日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

今年の夏の思い出

2009-08-30 13:28:51 | (里)のブログ

夏休みの話になりますが、大学時代の同級生たちと1泊旅行に行ってきました。

18人という大所帯で楽しいひとときを過ごし、大満足な思い出となりました。 同級生の半分以上が現在、ウリハッキョの教員をしています。

学生数が多いハッキョから、全校生が15人未満の小さなハッキョまで、さまざまな条件の中で奮闘しています。

自分が実際に足を運んで取材に行ったハッキョと同様、同級生が教員をしているハッキョには親近感がわきます。

また実際に現場でがんばっている彼女たちの話が、記事で見るより数倍リアルで興味をそそられます。

社会人2年目。まだまだ経験値は乏しい私たちですが、卒業してからというもの本当に目に見えない成長を遂げていると実感させられます。成長させてもらってるという方が適切かもしれませんが。

みんなといるとあたかも学生時代に戻ったような錯覚を覚えますが、そんな時こそ一層と自分たちを取り巻く環境が変わったことを客観的に実感させられます。

 

日々向かい合うものは違くても、話すとやっぱり和むのが同級生の強み。

そんなこんなでたくさんの刺激を得た、実りある旅行でした。

(里)

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選挙と24時間テレビ

2009-08-30 09:00:00 | (K)のブログ

 今日は衆議院議員選挙の日だ。

  自民党が破れ民主党政権ができるのは確実な勢いのようで、「歴史的な選挙」であることには間違いない。

  民主党が支持されたということではない。本来、一国を動かす器もない人間が首相になり続け、3人続けて1年で交代するのだから、あまりにも自民党のあり方が悲惨だったということであろう。自民党政権は、対朝鮮政策だけを見ても、思想も哲学もビジョンもまったくもっていないことをさらけだしてきた。

  あまり期待はしていないが、民主党には対朝鮮政策、そして朝鮮人をはじめとする在日外国人政策を根本的に変えてくれるよう、切に願いたい。

  選挙の日の楽しみといえば、各局が放送する選挙報道番組だ。落ち着いているNHKを基本に各局を見比べる。当選・当選確実の数字が局によって違ったり、コメンテーターの顔ぶれが局の性格をあらわしていたりといった部分も面白い。

  日テレは、幸か不幸か、毎年恒例の24時間テレビと選挙日が重なってしまった。他局が午後8時から選挙報道を始めるのに、日テレは9時からとなる。8時から9時は感動を押し付ける芸能人のマラソンのクライマックスに当たるので、選挙結果は画面の隅で流すだけになるのであろう。

  ところで、日テレの24時間テレビは募金を集めることを目的に放送していると認識しているのだが、合っているのだろうか。

 だとしたら、番組制作にあれほど莫大なお金をかけずに、その分を募金に回せばいいのにといつも思ってしまう。募金する人も、お金をかけているから、人気芸能人が出ているから、芸能人がマラソンを走るから、募金を出すのではないはずだ。(k)

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9と8

2009-08-29 10:49:48 | (麗)のブログ

 先日、23度目の誕生日をむかえた。12時ぴったりに親から電話が来て祝ってくれたが、二人とも若干酔っているのかテンションがものすごく高かった。

 そのテンションの高さとは正反対のテンションで静かに対応しながら、電話を切った。それと同時に定期券の日にちが自分の誕生日だったことを思い出し、明日、新しい定期券を買わなければと思った。

 そして飲み会があった帰りに改札を出て、酔ってはいたがちゃんと定期券は買えた。

 朝、いつもと同じように改札を通ろうと定期券を出したら、買ったはずの定期券の日にちが変わっていないことに気付いた。

 何度も見るが、8月26日のままだ。昨日確かに定期券を買った。お金も入れて、画面に表示された「1ヶ月」というボタンも押したはず。なぜだろう。お金を入れたはいいが途中で買うのをやめたのか。はたまた単なる夢だったのか。酔っていたので記憶が曖昧だった。

  定期券を何度も確認しながら、通勤時間に延々と考える。そして会社に着いて、もう一度落ち着いて定期券を確認しなおした。そしたら、ふつうに「9月26日」になっていた。

 9を8だと勘違いしてずっともんもんとしていたのだ。

 相変わらず馬鹿なことしてるなと思った。 思いこみほどこわいものはない。(麗) 

