日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

朝鮮高校無償化適用を求めるデモ

2010-06-30 09:00:00 | (愛)のブログ
日曜日、朝鮮高校無償化適用を求めるデモに参加をした。
ほかの同胞イベントもその日に重なっていたため、前よりも人が集まらないのではないかと心配されていたが、
予想を見事裏切り、デモが始まる頃には同胞はもちろん、日本の方も多数駆けつけ、
最終的には1000人を越える人がデモに参加した。

私は一番最後の隊の朝高生の前あたりで、デモに参加した。
朝高生たちはみずからスピーカーマイクを持ち、シュプレヒコールを率先して、あげていた。
時々コールをあげるときに変な言い回しになってしまった同級生の声に
コロコロと笑っていたりするのをみると、まだあどけなさが残る生徒達。
そんな子たちが「教育の差別反対!」と何度も何度も高らかにあげる声はとても切実で、
この声が首相官邸まで確実に届けばいいのにと思わずにいられなかった。

一部右翼も現れたりしたが、
最後まで「排外主義反対!」「「教育の差別反対!」と声を上げ続け、腕を振り続け、
全身汗でびしょ濡れになりながら、1200人が東京の街を約4km、2時間練り歩いた。
私もこんなに汗をかいたのは久しぶりだったが、いやな汗とはおもわなかった。

デモの事実が日本のメディアの全面に現れなくても、
この問題を風化させないため、
行動を起こす人たちが日本にはまだいっぱいいるという事実はとても力強いことですね。
イオ8月号でもこの問題について4ページにわたって取り上げる予定です。(愛)
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「ウリハッキョ」を悩む人たちへ…

2010-06-29 09:00:00 | (瑛)のブログ

 6月27日に横浜の鶴見朝鮮幼稚園で行われた教育フォーラムに参加したのは、子どもが学齢期に達する保護者たちの教育ニーズにどう応えていくか、という課題について、何かヒントを得たかったからだ。

 この日のパネラーは日本写真芸術専門学校などを経営する宋成烈理事長、映画「ウリハッキョ」監督の金明俊監督、北海道朝鮮初中級学校サッカー部監督の藤代隆介さん、そして神奈川の朝鮮学校に3人の子どもを通わせている金春美さんの4人。

 パネルディスカッションは、近年朝鮮学校に向けられる保護者の不安や不信、疑問を受け止める形で展開されていった。その疑問とは、①朝鮮学校の教育は昔のままで、教科書も変わらないし、日本学校よりレベルが落ちる②卒業後の進学、進路が限られる③学費が高い④人数が少ない⑤遠距離通学が大変…などと言うもの。実際、私の周りにも朝鮮学校には通わせたいが、生徒数や学費の問題で揺れている人も少なくない。フォーラムでは学校の正確な現状を伝えようと、現在の教育内容、神奈川県内の児童・生徒数や学費、また卒業生たちの進路状況、子どもたちの生活を映した映像が伝えられ、ウリハッキョをめぐる現状が立体的に伝わってきた。

 とりわけ、日本人として、日本の教育を受け、現在朝鮮学校の教壇に立つ藤代先生の「日本学校は日本人を日本人らしく育てるための場所で、外国人を外国人らしく育てる場所ではない。朝鮮学校は日本社会にとって絶対に必要な存在」という本質的な話や、「学歴社会が変化している今、朝鮮学校では、社会的ニーズの高いEQ(感情、心の知能指数)の高い人材を育てることができる」という宋理事長の指摘には、朝鮮学校が大切にはぐくんできた「価値観」が自分の中で浮かび上がってきた気がした。
 
 この日集まった人たちは、朝鮮学校コミュニティの周辺にいる人たちも多く、厳しい現状もそこそこ知っておられると思う。ただ、わが子の就学を前にして、日本の公教育に比べて学費や通学路、生徒数に差がある朝鮮学校の現状をどう考えるか。この「ハンディ」を乗り越える、これをハンディと思わないくらいの値観を朝鮮学校に見出した人しか、結局ウリハッキョを選択しないのだろう、ということは改めて感じた。つまりは、その教育に何を求めるかに尽きるのだろう。

 韓国の金監督は、過度な受験戦争と貧富の格差によって疲弊してしまった韓国の公教育が忘れたものが朝鮮学校には残っていると語り、朝鮮学校の特徴は①一人がみんなのために、みんなが一人のためにつとめる集団主義②肯定的なアイデンティティを育めることにある、と話していた。日本人、韓国の友人、同じ同胞…。それぞれの視点から朝鮮学校を見られたことがこの日の最大の収穫だった。

