日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

レッツスタディ、イングリッシュ

2018-05-31 10:00:00 | (理)のブログ

 月刊イオ連載「日本の中の外国人学校」取材のため、福岡インターナショナルスクールを訪ねた。企画の趣旨説明や日程調整のため事前に何度かメールを交わしたのだが、校長先生がカナダ出身の方ということで文面はすべて英語。英語ができない私に代わって留学経験のある後輩がすべて対応してくれ、どうにかアポ取りまで完了することができた。
 問題は現地での取材。校長先生へのインタビューはどうしたものか…と心配していると、見かねた(?)秘書の方が通訳のため同席して下さり、こちらもなんとか課題を達成した。

 無事に取材を終えて学校をあとにしながら、英語力の必要性を改めて考えた。まさか仕事で英語が必要になってくる日が来ようとは。完全に油断していた。目の前にいる人が身振り手振りを交えながら真っ直ぐこちらに何かを伝えようと話しているのに、さっぱり理解できない。「ガバメント」や「グローバル」といった単語を一瞬聞き取れたところでなんの意味もなく、毎回の通訳が入るまで常に心もとなさを感じていた。

 過去にも何度か、英語ができたらなあと痛感したことがある。一度は、東京入国管理局へ収容問題の取材に行った時、スタンディングデモをしているエチオピアの人に英語で話しかけられた。
 私がカメラを持っていたからだろう、「ジャーナリスト?」と聞いてきて、「い、イエス」と答えると英語で一気に何かを訴えてきた。途中で何度か「ソーリー、アイキャント、スピーク、イングリッシュ…」(もちろんカタカナ発音)と、精一杯の申し訳なさそうな表情と一緒にせめてもの言葉をひねり出したが話は止まず。ここでも「ガバメント」という単語のみ聞き取れて、そのほかは一切伝わらなかった。
 (一生懸命話してくれてるのに全く分からない…英語力のない人に当たってしまってごめんね~~! 政府がアレなんだよね、伝えたいだろうに…どうしようごめんね!!!)と無力感に駆られながら隣を歩く。相手の言葉を一つもキャッチすることができない。自分も関心のある問題だっただけに、結構ショックを受けた。

 「英語できない」と言いながら、まあまあ対応できる人を何人も見てきた。私は本当に絶望的なレベルでできない。これも別のシチュエーションで、浅草付近のバス停で上野に行きたがっている外国人に話しかけられた時(地図を指し示していたから何が言いたいのかギリギリ分かった)、「次のバスですよ」と教えたかったのに、とっさに「ネクスト」すら出てこず「ソーリー」としか言えなかった苦い経験がある。

 先日、英語ができる友人とそんなことを色々と話していたら「本当に必要性を感じていなかったら勉強は続かないよ」とアドバイスをもらった。確かに、その場その場で「英語ができたらいいのに」と思っても結局は一過性だったよなあと反省。もしあと1回、英語ができないことによってショックを受ける出来事に遭遇したら、その日のうちに簡単なテキストでも買ってみようかなと思っている。(理)
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ツイッターで攻撃、脅迫容疑で書類送検

2018-05-30 10:00:00 | (瑛)のブログ


川崎警察署は、ツイッターで川崎市在住の崔江以子さんを脅したとして、神奈川県藤沢市在住の男性(50)を5月18日付で脅迫容疑で書類送検した。

崔さんを差別的な言葉で再三、脅迫し、恐怖に貶めたのは、アカウント名「極東のこだま」を称する人物だった。

今回、送検の容疑としたのは、2016年8月10~13日、17年4月13日~5月5日のツイート。「極東のこだま」は、崔さんの個人名を特定し、「ナタを買ってくる予定。川崎のレイシストが刃物を買うから通報するように」「桜本のチョーセンはしね」などと書き込み、脅迫を続けた。また何者かによって職場にゴキブリの死骸が送りつけられたり、脅迫電話がかかってくることもあり、崔さんは嘔吐、じんましん、不眠といった苦痛を強いられていた。

崔さんは16年8月に脅迫事件として川崎警察署に告訴したが、被疑者特定に時間がかかり、昨年2017年末に捜索押収が行われ、その後の捜査の結果、脅迫罪の被疑者として18年5月18日に横浜地方検察庁川崎支部に送検された。被疑者は容疑を認めている。

対策法が成立した後、警察庁通達(16年6月3日付け)は、ヘイトスピーチへの「厳正な対処」を求めていたが、匿名によるヘイトスピーチ投稿者を特定し、書類送検するのは初めてのことだ。

崔さんは、生まれ育った川崎桜本が差別主義者の攻撃を受けてきて以来、差別をなくすために積極的に声をあげてきた。16年3月22日は参議院法務委員会で参考人として発言。国会議員たちがヘイトスピーチの深刻さを知ることとなり、桜本を現地視察。勇気をもって声を挙げたことが国会を動かし、同年5月24日にヘイトスピーチ対策法が成立された。6月5日の「川崎発 日本浄化デモ第3弾」も中止されるなど、法律は一定の効果を生んだが、「極東のこだま」は2月28日から崔さん個人への書きこみを開始し、執拗な攻撃を続けた。