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夏休み

2009-08-28 14:01:51 | (K)のブログ

 子どもたちの夏休みもそろそろ終わりだ。

  自分が子どものころを振り返ってみると、これほど長い休みを、何とも無駄に過ごしていたのかと思う。

  夏休みの宿題は最後の3日くらいで全部やっていた 。宿題をしなくても親は、まったくうるさく言わなかったし、まったく手伝わなかった。いま親になり、子 どもがなかなか宿題をやらないのを見て、ちょっとイライラするのだが、当時、父親はまったくイライラしていなかったと思う。度量が広かったというよりも、 そんなことに何の関心もなかったように記憶する。

  ここまで書いて、父親は何に興味や関心をもって生活していたのかと考え込んでしまった。今となっては本人に直接きくこともできない。

  仕事がら、さまざまな文章を書いている。「自分」 というものがまったく介入しない文章もあるが、このブログのようにモロに「自分」が出るものもあるし、 多くの文章は程度の差こそあれ「自分」がにじみ出て くるものだ。

  以前、中島らもさんにインタビューしたとき、「文章を書くことは真っ裸の自分を見せることと同じ」と言っていた。変にかっこうつけた文章や世間体を気に した文章は、人の心に入っていかないのだと思う。

  息子が大きくなったときに、父親が書いた文章を読めば、どんなことに関心をもって生活していたのか、 わかるはずである。仕事がイオという雑誌として残ることも幸いだ。

 問題を多少解いたところで学力がそれほど上がるわけでもないのだから、夏休みの宿題で問題集を解かすようなものはやめたらいいと思う。何冊か本を読むようにし読書感想文を書かせればいい。(k)

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カベ

2009-08-27 10:21:47 | (蒼)のブログ
 夏の暑さに飽きてきました。
 アイスコーヒーよりもホットコーヒーのほうが飲みたくなってきました。
 僕は毎日、2杯ほどコーヒーを飲みますが、一度もコーヒーを美味しいと思ったことはありません。
 何ていうか、使命的に飲んでいる感じでいます。
 
 ……

 昨日、病院に行きました。
 数日間、咳が止まらないのです。
 僕は高い確率で、夏の終わりになると風邪をひき、咳が1ヵ月以上続きます。
 一時的でも禁煙すればいいのでしょうが、それができたら今頃はもう治っていることでしょう。

 ……

 なにはともあれ、習慣を崩すことは、勇気がいることです。

 ……

 好きな作家に「壁コーボー」という、ちょっと変わった人がいます。
 彼の代表的な作品に「壁」というものがありますが、彼は他の作品のなかでも「壁」という言葉をよく使いますし、壁的な状況ですとか、壁的な空間を設定します。
 壁にどういう意味があるのか、と言われましても、その説明には膨大な時間が必要ですし、僕もまだ彼の多くの作品を読み終えたわけではありませんし、そもそも僕には彼の作品を批評できるほどの能力を残念ながら持ち合わせていません。
 ただ、一つ言えることは、使命感や習慣というのは、僕のなかに、僕のなかの無意識のなかの意識が人工的な冷たい壁をつくります。
 そしてその壁を壊したとき、美味しくないコーヒーを飲まないですむようになりますし、禁煙できるようになると思います。
 
 なんだか通俗的な表現になってしまいましたが、おそらく人は誰もがこの壁たちに悩まされていることでしょう。
 個人的な壁もそうですし、あるいは周囲にはりめぐらされた情況的な壁にも悩まされていると思います。
 
 まあ、僕の場合、とりわけ個人的な壁に関して言うならば、人よりその数は多いような気がしています。
 だから話には一般論が多いのかもしれませんね(泣)。

 いずれにしても、どちらの壁に関しても、叩き続け、たたかい続ける必要があるなと思っているこの頃です。(蒼)
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高校野球

2009-08-26 12:12:44 | (K)のブログ

 夏の甲子園大会がようやく終わった。決勝があった夜7時のNHKニュースはトップで試合の模様と地元の様子を伝えていた。選挙戦真っ只中のいま、たかが高校生のスポーツ大会をトップで伝えるという感覚がわからない。

