日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

批判高まる入管法改正案~技能実習制度の廃止を

2018-11-30 10:00:00 | (瑛)のブログ


 11月27日に衆議院を通過した外国人労働者の受け入れ拡大に向けた出入国管理法(入管法)改正案。28日から参議院本会議で審議入りしたが、外国人の新たな人権侵害につながる「欠陥法案だ」だと批判が高まっている。

 そもそもこの法案は「人手不足を解消したい」という経済界の要望を受けて成立が目指されているが、外国人の慢性的な低賃金状態をより拡大する「第2の技能実習制度」だと危惧されているのだ。

11月21日に参議院議員会館で行われた院内集会「今こそ、包括的な移民政策を!-政府が進める『新たな外国人材の受入れ』を問う」(主催:移住者と連帯する全国ネットワーク、以下、移住連)には、衆参の両院議員、専門家や外国人労働者が多数参加し、制度の問題点が指摘された。

 日本政府が「外国人材」を受け入れるために法案を制定した経緯はこうだ。

政府は、2018年6月15日、経済財政諮問会議の答申を経て、「経済財政運営と改革の基本方針2018」(以下、「骨太の方針2018」)を閣議決定し、この中で就労を目的とする新たな在留資格を創設し、外国人労働者の受け入れ拡大を表明した。これを受け、同年11月2日、新たな在留資格として、「特定技能1号」と「特定技能2号」を創設し、入国管理局に代えて「出入国管理庁」を創設することを内容とする入管法改定案が閣議決定され、第197回国会に提出された。

 政府は19年4月からこの2つの在留資格に基づく外国人の受け入れを始め、2025年までに34万人の外国人労働者を受け入れるとしている。受け入れ分野については、当初は農業、建設、宿泊、介護、造船の5分野だったが、その後は外食や飲食料品製造が加わり、14分野に及ぶ可能性が示されている。

 これまで日本政府は、専門的・技術的分野以外の、非熟練労働(いわゆる「単純労働」)としての外国人労働者は受け入れないという方針を維持してきた。しかし、実際には技能実習生や留学生といった、本来は就労を目的としない在留資格を持つ人たちが非熟練労働の分野に就労し、日本経済を支えてきた経緯がある。

新たに創設される 「特定技能1号」とは、「相当程度の知識または経験を要する技能を要する業務に従事する活動」、

「特定技能2号」とは、「熟練した技能を要する業務に従事する活動」とされており、「1号」には家族帯同も認められていない。

 5年もの間、家族と離れて暮らすということ自体、人道的に問題があるとして移住連などは廃止を求めていた。

 さらに、今国会で法案が審議されるなかで法務省が提出した資料「失踪技能実習生の現状」の中に多くの誤りがあることが判明し、批判の声が高まっている。

 この資料は、17年度中に退去強制手続きを受けた外国人中、「実習実施者等から失踪した技能実習生」に対して行われた聴取の結果に基づいたものだ。

 資料では、「失踪の原因」について、「①技能実習を出稼ぎ労働の機会と捉え、より高い賃金を求めて失踪するものが多数」「②技能実習生に対する人権侵害行為等、受け入れ側の不適正な取り扱いによるものが少数存在」等と報告していた。

 しかし、その後、報告の基礎資料となった聴取票には、「より高い賃金を求め」たという項目が存在せず、他にも多くの数値が誤っていたことが判明した。低賃金を理由に失踪する労働者は最低賃金を下回る賃金しか支払われず、休日のない連続勤務を強いられたため離職するケースも多い。この実態を隠そうという意図があったという批判は免れないだろう。

 この日の集会で同法案の問題点をまとめたアピールが発表されたので、ぜひ読んでいただきたい。
 http://migrants.jp/wp-content/uploads/2018/10/ff84091fb1cd117b41ec2a7a261dcc8c.pdf

 日本にはアジアの国々から多くの労働者が入ってきているが、遡ると日本の植民地支配を受けた朝鮮半島からも多くの労働力を搾取してきた。歴史的に見ると、この時代への反省がないからこそ、在日朝鮮人への差別がいまだ続いているのだ。外国人といえば、その労働力として安価に利用しようという視点しか出てこない政策の乏しさ…。問題山積みの法案、施行された後の大混乱が予想される。(瑛)


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「今こそ、包括的な移民政策を!」11.21院内集会アピール
〜外国人労働者が「人間」として暮らすために〜

「『単純労働者』は受け入れない」「移民政策ではない」。もう建前は十分だ。その建前の陰で、外国人労働者・移民、外国にルーツをもつ人びとの権利や尊厳がないがしろにされてきた。
「外国人が増えると治安が悪化する」「日本人の雇用条件が悪化する」「外国人が日本の保険制度にただ乗りをしている」。もうデマは十分だ。そうして日本人と外国人の対立が煽られ、多様な人びとがともに暮らすこの社会の現実は見えなくさせられてきた。

 外国人技能実習生の過酷な労働実態に再び注目が集まっている。周知のように、技能等の移転を通じた国際貢献を目的とする外国人技能実習制度は、実際には、安価な労働力を受け入れる経路として利用されてきた。
この制度は、技能実習生に家族の帯同や転職の自由を認めないことによって、「労働力」が「人間」として暮らす局面を最大限制限している。それは「『単純労働者』は受け入れない」「移民政策ではない」という建前を維持するために作り出され、維持されてきた制約ともいえる。

 しかし、今明るみになっている技能実習生の数々の人権侵害は、結局、この制度が、彼・彼女らの労働者としての権利を制限し、生活のあらゆる部分を管理下に置くことによってしか維持され得ないことを示している。つまり「人間」を「労働力」としてしかみない制度は、「人間」としての暮らしを制限することによってしか成り立ち得ないのだ。そうして、「人間」としての移民を「労働力」としてしか扱ってこなかったのが、日本の過去30年間の、いわば「移民政策なき移民政策」である。

 今、ようやく、政府から外国人労働者を正面から迎え入れる案が出されたことを私たちは歓迎する。しかしその中身はまたもや、移民を「労働力」としてしかみないものである。

 今、私たちは岐路に立っている。過去30年の「過ち」を再び繰り返すのか。それとも現実を直視し、「人間」が「人間」として暮らすことのできる社会をともにつくる方向に踏み出すのか。

