日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

沖縄と日本軍「慰安婦」 ~沖縄取材記②

2012-06-30 09:00:00 | (淑)のブログ

 沖縄に滞在していた期間は毎日地元紙2紙(琉球新報・沖縄タイムス)に目を通していたが、新聞に「慰安婦」に関する記事が出なかった日は私の知る限り1日もなかった。また、「沖縄戦と日本軍『慰安婦』展」(於:那覇市歴史博物館、開催期間:6/15~27)は、同実行委員会と那覇市との共催(自治体と共催なんて東京では考えられない)。6月23日、魂魄の塔で行われた慰霊祭では、沖縄住民と同様に、日本軍「慰安婦」や朝鮮人軍夫の犠牲について日本の戦後責任を問う発言が何度もなされた。
 一方今年3月、県は首里城公園内に日本軍第32軍司令部豪の説明版を設置。県は沖縄戦史の有識者で構成する設置検討委員会がまとめた説明文から、日本軍による住民虐殺の記述と、壕周辺での「慰安婦」の存在を示す記述を削除した。反対を押し切っての設置に、県内外で波紋が広がっている。


(日本軍第32軍司令部豪跡に設置された説明版)

 しかしこのような動きの中でも、歴史を重んじる社会全体の傾向を、滞在期間に肌で感じた。特に日本軍「慰安婦」問題においては、戦時中、この小さな島に130ヵ所以上の「慰安所」が作られ、島全体が巨大な「レイプセンター」となったおぞましい経験ゆえ、現在も沖縄の大地に、個々の記憶の中に、消せない事実として深く刻まれているのだろう。

 前述の「沖縄戦と日本軍『慰安婦』展」は、1944年3月、日本軍第32軍の沖縄配備とともに本格化した「慰安所」設置と、戦時性暴力被害を焦点に、沖縄における軍隊による性暴力の歴史をたどる内容となっている。 現在、東京・新宿のwamでも同様の展示が開催中なので、ぜひ足を運んでほしい。(http://www.wam-peace.org/index.php/tenji/sp10

 
「沖縄戦と日本軍『慰安婦』展」          

 展示は一貫して女性の立場から編集されており、これまで「男性の歴史」に埋没されてきた女性たちの声を丹念に掬い上げている。軍の関与を決定づける具体的な資料と貴重な証言、戦後の女性たちの取り組み、成果についても紹介している。
 とりわけ、沖縄における戦中から現在までの米軍による性暴力の被害証言集「沈黙の声-米軍の性暴力に抗して」は、1000件の被害の内容が、一つひとつ一人称(被害女性本人または家族、目撃者)で綴られていて、その凄まじい被害の実態はとても平常心で読めるものではなかった。


展示「沈黙の声-米軍の性暴力に抗して」

 期間中には、実行委員会代表の高里鈴代さんを迎えギャラリートークが行われた。


実行委員会代表の高里鈴代さん

 高里さんは、沖縄全土に1年間で延べ135ヵ所の「慰安所」が設置された経緯と背景、「慰安所」が必要とされた理由、日本軍「慰安婦」制度から米軍占領下へ変わる性暴力などについて述べ、質疑応答では、日本軍「慰安婦」制度に関する質問から、現在の性犯罪における罰則の問題点など、さまざまな議論が交わされた。
 ギャラリートークへの参加者は150人。主催者の予想以上に、たくさんの人が来場したので、席を増やしてもまだ足りず、立ち見が出るほどだった。

 翻って東京。ニコンサロンで開催中の「慰安婦」写真展をめぐって、救い難い現象が起こっている(参照:6/26日刊イオ)。騒動があった開催初日が、沖縄から戻った翌日だっただけに余計に気が滅入った。沖縄に流れる「現在」と、著しく歴史性を欠いた首都・東京の「現在」との落差を、うんざりするほど感じた。(淑)

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平壌のニュータウンを訪ねて

2012-06-29 09:16:59 | (相)のブログ

 朝鮮滞在42日目。
 現在国内の一部地域は観測史上最大規模の干ばつに悩まされている。
 つい先日、取材先へ向かう車内ではこんな会話が。
 「いや、ほんと見事なくらい雨が降らないねぇ」(現地ガイドのYさん)
 「そうですね」(私)
 「北部の山間地帯や東海岸ではそれなりに降っているんだけど、なにしろ西海岸の穀倉地帯が…」(Yさん)
 「農業省に取材かけてみましょう。地方の農場にも足を運んで」(私)
 「わかった。手配してみる」(Yさん)
 「それにしても毎日暑い!」(運転手のKさん)
 「今日も最高気温30度超えらしいです。でも、日本の暑さに比べたら全然何でもありませんよ」(私)
 「日本は暑いうえに湿気も多いって聞くけど」(Kさん)
 「ええ、梅雨時から夏場にかけては地獄です。あ、そういえば日本は梅雨入りしたらしいですよ」(私)
 「隣同士なんだから、こっちにも雨が降ればいいのに」(Kさん)
 「…」(一同)

 冗談ではなく、本当に苦笑いが出てきてしまうほど雨が降っていないのだ。こちらに来てから、平壌にまともに雨が降ったといえるのは、自分の記憶が正しければ1日だけ。穀倉地帯の被害は深刻だという。最近では干ばつに加えて、きたる梅雨の時期を前に大雨被害の対策を呼びかける番組がテレビで放映されている。近日中に被害地域の農場を訪ねる予定なので、詳細はあらためて伝えたい。