書類送検を受け、5月24日、東京都内の司法記者クラブで崔さんと代理人弁護士らによる、記者会見が行われた。

代理人の師岡康子弁護士は、「崔さんは在日コリアンということで攻撃された。それも、被害を受けたと訴えたから、狙われた。変えられない属性を理由に狙われ、それがどれだけ大きな苦痛をもたらすか。私が許せないと思ったのは、子どもたちに我慢を強いることになり、崔さんは、自分が在日だから子どもたちに辛い思いをさせていると自分を責めていたこと。そのような辛い目に遭わせるヘイトスピーチを、ヘイトクライムの犯人を、許すことはできない」と語った。

また、「『極東のこだま』は娯楽のように気楽にツイートしているが、刑事制裁が科される犯罪だ。捜査で名前が特定され、自分がやったことが家族や職場に知られ、非常に恥ずかしい思いをする。今回の送検は匿名で差別を楽しむ者への強い警告になる。差別的な動機に基づくヘイトクライムだからこそ、大きな実害をもたらしている」として、「検察には略式ではなく、通常の起訴を求める。罰金ではなく、厳正な処罰によって、いかにひどい犯罪か、社会に示してほしい」と指摘。また、「ヘイトスピーチ解消法の不十分な点は、差別を禁止していない、明確に違法とはしていない」と現行法の欠陥を指摘したうえで、「国内人権機関を設置し、被害者が無料で救済してもらう、などの制度改善が求められる」と課題を強調した。

差別主義者が川崎へのヘイトスピーチを始めたことを機に、崔さんの生活は一変し、平穏な日々が崩された。「極東のこだま」の攻撃は1年9ヵ月に及んだ。崔さんが会見でこの月日を言葉を選びながら静かに振り返った。

「長い時間、執拗にインターネット上で攻撃をされて、正直、生きるのを諦めたくなる瞬間もありました。私が死ななかったのは、死ねなかったのは、降りかかった被害から守るためとはいえ、理不尽な制限のある生活を2年近く送り、多くの犠牲を払った子どもたちや家族がずっと私を肯定し、支えてくれたから。『差別はいけないと、オモニはあたり前のことを言っているだけだから、間違っていない』と。そんな家族に強いた苦痛を増やすわけにはいかなかったからです。

『 死ね』『いなくなれ』と言われないで、普通に暮らしたい。そう思って生活していただけなのに、繰り返される差別書き込みや脅迫によって、告訴せざるを得ない状況に追い込まれたのは、本当に厳しくつらいことでした」

崔さんの発言全文は、朝鮮新報の以下のサイトで参照されたい。
http://chosonsinbo.com/jp/2018/05/hj180525/

家の表札をはずし、小学生の息子さんとも街で一緒に歩くこともできない…。そんな状況のなかでも差別根絶を諦めなかった崔さんの苦しみと、「差別をなくしたい」と、この社会への希望を最後まであきらめなかった月日を思う。

現在も川崎には、深刻な問題が横たわっている。

6月3日に差別扇動者が川崎市教育文化会館で講演会を予定しているのだ。市が講演会開催を許可した場合、市民たちは3日13時から大規模な抗議集会を開くとしている。

各地でヘイトスピーチを続けている者たちは、在日コリアンはじめ、マイノリティへの攻撃の手を緩めるどころか、反省すらしていない。

この根は深く、多くの人を恐怖におとしめている。根絶への道は遠い。対策法2年の今、国会は、地方自治体は、果たすべき役割を果たしていない。強い怒りを感じている。(瑛)
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禁煙から2年

2018-05-29 10:00:00 | (相)のブログ
 20数年間吸い続けてきたタバコを絶ってから2年が経つ。
 奇しくも、一昨日の5月27日がちょうど禁煙2周年にあたる日だった。
 当たり前に喫煙していた時代は、「タバコを吸わずに原稿書くなんて絶対無理。大病を患ってドクターストップがかからない限り禁煙なんてできない」と考えていたのだが、今となれば「ああ、何だかんだやればできるものだな」と思うのだから、人間なんて勝手なものだ。
 喫煙習慣がなくなったことで、自分の身体の健康におよぼす好影響は言うに及ばず、これまで吸ってきたタバコがだいたい1日1箱(価格は1箱440円)として、禁煙してからの2年間でざっくりと32万1200円を節約することができた計算になる。

 この間、つくづく感じたのは、禁煙には周囲の環境が大事だということ。周りに喫煙者が少なかったり喫煙環境が整備されていなかったりすると禁煙の取り組みは成功しやすい。逆に、周囲に喫煙者が多く、タバコにやさしい環境があれば禁煙の試みの前には大きな障害が立ちはだかる(当たり前すぎて、活字にするのもはばかられるくらいなのだが、そこらへんはご容赦を)。そういった部分で、自分は恵まれていたのだと思う。