 私たちは、「人間」が「人間」として暮らすことのできる社会を求める。なぜなら外国人労働者・移民、外国にルーツをもつ人びとは、すでに「ここにいる」からだ。彼・彼女らは「人間」としてここにいる。国家がいかにコントロールしようとしても、社会がいかに「労働力」として扱おうとしても、この厳然たる事実は変わらない。
とするならば、彼・彼女らが、「人間」として暮らせるための権利と尊厳が保障されなければならない。この原則に立ち、現在の政府案に関し、以下のことを求める。

1. 多くの人権侵害を生み出して来た外国人技能実習制度を新たな受け入れ制度への入り口とはしないこと。技能実習制度は直ちに廃止すること。

2. 「特定技能1号」「特定技能2号」の区別をやめ、就労可能な他の在留資格と同じように、はじめから家族帯同が認められ、永住につながり得る在留資格を設けること。また新しい在留資格による受け入れは直接雇用によるものとし、技能実習制度の構造に酷似する受入れ機関や登録支援機関などの仕組みは排除すること。さらに外国人労働者に、日本人と同一の賃金を実質的に保障するための体制を整備すること。

3. 「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」の検討にあたっては、管理強化の体制を全面的に改めること。そのためには、出入国管理を司る法務省には司令塔的役割を与えないこと。内閣府もしくは専門的省庁がその役割を担うこと。

4. 外国人労働者が社会の一員として暮らすための体制を整備すること。すなわち家族帯同、日本人と平等の社会保障(健康保険、年金等)、日本語教育、子どもの教育など、生活者としての権利を実質的に保障すること。非正規滞在者については、彼・彼女らの日本社会とのつながりを考慮し、正規(合法)化を認めること。

5. 国籍差別や人種差別の実態を踏まえ、移民基本法、差別禁止法を制定し、移民の権利保障の体制を整えること。
以上

2018年11月21日
特定非営利活動法人
移住者と連帯する全国ネットワーク
院内集会参加者一同
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朝鮮と出会う旅・石川編④

2018-11-29 10:00:00 | (相)のブログ
 イオ2018年12月号特集に掲載された『朝鮮と出会う旅』の拡大版をブログで3回にわたって続けてきたが、4回目の今回が最後になる。

 金沢から羽咋→福浦港→能登金剛→七尾→能登島ときて3日目の晩に金沢へ戻ってきた。

 

 金沢は紅葉の直前の時期だった。

 4日目は、金沢市内の野田山墓地へ朝鮮の独立運動家・尹奉吉(1908-32)の暗葬跡地を訪ねた。

 

 尹は、日本の植民地支配に抵抗し、1932年4月29日、中国・上海での日本陸軍の式典で爆弾を投げ、日本軍将校らを死傷させた人物。上海新公園(虹口公園)で爆弾を投げた尹奉吉は直ぐに逮捕され、上海派遣軍軍法会議で死刑の判決を受け、日本に移送されると大阪陸軍衛戍刑務所に収監された。その後、金沢に移送され、12月19日に第九師団三小牛作業所で銃殺された。遺体は野田山陸軍墓地と一般墓地との間にある、一般人が往来する通路に「暗葬」された。金沢に連れてこられたのは、上海派遣軍の主力部隊だった第9師団が金沢に駐屯していたからだ。
 1945年8月15日、朝鮮が解放されると、尹の遺体は在日本朝鮮人連盟(朝連)所属の同胞らの手によって翌46年3月、処刑後13年ぶりに発掘され、祖国へ帰った。
 その後、1992年に故・朴仁祚さんら有志によって暗葬の跡地が整備され、尹奉吉義士殉国祈念碑も建てられた。
 現在は尹奉吉義士暗葬地保存会の朴賢沢さん(74)が跡地の保存・管理を行っている。朴賢沢さんは故・朴仁祚さんの親族だ。この日、雨の降りしきる中、貴重な史料を駆使した詳細な解説つきで跡地と祈念碑一帯を案内してくれた。

 

 恥ずかしながら、尹奉吉が金沢の地に眠っていることを今回初めて知った次第だ。

 そして、石川への旅の締めくくりとして玉泉園を訪れた。
 玉泉園は、日本三大庭園(日本三名園)にも挙げられるかの有名な兼六園のすぐ隣にある。なぜここを旅の最後の目的地として選んだのかというと、玉泉園を造った脇田直賢(1586-1660)という人物が、今から420年前に朝鮮半島から連れてこられ、加賀藩で金沢町奉行にまで上り詰めた数奇な運命の持ち主だということを地元新聞の記事で知ったからだった。

 

 脇田直賢の幼名は金如鉄という。現在の韓国・ソウル市に生まれた。7歳のころ、「壬辰倭乱」(豊臣秀吉の朝鮮侵略)で父親が戦死。如鉄は秀吉の家臣・宇喜多秀家によって岡山に連れてこられ、その後、金沢の前田利家のもとへ移ってきた。前田家に育てられた如鉄はやがて前田家の二代目藩主・利長の家来に。それから家臣の脇田家に婿入りし、直賢を名乗るようになったという。
 当時、秀吉の朝鮮侵略の際に捕虜として日本へ連れてこられた朝鮮半島の人々は少なくなかった。陶工の話は聞いたことがあったが、脇田直賢については今回初めて知った。
 玉泉園には立派でひときわ目を引く朝鮮五葉松がある。これは、故郷をしのぶため、直賢父子が朝鮮半島から苗木を取り寄せて植えたものだと伝えられている。
 直賢は晩年、名前を如鉄に戻したという。海を越えた異郷・金沢での暮らし。直賢の胸にはどのような感情が去来したのだろうか―。直賢が植えた朝鮮五葉松を見上げながら400年前に思いをはせてみた。

 

 ちなみに、玉泉園は現在、脇田家の手を離れて売却され、西田家の手に渡っている。

 今回をもって、「朝鮮と出会う旅・石川編」のブログ連載を終えたい。お付き合いいただきありがとうございました。(相)
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醜悪な高校無償化問題の自民党決議

2018-11-28 09:57:42 | (K)のブログ
 日産自動車のゴーン前会長の問題や外国人労働者の受け入れ問題でかげが薄いが、何かと話題になり世間を騒がせていた片山さつき参議院議員。その片山議員の「片山さつき Official Blog」の2011年9月6日付に、「自民党は、朝鮮学校無償化手続き再開に強く抗議し、即時撤回を求める決議をしました!その全文をお載せしますので、ご覧下さい」として、当時、野党だった自民党(文部科学部会・外交部会・拉致問題対策特別委員会合同会議)が2011年8月31日に出した「朝鮮学校無償化手続き再開に強く抗議し即時撤回を求める決議」というものが全文、紹介されている。
http://satsuki-katayama.livedoor.biz/archives/5825498.html