 こういう状況で気が引ける部分がなくはないが、以下、前回の予告どおり平壌市中心部に完成したニュータウン、チャンジョン通りを紹介する。
 万寿台地区の一角(具体的には、万寿台議事堂方面から玉流橋に向かう通りと平壌大劇場から千里馬銅像、凱旋門方面に伸びる勝利通りが交差する十字路を中心とした一帯)に全14棟からなる高層アパート群、100店舗を超える商業施設、劇場、学校、公共施設などが新たに建設された。
 まずは高層アパート群から。

 これが、国内では一番高い45階建てのアパート。

 住居の間取りは2LDKから4LDKまでさまざま。広さは最大で145㎡だという。1号棟(4LDK)の内部を見させてもらった。写真ではわかりにくいが、住居スペースはかなり広い。家具なども多くが備え付けだ。

 ベランダも広く作られていた。

 新住宅には、元々この地域に住んでいた2500世帯あまりを含めた全2784世帯が入居する予定だという。
 以前、ここ一帯には低層アパートを中心とした住宅地が広がっていたが、いずれも古い建物ばかり。聞くところによると、朝鮮戦争停戦後のいわゆる「戦後復旧建設」時代に建てられたものもあったとか。建設関係者いわく、元の住民にとっては家の広さがだいたい2倍から2.5倍になるというから、うらやましい限り。
 この新築の高層アパートを見て、最初に頭に浮かんだ心配事。それは電力供給のことだ。各棟には国内メーカーのエレベーターが設置されているが、上層階の住人にとってこれが動くか動かないかは生活上の死活問題だろう。取材に同行してくれた関係者にこの疑問を初歩的にぶつけてみたところ、「大丈夫。電力事情が完全に解決されたわけではないですが、現状でもここには優先的に電力が供給されます」とのこと。ここ最近、市内の電力事情は以前に比べてだいぶ改善されたという話を一般市民からも含めてよく聞く。ニュータウンの建設も、首都の電力供給に一定のめどがつくことを前提にしていると思えば当然か。

 商業施設はアパートの1階、2階部分や通り沿いに展開されている。

 表通りには商店や百貨店、レストラン、喫茶店、裏通りにも大衆浴場やクリーニング店、理髪店などがあった。なかでも、黒いガラス貼りの複合商業施設が目を引く(最近、市内には外装が全面色付きガラス貼りで周囲の風景を反射する建物が多いが、流行りなのだろうか。)。

 歩道の幅は広く、舗装もしっかりしている。また、新たに地下街もできて、お店や駐車場が整備されていた。個人的な感想を言えば、ショーウインドーやオープンテラスつきの施設もあったほうがより華やかになると思うのだが…。
 ほかにも、劇場が新設され、地域の小学校や幼稚園、託児所の建物も新しくなるなど、街全体が生まれ変わった印象だ。

 建造物がある程度の間隔を空けて建っているので、実際の敷地面積よりも広く感じる。
 首都・平壌の建設は綿密かつ高度な都市計画のもとで進められていると聞いたことがある。今回のチャンジョン通りの建設はその最たるものなのかもしれない。自分としては、荘厳美、崇高美を誇る「大記念碑的創造物」や絢爛華麗なつくりの現代的な施設、そしてチャンジョン通りのようなある意味ハイパーモダンな都市空間と、昔ながらの建物や風景、人々の生活の息づかいが聞こえるような街並みが混在する姿に、平壌という都市の特徴が表れていると思う。(相)

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温かかったモンダンヨンピルコンサート

2012-06-28 09:00:00 | (瑛)のブログ

 

 東日本大震災で被害を受けた朝鮮学校を支援しようと、韓国のアーティストたちが立ち上げた支援団体「モンダンヨンピル」の日本公演が6月22日、東京・中野ゼロホールで行われました。会場は、1400人の観客で埋め尽くされるほど大盛況!でした。

  最初のステージは、茨城朝鮮初中高級学校と東京朝鮮中高級学校合唱部によるコーラス「花の種を植えました」。心に染み入る歌声でした。この歌は、震災で崩れた塀をなおす朝鮮学校教員の姿を刻みたいと、群馬県在住の金敬淑さんが作詞、福島県出身で広島朝鮮歌舞団の河弘哲さんが曲をつけたものです。

 卒業直前、母校が東日本大震災で全壊したショックを乗り越え、茨城の朝鮮高級学校に進学した金弥純さん(高2)もこの歌に思いをのせた一人です。「家族のように温かく支えてくれた方々に感謝を伝えたい」と観客に伝える凛とした姿が、今まで出会った数多くの朝高生たちを思い起こさせてくれました。

 そして、観客お待ちかねの韓国の俳優・権海孝さんが司会者として舞台に登場。「65年間、ハッキョを守ってきた教員、学生、アボジ、オモニたちコマプスミダ。私たちの情熱と夢で舞台を一杯にしてみせます!」との力強い言葉が届けられると、舞台では南のアーティストたちが次々と朝高生への励ましを込めた魅力あふれる舞台を繰り広げたのです。

  詳細は8月号でお届けしますが、ステージに拍手を送り続ける観客の姿に、色んな思いが押し寄せてきました。事実朝鮮学校は、日本政府から差別されていることで、厳しい状況にあります。けれど私たちはめげなかった、そしてこれからも自信をもって子どもたちを育てていくんだ、という気持ちをコンサートを通じて私自身も再確認できました。