 フォーラムは20、30代が中心になって、子どもたちの未来にために何が必要か、と考えた末に企画したという。民族教育を求める人がいる限り、その場は維持されなくてはと思う。情報公開、「朝鮮学校的教育」の再発見、タブーなき議論…。何より若手の頑張りからは難局を踏み出すための「一歩」を教えてもらった。(瑛)

 

 

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アツイ6月でした。

2010-06-28 09:00:00 | (里)のブログ
いよいよ冷房なしではすごしにくい季節になってきました。
6月ももうじき終わりです。
振り返ると、なんといってもワールドカップのおかげで、
とてもエキサイティングな月でした。


結果はウリナラは予選敗退、韓国は決勝トーナメント進出(初戦敗退)と
それぞれ異なりますが(どちらもベスト16入りしてほしかったです)、
いま改めて、北南両チームが今大会に出場した意義の大きさを感じています。


いろんな同胞たちも話していましたが、
ウリナラチームの選手たちの勇姿は、私たちの胸の中に、
そして幼い子どもたちの記憶の中に残るんだろうな、と思います。


ブラジル戦が終わった後、テレビのニュースでウリナラ代表たちが称えられているのを見ながら、
正直私は何かが溶けたかのように涙がぽろぽろ落ちてきました。
きっと、「北朝鮮バッシング」が当たり前になりきっている状況の中で
知らず知らずに感じていたストレス(?)が、
その時ばかりは解きほぐれたんでしょうね。
まっすぐ肯定されたことが単純にうれしかったです。


各国のスター選手と肩を並べて在日同胞選手が注目されることに、
たくさんの同胞が誇りを感じたと思います。


個人的に、もう気持ちは4年後に向かってます。笑
最後に、たくさん夢を見させてくれたウリナラ代表選手たちに、
心から「お疲れ様」と「コマッスムニダ」を言いたいです!(里)

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最後の試合

2010-06-26 09:42:30 | (麗)のブログ
昨日のW杯、ウリナラ代表、残念でした。。
私はスカパーには加入していないので、ブラジル対ポルトガル戦を見た後に
サッカー番組の司会者の口から試合結果を聞いて、肩を落としました。


ウリナラ代表にはお疲れさまと、そして多くの同胞たちに
夢と希望を与えてくれてありがとう、と一言。


6月中旬、友達の誘いで、一緒に新大久保で韓国代表を応援しにいったのですが、
多分みんなサッカーはそんなに詳しくないにしても、自分が知っている限りの
サッカー用語を叫んだりしていて、白熱してるな~とその時は一人冷静に観戦してましたが、
サッカー知識ゼロの私が、一人でサッカーを見るくらいまでになったのだから、
スポーツの力とはすごいものだなと思いました。

それがウリナラ代表の試合だったから、とは言うまでもありませんが。(麗)
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今日は最終戦です!

2010-06-25 09:48:19 | (茂)のブログ
 いくつかの番狂わせを巻き起こしながら、W杯のグループリーグが大詰めを迎えている。
 昨日はイタリアの敗退が決定し、一方で日本が決勝トーナメント進出を決めた。
 他国開催で、東アジアから2つのチームがベスト16に駒を進めたことは快挙と言える。

 東アジアのもう一つの出場国・朝鮮はすでにグループリーグ敗退が決まっている。
 ブラジル相手にすばらしい戦いをしたかと思えば、ポルトガルには大敗と、記憶に残る試合を演じたが、最終戦の相手はコートジボワール。
 今日の日本時間11時にホイッスルが鳴らされる。
 有終の美を飾ってほしいとは思うが、ご存知の通りコートジボワールも強豪国なのである。

 ブラジル戦のときも、ポルトガル戦のときも、日本のアナウンサーたちは、朝鮮代表に好意的だった。
 同じアジアからの出場国ということ、またJリーグでプレーする2選手がフィールドに立っていることがその理由だろうが、いつも「朝鮮=悪」というイメージで報道がなされるこの国で、うれしい「誤算」だった。
 決して華麗ではないけれど、ひたむきで愚直な朝鮮のサッカーが共感を呼んだのかもしれない。
 スポーツは政治にできないことを成し得るんだなぁと改めて感じている。