 今年1月半ばから4月半ばまで、仕事の関係で朝鮮民主主義人民共和国に滞在した。5年ぶりということで、この間大きく変わった状況に仕事の面で対応できるのかという一抹の不安を抱えながらの訪朝となった。そしてもう一つ、喫煙習慣が復活してしまうのではないか、という恐怖もあった。朝鮮は、「世界有数のタバコフレンドリーな社会」と言っていいのかどうかは留保がつくが、少なくとも日本よりは格段に喫煙者にやさしい環境であることは間違いないのだ。そんなところで果たして禁煙を維持できるのか、と正直不安がなくはなかったが、結果的に杞憂に終わった(正直に告白すると、人付き合いや酒席などのいかんともしがたいシチュエーションで数本吸ってしまったのだが、喫煙習慣が復活することはなかった)。あの環境で耐えられたのだから、今後、日本で喫煙習慣が復活することはないはずという妙な自信をつけて戻ってきた次第だ。

 明後日の5月31日は世界保健機関(WHO)が定める「世界禁煙デー」だ。(相)
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自分にはウソをつけない

2018-05-28 09:43:31 | (K)のブログ
 安倍首相の森友学園、加計学園問題は、なかなか終わりそうにないが、最近では大学アメフト部の反則タックル問題がモリカケ問題を消し去るかのように世間をにぎわせている。昨年の相撲の暴行問題もそうだが、アメフトのような問題、本当に日本のテレビは好きだ。こんなに長く伝えなくても良いのにと、あきれてしまう。
 これらの問題、いつどこで、誰に会って、どう発言したのか、残っている記録やいろんな人たちの証言によって事実を追及することが大切だ。
 しかし、国会などで元首相秘書官など関係者が参考人として発言しても真実を語っているかどうかはわからない。アメフト部の監督やコーチの発言を聞いていても本当のことを言っているのかどうか、疑ってしまう。

 子どもを育てるとわかることだが、やらなければならない決まりごとを、やらない、できないことが多い。例えば歯磨き。まだ幼い頃、した形跡がないので「歯磨きしたのか?」と聞くと、面倒なのか、「したよ」と言うことがある。ウソなのかと疑っても、あくまでも「した」と言われると、そうかと引き下がる。でも、したかしていないかは、本人が一番わかっている。
 会ったのか会っていないのか、こう発言したのかしなかったのか、確かに忘れることもあるだろう。また、どれだけ悪意があって、例えば反則を指示したのかどうか、本当のところは他人には証明することはできない。しかし、権力構造の中で特定の人間に特別に便宜が与えられたのかどうか、自分がどれだけの気持ちで選手に指示を出したのかどうかなど、自分自身が一番わかっていることだ。
 自分にはウソをつけない。

 日常の生活の中で、良心の呵責を感じることは少なくない。企業の悪事が内部の告発によって表に出ることがあるが、自分にウソをつくことに耐えられなくなり、公表に踏み切るのだろう。アメフトの当事者の選手が記者会見したのも良心の呵責、自分にこれ以上ウソをつきたくないという気持ちがあったからだと思う。

 今も昔も、良心の呵責というものと無縁の人間がたくさんいる。ウソをつくこと、悪事をはたらくことに、何の良心の呵責も感じない人間がいかに多いことか。
 朝鮮問題に関しては特に良心の呵責は無くなって久しい。アメフト問題で大学をあれだけ批判するマスコミも、「北朝鮮問題」で何の根拠もないデタラメな報道、悪意に満ちた報道を垂れ流している。明らかな差別であるにもかかわらず、朝鮮高校だけを高校無償化制度から除外しつづける。それを許している社会がある。そもそも、自分が間違ったことをしているという認識自体がないのではないか。そうすると良心の呵責を感じることもあるまい。
 高校無償化裁判でひどい判決を出した、広島、東京、愛知の裁判官に聞いてみたい。「どのような理由であのような判決を出したのか?」「良心の呵責はあるのか?」と。なぜあのような判決を出したのか、自分自身が一番知っているはずだ。(k)
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憧れの一人暮らし

2018-05-24 11:03:04 | (全)のブログ
4月から一人暮らしを始めた私。
一人暮らしは幼い頃からの憧れだった。

しかし実際に一人暮らしを経験してみると、一人暮らしの難しさ(?)を実感する。
一人暮らしを経験する前と今で変わった意識をすこし話したい。

まずは光熱費だ。
実家に住んでいるときも、大学で寮に住んでいるときもさほど節電や節水を意識したことがなかった。
実際一人暮らしを始めて光熱費を自分で支払うとなると面白いほどに節電や節水意識が芽生えた。
細かく例えると、今まではスマートフォンを充電しいているときもしていないときも、充電器をずっとさしたままだったが、今では充電が終わったら即、抜いている。ほかにも、毎朝、使っていない家電のコンセントを抜いているか必ず確認してから出勤している。
今までどんなに常識はずれな電気の使い方をしていたんだと、気づかされた一人暮らし。
オモニ、ごめんなさい(笑)