  コンサートを主催したのは、高校無償化からの朝鮮学校排除を反対してきた4つの日本の市民団体でした。「最後のコンサートを日本でしたい」との呼びかけがモンダンヨンピル側から日本に届いたのは、無償化排除3年目に入った今年4月のこと。市民団体のメンバーは、文部科学省への要請や街頭署名を続けていたものの、国をあげた差別が続くなか、朝鮮学校への偏見は増幅されていました。多くの世論に訴えるためには、もっと多くの人たちが気軽に足を運べる、自分の問題として考えてもらえる機会が必要ではないか―皆がこの課題を感じていたといいます。

  幸いコンサートは大きな話題を呼び、公演1週間前にチケットは完売。実行委員会には「追加公演がないのか」という問合せの電話が殺到したといいます。当日は、100人以上のボランティアスタッフが公演を支え、観客は3分の1が日本市民、朝高生を初めて見た、という方も多くいました。

  南のアーティストたちの存在は、「朝鮮学校を心で感じ、自分の目で見よう」という大切なメッセージを放っていたと思います。また、海を越えた連帯に「支援は広がる」との思いを強くしました。この場をおかりしてコンサートを大成功に導いた実行委員会の皆さんに感謝の言葉を届けたいです。(瑛)

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「中国に残された日本軍「慰安婦」女性」安世鴻写真展が開催、だが…

2012-06-27 09:00:00 | (K)のブログ

 5月30日のこのブログで「日本軍「慰安婦」写真展が中止の危機―写真家・安世鴻氏にきく」という文章を書きました。
http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/42f2ca0e3ff867461beffb641a976275

 ニコンサロンで予定されていた写真展「重重―中国に残された朝鮮人元日本軍『慰安婦』の女性たち」をニコン側が一方的に中止を写真家の安世鴻さんに通告していた問題ですが、昨日(26日)から最初の予定通り開催されています。私もさっそく観にいってきました。しかし、この間の経緯や現在の状況を見ると、問題が現在進行形であることがよくわかると思います。

 突然の中止通告を受け、安さんはそれを不当として、ニコンに施設使用を求めた仮処分を申し立てました。東京地裁は6月22日、「ニコンサロンは写真文化の向上を目的とする写真展に貸与するための施設」「写真展が政治活動としての意味を有していたとしても、写真文化の向上という目的と併存し得る」(伊丹恭裁判長)として、安世鴻さんの申し立てを認めました。

 問題なのは、ニコン側の対応です。

  ひとつ目は何よりも、明らかにニコンが右翼たちの圧力に屈して写真展を中止しようとしたことです。圧力があろうとそのまま開催していたら問題は発生しませんでした。また、中止の発表を受けて内外からニコンに抗議が寄せられましたが、それらの抗議にニコンは誠実に対応し中止を撤回すべきでした。

  二つ目は、当初、安さんに対して中止の理由を「諸般の事情により」として明らかにしていませんでしたが、問題が法廷に持ち込まれると、「写真展を政治活動の場にしようとしており、応募条件に違反する」と主張したことです。「政治活動」云々を理由にしたことに、安さんを支援してきたカメラマンはじめすべての人々があきれていました。安さんが日本軍「慰安婦」の写真を撮り続け発表することは明らかに「政治的」な活動です。同様にすべての報道活動が政治活動であり、そんなことを理由にするなら、ニコンサロン自体を閉鎖するしかありません。考えられる最悪の理由です。

  三つ目は、東京地裁の決定に対しニコンは反省するのではなく、即日にすぐ異議を申し立てを行っています。
 ニコンサロンのホームページには次のような文章が掲載されていました。
  「安世鴻写真展は諸般の事情により中止することといたしておりましたが、東京地方裁判所から、「ニコンサロンを安世鴻氏の写真展のために仮に使用させなければならない」との仮処分が発令されましたので、これに従って、安世鴻氏に対し新宿ニコンサロンを仮にご使用いただくことといたしました。(現在、東京地方裁判所へ保全異議申立中です) 」 http://www.nikon-image.com/activity/salon/schedule/
  ニコンは自分たちの異議申し立てが通れば、すぐに写真展を中止するということにほかなりません。

  そして、開催された現在も安さんに対し、様々な「圧力」をかけているようです。安さんがFacebookにアップした文章を読むと、外部からのメディアの出入りを統制し個人が写真を撮ることさえも禁じており、ニコン側弁護士3人を安さんにつけてその一挙手一投足を監視し撮影もしているようです。安さんは、「口実を見つけて写真展を中止させる計画のよう」だとしています。

 実際に新宿ニコンサロンへ行くと、ビル入り口の案内板には安さんの写真展のことはまったく告知されておらず、会場は写真撮影禁止となっていました。ニコンは何も反省していないし、最低な対応をしていると言えます。

  写真展「重重―中国に残された朝鮮人元日本軍『慰安婦』の女性たち」は7月9日まで開催される予定です。しかし、私が行ったときには平穏でしたが、右翼がつめかけて騒ぎを起こすということもあったようです。今後どのようになるか予断を許しません。
 最後になりましたが、写真展自体は、一人ひとりのハルモニたちの人生が写真に凝縮された素晴らしいものでした。一人でも多くの人が足を運ぶことが応援になります。ぜひ、ごらんください。(k)