 さて、今日の試合、4年後につながるような試合にしてもらうために、朝鮮代表にみんなで念力を送りましょう!(茂)
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朝鮮対ポルトガル―観戦記でない観戦記

2010-06-24 09:04:01 | (K)のブログ

 21日に行われたW杯の朝鮮対ポルトガルの試合を、東京朝鮮中高級学校で応援してきた。いわゆる「パブリックビューイング」と言われるものに参加したのは初めてであった。

  44年ぶりのW杯出場、同胞が一体となって応援する場だということで、パブリックビューイングには、ちょっと無理をして息子も連れて行くことにした。本人も行きたいと言っていたし。会社から一旦家に戻り、支度をし食事もすませて東京朝高へ向かう。

  電車に息子と並んで座っているとき、「もしや」と思って息子に訊いてみた。

 「今日、ウリナラとどこの国が試合するのか知ってるのか?」
 すると息子は、急な質問に当惑しながら、
 「えっと、名前が6文字くらいの国…」
 と、案の定トンチンカンな答えを返してきた(6文字というのも間違っているし)。
 「本当に知らんの?」
 と、たたみかけると、
 「アルゼンチン…?」
 と、こちらの顔色をうかがうように言うので、
 「ポルトガル!」とやさしく教えてあげた。

  まあ、子どもにとっては、ウリナラがW杯の舞台で試合をするということが大事で、対戦相手はどうでもいいのであろう。

  試合開始の1時間前に会場に到着。そこで息子に、昨年朝鮮で買ってきた「강성대국(強盛大国)」のTシャツを着せる。着たまま会場まで来るのは危ないから会場で着替えさせたのだ。

 会場では応援グッズを売っており、チヂミやおにぎり、ビールなどの売店も出ていた。ちょっとしたお祭り騒ぎである。すでに同胞もけっこう集まっていた。
 今回は、純粋な観戦ではなく取材も兼ねていたので、試合が始まる前にできる取材は、ちゃっちゃと終わらせてしまう。

  試合が始まるころには会場の東京朝鮮文化会館は同胞たちで埋まっていた。そして驚いたのが、日本や韓国のマスコミがいっぱい来ていたことである。

  試合前の国歌斉唱。全員が起立して「愛国歌」を歌う。
 8時半、ついに試合開始。私は同胞たちの応援する姿を撮影しながら、大画面をちらちらと眺める。

 前半はほぼ互角の内容で試合が進んだ。1点は入れられたものの世界ランク3位のポルトガル相手に、朝鮮はまったく引けをとっていなかった。
 会場は同胞たちの熱気でサウナの中にいるような感じ。冷たいビールを飲みながら応援する同胞たちの姿を見ながら、次の機会には絶対に取材を入れないで純粋に応援だけで来ようと心に誓っていた。

  後半の結果は、みなさんご存知なので、あまり書かないが、4点目、5点目と追加され、朝鮮に勝ち目がなくなった後、シャッターチャンスも2度と訪れることはなかった(今日のブログも盛り上がりにかけるのだ)。

 

  0-7という結果について感想を述べるなら、まず、この試合、朝鮮は負けると予選リーグで敗退が決まるわけだから、最低でも引き分けなければならなかった。負けが許されない試合を負けたのだから、試合を採点するなら0点となるだろう。

 もうひとつは、勝ちに行く試合運びを選択し7点取られたのは仕方がないとして、そうであるならたとえ1点でも得点してほしかった。私は誰が得点してもよかったと思っているが、会場を盛り上げるという意味では鄭大世か安英学が得点すれば理想的だっただろう。

  結果を見て、「情けない」と思う人がいても仕方がないと思う。実力差は歴然としていた。だが私は、少なくとも前半の朝鮮の戦い方を見て、非常に希望が持てたし、選手たちはよく頑張ったと思う。歯車が少し狂ったために大差になったのだと思う。ポルトガルとの試合が第1試合目だったら、また違う結果になっていたのではないか。
 まあ、あまりの大差に、ショックで、しばらくつぶやくこともできないほどだったけれど。

 朝鮮の決勝トーナメント進出はならなかったが、まだ1試合残っている。44年ぶりの舞台で、ぜひ1勝してほしい。次の試合は仕事抜きで、純粋に応援したい。そして、決勝トーナメントに勝ち上がった韓国には朝鮮の分も頑張ってもらい、ひとつでも上にあがってもらいたい。