続いては自炊だ。
寮には食堂、実家に帰れば自然と準備してくれた食事に感謝する毎日。
実は、いまだに炊飯器くらいしか調理器具がない私は自炊のしようがない。ご飯を炊いて、スーパーで納豆買って、サラダ買って、お惣菜を買って夜を済ませる。時には外食も。
節電節水意識はあるのに、食費に関してはかなりルーズ。
とにかく、いつも当たり前に準備された食事の環境のありがたさを知ることができた一人暮らし。


最近は、自分の洗濯の柔軟剤のにおいが強いらしく、お隣さんから苦情も。(汗)
でもやっぱり憧れていた一人暮らしとあって楽しく過ごしている。(全)
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朝活

2018-05-23 10:00:00 | (麗)のブログ
一昨日、帰り道に後輩と会った。
話をしていると、翌日の朝から何人かで「朝活」をするのだという。
とても雰囲気のいい喫茶店で朝食をとるため、駅から歩いてどれくらいかかるのか偵察に行くとのこと。
面白そうなので一緒についていった。

「朝活」というものが巷で話題らしい。
朝活とは、始業前の朝の時間を、勉強や趣味などの活動に当てること。

早起きは苦手だ。
多分やってみたとしても続かないだろうし、
少しでも多く寝ていたいという気持ちが勝ってしまうだろう。

でも、たまに「ちゃんとした朝食を食べたい」と思うことがある。
「ちゃんとした朝食」…、
味噌汁にごはん、焼き鮭に納豆、
トーストにスクランブルエッグとサラダ、ヨーグルト…などなど、
そういった「ザ・朝食」と言えるものを久しく食べていない。

たまたま朝早く起きてしまい、やる事もないのでファミレスでモーニングを食べると、
人間らしい朝を迎えたという晴れやかなというかとても満足した清々しい気持ちにはなる。

実家に帰った時などは、朝食を用意してもらえるのがとてもありがたい。
いまは自分のためにそこまで頑張れないと思うこともしばしば…。


朝活をやれば、何かが変わるのだろうか。
実践している人にちょっと聞いてみたい気もする。(麗)
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何かが壊れて気付くこと

2018-05-22 10:00:00 | (愛)のブログ
日々生活を重ねていると、家具や家電もそれなりに使うわけで、
年々何かが壊れ、修理という事態に陥る。

ここ3年間見ても、年に一度は必ず何かが不具合に。

一昨年は、エアコンが壊れ修理。
水がしたたりおちてくるので、自腹でクリーニングしてもらったが、
その後初期工事の手抜きがそもそもの原因ということが判明して再度購入した電気屋さんで修理してもらった。
ちょうど夏場で、エアコンのない夏がこんなにもきついものなのかと、寒がりの私でも思った。

去年はトイレが寿命で壊れ、交換。
すぐに交換できないということで、2週間位時間をくれと言われてしまった。
これが結構生活的にはきつく、お風呂場に水をはって、
原始的にバケツに水を汲んで流すということをしながらも、
隣室が偶然空室だったので、管理会社に頼んで使わせてもらっていた。

と同時に水回りの場所を日にちを見ずに修理すると怖いと聞いたことがあるので、
お清めなどにも気を使い、トイレが新しくなる日をひたすら耐えながら待った。

トイレが使えないってこんなに不便なのか!と身に沁みてわかった。

去年末には冷蔵庫から異音が大音量で響いていたが、
一応使えたのでだましだまし使っていたら、最近になって冷凍室のものが冷えなくなっていた。

すぐに修理を呼ぶと(この時はすぐにきてくれた)、すでにファンが故障していて、
もうすぐ冷蔵室も冷えなくなるところだったという。
幸い冷蔵庫内のものは無事だったが、冷凍室の中のものは一度解凍されたので、処分した。
古いものも入っていたので、結果的には冷凍室の掃除ができた。

そしてつい最近、炊飯器が壊れた。
仕方なく、無水鍋でお米を炊くと、これがすごく美味しくて驚いた。
炊飯器よりも早いし、何倍も美味しい。
ただ、じっと見てなくてはならないが。。。

なので、最近は鍋でお米を炊いては、余ったものを冷凍している。
冷凍したものも美味しくて、鍋炊きも悪くないな、と思った。

鍋で炊いたご飯を食べながら、壊れなければ気付かなかったことが結構あるのだな、と思い立った。
そう思うと、時々何かが壊れるのは、
なにかのメッセージなのかも、とポジティブに捉えることにした。
ただ、修理ごとにお金がかかるので、あまり壊れてほしくはない。(愛)