開催期間:2012年6月26日~7月9日 10:30~18:30(最終日 は15時まで) 開催場所:東京新宿 ニコンサロン(東京都新宿区西新宿1-6-1新宿エルタワー28階 03-3344-0565

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朝鮮の漫画

2012-06-26 09:02:23 | (麗)のブログ
ただいま月刊イオに連載している「グレートup朝鮮語」のイラストは
月ごとのテーマに沿った文章に合わせて、朝鮮の漫画や絵本から抜粋しています。
2002年にウリマル特集を扱った時も、単語に合わせて朝鮮の漫画の一部分を使用していました。
今回もそのような形にしようとなった訳ですが、その月ごとの文章に合う絵を探すのはなかなか苦労します(笑)


私のデスクには常に朝鮮の漫画が並べてあります。
オールカラー漫画もあれば、可愛い動物たちが登場する絵本や昔話の絵本など色々あります。
絵のタッチも勿論、作家によって違います。親しめる可愛い絵だったり渋めの劇画だったり。
いま持っている限りでは、少年団が悪者をこらしめるストーリーが多いですが、
他にも劇画タッチのハードボイルドなストーリーや、動物を擬人化した作品なども多いです。

見た感じ、恐らくカラー作品は水彩画、台詞も写植ではなくすべて手書きです。
一冊に複数の作品が収録されているオムニバス漫画がほとんどですが、単独の単行本もあります。
私もまだ全てじっくりと読めていないので、時間があるときにでも読んでみます。
オール朝鮮語のうえ、擬音語、擬態語なども学べてウリマルの勉強になります。^^

朝鮮の漫画や絵本はコリアブックセンターに何冊か取り扱っていますので是非チェックしてみてください。普段漫画をあまり読まないという方も、朝鮮の漫画の世界に触れてみるのはいかがでしょう。(麗)
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ウリ民族フォーラムin宮城、サイコーでした!

2012-06-25 09:00:00 | (里)のブログ
今日は【仙台発】でイオのブログをお届けします。
前もって準備していたブログがあったのですが、急きょ内容を変更しました!
昨日「ウリ民族フォーラムin宮城」が行われたのですが、私は取材で参加してきました。そのことについて書きたいと思います。


↑フィナーレ。東北同胞たちの合唱。



↑パネルディスカッションのようす。


↑全国の青商会の皆さま。二日酔いなのに真剣にディスカッションに聞き入る…。


↑フォーラムの実行委、スタッフたちがおそろいで着ていたTシャツ。すごく可愛いデザインに惚れました。


↑VTRで紹介された、昨年3月11日に生まれたウリ赤ちゃん。オモニいわく「コテコテの朝鮮人に育てたい」そうです。


↑こんな面白CMまで!


↑わが朝鮮新報社も、こんな展示&販売ブースを設けてちゃっかりアピールしてきました。


ウリ民族フォーラムは1995年に北海道で初めて開催されて以来、各地で年1回行われてきました。
開催地域の30代(40代も)同胞が一丸となって、同胞社会の現状と課題を考え、具体的な打開策を提示し実践に移していく、そんなイベントです。
最近では青商会メンバーのみならず、一般の同胞たちも各地から駆けつけるくらい、全国的な関心が寄せられるイベントとなっています。
それは、民族フォーラムが一言で「アツい」から、だと思います。
私も実はちゃんと参加したのは初めてで、すごく感銘を受けました。勇気ももらいました。
東北の同胞社会の未来のためのさまざまな提案がなされたのですが、それは東北以外の地に住む同胞たちにもたくさんのことを訴えくれました。
そして何より、「同胞社会っていいな」という気持ちでいっぱいになりました。
気持ちがホクホクになる、とでも言いましょうか。
もう少し付け加えるなら、同胞社会の今後というテーマを「本気で」考えて取り組んでいる、そんな人々の気持ちがよい意味で「飛び火」してくる感じなんだと思います。本気だからこそ、心を揺さぶられるんです。
フォーラム後に感想を話してくれた宮城の同胞は、「ただただ、『ありがとう!』って伝えたい」と、若い世代がフォーラムを通じて東北の同胞社会の道筋を必死に探ろうとしていることに胸いっぱいのようすでした。


「東北で民族フォーラムをしなければ…」。宮城青商会の柳会長がこう思い立ったのは3年前、東北ハッキョの高級部が休校となった出来事を受けてからだったそうです。
高級部の休校は東北の同胞社会に暗い影を落としました。
この状況をどうにかしたい、またしなければいけない。そんな思いが始まりだったといいます。
また同胞たちの努力によって、2008年には山形で、2009年には秋田で地域青商会が結成されて東北6県すべてに青商会が出来たことも、フォーラム開催を決心する追い風となりました。

しかし、昨年3月11日に状況は一変。「フォーラムは無理なのでは…」というムードも漂いましたが、「こんな時だからこそ」と東北6県の青商会が民族フォーラムに立ち上がったのでした。


私が一番印象に残ったのは、柳会長の次のような言葉でした。
「この間、大地はたくさん揺れました。でも本当に揺れていたのは、異国の地で民族の誇りと自負、未来への希望を失いかけていた我々のマウム(心)でした」
東北の同胞社会は震災が起きる以前から、さまざまな困難を抱えていました。
宮城のある同胞は「震災を機に、内在していた問題が噴出して、同胞社会が揺れていました」と話していました。
フォーラムではそれらに向き合って、さまざまな具体的課題が示されました。
現状ははっきり言って、依然として厳しいです。
東北ハッキョは校舎再建のめどが立っていません。福島は見えない放射能による不安に覆われています。若者が東北を離れていく傾向も多いです。
しかしフォーラムで勝っていたのは、そのような現実の厳しさよりも、「ハンマウム」、心をひとつにすることで持てる、未来に対する前向きさだったと思います。