  残念な結果だったが、息子は喜んでいた。あの場の空気を体感できたことは貴重な経験だったと思う。いつもより寝る時間がそうとう遅くなったが、連れて行ってよかった。それに、今度はいつになるかもわからないから。

 

 

  話はまったく変わりますが、昨日のブログで(愛)さんも書いていたように、明日午前9時から月刊イオのホームページがリニューアルします。イオのホームページ(http://www.io-web.net/)を開くと、「イオwebマガジン」云々と書いてあるので、何か根本的に変わるようですが、あまり期待せずにお待ちください。

 6月25日にリニューアルしたのは、給料日だからでも、朝鮮戦争が始まって60年目に当たるからでもありません。たまたまです。

 しばらく、トップページに「ホームページ完成まであと○日」とずっと出ていたのですが、時限爆弾が爆発しそうで、落ち着きませんでした。たぶんに見切り発車のところがあるので、いろんな不備があると思います。あたたかい目でご覧ください。リニューアルした後もどんどん修正していきたいと思っています。(k)

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HPリニューアル!!

2010-06-23 09:57:20 | (愛)のブログ
さて、イオ編集部も締め切りを大分前に明けて、2010年7月号がようやく皆さんのお手元に届いたころと思います。


7月号でも広告として告知していますが、月刊イオのホームページが、今週6月25日金曜日朝9時に生まれ変わります!!

イオ編集部一同、リニューアル作業に向けて準備をしているところです。

より使いやすく、見やすくなり、ある一定の記事も見る事ができるようになります。料理レシピの記事も掲載しているので、主婦の方々は活用していただければと思います。

話題のiphoneにも対応しているので、リニューアル後はお手軽に携帯電話でイオのHPを覗いていただければうれしいです。


それでは、月刊イオホームページリニューアルまで残り2日、乞うご期待を!(愛)





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6・25の悲劇

2010-06-22 09:00:00 | (瑛)のブログ
朝鮮戦争が始まった6月25日がやってくる。100万人以上が戦死し、1000万人の離散家族が生まれた朝鮮戦争。開戦から60年過ぎた今も、家族やきょうだいと会えずにいる人たちは朝鮮半島や日本、中国、旧ソ連をはじめとする世界中に散らばっていて、その悲しみは今も続いている。しかし、この歴史が風化しているのも現実ではないだろうか。こんなことを思い起こしながら、数年前、韓国の絵本作家であるユ・ジェス(柳在守)さんからいただいた絵本「돌이와 장수매(トリとチャンスメ:勇敢なタカ)」を久しぶりに開いてみた。

…舞台は海辺の丘の村で、村の人たちは漁業を続けながら平和に暮らしていた。裏山には一羽のタカがすんでいて、村人が釣った魚を盗もうとする動物がいれば追い払い、村に何か危険が起こりそうな時は知らせ、人々の尊敬を集めていた。しかし、ある日ワシの軍団が村が襲い、平穏な暮らしは一変する。その悲劇を救ったのもチャンスメだった。しかしその後、チャンスメは村を離れ、海へと旅立ったトリのアボジも爆風に巻き込まれ、村に帰ってくることはなく、トリはアボジを待ち続ける…。

ユさんは、サハリンの最南端の港町で出会った一人のハラボジの姿から、離散家族の悲劇を描こうと思ったという。故国に向かってただただ水平線を見つめていたハラボジは異国で一人で暮らしを続け、最後まで家族の話も進んですることがなかったという。「懐かしいくらいではない(그리운 정도가 아니오)…」―。ハラボジがユさんに伝えた言葉からは、ハラボジの人生を覆ってきた痛みが伝わってくるようだった。

本の中ででユさんは、「隣人の悲願に目をそむけたまま、社会が追求する安定と繁栄は何を意味するのだろうか――」と、作家として朝鮮戦争に向き合う決意を表明している。一方の私は、ユさんの絵本を読み返しながら、日本の植民地と朝鮮戦争によって身寄りが誰一人いなくなってしまった母方の祖母を思い出していた。そして、少なくとも、私の胸に刻まれた祖母の記憶を、同族同士の悲劇を二度と繰り返さないメッセージにしたい―。そう感じたのだった。(瑛)
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本日、決戦です!