 決議文自体はブログのページから読んでもらえればよいのだが、その内容のひどさは想像を絶するものがある。出だしの文章で、自民党が朝鮮学校をどのように見ているのかがよくわかる。読むと、自民党が朝鮮学校に無償化制度を適用することに反対している理由が、最初から最後まで政治的外交的なものであることもわかる。下についているコメントがまたひどい。醜悪きわまりない。

 2012年12月末に発足した安倍内閣は、決議文を実践するように、まっさきに朝鮮学校を高校無償化から排除するために動いた。2013年2月20日、文科省は省令を変えて、施行規則から規定ハを削除、朝高10校を「不指定」処分とした。

 10月30日の東京高裁をはじめ各地の判決は、政治的外交的理由で規定ハを削除し朝高を排除したことが明らかなのにも関わらず、それを見ることなく、朝高排除を支持するヘイト判決を繰り返している。自民党の決議文の醜悪さ、それを受けたかのような判決の醜悪さ。
 7年前の片山議員のブログにコメントを投稿したような人たちが今の日本でどのくらいを占めるのだろうか?

 11月14日、大阪での日本の小学校と朝鮮初級学校との交流会について、批判し糾弾する内容がツイッターに投稿され、ものすごい数が拡散されていた。そこについているコメントもまた、醜悪だった。過去形で書いたのは、ツイッターを投稿したその本人が、いつの間にかツイッター上から姿を消していたから。
 学校に確認したところ、22日の交流会は無事に行われたそうだ。

 最初に、「外国人労働者の受け入れ問題」と書いたが、それと関連する問題を最後に一つ。現在、日本にいる外国人の多くが各地の入国管理センターに不当に収容されている。そのうちの一つ、茨城県牛久市にある東日本入国管理センターの被収容者が、11月20日よりハンガーストライキを開始している。入国管理センターの被収容者の問題は、このブログでも何度か発信してきた。被収容者の人たちが何を求めているのか、ハンスト参加者が提出した「申入書」などを読んでもらいたい。この問題に取り組んでいる仮放免者の会(PRAJ)のホームページ(https://praj-praj.blogspot.com/)に掲載されている。(k)

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朝鮮と出会う旅・石川編③

2018-11-27 10:00:00 | (相)のブログ
 「朝鮮と出会う旅」をテーマにした石川・能登半島紀行の報告も今回で3回目。
 福浦港・能登金剛、神社巡りに続く3日目は、七尾湾内に浮かぶ能登島に朝鮮半島式の古墳を訪ねた。
 石川県内では朝鮮半島と関係のある古墳がいくつか発見されているが、能登島の南に位置する須曽蝦夷穴(すそえぞあな)古墳もそのうちの一つ。
 前日、神社巡りをした後(前回のエントリを参照)、和倉温泉駅近くの古びたビジネスホテルで一泊(温泉街の中の高級旅館ではない)し、翌日は古墳へ向けて午前中の早い時間から動くことにした。
 古墳のある能登島へは能登島大橋を渡ってから行く。能登島大橋は全長1050m、石川県でもっとも長い橋だという。
 移動手段としてはレンタカーがもっとも適しているのだろうが、ペーパードライバーになって久しい筆者は車を断念。かわりに、地元の観光協会のレンタルサイクルを利用することに。たいした道のりではないだろうと勝手に想像し、前方に荷物かごがあるギア付き自転車(いわゆる、ママチャリ)をチョイス、職員にその旨を告げた。目的地を聞かれたので「能登島まで」と答えると職員の表情が一変、「アップダウンきついですよ」と言外に電動アシスト自転車を勧めてきたが、なぜかそのままママチャリを選択し、いざ出発。
 
 

 しかし出発して10数分、橋の入り口に立った瞬間、自らの決断を後悔することになった。橋上からの景色はすばらしかったが、橋の傾斜は自転車で進むにはかなりきつい。

 

 能登島に入ってからもアップダウンはさらに続いた。仮に電動アシスト自転車であっても結構きつかっただろう。全身の筋肉をプルプルと震わせながら周囲長およそ72kmの島中を進む。

 
 自転車で橋を爆走し、山道を登ること約1時間。標高80メートル、七尾湾を見下ろす丘陵に国史跡・須曽蝦夷穴古墳はあった。

 

 

 古墳の前にたてられた解説板には次のような説明が書かれていた。

 須曽蝦夷穴古墳は古墳時代の終わり頃(7世紀中頃)に築かれた有力者の墳墓である。
 墳丘は、東西約18.7m、南北約17.1mの方墳で、正面の墳裾に低い石積みを巡らした典型的な終末期古墳の様式をもつ。
 一方、墳丘内部には付近の海岸から運んだ安山岩板石で一対の墓室(横穴式石室)が造られ、横幅の広い奥室(玄室)やドーム形に持ち送る天井など、朝鮮半島の墳墓に通じる特色を備えている。
 このような石室をもつ終末期古墳は他に例を見ず、日本の対外交流史を考えるうえでもきわめて重要な古墳である。


 説明板にある「朝鮮半島の墳墓に通じる特色」というのは、日本の古墳には例が少ない高句麗式の構造を備えているということらしい。墓の内部からは銀象嵌装飾の刀装具をもつ大刀や、朝鮮半島で例の多い特殊な鉄斧(ほぞ孔鉄斧)などの副葬品が出土したという。

 

 古墳のある丘から七尾湾を見渡す。眺望の説明板にはこう記されていた。

 古墳の前方には、石室に使われた安山岩の露頭がある一本木鼻岬が見え、正面には波静かな七尾南湾、その向こうには七尾市街や背後に横たわる石動山系の山々が臨まれる。
 蝦夷穴古墳が造られた頃、湾岸で暮らす人々は稲作とともに漁や塩つくりを生業とし、七尾湾を活発に往来していた。また、当時七尾付近には鹿嶋津と呼ばれる港が営まれ、北方へ向かう海上交通の拠点でもあった。東北支配をねらう大和政権の意図により、湾岸の人々は時として水軍の一員に加えられ、北の海に向かったものと思われる。こうした能登の海人たちを統括していたのが、須曽蝦夷穴古墳に葬られた人物であろう。