詳しくは数日後に出る朝鮮新報、そして来月号イオを見てください。


来年の民族フォーラム開催地は埼玉。
「フォーラムプレート」が埼玉の会長(右)にしっかりと手渡されました。




とにかく盛りだくさん、な内容のフォーラムだったのでこのブログには詳しく書ききれませんでしたが、私がとりあえず今日言いたいことはひとつです。



これに尽きます!(全然説明できてなくてすみません。笑。イオの記事を見てください)(里)
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来月号の特集は「もう一つの『沖縄』、済州島」(仮)」

2012-06-24 09:00:00 | (愛)のブログ
さて、(淑)さんが前日のブログでも書いたように、8月号の特集は「「もう一つの『沖縄』、済州島」(仮)」です。
(淑)さんが7月号工程を終えてすぐに沖縄取材にでることが決まっていたので、
今回特集担当の私も7月号工程から早々と特集のラフづくりに(淑)さんと打ち合わせしながら励んでいました。
ラフづくりのために、自分もその対象を知るために勉強することも多いのですが、
沖縄と済州島、今現在の姿を知れば知るほど、いろんな感情が入り乱れ涙がでそうになりました。

沖縄は新婚旅行で1週間ほど滞在したこともあり、
当時気合いで一眼レフを持って行ったので、自身が撮った写真も数点手元にあり何か使えるかなと見返してみると、
沖縄で過ごした1週間という短い時間でも沖縄は私の中に印象深い感情を残してくれたなと改めて思いました。

旅行中に滞在した、自然豊かな小浜島という宝石のような島と、
北谷町という米軍関係施設が多い町という対照的な地に行ったためでしょうか。
沖縄の美しい島の姿と、透き通るような海の青さ、自然と共存する人々の強さと豊かさを見た反面、
本島で出会う米軍人や、波が揺れるほど建物すれすれに飛んでくる戦闘機と耳をつんざくようなその爆音、平和とは無縁な危険と隣り合わせの光景。
2011年10月23日には【強盗容疑で米海兵隊員逮捕 沖縄のホテルで大暴れ、警備員殴り携帯奪う】といった事件が流れてきたのですが、
そのホテルがまさに私が宿泊したホテルだったのでとても他人事とは思えませんでした。
いろんな顏の沖縄を知ったことで、私の中で、沖縄はとても無視できない特別な地となりました。

私自身は沖縄の現地の人たちと話す機会があまりありませんでした。
ただ、大浴場に行ったとき、「おばあ」にとても親しく話しかけられ歯ブラシを受付まで取りに行かされただけでした(笑)。
沖縄という優しそうで厳しい地で生きてきた「おばあ」たちは傍からみると地に強く根をはるがじゅまるの樹のように、強そうでした。

沢山の問題をいまもはらんでいる沖縄の地で、現地の方たちに取材を繰り広げている(淑)さんの話しを聞くのが待ち遠しいです。(愛)

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プロローグ ~沖縄取材記①

2012-06-23 09:00:00 | (淑)のブログ
 ウェブマガジンにて次号予告を公表したのでブログでも解禁しますが、イオ8月号は済州島と沖縄の特集です。
 今なぜ済州島と沖縄なのか? それを一言で伝えるのは困難で、8月号を読んでいただけたらと思います。済州島と沖縄、両者に横たわる問題の共通性を探ることで、私たちが生きる歴史的現在を捉えるための、視座の一端でも提供できたら幸いです。

 そんなわけで先週から沖縄を取材しています。台風の影響で思い通りとはいかずとも、やるべき取材を一つひとつ消化し、あと数日で東京へ戻ります。
 今日6月23日は「慰霊の日」なので、これから沖縄南部・糸満市の平和祈念公園で行われる慰霊祭に行ってきます。
 この1週間、限りある時間の中で、一つでも多くの場所へ足を運び、多くの人と出会おうと努めました。ですがまだまだ足りない、もう少し取材したいというのが本音です。欲を言うなら、いつか機会があれば腰を据えて(長期滞在して)取材したいと思いました。
 そう思ったのは、沖縄の歴史と現在には、一つの視点だけでは語り得ない、長い歳月の中で複雑に絡み合ってしまった解決困難な課題がある、ということを、実際に沖縄に来て沖縄の人々と話す過程で再認識させられたからです。そして地平線のように広がる米軍基地には、びくともしない権力の壁を突きつけられたようで言葉を失いました。
 オキナワを語るときに「構造的植民地主義」という言葉がよく用いられますが、その仕組みの中に人々の生活ががんじがらめに組み込まれ、知らず知らず人々が侵食されている。「植民地主義と共存している/せざるを得ない」ような環境が着実に完成しつつある、そんな感覚を覚えました。
 私が見聞きしたのは、その一端、ほんの一端に過ぎません。現にこの1週間、私はまだ一度も米軍機を見ていませんし、よって騒音も聞いていません。台風による強風のため、軍事訓練は控えていたようです。これでは「米軍基地の過重負担」を体感したとは言えないと、悔しい気持ちです。もっとも危険に遭わなかったのは幸いなことで、“悔しい”なんて、外者だから言える平和ボケした無神経な言葉であり、沖縄の人たちが聞いたらきっと気分を害されるでしょう。
 それでも1週間、「本土」とは違う緊張感の中、取材や何気ない風景から大小さまざまなことを感じました。私がオキナワに抱いていた期待のような感情を、ここはある一面では大いに応えてくれ、ある一面では裏切ってもくれました。
 雑誌の尺では伝えきれないそれらを、数回に分けてブログで書いていきたいと思います。(淑)