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2018-05-21 10:00:00 | (理)のブログ
 先週から出張に来ている。福岡→長崎→山口→大阪というコース。
 今回の出張では、会う人ほとんどが日本の方々だった。出張へ行って朝鮮学校関連の取材がないのは珍しい。
 まずは「日本の中の外国人学校」の取材で福岡インターナショナルスクールへ。続いて、「緊急ルポ・入管の収容問題を追って」の取材で長崎県大村市を訪ねた。

 長崎へ来るのは初めて。せっかくなので「ウリショップ」(同胞が経営するお店を紹介する連載)の取材もしたかったが、もともと予定していた方と都合がつかず断念。参考に、県内で現在イオがどれほど読まれているか本部委員長に伺う。約45冊だという。リアルな数字ではある。次回、長崎へ来る機会があれば購読者にも会ってみたい。

 今日はこの後、山口県宇部市で「この街のオンマオリニサークル」の取材をする。数日ぶりに同胞コミュニティの取材だ。
 明日は7月号の表紙の撮影補佐として大阪へ。4月号で金星姫弁護士を撮影して下さった朴敦史さんが、再び撮影を担当してくれる。

 ふと、これまでに訪れた都道府県を数えてみると、なんと47中32になっていた。残り15県…! 東北地方では山形、関西地方では滋賀、中国地方では島根、九州地方では佐賀、熊本、宮崎、鹿児島。北陸3県と四国地方はどこも行けていない。そして沖縄。

 これまで行ったことのない場所へ行くと、そこでまたグンと関わりや出会いが広がる。その土地の風土や人々が持つ雰囲気、方言などに触れられるのもいい。
 同じ場所へ何度も通って自分の気持ちや人とのつながりを深めることも大事にしつつ、これからも積極的に色々な場所へ行ってみたい。なんとなく、それぞれの土地への好奇心が芽生えた出張期間だった。(理)
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イオ6月号が完成!

2018-05-18 09:54:17 | (瑛)のブログ


昨日17日に月刊イオ6月号が完成しました。

表紙を飾ってくれたのは、空手朝鮮代表の宋尹学さん。2020年の東京五輪を出場を目指す若手の空手家です。

特集は、「平和、新しい時代の幕開け」―4.27北南首脳会談です。

4月27日、北の金正恩委員長と南の文在寅大統領が板門店で歴史的な首脳会談を行い、「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」が採択されました。

朝鮮半島に確固とした平和体制を築くことを8000万同胞と全世界に宣言したこの宣言によって、朝鮮半島に新たな平和の時代が始まろうとしています。

本特集では、板門店宣言の全文、首脳会談の一日を追った「ドキュメント4.27」、平壌支局で取材した本社記者の解説に南からのレポート、そして在日同胞社会の喜びの声を紹介しました。板門店宣言への世界各国の反応もまとめています。

特別企画は、「愛知無償化裁判・偏見にまみれた判決」

北南首脳会談と同日の4月27日に下された愛知無償化裁判では、原告の朝高側が敗訴しました。

判決文は、裁判官らの朝鮮学校への偏見にまみれた価値観を如実に示すものとなりました。愛知の同胞や日本市民の怒り、広島、東京に続くヘイト判決の不当性を解説しています。

無償化差別が始まって8年以上が経つなかでも、差別が解消されない現状を考えるため、「無償化差別を考える」という新連載も始めました。初回は前川喜平・前元文部科学事務次官に登場いただきました。

他にも、性奴隷被害者の裵奉奇さんが朝鮮新報に紹介された「4・23」の日にちなんで行われた、アクション「いま、日本軍性奴隷問題と向き合う」、東大阪朝鮮中級学校の玄明淑・美術教員によるエッセイ「わが東中の歴史、明日へ」などを掲載しています。前号から始まった連載「緊急ルポ・入管の収容問題を追って」は2回目が載っています。

喜びと怒りが交差した4月27日。2018年6月号はイオの歴史に残る一冊になりそうです。(瑛)

●イオ購読を希望される方は、月刊イオ定期購読フォームからお申し込みください。
 http://www.io-web.net/subscribe/

※1冊からのご注文も承っています。定期購読ではなく1号のみの注文の場合は、「その他伝達事項」の欄にその旨と希望号数を記入して下さい。
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広島無償化裁判、控訴審始まる

2018-05-17 10:00:00 | (相)のブログ
 

 国が朝鮮学校を高校無償化の適用対象から外したのは違法として、広島朝鮮初中高級学校を運営する学校法人広島朝鮮学園(金英雄理事長)と同校卒業生らが国に対して処分の取り消しや損害賠償などを求めた訴訟(広島無償化裁判)の控訴審が5月15日、広島高裁で始まった。
 裁判は2013年8月1日の広島地裁への提訴から始まり、17回の口頭弁論を重ねて昨年3月8日に結審。広島地裁は7月19日、原告全面敗訴の判決を言い渡した。原告側は8月1日、地裁判決を不服として控訴した。
 それから約9ヵ月。ついに控訴審の第1回口頭弁論が開かれることとなった。
 この日の控訴審のスタートに合わせて、原告側の学園関係者と広島朝鮮初中高級学校卒業生、弁護団、支援者、そして在校生らが横断幕やのぼりを手に入廷行動を行った。