 ちなみに、墓が構築されたのは古墳がほとんど作られなくなった7世紀中頃とされ、被葬者はわかっていない。
 一体どんな人がここに埋葬されたのだろうか。そして、昔の人々はこの丘からの風景をどのような思いでながめたのだろうか―。
 周囲に観光客は誰もいない。時おり吹く風の音しか聞こえない静寂の中、しばし時がたつのを忘れてそのようなことをつらつらと考えた。
 これまで3回にわたって続けてきた石川紀行も次回のエントリでラストになる。(相)
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『ボヘミアン・ラプソディ』を観た

2018-11-26 10:00:00 | (麗)のブログ
映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観た。伝説のロックバンド、Queenの伝記映画だ。

この作品を後輩と一緒に観に行った。
そして想像以上に感動してしまい、興奮冷めやらぬまま帰宅。
これは飲まなきゃ冷静でいられない…!と興奮冷めやらぬままビールを流し込んだ。
なぜ鑑賞後に後輩と酒を交えながら感想大会をしなかったのか、いまだにそれを後悔している。

その後、フレディを見事に演じきった主演俳優を検索したり、
Queenのメンバーやエピソードなどを調べては、彼らに想いを馳せまた泣くという事を繰り返している。

最近は立川の映画館で上映している「極上音響上映」で二回目を観に行ったが、冒頭ですでに号泣してしまった。
体全体から感じるビリビリとした重低音に心を揺さぶられる。

Queenの曲はドラマやCMなどで聴いた程度の知識しかなかったが、そんな人間でもこんなにも泣けてしまう。
「映画館で観るべき映画」は山ほどあると思うが、この作品はまさにそうだなと思った。
映画を観ていくというより、「ライブを観に行く」という感覚の方が近いかもしれない。


あと20回は観たい…!「最高」のひとこと。
そう思わせてくれる映画だと思った。(麗)
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2世とつくる朝鮮料理

2018-11-22 10:00:00 | (理)のブログ
※写真はすべて(麗)さん

 「直伝!家庭の朝鮮料理」「見て作れる朝鮮料理」「あなたも作れる!朝鮮料理」「2世とつくる朝鮮料理」「やればできる朝鮮料理」…来年度の料理企画のタイトル案である。今回の連載の特徴は“体験型”。料理の得意な同胞にレシピを紹介してもらうだけでなく、下ごしらえから完成までの工程を記者が実際に体験し、疑問点や感想も入れつつ作り方を紹介する、というような構成を考えている。料理はしてみたいけど何から始めていいか分からない…という(私のような)人にも「やってみようかな」と思わせることがねらいだ。

 昨日はその初取材だった。教えて下さったのは足立区在住の同胞女性・高さん。1世のオモニから受け継いだ朝鮮料理のレパートリーは多岐にわたる。中学生の頃から料理をしていたそうで、素人の目線に立ってとても分かりやすく教えてくれた。





 これは1月号で紹介するスンドゥブの材料だ。こうして並べてみると、なんだかやる気が出てくる。ヤンニョムを混ぜて、材料を切って…。用意してくれたレシピに沿って、一つずつ丁寧に作業していく。「そうそう! 上手いじゃない!」「焦らなくていいのよ~」「大丈夫、それでいいの」「いいの、自由にやってみて」「それがあなたの味なんだから」―、隣で見守りながら絶えず励ましの言葉をかけてくれる高さん。タイトルは「褒めて伸ばす!朝鮮料理」でもいいかもしれない。



 食材に関する豆知識や調理のコツなど、豊富な知識を聞いているだけでも面白かった。また、小さな疑問にもやさしく答えてくれる。



 ヤンニョムと野菜を火にかけると、「これぞ朝鮮料理~!」という感じの香りが立ってきてテンションが上がる。



 そして見事、スンドゥブが完成! 素材の味が活きた、旨みたっぷりの美味しいスンドゥブだった。この日は他にも、どんな野菜にも応用できる基本のヤンニョムと3種類の即席キムチの作り方も習った。



 基本のヤンニョムの材料はこれだけ! 即席キムチはそれぞれ、下ごしらえを入れても20分ほどで出来てしまった。取材の帰り道、たまたま近くに従姉妹が住んでいるので作ったキムチをおすそ分けすると、後ほど「美味しかった」と感想のメールが。冬休みに実家に帰ったら家族にも作ってあげたくなった。

 この連載では、チヂミ、ナムル、スープ、キムパプなど、年間を通して基本の朝鮮料理を紹介していく。取材をする過程で、私も1年後にはある程度、料理ができるようになっているだろうか。今後も楽しみだ。(理)
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「病を生きる」人たちを取材して

2018-11-21 10:00:00 | (瑛)のブログ


先日発売された月刊イオの12月号では、「病を生きる」という特別企画を組んだ。

巻頭では、グラフィックデザイナーのホ・サンホさんと、キャンサーペアレンツの西口洋平さんに「『がんを生きる』ということ」をテーマに対談をしていただいた。

ホさんは32歳の時に、血液がんが発症し、苦しく厳しい闘病生活を送ってきた。

西口さんは35歳で胆管がんを告知され、現在も抗がん剤の治療を続けている。

お二人とも、告知された当時は、働き盛りでお子さんも保育園や小学生と幼かった。生活の心配、何より突然に襲った「死の不安」に、どれほど心を痛められただろうか。

お二人がすばらしいのは、自分の病気を、自分だけに留めなかったことだ。

西口さんが「キャンサーペアレンツ~子どもをもつがん患者でつながろう」https://cancer-parents.com/という団体を立ち上げたのは「がん告知」の翌年。周りに相談できる相手が誰もいなかったからだったという。

西口さんの活動については、NHKニュースで偶然知ったが、小さい子をあやしながら、患者同士で話をしている若いママの姿に心臓がドクドクした。「もし自分ががんになったら…」―この思いが押しよせると同時に、患者をつなげるネットワークの必要性に大きくうなづいた。

ホさんは、母校を元気づけるためのプロジェクトやフライヤー作成、特技の空手を生かした活動がどれもユニークで力強く、さまざまな場所で人の輪を広げている。

お二人の来たし日を綴りながら、病気になった当人と家族の苦しみは、計り知れないが、大変なときこそ、人のつながりだと強く感じた。何より、患者への社会の目が温かければ、その苦しみは少しでも癒されるのではないか。