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突如現れた新都市空間

2012-06-22 09:00:00 | (相)のブログ
 朝鮮滞在35日目。
 最近の個人的な楽しみといえば、朝鮮中央テレビで毎晩放映されているサッカー・欧州選手権(EURO2012)のダイジェスト番組。1時間あまりの放送時間で、得点シーンを中心に毎日3試合のハイライトを伝えている。おなじみのサッカー解説者・李東奎さん(スポーツ科学研究所サッカー研究室室長)の解説と、実況アナウンサーの「슛! 꼴인되였습니다!」(シュート! ゴーール!)を聞くと、「ああ、これだよ、これ。朝鮮のスポーツ番組はこうでなくっちゃ」と思えてくるから不思議だ。



 と、ごくごく私的な話を書き連ねてしまったが、平壌市内で昨年5月から建設が始まった「チャンジョン通り」がこのほど竣工を迎えたことも伝えておきたい。
 朝鮮ではここ数年、平壌市の大規模建設事業が行われていて、金日成主席生誕100周年にあたる今年をめどに市中心部の万寿台地区(金日成主席と金正日総書記の銅像が立つ万寿台の丘や万寿台議事堂などがある一帯)の一大リニューアル工事が進められてきた。チャンジョン通りの建設はその中でも中心的なプロジェクトという位置づけだった。



 20日に現地で竣工式があったので、足を運んだ。一帯は工事のため長らく交通規制が敷かれていて、遠目から見ることはあったが、足を踏み入れたのはこれが初めて。
 首都の中心部に突如現れた新しい都市空間。住宅としては国内で最も高い45階建てを筆頭に高層アパートや商業施設が立ち並ぶ姿は、あえて表現するなら、「平壌版摩天楼」といった感じか(もちろん、本家ニューヨークや東京の高層ビル群にはおよばないが)。最後に訪朝した2年前にはここに何があったっけ? と考え込んでしまうほどの変貌ぶりに驚いた。
 近日中に再び訪れて取材する予定なので、くわしくは次回(あるいは次々回)の更新時にお伝えします。(相)
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モンダンヨンピルコンサート

2012-06-21 09:00:00 | (瑛)のブログ
明日22日、東京のなかのZEROホールでモンダンヨンピルのチャリティーコンサートが開かれ、取材を担当することになりました。

韓国のアーティストたちが、東日本大震災によって被害を受けた朝鮮学校を支援するため、立ち上げたモンダンヨンピル。モンダンヨンピル(몽당연필)とは、「ちびた鉛筆」という意味で、「鉛筆を削って削って、これ以上短くなることができなくなるまで大切にして使う心」で朝鮮学校を助けようという意味で名づけられたそうです。

イオは7月号で「高校無償化をあきらめない」というタイトルで、朝鮮学校の権利問題を特集で扱いましたが、宮城県は震災直後に東北朝鮮初中級学校への補助金を電話一本で打ち切るなど、ひどい仕打ちをしてきました。同校の新校舎建設が一刻も早く望まれるなか、朝高への無償化適用を訴えつづけてきた日本の方々がコンサートを主催してくれたこと、海を越えた同胞たちが支援に駆けつけてくれる事実に心が温まります。

記事の構想を練りながら、思い出したのは2002年9月に韓国で初めて実現した朝鮮学校生の公演でした。

朝鮮半島の分断は、朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国の軍事的な緊張状態と、政治をはじめとするあらゆる分野での敵対関係をもたらしてきました。それは、在日コリアンの暮らしにも大きな影響を与え、日本から南北朝鮮に自由に行き来できない不幸な歴史が続いてきたのは周知の通りです。

だからこそ、分断史上、そして民族教育史上初めて総勢90人の朝鮮学校生が韓国を訪れたのは歴史的な出来事でした。

ソウル、全州で行われた公演には4500人の市民たちが詰めかけ、朝鮮学校生の姿を目にしました。ソウルで出会ったある20代の女性は、朝鮮学校の歴史を伝える映像が流れると、目に涙を溜めながら「在日同胞が異国で民族を守るためにどんなに苦労したのかをよく知らなかった。南の社会が同胞に対する正しい認識を持てていなかったことを恥ずかしく思う」と話していました。

韓国における朝鮮学校児童・生徒たちの公演は、2000年6月15日に発表された6.15共同宣言によって生まれたといえます。民族同士が力を合わせ統一することを誓った共同宣言は、多くの人の胸にあった分断の壁を崩しましたが、朝鮮学校を訪れる韓国の同胞が増えていったのもこの頃からです。

生徒たちを招待したのは、韓国青少年サラン会(理事長:金相賢国会議員)と韓国文化放送(MBC)。金議員は、生徒たちが日本に明日発つという晩餐の席で「長い間、われわれの胸の中にあった壁を崩し、…平和・統一への思いを育んでくれた朝鮮学校の子どもを誇りに思う」「南北をつなぐ架け橋の役割を果たしてほしい」と生徒や子どもたちにエールを送っていました。