  高校野球について、常日頃、思っていることを書きたい。

  高校野球の全国大会を開くのはかまわない。勝手にやればいいと思う。しかし、全試合を生中継するのはおかしい。野球もサッカーも卓球もテニスも剣道も、すべて同等なはずだ。同じ高校の部活動なのに、なぜ野球だけ優遇するのか。人気があるから、というのは理由にならない。

  他の競技も全試合中継するか、高校野球の中継をやめるかどちらかであろうが、現実的にはやめるしかない。地元の高校が出るときはローカルテレビが放送すればいいし、全国放送はせめて準決勝からの3試合だけにすればいい。

  全試合を甲子園球場だけで行うのもおかしい。何ヵ所かの球場で1回戦、2回戦と一気にやればいい。そのほうが公平だし日程も短縮できる。中1日、休みの日を設ければ、生徒たちの負担も減る。甲子園球場でやるのは、これも準決勝からでいい。

  冬の高校サッカーのようにやるのがもっとも現実的だと考える。それでも優遇されているのだろうが、この程度なら仕方がないだろう。

  ともかく、高校の部活動なのだから、大人が利権を作り出しそれに群がるのはみっともない。(k)

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「海のエジプト」展

2009-08-26 09:20:56 | (愛)のブログ

先日、「海のエジプト」展に行って来ました。
「海のエジプト」展とは長い間海に沈んでいた5mのファラオが見ることが出来るという展示会。
いつも乗る通勤車両にはポスターが貼ってあり、テレビで特番まで組んで宣伝をしていたので、
どんなものか一度見てみたかったのです。

展示会自体は商業的な感じがプンプンしてました
(なんたって最初の展示物がでてくるまでの長いこと!)が、
目をみはる展示物も何点か見られました。

一番驚いたのが、100年間かけてその原型を完成することがようやくできたという、
当時の暦が描かれた石碑。
どういう意味かというと、頭の部分は最初に発見されており、
側面はまたその何十年か後に…といった具合に
原型を100年かけてやっと見る事ができたそうです。
その暦は現代とほぼ変わらぬ正確さで記され、
側面には象形文字がずらっと描かれていてとても興味深いものでした。

5mのファラオも素晴らしかったです。
ファラオ像とナイル川の氾濫を神格化したというハピ神像と王妃像の
三点セットで展示されていました。
その当時にこれほどの造形を作れたというのが素直にすごい!
お気に入りは王妃様の胸のあたりの造形です。
他に女神の像もあったのですが、
そのどちらも布と胸の辺りの造形がしなやかで自然で、美しかったです。
見終わった後の疲労感は半端じゃなかった(無駄に長かった…)ですが、
遙か昔の造形美に触れられて勉強になりました。

写真はガチャガチャで出てきた海洋堂制作の王妃像のミニチュア版です。
商業ペースに乗せられていると思いつつも、ついやってしまいました。(愛)

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保育日記

2009-08-25 10:51:04 | (瑛)のブログ

 子育てを始めた知り合いの多くが、子の成長記録を留めたい、とブログを始めている。かくいう私は、娘を授かったときに母から可愛いノートをプレゼントしてもらったのだが、1ヵ月もたなかったという情けなさ…。

  子どもを生後しばらくして保育園や保育ママに預けたので、成長の記録はもっぱら毎朝書き込む保育日誌となった。なってしまったというか…。
 前の晩に書くことを忘れて、朝ドタバタと殴り書くこともあるけれど、子どもが寝静まった夜に、その日、積み木を一列に並べて「できたぞー」と言わんばかりの宇宙語を発していたことや、きょうだいげんかの様子を書いていると、心が静まり、気持ちが満たされる。

  せわしない日常を省みる時間は必要ですね。

  ただ、保育日誌はあくまでも保育園の先生に家での様子を報告し、また園での様子を伝えてもらうためのものなので、子どもをヒステリックに叱ってしまったことや、どこにもぶつけようのない「モヤモヤな気持ち」はなかなか綴れない。

 以前、お目にかかった歌手のAさんが、10年連用日記を買って夫婦交互に交換日記方式で書いていく予定だと新聞のコラムに書かれていた。

 「…この世という大荒れもあり凪もある大海原で、我ら家族四人の乗った小さくアンバランスな船を、夫婦という船頭が難破させることなく無事に操縦し、目指す岸にたどりつけるかどうか。一日四行×十年間の子育て航海日記というわけである…」 