2010-06-21 09:27:09 | (里)のブログ
みなさん、
先週のサッカーW杯・朝鮮対ブラジル戦の興奮冷めやらぬ中、
今夜8時半からまたしても強豪・ポルトガルとの決戦が行われます。

ポルトガルといえば44年前のイングランド大会での準々決勝で、
5-3で朝鮮を下したチーム!(朝鮮が3-0でリードしていたのに対し、
驚異的な巻き返しで5点入れたそうです)

今回もC.ロナウド、デコといった手強い攻撃陣との攻防が予想されますが、
徹底的に守って、そして、
果敢に攻めていってもらいたいです。
とくに鄭大世選手に、ゴールを決めてもらいたいです!

今日の試合はフジテレビで全国放映されるほか、
各地でパブリックビューイングも開かれます。 
詳細は朝鮮新報のHPをご参照いただければと。
私も東京朝高のほうに行ってきたいと思います。

みんなで大いに盛り上げて、熱い応援を送りましょう!
8:30キックオフです!(里)
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現在の「大村収容所」

2010-06-19 09:37:15 | (K)のブログ

 6月12日のこのブログ「長崎出張―その3―」で、長崎県大村市にある法務省の大村入国管理センター(写真)について書きました。むかし「大村収容所」と呼ばれたところです。在日朝鮮人を韓国へ強制送還させるための施設で、多くの在日朝鮮人が収容され、劣悪な環境のなか迫害を受けました。
http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/11e4ff53943ab09186add98558cbefc1

  そのブログの中で、「昔は収容されていた人たちのほとんどが朝鮮人だったが、現在、朝鮮籍、韓国籍の人たちは収容されていないとのことであった」と書きました。なんだか、問題が解決したような書き方ですが、まったくそんなことはありません。日本の入国管理行政は、いまも醜く、多くの外国人が犠牲になり苦しんでいます。その実態について、いろんな人が告発し外国人の人権を守るために活動しています。

  現在の入国管理に関しての問題点、外国人に対する人権蹂躙状況については、次のブログに詳しく報告されています。「大村収容所」が過去のものではないことがよくわかります。

 Pinkydragon ~ SYI (収容者友人有志一同: Immigration Detainee's Friends)
http://pinkydra.exblog.jp/

  当面の活動として、明日の6月20日、日曜日、入管の人権侵害に反対する集会とデモがあります。代々木公園で午後2時から集会があり、午後3時からデモ行進が行われます。

 具体的な内容については次のブログを参照してください。

 やねごんの にっき
http://d.hatena.ne.jp/lever_building/20100618#p1
http://d.hatena.ne.jp/lever_building/20100618#p2

 猿虎日記(さるとらにっき)
http://d.hatena.ne.jp/sarutora/20100618/p1

 (k)

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長野朝鮮初中級学校創立40周年記念アルバム

2010-06-18 09:00:00 | (愛)のブログ

長野朝鮮初中級学校創立40周年記念アルバムができあがったということで、実家から一つ送ってもらいました。

初めて見た感想は、「分厚い!(内容的にも)」でした。
アルバム製作側から私がソルマジ公演に行った時の写真を提出してほしいということで、初めて40周年記念アルバムを製作するということを知ったのですが、こんな立派な写真集だとは思いませんでした。(製作側からあとは私の写真待ちだけだといわれ、実家の姉に必死で探してもらいました。その節は写真提出が遅れてミアナンミダ。朴先生)

その本には長野初中の40年の歴史がぎゅっと詰まっていました。
創立された当初の聖高原のホテルを借りての学校時代の写真はとても新鮮でした。教員であった母や父から話しは聞いていたものの、大勢の子どもたちが寮生活をおくり洗濯板で洗濯をしたり、人民保健体操をしていたり。こんな時代があったんだ~と感心しながらページをめくりました。

聖の学校から松本市内を一望できる蟻ヶ崎の学校移転当時、私のハラボジも尽力していたということで、建設委員たちがまだ何も建っていない建設予定地で談笑している写真にハラボジを見つけては、先代の方達への感謝が胸から込み上げてきました。

私自身は松本市内を一望できる蟻ヶ崎の学校で、9年間思いっきり遊び、学びました。広々とした運動場で同胞たちが大勢集まる運動会が催されたり、夏になれば学校にあるプールで水泳大会、おいしい食堂まで完備されていて、芸術競演大会が近づくと、寄宿舎に泊まって合宿をするなど、今思えば贅沢すぎる空間で9年間を過ごしました。あの学校が大好きでした。(写真はアルバムから)

