日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

国際子ども学校を訪ねて

2017-05-10 10:00:00 | (理)のブログ
 本日はイオ6月号の締切です。今回、特集は「イルム―私の証」、特別企画は「トンポ スタンプ図鑑」です。また、この春、選手生活を引退した安英学選手の特別インタビューはじめ、単独ページも充実しています。
 連載「日本の中の外国人学校2017」では、愛知県の尾張旭市にあるフィリピン学校を訪ねました。6月号に掲載されますが、ブログでも少し紹介しようと思います。



 Ecumenical Learning Center for Children(ELCC)、通称「国際子ども学校」は、在留資格を持たないフィリピンルーツを持つ子どもたちのため、「緊急避難的な施設」として1998年4月20日に設立されました。尾張旭市にある愛知聖ルカセンターを借りて授業が行われています。イオでは、2005年にも同校を取材しています(月刊イオ編集部編『日本の中の外国人学校』に掲載)。

 「在留資格がない子どもたちもいるのに取材してもいいのだろうか?」「顔写真は撮ってもいいのか?」「どんな雰囲気なんだろう…?」。いろいろと不安がありました。
 実際に行って責任者の先生に聞いてみると、現在は10年前に比べほぼ100%の子どもが在留資格を持っているとのことでした。もちろん写真もOK。まずは授業を見学することに。

 同校にはキンダーA(幼児年中以下)クラス、キンダーB(幼児年長)クラス、小学生クラスの3つがあります。小学生クラスの授業に案内してもらうと、教室の外からでもすでに賑やかな空気が伝わってきます。小学生クラスには日本の中学生や高校生にあたる年齢の子も通っているそうです。
 中に入ると生徒たちは突然の訪問者にすぐにっこり笑いかけ手まで振ってくれました。社会の授業で都道府県カルタを使った遊びをしていたのですが、みな大はしゃぎで興じており、その一生懸命さに何度も笑ってしまいました。



 続いてキンダーBクラスの算数の授業へ。こちらも教室に入った瞬間、子どもたちがぱっと人懐こい笑顔を浮かべたのが印象的でした。私が持つカメラに興奮して立ち上がってしまった子どもを、ボランティアの先生は少し厳しく注意します。こちらの先生は、秩序のある授業を心がけているようでした。授業終了間際、その理由が判明。
 「今週の金曜日は卒業式ですね。みなさんは同じ学校に行くんですか?」。―キンダーBクラスに通っている7人の子どもたちは、4月から日本の公立小学校に通うのです(取材をしたのは3月)。学区の関係上、他の子たちとは別の小学校に1人で通わなければならない子もいます。
 「小学校に行ったら、授業中は立ち上がったり遊んだりしてはいけませんよ。消しゴムを忘れた時は、隣の人のものを急に取ったりせず『貸してくれる?』と聞いてから使いましょうね。友達がものを落としたら、『どうぞ』と渡してあげるんですよ…」
 優しく言い聞かせる先生の姿からは、子どもたちを送り出すことへの心もとなさと、どうかうまく日本の学校に馴染んで楽しく過ごせますようにとの切実な願いが伝わってきました。算数の先生がボランティアに参加したのは04年から。何人もの卒業生を見送ると同時に、言葉の壁や心の壁によって日本の学校を辞めてしまった子も多く見てきたと話していました。
 私はこの辺から、ただひたすらに明るい子どもたちとコントラストをなす、日本社会で外国人が暮らしていくことの厳しさを感じ始めていました。



 別のボランティアの先生たちにもさまざまな話を聞きました。15年以上、同校と関わっている方は、「私がボランティアに参加した当初は10歳前後のやんちゃな子たちが多く、生意気だったり物騒な言葉もたくさん聞いたんですが、『先生は日本人だから…』と言われた時にかなりショックを受けました」と振り返りました。
 授業の内容を理解すること、生活習慣や態度を改めること、日本の学校へ行くこと。自分が諭していたのは、子どもたちからすると当たり前にできることではない。「日本人だから」という言葉にそれを気づかされ、悔しさとともに心に残った。そのことが、ボランティアを続けるきっかけになっているとしみじみ話していました。

 また、国際子ども学校を運営している名古屋学生青年センターという施設で働きながら2年ほど前からボランティアを務める方も。勉強を見る以外に、子どもたちが普段思っていることを聞き出せたらという気持ちで寄り添うよう心がけていると言っていました。
 「子どもたちはみんな本当に明るいしいつも笑っているけど、寂しさがあるように感じることが時折あります。言葉のわからない国に来て、仲のいい人たちはフィリピンにいる。経済的に厳しい家が多いので、親は働きづめでいつも一緒にいられるわけではない。親の職業、両親の国籍、在留資格など家庭によって違うので一概には言えませんが…」。子どもたちが置かれた現状を思うとため息が漏れました。

 改めて、責任者の先生に話を聞きました。「05年に実施された『不法外国人半減政策』をはじめとする厳しい外国人管理行政によって、在留資格のない外国人の数はかなり減少しました。その影響もあり、同校の生徒とその家族は現在ほとんどが在留資格を持っているのです」。
 しかし、強制退去などの危険性はなくなっても、在留資格があるからといってすべての問題が解決したわけではないそうです。低賃金、物価上昇などで依然として日本に住むフィリピン人の経済状況が改善されず、生活は不安定なまま。親は働きづめにならざるを得ず、子どもたちは社会から引き離されがちになってしまいます。言葉やコミュニケーションを学ぶ機会も少なくなってしまう。
 2016年12月末時点で、愛知県には3万3390人のフィリピン人が暮らしていますが、国際子ども学校に通えている子どもは通学バスの定員などの関係で現在20人弱です。

 先生は同時に、日本が戦前・戦後フィリピンに対して行った支配についても説明してくれました。日本でたくさんのフィリピン人が働き、それでもなお貧困に苦しんでいるそもそもの原因は、「進出」「賠償」「開発」という名のもとに行われた日本の侵略にあると説明してくれました。
 「根の深い歴史の問題。ボランティアさんたちですら簡単に理解できることではない。しかし、これを知らないと表面しか見えません」。
 日本人の夫がフィリピン人の妻に「どうしてそんなに国へ仕送りをするんだ」と言って喧嘩になったり、日本の学校教師がフィリピンルーツを持つ子どもに理解を寄せられず放置してしまったり、もどかしい事例を数多く目にしてきた先生は、同校に通う子どもを通じて、家庭や学校、地域に関与し、そこでのケアにも努めているそうです。

 日本による開発という話とその歴史を、かいつまんでですが私は初めて聞きました。先ほど見た、弾けるくらいの明るい子どもたちにも地続きの事実なのだということに気づき、大きなショックを受けました。また、この事実が広く知られていないからこそフィリピン人やフィリピンにルーツを持つ人々に対する偏見や誤解が絶えないのだと感じました。



 取材を終えて、フィリピンの歴史に関するドキュメンタリー映画や本も探しました。とても根の深い問題なのだと、いろいろなところに考えが派生していきました。文字数の関係上、誌面には感じたことや伝えたいこと全ては込めることができませんでしたが、記事をきっかけに1人でもこの学校やフィリピンの人たちに対する関心を持ってくれたらと思っています。(理)
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