 控訴人側(原告側)は昨年10月31日、85ページからなる控訴理由書を裁判所に提出。今年5月8日付では、朝鮮学校が制度適用の対象として認められることが前提となる制度設計をしていたとする前川喜平・前文部科学事務次官の陳述書を基にした準備書面も提出した。ほかに、原審では採用が認められなかった朝鮮学校に対する検証を申し出、前述の前川前事務次官らの証人尋問も申請した。
 一方の被控訴人側(国側)も控訴理由書に対して反論する答弁書などを提出した。

 法廷では、控訴人側から卒業生と朝鮮学園理事長が意見陳述を行った。
 2011年3月に同校を卒業した男性は、学生時代に受けた自身の差別体験について語り、高校無償化の適用対象から除外されたことで言葉では表せないほどショックを受けたとのべた。男性は、裁判所が原告の控訴を棄却すれば、国側は裁判所の判断を盾に、これまでにも増して朝鮮学校に対する差別と圧力を強化するだろうとの懸念を表明。「政府による差別を裁判所が容認すれば、私たちはどこに救済を求めればいいのか」とのべ、今回の裁判が朝鮮学校やそこに通う生徒たちに対する日本政府や世間の差別意識を大きく左右するものであることを踏まえて、裁判所が正義と良心に従った正当な判決を下すことを求めた。
 広島朝鮮学園の金英雄理事長(広島朝鮮初中高級学校校長)は、原告全面敗訴となった昨年7月の地裁判決を法廷で聞いて、「怒りと憤り、司法に対する不信が募った」と当時を振り返った。金理事長は、生徒、卒業生たちは結論ありきの不当判決に落胆し、それと同時に、権利獲得はあくまでも戦うしかないとの思いを強くしたとのべた。また、子どもたちの教育への権利は何人も侵すことのできない万国共通の平等な権利であり、国や自治体が政治的理由を口実にして朝鮮学校に高校無償化法を不適用にし、補助金を停止するようなことは決してあってはならないと強調、裁判官に公正で公平な判断を下すことを求めるとともに、朝鮮学校への訪問も要請した。

 続いて、控訴人側の代理人である足立修一弁護団長が控訴理由について意見陳述を行った。
 足立弁護士は、朝鮮学校を不指定とした国側の処分(原処分)の理由(①規定ハの削除、②規程13条に適合すると認めるに至らなかった)についてあらためて整理するとともに、理由①について沈黙し、理由②については、文科大臣の判断に裁量逸脱、濫用はないとした地裁判決(原判決)の問題点を指摘した。
 足立弁護士は、控訴理由について、原判決が▼規定ハ削除についての判断を脱漏していること、▼朝鮮学校が「不当な支配」を受けているとの認定根拠も薄弱、▼他の外国人学校、日本学校と対比して不均衡な取り扱いがなされている、▼無償化法が教育の機会均等を趣旨とすることを前提に置かない判断をしていること、などを挙げた。また、原判決は高校無償化法の趣旨・構造を無視しているとし、無償化法の基本的理解について説明した。とくに、同法に国籍条項がないこと、教育の機会均等をはかるというのが同法の趣旨であることなどを強調した。
 足立弁護士は、▼朝鮮学校は「高等学校の課程に類する課程」を置くと認められる各種学校であるので、就学支援金支給対象としての要件を満たす、▼したがって、朝鮮学校を無償化の対象と認めず指定しないのは違法であり、▼朝鮮学校で学びたい生徒の教育の機会均等を侵害していると主張。さらに、▼朝鮮高校は「高等学校の課程に類する課程」を有しているのに、「不当な支配を受けている」「適正な運営がなされていない」といった懸念を問題として不指定にするのは誤りである、▼ほかの外国人学校および日本の学校の生徒は規程13条の審査を受けずに就学支援金を受給している。朝鮮学校のケースと比べてここには著しい不均衡があるが、原判決はこれを説明できていない、▼規定ハにあてはまるほかの外国人学校と比較しても、政治的な問題を考慮したり、単なる懸念を問題とするなど規程13条の審査事項・基準が均衡を欠いていて、本来あるべき裁量の範囲を逸脱して不指定処分がなされたが、この著しい不均衡について原判決は合理的な説明ができていない、などとのべた。
 足立弁護士は、朝鮮学校だけが不指定となったのは、同じ基準で判断せず、ダブルスタンダードを用いているからだとし、原判決最大の問題点として、審査方法、審査基準における不均衡を見逃したことを挙げた。また、厳密な意味での真実性がない事実で「不当な支配」を認定し、朝鮮学校に通う生徒たちの権利をはく奪したとのべた。そのうえで、規定ハ削除は無償化法の趣旨・目的に反し、裁量権を逸脱しており、憲法の平等原則にも違反している、規程13条は無償化法の委任の範囲を超え、無効であり、仮に有効だとしても朝鮮学校は13条の要件を満たすと主張した。