 文章には近所の川でチビちゃんと水遊びしている写真も。いいお話でした。(瑛)

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ゴーヤの季節

2009-08-24 09:03:32 | (里)のブログ
夏もそろそろ終盤にさしかかってきたでしょうか。
秋の訪れが待ち遠しい、今日この頃です。

さて、実は私、
最近いろいろな料理にチャレンジしていまして、
この前は大好きなゴーヤチャンプルーを作ったんです。

ゴーヤを食べるのは家族の中で私くらいなので、
家に1人の時には、なんとなく作っています。

苦味をとるために塩もみなどしておくと、
不思議と食べやすくなります。
旬モノなので今が一番おいしい時。

しかし、自分で作っておきながら、
やっぱりゴーヤはそこまで美味しいものではないことに
気付かされます。

でも、体に良いし、
なにより「苦いゴーヤをぺろりと食べる」、
そこにある種の小さな達成感を感じるのかもしれません。
くだらないですが。

豚肉はしっかりと火を通しつつ、
あまり硬くならないよう十分に気をつけ、
卵はあらかじめふわふわに炒めておいたものを
最後にさっと加える。
味つけはダシの素と塩・コショウといたってシンプルに。
そしてできあがった熱々のゴーヤチャンプルーに
かつおぶしをまぶす…。

すばやく超カンタンにできる料理です!
私の中では一緒に冷やしうどんなんかをすするのがマイブームです。

炒めて食べるのが一番王道だとは思いますが、
カレーなどに入っていても案外抵抗なく食べれると思います。
酢の物にして食べることもあるそうですが、
こちらは苦味が強いので初心者にはあまりオススメできません。(里)



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日本的報道

2009-08-23 09:00:00 | (K)のブログ

 テレビのニュースでは、酒井法子容疑者の覚せい剤取締法(所持)違反事件が連日、大きく報道されている。選挙の報道よりも目立っている。

  実際に覚せい剤取締法(所持)違反なのかどうかはさておき、そこまで時間を割いて報道する内容なのかと思う。「失踪」していた間の行動がそれほど重要なのだろうか。容疑者をいじめているようにさえ感じてしまう。そして、一般の人たちはそんなことを本当に知りたがっているのであろうか。

  1999年の春から夏にかけて、テレビはサッチー騒動の報道一色だった。その陰で周辺事態法や盗聴法(通信傍受法)、「日の丸・君が代」法案などが成立した。

  一つひとつが極めて重要な法案であるにもかかわらず、テレビは十分にその内容を知らせることなく、くだらないサッチー騒動(かかわった人たちではなく騒動そのものがくだらない)を長時間にわたり放送し続けたのである。

  今回も、国民の関心を他の何かに向けさせたくなくて、酒井さんのことをこれほど報道しているのかと思ってしまう。

  2ヵ月ぶりに普通のブログ(祖国訪問記ではない)を書いたが、くだらない内容になってしまった。(k)

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車内テレビで

2009-08-22 10:12:58 | (麗)のブログ
 友達に会いに西川口まで行った帰り、京浜東北線の車内テレビで、血液型占いが流れていたので何気なく見てみた。
 たしかこの血液型占いは、下の欄に各血液型のトリビアがあったはず。
 メインの内容はともかく、トリビアだけを読み上げる。
 今回は、失恋したときの特徴らしい。
 
 相手のことを忘れず、ずっと引きずるだとか、切り替えが早く、すぐに次の相手に移るとか。

 勝手ながらこの占いを見て、自分の知り合いの人たちと照らし合わせみた。合ってると思い視線をもどすと、前の座席のおばさんが半笑いで見ていた。
 自分も半笑いで見てたのかなと思うと、ちょっと恥ずかしい。
 さすがに「へぇ~」までは出なかった。
 ちなみに私はB型です。(麗)
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「失われた1年数ヵ月」

2009-08-21 09:00:00 | (茂)のブログ
 金大中元大統領が亡くなった。

  2000年6月、金大統領が平壌の空港に降り立ち、金正日総書記と抱擁を交わした姿は、当時大学生だった私に、それまで絵空事のように映っていた祖国の統一を、現実のものとして実感させてくれた。