治療の方法や、遺されるであろう家族の心配、そして、日々の生活と、病を生きる人たちの悩みは尽きない。2人に一人が、がんを患う時代。率直で切実なお二人の話に、自身の人生観を大きく試されたのだった。(瑛)
※画像提供=西口洋平さん
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全国屈指のフォワード擁する大阪朝高、38 - 12で勝利

2018-11-20 10:21:03 | (全)のブログ


 昨日のブログで(k)さんが大阪朝鮮高級学校の全国大会出場について書かれていたが、今日のブログでは決勝を現地で取材したので試合の戦況と写真を中心に報告しようと思う。

 第98回全国高等学校ラグビーフットボール大会の大阪府予選、第2地区決勝で大阪朝高は同志社香里高校と対戦した。

 試合前日、大阪朝高の権晶秀監督は「香里はディフェンスが上手なチーム。高い位置で相手を止めたい」と話していた。

 午後12時30分。決勝のホイッスルが会場に鳴り響いた。前半開始早々、試合が動く。朝高はゴール前で中央ラックから5番の尹礼温選手(右ロック)が右へ持ち出し、中央にトライを決めた。朝高のキャプテン・李承信選手(12番、左センター)が着実にゴールを決め、7-0と先制した。

 先制トライを決めたものの、大阪朝高は勢いに乗ることができず自陣で苦しい時間帯が続く。粘り強いディフェンスをみせ、無失点で乗り切った大阪朝高は、同27分、左からの素早いパス回しで14番の宋元泰選手(右ウィング)につなぎそのままトライを決めた。前半を12-0で折り返した。








 後半でも朝高は幸先の良いスタートを切る。同2分、22メートルライン付近でラックからモールを作り直しそのまま押し込んでトライを決めた(トライを決めたのは2番の金樹一選手・フッカー)。12番の李キャプテンも着実にゴールをきめ、19-0とリード。
 しかし同5分、朝高のパスを相手がインターセプトしそのままトライを決める。大阪朝高はこの試合初めてのトライを許したが、試合の流れを相手に譲ることなく、同8分にモールからトライを決め、突き放す。





 勢いが止まらない朝高は、同17分に22mライン中央ラックから左へつなぎ、モールを作る。そのまま押し込んでゴールポスト左にトライを決めた。
 同24分にトライを返すが、後半終了間際にも朝高が5m左ラインアウトからモールを作り、押し込んでトライを決める。李選手がゴールを決めるとともにノーサイド。大阪朝高が4年ぶり、10度目の冬の花園での全国大会出場を決めた。

 試合を終え、李キャプテンは「全国大会出場を決めることができて一安心です」と笑みを見せながらも、「いつもと違う緊張感のなかで、試合内容も良くなかった。まだまだ胸を張って大阪府の代表とはいえない。冬の花園まで大阪府代表として成長して、応援してくれる全国の同胞たちに恩返ししたいと」抱負をのべた。

 冬の花園に大阪朝高が帰ってきた。今年のチームのスローガンは「復活」。選手たちは「全国ベスト8以上が目標」と口を揃えていう。冬の花園まで1ヵ月と少し。ここで、李キャプテンの印象に残った言葉を紹介してブログを締めたい。

「いつもチャレンジャーという気持ちで」(李承信キャプテン)(全)


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復活!大阪朝高ラグビー部、全国大会出場へ

2018-11-19 09:59:12 | (K)のブログ
 第98回全国高等学校ラグビーフットボール大会の大阪府予選、第2地区の決勝戦、大阪朝鮮高級学校と同志社香里高校との試合が昨日18日に花園ラグビー場で行われた。
 試合は見事、大阪朝高が38-12で勝利。4年ぶり10度目の花園での全国大会出場を決めた。権晶秀監督が3年前から指揮を執るようになって初めての花園出場となった。それが何よりうれしい(昨年春の選抜大会には出場している)。

 私は試合のライブ中継をスマホの画面で見ていた(便利な時代になった)。午後12時半に試合がスタート。開始早々の2分、朝高がトライ。ゴールも決まって7-0とリードする。これは楽勝かと思ったが、そこから朝高が攻め込まれる苦しい時間が長く続いた。振り返ってみると、この苦しい時間帯を0点に抑えたのが勝因ではなかったかと、素人ながら考えている。朝高伝統の魂のディフェンスで守り切り前半終了間際の27分にトライを決める。これも大きかった。12-0でリードし前半を終了。
 後半も開始早々2分、朝高がトライ(これも大きかった)。朝高は後半、4つのトライを挙げるが、すべてドライビングモールからそのままなだれ込んでトライしたものだ。モールからの攻撃が今のチームの最も得意な攻撃パターンなのかもしれない。

 試合終了後、権晶秀監督がインタビューに答える。
 「本当に生徒たちが頑張ってくれた」と、真っ先に生徒たちを称え、「復活」をスローガンに掲げてやったきたことを語っていた。全国大会の目標はベスト8以上だと言う。

 毎年、花園の全国大会には、大阪から3チームが出場する。他の地域より多いのは、地元だということもあるが、強豪校がひしめいているからだ。全国大会に出ても優勝や上位進出する実力のある高校が、常に4~5チーム存在する。大阪朝高以外にも常翔学園、大阪桐蔭、東海大大阪仰星などが有名だ。12年以降の6回の大会で大阪代表が優勝したのがなんと4回、昨年の決勝は東海大大阪仰星対大阪桐蔭という、大阪同士の対戦で東海大大阪仰星が優勝した。ところが、全国大会優勝校の東海大大阪仰星でさえも、今年の府予選決勝では常翔学園に敗れて花園に出場できない。それほどレベルが高いのが大阪の高校ラグビーだ。

 それだけに大阪朝高の全国大会出場は意義がある。本当にすごいことで、「復活」がうれしい。
 昨日の試合は(全)さんが現地で取材した。最初の写真も(全)さんが送ってくれたもの。試合の詳細や権監督就任以後のチーム作りなどについては、イオ1月号の誌面で(全)さんが報告してくれる。

 大阪朝高は過去の花園の大会では、ベスト4が最高。09年、10年と2年連続でベスト4になっている。4年前の大会ではベスト8だった。その時は広島の尾道高校と対戦し引き分けたが、抽選で大会を去らなければならなかった。
 「大阪朝高ラグビー部、抽選に散る!」https://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/683058c5bae0c7f53a4f92e285f22d2e