更地から、基礎工事、私が学んだ学校へと変貌していく過程の写真を見て、こんなに何もないところから、あんな立派な学校を建てた、当時のハラボジ、ハルモニ、アボジ、オモニたちの子ども達への愛情がどんなに深いものだったかを改めて感じました。

現在学校は松本市島内にあります。その学校もとても綺麗で、昨年そこで40周年記念行事が行われました。
この写真集には40年もの間に長野朝鮮初中級学校に携わってきたたくさんの先生、生徒、長野同胞たちの姿が生き生きとした写真を通して約4~5世代分に渡って紹介されています。長野は「長野同胞の自慢」という歌があるほど、同胞達の想いが熱い地域です。長野同胞の想いの熱さがこのアルバムからも伝わってきました。(愛)

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いまの高校無償化問題

2010-06-17 09:49:54 | (K)のブログ

 世間はW杯でうかれていますが(わたしもうかれてます)、高校無償化から朝鮮高校が除外された問題もわすれてはいけません。適用するよう様々なところで様々な取り組みが地道に行われています。

 

  6月13日の日曜日、東京朝鮮中高級学校では文化祭として第10回北区十条朝日祭~アンニョンハセヨ2010~が開かれました。朝鮮の文化祭も日本の学校と違っていて、自分たちだけが楽しむというものではまったくなく、名称を見てもわかるように、近隣をはじめ多くの日本人を招いて、民族教育に対する理解を深めてもらい朝・日友好を促進していこうというものです。

  学園祭で行われた内容を見てもそれはわかります。 校門を入るとまず、民族教育の歴史や教育内容などを伝えるパネル展示が並んでいました。その他、公開授業、十条国際音楽祭、帝京高校生徒とのシンポジウムなどが行われました。そのなかで特に訴えられていたのがやはり、高校無償化問題でした。校内では朝鮮高校への適用を求める署名も集めていて、訪れた多くの人々が署名をしていました。

  ざっと見たところ、同胞、日本人合わせて1000人は来ていたのではないでしょうか。

 

  6月15日には、衆議院第2議員会館で朝鮮高校への無償化適用に関する勉強会が行われました。

 ここでは主に、先日、スイス・ジュネーブで開かれた「国連子どもの権利委員会」の対日審査に、この問題を訴えるため現地を訪れた朝鮮高校の保護者(オモニたち)らが、その模様を報告しました。朝鮮高校だけが除外されているというオモニたちの訴えに、委員たちは真摯に耳を傾け審査ではそれに関する質問も日本政府に行ったようです。

  国連子どもの権利委員会が6月11日に発表した総括所見では、「アイヌ、コリアン、部落その他のマイノリティの子どもが引き続き社会的および経済的周縁化を経験していることを懸念する。」など、日本政府へ差別を是正するよう勧告がなされています。

  勉強会では、東京朝高、神奈川朝高の生徒たちも来て、朝鮮高校生の連絡会を結成し署名運動を繰り広げるなど、自分たち朝高生が先頭に立って、適用されるよう活動していくと訴えていました。

 印象に残ったのは、参加した日本の方が「朝鮮高校排除はまさに日本人自身の問題。今後、朝鮮高校が適用されたとしても、一度、除外されたという事実はけっして消すことはできない」と言っていたこと。そして、ひとりのオモニが、「今日も朝高生がここに来て訴えているが、本来、学校で勉強したりクラブ活動に打ち込む時間であるはず。オモニたちも家事や仕事が大変ななか、何日も家を空けて高いお金を使ってジュネーブまで行き、今日もこうやって駆けつけている。抑圧されている側のわたしたちが、いつまでこのようなことをやらなければいけないのか」と訴えていたことです。

  学園祭でも、生徒たちがその日のために何日も前から準備し、当日もひとりでも多くの人に朝鮮学校のことをわかってもらおうと、一人ひとりがそれぞれの担当の場所で懸命に働いていました。

 

  まえにこのブログでも同じことを書いたと思いますが、なぜ朝鮮学校の生徒たちにそのような負担をさせなければいけないのでしょうか。保護者の方々に苦労を背負わせなければいけないのでしょうか。
 首相が交替しましたが、政府もマスコミも高校無償化のことを忘れてしまったかのように動きが見えてきません。いまは選挙のことしか頭にないのでしょう。