明日、南のリ・ジサン、ウリナラなどの歌手や俳優たちとともに朝鮮学校の生徒たちも舞台に立ち、ステージを作りあげます。

彼らの姿は、朝鮮学校生が誰しも持っている「架け橋」としての可能性を見せてくれるだろう。。。今から期待一杯です。(瑛)

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監視社会、どこまで進むのか

2012-06-20 09:00:00 | (K)のブログ
 先週、テレビの話題をさらったのは、「全国指名手配犯」の「逃走劇」と「逮捕劇」でした。それらを見ていて怖かったのは、いたるところに「防犯カメラ」が設置されていること。そこに写ったであろう膨大な映像から「犯人」のものが割り出されて、足取りが明らかにされていることです。
 マスコミは警察から提供されたそれらの映像を繰り返し流し、「どこそこで、なになにを買った」ということがわかれば、同じところで同じものを買ってきて公開していました。また、視聴者からの目撃情報を募り、「専門家」をスタジオに呼んで今後の行動などを分析させていました。マスコミは大掛かりな「狩猟」を嬉々として放送し、テレビの前の視聴者もそれを楽しむ。明らかにそのような構図があり非常に不愉快でした。

 それにしても、知ってはいたけれど、現在の監視技術・監視体制の進み具合はすさまじい。街中には監視カメラが溢れ、携帯電話の内容は筒抜けだろうし、幹線道路はどの車が通ったのかがすぐにわかります。アメリカ映画の「エネミー・オブ・アメリカ」や伊坂幸太郎の小説「ゴールデンスランバー」の世界が現実のものとなっています。
 「犯罪予防のためなのだから、自分が悪いことをしていないならいいじゃないか」と思う人が多いようですが、私は常に監視されている社会に恐怖を感じます。そして、原発問題に象徴されるように、情報は一部の権力者が握って、公開するかどうかも加工することも思いのままです。


 7月9日より、新たな在留管理制度がスタートします。この制度は一言で言うと、日本に住む外国人に対する管理・監視を強化し、正規の在留資格を持たない外国人を排除しようとするものです。
 イオ編集部にも新たな在留管理制度がどのようなものなのか、詳しく掲載してほしいという意見が多く寄せられていました。そこで、新しく出た月刊イオ7月号では、特別企画として「どうなる? 新・在留管理制度」を掲載し、その具体的な内容や問題点を解説しています。ぜひ、お読みください。


 そして、7月号の特集は「高校無償化をあきらめない」。朝鮮学校が除外されたまま「高校無償化」がスタートし2年以上が経ちましたがいまだに除外されたままであり、除外され続けていることにより朝鮮学校を取り巻く状況はむしろ悪くなっています。「高校無償化」制度とはどのようなものなのか、同胞や心ある日本の人たちはどのような思いで闘ってきたのか、民族教育の権利とは何か―このような問題をまとめ、あらためて差別なき無償化を絶対に勝ち取るのだという決意を特集全般に込めています。

 また、往復書簡2012では、「朝・日サッカー交流の可能性を求めて」というテーマでビッグな二人が3ヵ月に渡り書簡を交換し合います。今回はその第1回目。その他、「女性の仕事白書~inピョンヤン~」「変化する朝鮮」と、朝鮮の最新事情を伝える記事など、今月号は特に盛りだくさんな内容となっています。
 月刊イオ7月号、ぜひ手にとってください。
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「夢、希望、発見!」 ~「コッソンイ」ポスター、完成!~

2012-06-19 09:00:00 | (麗)のブログ
先々週、ブログでお伝えした第35回作文コンクール「コッソンイ」のポスターがついに完成しました!
6月20日付の朝鮮新報の4面にこのポスターとコッソンイの応募情報が掲載されます。

今年のキャッチフレーズは「夢、希望、発見!」です。^^
イラストのイメージに合わせて向きも横に、第1段とはまた違った雰囲気に仕上がりましたが、いかがでしょう?^^

折角なのでポスター発表会であがった4つの候補たちを紹介します。

会議の結果、三番目のポスターが票を集めました。タイトルと文字の位置などを修正し完成したのが上の画像となります。

さて、ポスターは全国の朝鮮学校や各機関に発送されるわけですが、
子どもたちや同胞たちは今年のポスターを気に入ってくれるでしょうか…心配です。
思い返せば、ポスター制作期間中はもはや「自分との闘い」でもありました…。
あんなこと~こんなこと~あ~ったでしょう~♪ と、
懐かしのあの歌が流れるくらい個人的には苦労した作品でもあります。
詳しいことはここでは伏せておきますが(笑)

なにはともあれ、やっとこさ完成した「コッソンイ」ポスター。
さあ子どもたちよ! 夢と希望を発見し、創作力を爆発させよう! …なんて^^

全国の子どもたちの手に届くことを楽しみにしております!(麗)
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6・15北南共同宣言、あれから

2012-06-18 09:00:00 | (里)のブログ
「わが民族同士」の精神で祖国の自主的統一の里程標をもたらした6.15北南共同宣言。
6.15共同宣言が発表されてから、12年の歳月が経った。
残念ながら現在、北南関係を進展させる上で、韓国の政治状況が最悪の状態にある。