 その時以来の花園での試合となる。復活した大阪朝高がどんな試合を見せてくれるのか、年末年始の大会が今から楽しみで仕方がない。全国大会は12月27日から始まります。(k)
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朝鮮学校を弾圧する安倍政権糾弾国際宣言

2018-11-16 10:00:00 | (瑛)のブログ
 今日は金曜日。東京・虎ノ門の文部科学省前で朝鮮学校への就学支援金適用を求める「金曜行動」が行われる日だ。

 ソウルの日本大使館前でも毎週金曜、同様の行動が開かれている。

東京無償化裁判控訴審判決(10月30日)が出た2日後となる11月2日の「金曜行動」には、韓国の「ウリハッキョと子どもたちを守る市民の会」メンバーで構成された、「朝鮮学校差別反対! 高校無償化適用要求! 金曜行動11次訪問団」の40人が文科省前に集まり、「高裁敗訴」に涙を飲んだ生徒たちに大きな勇気を与えた。韓国のみならず、米国、ドイツなど海外からも支援者が集まった。



代表たちは先だって東京・永田町の衆議院第一議員会館で文科省、外務省、法務省、財務省、経産省代表に「朝鮮学校を弾圧する安倍政権糾弾国際宣言」に賛同した5462筆の署名を提出。宣言は、①植民地支配の謝罪、②対朝鮮敵対政策の撤廃と日本独自制裁の撤廃、③在日朝鮮人への弾圧の中止、④朝鮮学校への高校無償化制度への適用―を求めている。



席上、「市民の会」の共同代表で弁護士のチョン・テヒョさんは、2018年8月に国連人種差別撤廃委員会が日本政府に無償化差別の是正を再度、勧告したことをあげ、「差別禁止と平等は国際人権法の基本だ。日本政府は具体的で明確な措置を講じなくてはならない」と訴えた。米国・ロサンゼルスから来日した女性は、「私はアメリカで民族教育を受けられなかったが、昨年に朝鮮学校ツアーに始めて参加したとき、海外でもこのようなことが可能なのかと感じた。初めて見た自信と誇りに満ちた姿だった」と在日朝鮮人の民族教育を称えた。





印象深かったのは、大手新聞社の記者が「総聯系の朝鮮学校をなぜ支援するのか?」という趣旨の質問を投げた時。堰を切ったように、発言が続いた。

 ある在米同胞は、「日本が植民地時代に、在日コリアンを強制的に連れてこなかったなら、日本でこのようなことは起きなかった。無償化差別は反人権的な仕打ちだ。撤回を求める」と語り、韓国の女性詩人は、「一人の子どもを育てるのに、一つの村が必要だという言葉がある。差別と弾圧は子どもたちに傷を与えている。祖国への修学旅行で買ったお土産を没収するという野蛮な行為に体が震えた。日本には(朝鮮半島)分断の根本的な責任がある。平和と平等のために率先して取り組んで欲しい」と訴えた。

 また、ドイツから来日した男性は、「(高校無償化制度からの朝鮮学校排除は)基本的な民主主義に反すると考える。どの国であっても自国の歴史に対する責任を取るべきだ。しかし日本はそうではないようだ」と再考を求めた。

この日、関係省庁から要望への返事はとくになく、思いを聞いてもらうにとどまったが、職員たちは彼らの言葉に「何か」を感じ取ってくれたはずだ。





16時からの金曜行動は、世界各国から集まった大応援団で、朝大生たちや保護者のオモニたちは、大きな力を得ていた。裁判闘争は「法廷だけにあらず」と力を得た取材だった。(瑛)
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イオ12月号、完成!

2018-11-15 10:00:00 | (麗)のブログ
イオ12月号が完成しました。

表紙はモデルの金美香さん。今回は私が撮影を担当しました。
スラリとした高身長で和やかに笑う金さんでしたが、撮影が始まると雰囲気ががらりと一変。
様々なポーズと表情を次々にこなしていきます。さすがモデルさん…!
カメラを見つめる姿に何度もドキッとしたのですが、時々見せるクシャッとした笑顔が可愛らしく、
いろんな一面を見せてくれるとても魅力的な方でした。


12月号の特集は「朝鮮と出会う旅―対馬、函館、石川、東京」。
イオは創刊以来、「もう一つの旅」など朝鮮半島とゆかりのある土地を訪ねる企画をたびたび組んできました。
深まる秋の季節に合わせて、今年最後の12月号では「朝鮮と出会う旅」と題して
対馬、北海道・函館、石川、東京の各所を取り上げます。
ガイドブックに載っている有名な観光ルートから少し寄り道をすれば、新たな景色が見えてくるはずです。

特別企画は「病を生きる わが奮闘記」
若くして、重い病気を患い、それまでの生活が一変した人たちがいる。
「病気と暮らす日常」とは―。そばにいる私たちが、できることとは?―。
企画では、表紙のデザインを担当しているグラフィックデザイナーのホ・サンホさんと、
キャンサーペアレンツ代表西口洋平さんの対談のほか、
重い病に襲われた時、何を思い、どう行動したのか、周囲はどうサポートしてくれたのか―。
3人の同胞たちが自身の体験を語ってくれました。

他にも、「東京無償化裁判控訴審判決/司法への落胆、軽蔑…またもやヘイト判決」、
「統一時代の歴史研究交流、その可能性を探る/朝大朝鮮問題研究センター主催で講演会」、
斎藤貴男さんによるエッセイ「平壌見たまま聞いたまま」など、盛りだくさんの内容となっております。


どうぞご愛読ください!(麗)
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深まる読書の秋

2018-11-14 10:00:00 | (理)のブログ

 もともと読書が好きだが、ここ数年は集中力が続かず生活から本が遠のいている。面白そうな本を図書館で借りてきても、読み切らないままに返してしまうことが多い。それでも最近、なにかのきっかけでまた少しずつ読むようになってきた。

 写真右上の絵本『ことばのかたち』は、イオ12月号の書籍情報ページにも掲載される。
 「もしも 話すことばが目に見えたら どんなかたちをしているだろう」―。花、毛布、くだもの、タンバリンと、ことばが身近なものに例えられる。水彩画で、見ていてとても癒される。しかし、「だれかを傷つけることばが 針のかたちをしているとしたら どうだろう」との問いかけのページで描かれる絵は痛々しく、悲しい。実際に手に取って見ると小さなショックがある。子どもが読んでも大人が読んでもそれぞれに違う深度で感じることがある本だと思う。