 今回、裁判所は控訴人側が申請した証人の採否を留保。控訴人、被控訴人とも2ヵ月後をめどに追加の主張書面を提出することになり、裁判所はその結果を見て、証人採否を判断するとした。
 控訴審の第2回期日は9月4日15時からに決まった。

 口頭弁論終了後、弁護士会館で報告集会が開かれた。弁護団から今回の期日に関する報告があり、法廷で意見陳述を行った2人のほかに韓国の支援団体・モンダンヨンピルの金明俊さん、山本崇記・静岡大学准教授らが発言した。

 









 控訴審に先立ち、13日には朝鮮学校の現役生徒、卒業生、教職員、関係者、地域同胞、日本人支援者らが参加して「朝鮮学校ええじゃないね! 春の平和パレード」が広島市内で行われた。雨の降るあいにくの天気となったが、参加者らは朝鮮高校に対する就学支援金支給、広島県・広島市の補助金交付の再開などをアピールしながら市内の通りを元気にパレードした。(相)
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(理)さんの入管問題の短期連載

2018-05-16 09:27:57 | (K)のブログ
 月刊イオの6月号は明日の17日に納品される予定です。6月号の中に、「緊急ルポ 入管収容問題を追って」という記事が掲載されています。これは5月号から始まった短期連載記事で、3回連載の第2弾。(理)さんが担当しています。(理)さんはこのブログでも入管問題を何度も発信しています。
 (理)さんは2月10日の日刊イオで、「メルバンさんを助けたい」(https://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/eb20dd64820cb7a78e93a893d5be65b6)という文章を発信しました。そこでも紹介されていますが、私も2011年にこの問題を取材し月刊イオで4回にわたり連載しました。連載当時は多くの関係者と会い、一緒に入管に対する要請行動も行い、収容されている人たちを励ます活動も行っていました。しかし、取材が終わった後は、直接、行動をともにすることもなくなっていました。
 茨城県牛久市の東日本入国管理センターで難民申請中のインド人男性が自殺(4月13日)するなど(5月13日にも自殺を図った収容者がいたという情報があります)、収容されている人たちは劣悪な環境におかれており、日本の入管行政の問題点は7年前と何も変わっていません。
 その現状を(理)さんは改めて取材し報告しています。

 (理)さんはネットでこの問題を知り、その深刻さに取材をやりたいと思ったそうです。それで、私に提案してきました。誰かがやらせたわけでもなく企画会議で決まったことでもありません。記者・編集者として大事なことは、いろんな問題に興味をもって納得するまで調べてみることだと思います。(理)さんがこの問題を改めて取材し記事にしたのはうれしいことでした。
 イオの6月号、そして「緊急ルポ 入管問題を追って」、ぜひお読みください。(k)
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充実感に満ちた、都外初取材

2018-05-15 09:37:20 | (全)のブログ
先日、取材で群馬県に赴いた。東京都外での取材は初めてのことだったので、緊張していたが無事取材を終えることができた。しかし、帰路の途中アクシデントが起きた。

前橋駅を夜の21時に出発し、自宅最寄り駅まで2時間ちょっとか、なんて思いながらぼーっと電車に乗っていると乗客がそわそわしている。何かあったのかなとイヤホンをはずすと、アナウンスが流れていた。
「JR西川口駅付近において、前を走る宇都宮線の列車が線路上におかれた自転車と衝突したため、本列車は籠原駅で運転を見合わせます。なお、運転再開のめどはたっておりません」

予定通りいけば23時30分には自宅に着く予定だったが、運転の見合わせで何時に帰れるのかわからなくなってきた。復旧作業や、警察による現場検証の影響で長い時間、列車は止まっている。コンビニで何か買っておけばよかったと後悔しながら運転再開を待っていた。お、やっと動き出したかと思っても、前を走る列車との兼ね合いで進んだり、止まったり。

結局、乗り換えの駅に着いたのは夜中の1時。最寄り駅までの終電はもうない。どうしようと思い、ネットで探してみると、遅延で終電などに間に合わなかった乗客のための対応があった。
「代行輸送依頼書」というものを駅でもらいタクシーに乗れば、最寄の駅まで送ってくれるという方法。しかし、この方法も色々あり、タクシー運転手に代行輸送依頼書を渡せばそのまま送ってくれる場合と、先に代金を支払い後日、駅に請求する場合がある。私は運転手が理解していなく、後者の方法で自宅へ帰った。

自宅に着いたのは夜中の2時。長い1日が終わった。都外初取材は充実感に満ちたものとなった。(全)
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そろそろ更新日

