったのだ。
隣の家は農業を営んでいたのだが、所有していた山林が国道のトンネル予定地にぶつかり、それを売った金で突然金持ちになった。
そこで古い家屋を潰して立派な家を新築したのだが、その時に出た旧家屋のゴミの一部を、我が家の屋敷神様のある場所に捨てたのだ。
屋敷神様の祀られている場所は我が家と隣家の境で、わたしの家から見えにくい裏手にある。
ゴミを捨てようと思えば、家人に見咎められずにいくらでも捨てられる。
祖父は大変穏やかな性格で、誰かと争いごとを起こすような性質ではなかった。
一度目、二度目は、黙ってゴミを片付けた。
だが、三度目ともなると、さすがに腹を据えかねて隣家に文句を言った。
ところが、相手は知らぬ存ぜぬで話にならない。
これは自分たちのゴミではない。誰か他の者が捨てたんだろう、平気な顔をしてそう答えたと言う。
我が家が留守のとき、あるいは、ひどい雨の晩に、ゴミは定期的に捨てられ続けた。
近所の人たちもゴミのことは知っていたが、犯人を捕まえる確たる証拠が無い。
大量の割れた窓ガラス、黄ばんだ便器、糞尿の汲み取りに使っていた桶や柄杓。
それらの汚らしいゴミが捨てられるたび、祖父は黙って片づけをし、綺麗に掃除して、供物を捧げて屋敷神様に対して謝った。
一年近く、ゴミは捨てられ続けた。
父や、父の兄は、居留守を使って見張りをし、犯人を捕らえようともした。
だが、中々シッポを掴ませない。
軽トラ3台分にも及ぶゴミが不当に捨てられ続ける現状に、若い父たちは我慢がならなくなった。
“ 犯人は絶対に隣のヤツだ!! こうなったら警察に調べてもらうしかない! ”
そう、いきりたった。
そんな息子たちをたしなめるように、祖父はこう言ったという。
こんな田舎で警察なんて穏やかじゃぁない。
隣が犯人と言う証拠も無いのだから。
犯人はじきに判る。
神様はいつも犯人を見ているんだから。
天神様とは、恐ろしい神様なんだ。
祖父の言葉は、血の気の多い年頃の父たちにとって、納得のいかないものだった。
神様などを当てにしていたら、我が家はすぐにゴミに埋まってしまう。
それに、これは明らか自分たちを馬鹿にしている行為だ。
しかし、祖父が許さない以上、警察沙汰にするワケにもいかなかった。
ひどい雨が降った次の日、またゴミが捨てられていた。
祖父は風邪気味だったので、父とその兄が代わってゴミを片付けることになった。
腐った漬物や、投げ捨てられたビール瓶の割れたのやらを丁寧に拾い集め、水で綺麗に洗い流し、米や酒を供えて祈ったが、腐りきった漬物の異臭はものすごかった。
あまりの臭いと腹立たしさに、父は思わず言った。
“ ゴミを捨てたヤツは二度と悪さができないように両足を切っちまえ!!”
その言葉のままに、隣人の足が腐った。
笑い事や作り話ではない。
足の爪を切っていて深爪した隣人は、患部の化膿が原因で壊死を引き起こしてしまい、右足首から下を切断する羽目になった。
おまけに、右足首切断の為に入院していた際、左足にガンが見つかり、そのまま左足膝下を切断。
いよいよ退院という頃になって再び左足にガンの転移が発見され、股下から切断。
更に右足の切断面が化膿して壊死し、右下膝まで切断。
それでも壊死が止まらず股下まで切断。
まるで大根でも切るように、トントントンと両足を切られてしまい、退院してきた時は無様な格好だったという。
両足を失ったショックからか、隣家の主人はしばらくして死んだ。
父も、父の兄も、バチが当たったのだと同情もしなかった。
何故なら、隣人が入院して以来、ゴミの不法投棄がピタリと止んだからだ。
犯人が亡くなった隣人だったのか、真相は判らない。
何のために我が家の屋敷神さまの場所へゴミを捨てたのかも謎だ。
判っているのは、隣家の一族が現在でも地獄で暮らしているということ。
すでに亡くなった主のことを言っているのではない。
現在の主、亡くなった隣人の孫息子のことを言っているのだ。
両足を失った例の隣人が死んだ後、奥さんも急死し、隣の家には長男夫婦が残った。
その若い奥さんが精神を病んで入院し、帰らぬ人となった。
その後、3人あった子供のうち、長男以外は皆おかしくなってしまい、入院したり、徘徊の末に行方不明になったり。
今は、両足をちょん切られた隣人から数えて4代目にあたる曾孫たちも暮らしているが、みなどこかおかしい。
その家でまともな人間は、代々、家長である長男だけなのだ。
地元の年寄りの幾人かは、祟りだと密かに言う。
恐ろしい災いをなす天神様の仕業だと。
両足を失った隣人が死んだ後、噂を聞いた地元の人たちが、屋敷神様に手を合わせるようになった。
現在でも、わたしたちの知らぬ間に参拝していく人たちがいる。
不届き者への単なる祟りか。
それとも、忘れられた神様の神威を見せしめるためだったのか。
時に、神様は恐ろしく、不可解だと思うのだ。
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