 この絵本の作者、おーなり由子さんの本を初めて手にしたのは小学校高学年か中学生の頃。近所の古本屋に『てのひら童話』というかわいらしく手触りのいい本が3巻セットで置かれていた。パラパラとページを繰ると不思議で面白そうな話がたくさん詰まっていて、すぐにレジへ向かった。まだじっくり読んでもいないのに、(だれかに買われていなくてよかったー)とほっとした。漫画のようにコマ割りされているが内容は穏やかで、でもドラマチックな場面もあり、すっかりお気に入りになった。思春期のあいだ、何度も何度も読み返してほっこりしたり、切なくなったりした。
 思い出話が長くなってしまったが、本当に素敵な本なのでこういう雰囲気が好きそうな人はぜひ手に取ってほしい。1993年に初版のようだが、2004年に文庫版も発売されている。

 写真右下の『死を招く乗客』はミステリーアンソロジーだ。ロープウェイ、バス、飛行機、船など、乗り物の中で起きた殺人事件を題材にした短編推理小説を集めている。8人の作家による物語が収められているが、個人的にいちばん面白く感じるのは夏樹静子さんという作家が書いた「死刑台のロープウェイ」。
 夏樹静子さんの作品は他にも何冊か読んだことがある。どれも登場人物のキャラクターが立っていて、綿密に絡み合った人間関係と、そこからくる深い心理描写でぐいぐい物語に引き込まれる。そして意外な結末。これらの作品を読んで推理小説の面白さを知った。

 面倒なことを後回しにしてついついだらけてしまいがちな己の性格に喝を入れるために買ったのは、写真左下の『すぐやる人は、うまくいく。』。ビジネス系の啓発書だが、日常生活にも当てはまる考え方がたくさん書かれており、身に染みることも多い。しかしこの本を買ったのは2週間以上前。1~2時間で読めてしまう、しかもこの題材で売っている本をだらだらと読んでいる(まだ半分も読めていない)自身の怠慢さが恐ろしい。

 写真左上の『네덩이의 얼음』は朝鮮民主主義人民共和国の本で、もちろんすべて朝鮮語で書かれている。貸してくれた先輩いわく、「タイトルの意味は最後まで読んだら分かる」とのこと。なんと訳したらいいのだろう、「4つの氷塊」…? それこそミステリ小説のようなタイトルだが、内容は日本軍性奴隷制問題について書いたものだという。朝鮮語の原書は長らく読んでいなかったため、集中力を保ちながら読み進めるのにかなり苦労している。頑張って読み切りたい。(理)
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東京朝高、西が丘で散る。サッカー選手権予選で都ベスト4

2018-11-13 09:57:01 | (全)のブログ

 11月11日、第97回全国高校サッカー選手権東京都予選のBブロック準決勝が国立西が丘サッカー場で行われた。10月28日の準々決勝で修徳高校を2-1で破った東京朝鮮中高級学校は、この日、帝京高校と対戦した。東京朝高は夏のインターハイ予選で帝京を4-3で退けている。
 西が丘の地で実現した「十条ダービー」。「朝高魂」VS「帝京魂」を一目見ようと、スタンドは大観衆で埋め尽くされた。


東京朝高イレブン

 
 13時45分、試合開始を告げるホイッスルがピッチに鳴り響いた。試合開始早々、帝京は素早いパスワークを展開し、FWの20番、MFの10番を軸に連続的な攻撃を仕掛ける。相手のコーナーキック、フリーキックが続くなか、朝高も粘り強いディフェンスをみせ、ロングシュートにも体を張って止めた。



 試合が動いたのは同20分。修徳戦で先制点を決めた、5番の朴俊範選手(3年、DF)が左サイドに抜け出し、左サイド深くからセンタリングを蹴りあげる。このクロスに6番の金燦明選手(3年、FW)が右足でしっかり合わせ、試合の均衡を破る得点を決めた。
 金選手はこのゴールについて「普段からこのパターン(朴選手がセンタリングを上げ、金選手が合わせる)を練習してきた。練習の成果をこの舞台で発揮できて嬉しかった」と振り返った。


ゴールにつながったセンタリングを上げる朴選手

 朝高は得点後も気を緩めることなく、帝京のテクニカルなパス回しにブロックを敷き、組織的なディフェンスで対応した。また、相手の決定機の場面でもシュートコースを防ぎ、攻撃をしのいだ。



 帝京の時間帯が続く前半終盤。観客席から《불타라 불타라 조고!》(燃えろ燃えろ朝高!)と鳴り響く声援が朝高選手たちを後押しする。そして前半終了のホイッスルが鳴り、1点リードで朝高は前半を折り返した。

 決勝進出まで残り40分。試合の行方を決める後半のホイッスルが鳴った。後半開始から朝高は積極的に攻撃を仕掛ける。前半同様、FWの金選手がポストプレーで起点となり体を張る。そして両サイドを広く使った攻撃で相手ゴールを脅かした。

 朝高が連続的に攻撃をしかけるなか、待望の追加点が生まれた。同6分、左サイドからセンタリングを上げるも、相手がクリアする。いったんは相手がこぼれ球を拾うが、すぐさま朝高選手が体を入れ、奪い返す。奪い返したボールを9番の李昌紀選手(3年、MF)がペナルティエリア外からロングシュート。放たれたシュートはゴールネットに突き刺さり、後半開始早々の追加点に会場のボルテージは最高潮に達した。


2点目を入れ、抱き合うイレブン


会場のボルテージは最高潮に


 2点を失い、後がない帝京は猛攻撃に出る。同10分、帝京左サイドからのセンタリングに相手が合わすが、朝高の守護神・姜ブラマ選手(3年、GK)がスーパーセーブを魅せた。
 ディフェンスでハードワークをみせる朝高だったが、同13分と18分に立て続けに失点。スコアは同点に。勢いづいた帝京の攻撃に必死にくらいついた朝高だったが、同33分に勝ち越しを許した。



積極的にロングシュートを狙う、10番の洪悧鎭選手


 応援団の声援を後押しに朝高は果敢に攻めるも、ゴールを決めることができない。すると朝高は後半アディショナルタイムに、痛恨の失点。無念に空を見上げた選手たちとともに、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。試合終了の笛が鳴るまで試合を諦めず、ボールを追った選手たちに会場からは惜しみない拍手が浴びせられた。