韓国では12月に予定されている大統領選を前に、与野党間の政治対立が激化している。
与党セヌリ党や保守系メディアが、朝鮮に融和的な野党議員を「従北勢力」「アカ」と批判し、「色分け論」をもって騒動を起こしている。
現職の李大統領は「北よりも従北勢力がさらに大きな問題」だと言い放ち、状況の激化に拍車をかけている。
大統領選に有利な政治状況をつくりあげるための進歩勢力つぶしだと解釈できる。


与野党間の対立以外にも、いわゆる「親北」とみなされるすべてのものが弾圧の対象となっている。
一例として韓国のインターネット新聞「自主民報」のイ・チャンギ代表は2月9日、国政院と検察による家宅捜索を受け、現在検察による国家保安法違反容疑で起訴され、ソウル拘置所に収監されている(拘置所から手紙を送って、自主民報に記事を掲載し続けている)。
「朝鮮を賞賛する記事を掲載した」ことが「国家保安法違反」となった。


このように今、韓国の政治状況は最悪の状態だ。
しかし、12月に予定されている大統領選の結果いかんで、6・15が息を吹き返す可能性も大きい。
野党である民主党と統合進歩党の躍進が期待される。
と同時にここで言いたいのは、韓国の保守勢力が選挙の采配をとるだけのために「従北論」をふりかざしているとするなら、それはあまりにも近視眼的すぎるということだ。
李明博大統領は就任後、6・15共同宣言、10.4宣言を全面否定し、6.15統一時代を「失われた10年」と言い放ったが、現在の「従北」騒動こそ、時代錯誤的ではないのか。(里)


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街中で出会ったネコたち

2012-06-17 09:00:00 | (愛)のブログ
今日は街中で出会ったネコたちの写真を紹介しようと思います。
猫ぎらいな人はすみません。

街中の猫には時たま飼いネコもいますが、野良ネコが多数です。
野良猫は警戒心が強いため、撮影するのがなかなか難しいのです。

冒頭の写真を撮ったときくらいの距離が必要。
そしてどんどん警戒心を解きつつ、近づくのですが、「なんだお前は」的な目をされることが多いです。

でもネコ好きな私としては、いろいろ鬱々している時、ふいに街中で出会うネコがひなたぼっこしながらくつろいでいる姿を見るととても和みます。

私の実家にはネコ3匹がいるのですが、撮っていておもったのが、街中のネコと室内飼いのネコはやはり表情が全然違うということ。
ふいにかわいらしい姿を見て仲良くしようと思っても、どこかよそよそしく、さっと立ち去ってしまう、そんな魅力をもっている街中のネコ。

これからも撮っていこうと思います。(愛)
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イオ7月号は私たちの権利の問題

2012-06-16 09:00:00 | (淑)のブログ
イオ7月号がもうすぐできあがります。
(瑛)さんも書いていましたが、7月号は「高校無償化」特集。
「高校無償化」問題の2年半を振り返り、また適用を求める運動に携わってきた方々や専門家たちの知恵を集めました。
日本政府による朝鮮学校排除がいかに不当であるかを、再確認できる内容となっています。
(余談ですが、朝鮮学校で教員をしている同級生がコメントを寄せてくれて、ゲラを見ながら元気をもらいました)

そして特別企画は、いよいよ7月9日から施行される新しい在留管理制度についてです。
今回、新制度に関して色々と調べましたが、知れば知るほど「外国人管理」という新制度の本質的な目的が見えてくる気がしました。
「みなし再入国許可制度」からの「朝鮮籍」の排除や、「特別永住者証明書の」事実上常時携帯義務など、新制度の問題点はさまざま指摘されていますが、早急に是正されなければならない問題の一つが、名前の問題です。
朝鮮や中国、台湾の人の中には、名前に使われている漢字が難しい漢字(簡体字)である人が少なくありません。
外国人登録証明書に代わって新しく交付される「特別永住者証明書」/「在留カード」、そして新しく導入される外国人住民票には、簡体字はすべて日本で用いられている正字(異体字)に変換されて表記されます。
つまり、自分の名前が正しく表記されないということです。
言うまでもなく名前はその人の尊厳の問題。人の名前を「便宜上」変換するなんて人格権の侵害といえるでしょう。
私の名前は3文字すべて常用漢字なので上記には当てはまりませんが、名前が正しく表記されない人たちは、制度施行後、日常生活のさまざまな手続きや契約時に本人確認をする際、提出する書類などと証明書上の名前表記が違うことについて、つど説明を求められるでしょうし、その度に苦痛を味わうのかと思うとたまったものじゃありません。ましてや生活の多くの場面で身分証の提示を求められる外国人ならなおさらです。
この間、法務省入国管理局にも何度か問い合わせて新制度施行に伴う諸問題について聞いてみましたが、私の質問に担当者が答えられず、数時間後に折り返し連絡が来る、ということもありました。
制度がまだ施行されていないので、伴う問題も未知数というか、新制度が施行された後にさまざまな問題が生まれてくるのではないかと思います。
そういった意味で新しい在留管理制度については今後も引き続き注視する必要があり、イオでも同胞から寄せられる質問に丁寧に答えていきたいと思います。

このように7月号は特集、特別企画ともに、在日朝鮮人の権利問題を扱った内容となっています。私たち在日朝鮮人の処遇と、正統な主張を捉える一助になればと思います。ぜひご愛読ください。

 さて私は昨日から、取材のためとある場所に来ています。台風が近づいているようで天候が心配ですが、滅多と来れる場所ではないので相応の仕事をして、収穫を持ち帰りたいと意気込んでいます。いざ。(淑)
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