2018-05-14 10:00:00 | (麗)のブログ
現在住んでいるマンションの更新日が近づいている。

重要な書類に名前や住所などを書き、印鑑を押すだけなのに、ものすごく緊張する(共感できる人はどれくらいいるのだろう)。
この簡単な作業が毎度ものすごく億劫で、仕舞いには忘れる。
そしていつもギリギリになって提出してしまう。

いまの家に住み続けて結構経つが、最近物が増えすぎていて部屋がもう一つあればいいのにと思う事もしばしば。
ちなみにもう一つ部屋があるとすれば、完全なる趣味部屋を作ってそこで満喫してみたい。
実家には、父の書斎(のような、趣味の部屋)があって、それがすごく羨ましいと思っていた。

最近、就職などで上京する女性の家探しを密着するという企画があるが、
それを見ていると無性に引っ越したくなる衝動に駆られるとともに、一人暮らしを始める前の自分に想いを馳せてしまう。

一人暮らしは自由で楽しいが、いつまで続くか。いま住んでいる家にはあとどれくらい世話になるのだろう…
そんなことを考えながら、印鑑を押す。

やっと提出できそうだ。(麗)

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6月号の特集4.27首脳会談

2018-05-11 09:55:00 | (愛)のブログ
昨日6月号の〆切が無事終わりました。
今日は最後の色校確認作業が残っていますが、山場を越えてホッとしています。

6月号の特集は4.27北南首脳会談。巻頭頁からどどんと掲載しています。

板門店宣言の全文、ドキュメント、解説、南同胞の声、世界の声、在日同胞の声など、
盛りだくさんで掲載します。

4月27日は私もいつもより早めに家をでて、
通勤電車の中でスマホ片手にイヤホンをつけ、会談のようすを見守りました。

両首脳が板門店を越える姿には涙が自然とこぼれ、電車の中で涙をぬぐっていました。
史上初の板門店での会談は実に平和への希望が溢れていて、
私たちこどもたち世代への未来の希望を感じた瞬間でした。

連休明けの8日に原稿がほぼ出るという結構ハードなスケジュールでしたが、
何とか乗り切れたのも、心持が希望に溢れていたおかげでしょうか(笑)

近々朝米会談の日程も発表されるということで、
良い意味でのサプライズの日々が今年は続きそうで、嬉しいかぎりです。

あとはミスがないか、最後の確認を徹底的にして、6月号を無事に最後まで終えたいと思います。
月刊イオ2018年6月号は5月17日発行予定です!(愛)



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相手を通して自分を見る

2018-05-10 10:00:00 | (理)のブログ
 「日本の中の外国人学校」の取材で、岐阜県大垣市にあるHIRO学園を訪ねた。2000年に開校された同校は、06年に各種学校の認可を取得している。



 小学1年生から高校3年生までが1つの校舎で学び、児童・生徒数は約200人。日常会話や授業はすべてポルトガル語だ。授業はブラジルのカリキュラムに沿って行われ、教科書も本国で使用されているもの。



 県をまたいで通学を希望する家庭もあるため、毎朝6台のバスが稼働して子どもたちを送り迎えしている。一番遠くて片道2時間半かけて通う子どもたちも。



 お昼は給食があり、お弁当を持参しない子どもは食券を買って申請する。給食は校長先生の妻が手作りしている。もともと料理が好きだったため、役割を買って出たという。
 子どもたちは人懐こく、元気でいきいきとしている。環境だけでなく、なんとなく雰囲気も朝鮮学校に似ている。

 授業料は小学4年生までが月4万円、中学3年生までは3万8千円、高校生も3万8千円だが、一人当たり毎月9900円の就学支援金が支給されるため、実質2万8100円になる…、
 ここまで聞いて(あっ)と思った。これが高校無償化か!と、今さらながら気づいたのである。

 これまで何度も「外国人学校の中で朝鮮学校だけが高校無償化制度から除外されている」という言葉を聞き、また目にしてきたが、実際に当事者から話を聞くと、思っていたより何倍もの実感があった。確か、その時は「あっ本当にあるんだ」「そうか、各種学校だもんな! そういうことか~」「親御さんたち助かるだろうなー」というような単純な感想を抱いた覚えがある。
 いつも同じ話を聞いていると、「それはそうなのだ」と、あたかも最初から知っていたように思いこんでしまい、自分の確認・思考を怠ってしまうことは往々にしてある。いくら説得力のある説明を受けても、やはり自分の実感が伴わないと、どこかで薄いものになってしまうのかなと感じた。

 「日本の中の外国人学校」は、外国籍の子どもの「教育を受ける権利」に着目し、日本社会における外国人学校の在り方や価値、制度的な課題を探ろうという趣旨の連載だ。これまでに私は3校を取材して、その度に新鮮な感動や発見があったが、今回改めて「相手を通して自分を見る」という経験をすることができた。ほかの立場からの視点を借りて、たまに自分たちの現在地を確認すると意外な発見があるのかもしれない。(理)
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