 試合を終え、東京朝高サッカー部キャプテン・文炯晶選手(3年、DF)は、「3年連続で負けているこの舞台で勝って全国大会に出場し、歴史を変えようという思いで臨んだ試合だった。チームはどんな状況でも最後まで諦めず、くらいつくことができたと思う。後輩たちはこの悔しさを糧にしてほしい。後輩たちが必ず全国大会出場を成し遂げると信じている」と悔しさをにじませた。





 結果は2-4の逆転負け。ベスト4の壁を越えることができなかったが、最後の1秒まで諦めることなくピッチを駆け巡り、ボールを追う東京朝高の選手たちの姿は、多くの観客の心を動かした。
 選手権予選は敗れたものの、東京朝高サッカー部にはリーグ戦・T2が残っている。この悔しさをバネに、T1昇格へ向け、突き進んでほしい。(全)
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朝鮮と出会う旅・石川編②

2018-11-12 10:00:00 | (相)のブログ
 前回からはじめた「朝鮮と出会う旅・石川編」。今回の更新は②となる。
 石川紀行の初日目は、金沢から羽咋を経由して、渤海使節の足跡が刻まれた福浦港、そして港をさらに北上して能登金剛まで足を延ばした。
2日目は、朝鮮半島とゆかりのある神社をめぐった。
 JR金沢駅から七尾線で羽咋を経由して、能登の代表的な観光地である和倉温泉へ向かう。そこからのと鉄道に乗って3駅目、能登中島駅で降りる。

 

 

 向かったのは、能登半島の中間地点に位置する七尾市中島町にある久麻加夫都阿良加志比古神社。長い名前だが、「くまかぶとあらかしひこ」神社と読む。駅からタクシーで約15分の距離にある。徒歩だと40分程度の距離だ。
 久麻加夫都阿良加志比古神社は熊甲(くまかぶと)神社とも呼ばれ、祭神は阿良加志比古神という渡来系(朝鮮半島)の人格神とされている。地元の人々には「おくまかぶと」の名称が有名。この神社で毎年9月20日に行われている「お熊甲祭」は国の指定重要無形民俗文化財になっている、能登を代表する奇祭だ。

 

 

 神社を訪れたのは土曜日の午後だったが、境内に人はおらず、ひっそりと静まり返っていた。
 
 久麻加夫都阿良加志比古神社の次に向かったのは白比古神社(七尾市白浜町)。笠師保駅と田鶴浜駅の中間地点にある。この神社の祭神もまた、新羅・加羅系の渡来神だといわれている。
 能登中島駅から和倉温泉方面に1駅、笠師保駅で降りて徒歩で目的地へ向かう。久麻加夫都阿良加志比古神社がある中島町、白比古神社がある白浜町ともに七尾湾に面した町だ。七尾湾は牡蠣の養殖場として有名で、この日も道を歩いていると牡蠣の養殖場や直売店、食堂などがそこらじゅうにある。おいしそうなにおいに誘われて、つい店ののれんをくぐってしまいそうになるが、取材スケジュールがつまっていたので断腸の思いで店先を通り過ぎた。

 

 そして、笠師保駅から歩くこと25分、日が沈む寸前で白比古神社に到着。大急ぎで写真を撮っていると、ややあって辺り一面真っ暗に。この日も日没タイムアップ。電車で和倉温泉駅まで戻り、石川紀行2日目の取材を終えた。(相)


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学美(在日朝鮮学生美術展)の巡回展と朝鮮新報連載がスタート

2018-11-09 10:00:00 | (K)のブログ


 2018年度の在日朝鮮学生美術展(学美)の巡回展が始まっています。9月12日の神戸展から始まり、福岡展(10月11日~14日)、大阪展(10月31日~11月4日)と終了しました。これから以下の巡回展が開かれる予定です。

広島展(11月10~17日)広島朝鮮初中高級学校体育館
京都展(11月22~25日)京都朝鮮中高級学校
東京展(11月28~12月2日)埼玉会館第1、2展示室
千葉展(12月4~9日)千葉市美術館市民ギャラリー
神奈川展(1月11~16日)川崎市教育文化会館
東海展(1月29~2月3日)名古屋市博物館
北海道展(2月15~17日)札幌市民ギャラリー第1、2展示室
鳥取展(3月15~17日)米子市美術館

 終了した3回の巡回展には、大勢の人たちが訪れ非常に好評だったようです。SNSなどで多くの人たちが、朝鮮学校の子どもたちの作品を見た感想を発信していました。
 大阪展は、朝日新聞にも紹介されて、多くの入場者が訪れたようですね。フェイスブックの、「学美大阪実行委員会」のページをアップすると、多くの作品やコメント、朝日新聞の記事も見ることができます。

 朝鮮新報の文化欄で、10月29日号から「学美の世界」という連載が始まりました(トップ写真)。月に1度のペースで掲載される連載で、各地の学美に携わる朝鮮学校の美術の先生たちが、これまでの学美に応募された作品の中から心に残るものを取り上げて、紹介・解説する記事です。
 連載第1回目は、学美の中央審査委員会委員長で神戸朝高の美術を担当しておられる朴一南先生に執筆していただきました。
 連載をスタートするに当たり、次のように書いています。

「学美(在日朝鮮学生美術展)の作品は他とは違う大きな特徴を持つ。大人の作品であれ子どもの作品であれ、一般的に上手さや描写力は絶対的評価基準に入る。それをあえて一旦横に置き、改めて子どもの作品と向き合い表現の名においていろいろな垣根を越え全ての作品を何の前提条件を付けずフラットに評価するよう見直したのが学美である。それはどうやら今までになかった画期的なことのようだ。
 ウリ民族教育が育み生みだした学美、この独特な世界を月に一度この紙面にて学美中央審査員先生方のリレー方式で紹介したいと思う。」

 朝鮮新報の紙面ではモノクロで掲載されていますが、ネット版ではカラーで作品が楽しめるので、ぜひ見てください。http://chosonsinbo.com/jp/2018/10/sinbo-j_181029/

 これから、みなさんの身近な児童・生徒や学校の作品が紹介されるかもしれません。期待してください。朝鮮学校の素晴らしさはいろんな方面、分野で語ることができますが、学美もその一つ。近くで開催される学美の巡回展にもぜひ足を運んでください。(k)

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