 2005年、来日した折に東大で行われた、朝鮮半島問題に関する特別記念講演。
 すでに齢80を数える体だったが、幾多の死線を潜り抜けてきたからこそ発せられる一言一言は重かった。

 「6.15宣言」から始まった朝鮮半島デタント。
 それまで想像すらできなかったことが次々に実現した。
 その流れは盧武鉉政権へと受け継がれたが、李明博政権になり、再度氷河期に突入した。

 李政権は、2000年からのこの間を、「失われた10年」と呼ぶ。 しかし本当に「失われた」のは、この10年間ではなく、「あなたが政権を取った後のこの間だ」と、私は言いたい。(茂)
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 休暇をふりかえって

2009-08-20 09:26:16 | (蒼)のブログ
 今年の夏季休暇は文字通りがっつり休ませてもらった。働き盛りともいえる20代中盤にしてはぜいたくすぎた休暇だった。
 
 そんな休みの日、ダラダラしていたから必然的に生活パターンが逆転した。
 「さて」と、わけのわからないやる気がでるのはいつも日がおちたあと。
 「どこに行くか」、と迷いつつテレビをつけると世界陸上。
 一度見てしまうと最後、ベルリンの空間的迫力と選手の熱気、競技の内容に圧倒され、1日に消費する総てのエネルギーはそこに動員され、結局、外出はできず、朝方までテレビに釘付けになる。
 そんな休暇だった。
 毎日が似たような感じで、どの日もさして差は無く、「昨日」を永久に再生しているような時間の流れのなかで一日を過ごした。

 そして連休明け、怠惰に過ごした連休を振り返りながら、ひとつの重大な事実に気付いた。

 それはたとえば世界陸上のある種目で、同一人物が新記録を毎年だし続ける「リプレイな現象」と、毎年違う選手が優勝したり新記録をだしてはヒーローがそのつど代わっていく「リニューアルな現象」とでは、同じ「re(再)」でも明らかにその性格やら質やらが異なるように、「昨日」を永久に再生したような時間の流れのなかにいても、新鮮な発見があり、新鮮な空気があり、新鮮な音が聴こえた若い頃と、過去の記録のうえにどんどん次の記録を上塗りしていっているだけのような一途な今。
 いずれの「今日」も一生懸命なのは確かなのだが、一方の「今日」は深みはあっても新鮮さはなく、もう一方の「今日」は深みはないけど大切に大事に扱っていたということは明白な事実なのである。

 気付けば、「自分探しの旅」にでる歳でもなく、「結論はまた明日」的モラトリアムに再突入するわけにもいかない歳になった「今日」だからこそ、いろいろな意味で、自分から新鮮さを探さなきゃいけないなーと思った、連休明けの水曜日だった。(蒼)
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還暦

2009-08-19 09:35:44 | (愛)のブログ

私事ですが、今年は私の父と母が還暦を迎える年です。
今は還暦のお祝いは昔ほど盛大にやらなくなったとはいいますが、
やはり還暦を両親共に迎えられたのはうれしいことです。

子どもたちでささやかながらお祝いをしましたが、
還暦を迎えるとともに結婚35周年を迎えるというのも、
すごいことだと同時に思うのです。

とある結婚式で神父さんが話していました。
どこかの有名な方が言っていた、
「愛したから結婚したのではない、結婚したから愛し続けられたのだ」という言葉。

結婚式のように還暦のお祝いに両親ともにケーキカットをしてもらいました。
2人の長い歳月を経て今があるということの感謝を
両親にもう一度抱かせてもらいました。(愛)

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はじめまして、赤ちゃん

2009-08-18 09:00:00 | (瑛)のブログ

最近、周りで子どもを産む人が多く、30代後半で3人目、4人目の子育てに突入する人を見ると、思わず「すごい!」と舌を巻いてしまう。

子どもは、「大人」の度量を試しに生まれてくるのだろうかと思うことがある。20代の頃、取材でよく一緒だったカメラマンの先輩が、病気の子どもがあまりに辛そうで、「代わってあげたい」と目を潤ませていたことがあった。公衆電話から娘に電話をかけるその姿を今も時折思い出すのだが、他人の痛みを自分のことのように感じ、考えることはそう簡単なことではない。

 9月号のイオの特集は「はじめまして、赤ちゃん」。
新しい命は、存在そのものが強烈な力を持っていると感じる。(瑛)

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