  月刊イオでは高校無償化問題を引き続き、少しでも取り上げ伝えていきたいと思っています。今日、出来上がった7月号にもオモニたちのジュネーブでの活動などについて掲載しています。 今月の特集は、「朝鮮八道料理紀行」。朝鮮半島の各地方の郷土料理を紹介しています。(k)

 

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負けはしたが

2010-06-16 12:03:11 | (茂)のブログ
 朝鮮対ブラジルの試合をライブ中継で見ようと、とあるラウンジバーに到着したのが明け方の3時。
 すでに多くの同胞青年たちが集まっており、試合開始時には60人ほどの膨れ上がった。
 店内には朝鮮国旗が貼られ、みんな赤い応援Tシャツを着て、試合開始を今か今かと待ちわびていた。
 南アフリカのエリスパークスタジアムでの国歌斉唱に合わせて、こちらも現地さながらに熱のこもった「愛国歌」を、全員起立で歌い上げた。

 44年ぶりと言っても、その頃に生まれていない私にとっては、“初めて”体験する朝鮮のW杯の戦いだ。
 戦いを告げるホイッスルは、心地よく耳に響いた。

 「朝鮮の惨敗」というのが、大方の予想だったのではないだろうか。
 しかしふたを開けてみれば、である。
 結果はご存知の通り1対2での敗戦だし、シュート数に至っては26対11。
 実力差ははっきり現れていたが、朝鮮代表の気持ちのこもったプレーは、王者ブラジルを困惑させたはずだ。
 私の目には、少なくともそう映った。
 体を張ったディフェンスでブラジルの攻撃を幾度となく防ぎ、数少ないながらも相手ゴールに迫った。

 前半のハードワークから後半は運動量が落ち、カウンターで相手陣内に駆け上がることすら難しいようだったが、それでもゴールを最後まであきらめない強いメンタリティーを見せてくれた。
 ディフェンスラインからのロングフィードをテセが頭で落し、走りこんだチ・ユンナムが叩き込んだゴールは、本当にすばらしかった。

 最高の舞台で、ヨンハさんやテセがプレーする姿を見ながら、勇気をもらった人たちも多くいたのではないだろうか。
 結果的には負けはしたが、最強の敵に臆することなく挑みかかった明け方の試合は、「死のグループG」突破という「奇跡」を感じさせてくれるものだった。(茂)

※写真は、朝鮮の得点に喜ぶ私たち。
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言語と文化

2010-06-15 09:00:00 | (瑛)のブログ

6月号では朝鮮舞踊を、7月号で朝鮮料理といった文化ものを特集した事情もあって朝鮮半島の南北で出版された本を参考にしたのだが、わからない単語や意味がはっきりうかんでこない表現が多く、朝鮮語辞典と首っ引きで本をめくっていた。それにしても16年間もかけて身につけた私の朝鮮語。ブラッシュアップしなければ、その記憶はすたれていくばかり…とホトホト自分の勉強不足にあきれてしまったのも事実でして…。

舞踊の特集では、学生時代に毎日繰り返していた基礎動作、というメニューをよく思い返していた。そのメニューとは、朝鮮舞踊基本動作というもので、무릎굴신주는 동작, 팔을 휘감는 동작.팔굽이놀리는 동작, 손목 놀리는 동작…などなど10以上もある。実際体を動かしながら覚えていった表現なので、손목을 놀리는 동작と聞くと、手を波のように動かすのに苦労した記憶が鮮明に浮かんでくる。

また、当時、金剛山歌劇団の舞踊手が教えにきてくれた時のこと。ハードなメニューをこなし、ゼーゼーと息を切らしている私たちを見ながら、숨을 돌리고...と声をかけてくれた時は「こういう表現があるんだ」と感心したことがあった。私にとってこの一声は、朝鮮語を教科書で「文字」として習うのと、人を介して言葉を伝え合うことには、「大きな差」があると教えてくれた出来事だった。

言葉と文化は直結している―。朝鮮文化を2号分特集しながら強く感じたことだ。
ご存知の通り、「イオ」の雑誌本体は日本語ベースで作られている。読者には朝鮮語を学んだことがないコリアンの方もいらっしゃれば、朝鮮語に明るい日本の方もいらっしゃるだろう。本誌は、朝鮮語に不自由な方を排除しないために日本語で編集されているのだが、やはり、「朝鮮(コリア)」をよりよく知ろうという場合、「朝鮮語を学ぶ」ということは避けて通れないのではないだろうか。言葉とはその集団(例えば民族)が数千年にかけて積み上げてきた感性がギュッと詰め込まれたものなのだから、知れば知るほど理解に深みが出てくるはずだ。

数年前、「ウリマルイヤギ」という朝鮮語の詩を紹介するページを担当していたことがある。この連載をしてみたかったのは、イオの誌面で朝鮮語の世界にどっぶり漬かることができるコーナーがひとつ位なくっちゃという思いからだった。今、バックナンバーを読み返しても、詩の選び抜かれた表現、鍛え抜かれた言葉の中にはウリマルの「言霊(얼)」が宿っている気がする。(瑛)
※写真は金剛山歌劇団舞踊手たちによる「高麗三神仏の舞」

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恵比寿で音楽Night!

2010-06-14 09:00:00 | (里)のブログ

先週の木曜日、とある先輩のお誘いあって、

ライブに行ってきました。

会社の近くの神社には、

この季節ならではのアジサイがたくさん咲いていました。↓↓

行く途中にしばしアジサイ鑑賞を…。

 

何のライブかと言いますと、

A’sという同胞青年たちのバンド(バイオリニストの崔誠一さんがリーダー)のライブです。

そして、金剛山歌劇団チャンセナプ(朝鮮半島の管楽器)奏者の

崔栄徳さんがゲストとして出演しました。

恵比寿駅すぐ近くにある、おしゃれなカフェバーで行われ、

ワインと生ハムと生演奏、という

なんともお洒落なひとときをすごしてきました。^^

 

持っている力を余すところなくぶつけるような、

崔誠一さんのダイナミックな演奏。

端正な顔立ちから思わず繊細な演奏を想像してたのですが、

意外にも力強く情熱的で驚きました!

崔誠一さんはスマップや嵐、aiko、東方神起といったビッグアーティストのバッグストリングスとして、

レコーディングからはじまりコンサートやテレビに出演するなど、

多彩な活動をしているそうです。

 

 

 

そしてそして…、

いよいよお目当ての崔栄徳さんの演奏!

彼は本当に魅力的なプレーヤーで、

一気に場の空気を持っていってしまいます。

かつて私も彼の演奏を聞いてからすっかり魅せられ、

所属していたバレーボール部をやめて民族楽器部に「転向」したくらい。笑

そう、私も以前はチャンセナププレーヤーでした♪

 

目標はただひたすら崔さん! という感じで、

チャンセナプを吹きまくっていた中・高級部時代。(まるで笛吹き女…)

常に楽器をさわっていないと落ち着かない感じでした。

どうしてそこまで出来たのか、

今思えばそれほどに私はチャンセナプと、崔さんの演奏に強く魅力を感じていたんだと思います。

いつもキラキラ輝いている「師匠」が身近にいたことは、

本当に幸せでした。

東京なので、たびたび金剛山歌劇団に習いにもいっていました。

 

 …とまぁ、長くなりましたが(笑)、

相変わらず「師匠」の輝きは健在といった感じでした。

いつ聞いても音色がまず素晴らしいし、

細かいテクニックや抑揚に至るまで、「隙」がないんです。本当に。

彼の演奏は大胆でありながら「緻密」なんです。

この日演奏された「ブランコに乗る乙女」、

そしてチャルダッシュ作曲の「ボヘミアンダンス」という曲が

私にとって懐かしい曲たちでですね、

思わず涙がこぼれそうでした!

演奏のレベルそのものに対する感動もありますが、

それと一緒に学生の時のいろんな思い出や出来事がフラッシュバックして押し寄せてくる感じ。

A’sとのコラボレーションもとても素敵でした。

 

 

 

場所柄でしょうか。ワインを飲んでるからでしょうか。

「좋다!!」という同胞が送る一般的な感嘆詞ではなしに、

「ブラボー!!」「アンコール!!」という声が。笑

こういうのもなんだか良かったです。

 

どうしても、元チャンセナププレーヤーであるがゆえに、

チャンセナプにしか照準合ってない感じのブログで申し訳ありません。

A’sのみなさんも本当に素敵でしたよ^^

(みんな口を揃えて『イケメンぞろい~~』と興奮気味に話していました。演奏もビジュアルもグッドて感じです)

また機会があったらぜひ演奏を聞きにいきたいと思いました。(里)

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