日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

「コッソンイ」のクリアファイル完成!

2015-01-30 09:00:00 | (麗)のブログ
朝鮮新報が主催する作文コンクール「コッソンイ」の参加賞であるクリアファイルが完成しました!
イラストは、前回このブログでご紹介したコッソンイのポスターと同じデザインです♫

このクリアファイルは毎年、作品を募集した全ての朝鮮学校の子どもたちには「参加賞」を配っています。
昨日、出来上がったものを早速頂きました。やはりクリアファイルになったものを実際に見たら可愛いです。色も鮮やか!

ちなみに、前回のポスターで隠れキャラのようなものが二つあるとクイズを出しましたが、今回もよ~く見ると、ポスターとちょっとだけ違うものがありますよ!是非、探してみて下さいね^ ^

今年も可愛いクリアファイルに仕上がって嬉しい限りです。ウリハッキョの児童・生徒たちも是非、愛用して欲しいです。(麗)
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マンガ イオストーリーズ

2015-01-29 09:00:00 | (理)のブログ
 「マンガ 朝鮮の民話」に代わり、2015年度から新しく始まった「マンガ イオストーリーズ」。昨年は、題名のとおり様々な朝鮮の民話を原作にしていましたが、今年度は「在日朝鮮学生口演大会」の演劇部門で課題作になっている演劇の脚本が原作です。1、2月号は「ハブとマングース」。口演大会に参加したことがあり原作を知っている方からは「漫画で見られて嬉しかった」などの感想が寄せられました。

 昨年度から漫画ページの編集を担当させてもらっているのですが、原作→ネーム→原稿と、文字から絵へ段階を踏んで変化していく様子が見られて毎回とても新鮮です。「→」と簡単に記していますが、特に今年度は台詞の翻訳(台本は朝鮮語で書かれているので)から始まり、コマ割、ストーリーをうまく編集しまとめる作業…など、完成までの苦労は並大抵のものではないでしょう(いつもコマッスンミダ)。

 編集に携わることで、(この数ページの漫画に毎月膨大な時間が捧げられているのだ)という、作り手の姿を考えるようになりました。昔に比べて漫画をよく読むようになったのも作品の後ろにいる作家や編集者という存在を意識し始めたからだと思います。写真は、冒頭で紹介した「ハブとマングース」のネームです。ぜひ本誌とも見比べてみて下さい。



 3月号以降の作品、またそれがどう再現されるのか、私自身も今から楽しみです。イオストーリーズに寄せて新たに書かれた、オリジナルの作品があっても面白そうですね。漫画に限らず、連載企画や特集/特別企画への様々なご意見・感想も教えていただけるとありがたいです。(理)
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スイスデザイン展

2015-01-28 09:00:00 | (愛)のブログ
先日、東京オペラシティアートギャラリーで開催されている「スイスデザイン」展に行ってきました!
展示会に行くのは実に半年ぶり、デザインに携わるものとしては恥ずかしい限りですが、なかなか時間をとれずにいました。

なぜこの展示会を見たいと思ったかというと、その展示説明の文章に、デザインに携わる者として、デザインの普遍性につながるなにかを見つけられるかもと思ったからです。

「永世中立国として独自の道を歩んできたスイスは、デザインの分野でも質の高さとユニークさで世界の注目をあつめる存在です。実用性と機能性を好み、伝統と最新技術を融合させながら手仕事的なぬくもりと美しさを愛するスイス人気質は、「スイスブランド」として現在に受け継がれています。日本とスイスの国交樹立150年にあわせて開催される本展は、両国の交流の始まりを導入として、近代デザインの草創期から、その開花を迎える20世紀中葉、そして多様な価値観とアイデアの展開する現在まで、スイスから世界に向けて発信されたさまざまなデザインを紹介します。」
そう、スイスとはデザイン分野では質が高いと有名。まず、国旗からして単調な、赤い縦に白い十字という、とても完成されたデザイン。そして出版やグラフィックに関わっているデザイナーには有名な書体である、とても完成度が高く、汎用性がある「ヘルベチカ」という書体のデザイナーもスイス人デザイナーなのです。

まず展示場に入ると、写真撮影可能という、2作品が展示されていました。

スイスの国旗を表したインスタレーション。


そして何枚ものパターンの布を前後に張り巡らせた展示物。ひとつひとつ独立した模様がレイヤーのように前後に重なると、また違う模様になる。その実例をありのままに見せられて、デザインの無限の可能性を感じました。
スイスのデザインはシンプルな線、そして、色、形、それらが絶妙に組み合わさっていて、完成されたもの。驚いたのが1950年代のもののデザインが現在でも通じるデザインのかっこよさで表現されていたこと。
そして面白かったのが、グラフィックだけではなく、様々な分野のデザインが見れたこと。子ども用玩具のネフスピールやテキスタイル、バッグやスウォッチ、照明器具など。そしてヘルベチカなどの書体も展示されていました!

デザインをする際に一番難しいのが、「シンプルに仕上げる」ということ。
イオ編集部にきて上司から習ったのが、「DTPデザインはプラスのデザインではなく、マイナスのデザイン」というもの。余計なものをそぎ落として、マイナスにしていく、それが良いデザインにもつながる、というものだったと思う。
いまでもシンプルに仕上げてください、と言われると、記事などの素材によってはとても難しいのです。
しかし、今回のデザイン展では改めてシンプルな線、配色、形による完成度の高いデザインを目に触れることができ、シンプルなデザインの訴求力の高さを実感しました。
雑誌デザインをする際にも、今回のデザイン展で目に焼き付けたものたちを取り入れていきたいと思います。(愛)

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「平和の少女像」ができるまで

2015-01-27 09:17:39 | (淑)のブログ
 政治的に問題があるなどとして、美術館や冊子などから展示・掲載を拒否された作品を集めた「表現の不自由展~消されたものたち」が、練馬区江古田の「ギャラリー古藤」で絶賛開催中です。会期中は作品を出展した作家をはじめとする、様々なゲストを招いたトークショーが行われています。来場者とともに学び、考えたいという主催者の意図が込められています。

 私は18日の初日、韓国の日本大使館前に設置されている「平和の少女像」を制作した彫刻家である、キム・ソギョン、キム・ウンソンご夫妻のトークショーに足を運びました。お二人は学生時代、軍事独裁政権に抵抗する民主化運動に参加し、現在に至るまで彫刻の制作を通じて社会問題に取り組んできました。




 ご存知の通り「平和の少女像」は2011年12月、日本軍性奴隷制度被害女性たちによる水曜デモが1000回を迎えたのを記念して、韓国の日本大使館前に設置されました。日本軍「慰安婦」問題を象徴するイメージとして、韓国ではたくさんの人々に愛されています。トークショーでは映像作品も流され、正月はチマチョゴリ、寒い冬には帽子にマフラーをまとった少女像など、少女像と人々が共に過ごした四季折々の日々が映しだされました。
 現在、少女像は韓国とアメリカの11ヵ所に設置され、そのデザインは各地の市民らの要望にそって4通りほどあるそう。広告や演劇、本、ミュージカルなど、多くの文化芸術活動にモチーフとして使用され、様々に表現されています。

 しかし日本政府は、「外交公館の尊厳が傷つけられ、日韓関係にも悪影響が及ぶ」として大使館前からの撤去を求めています。これを背景に、日本では少女像が度々批判の対象となり、インターネット上ではそのイメージが悪意をもって汚されています。

 今回展示されたのは、大使館前に設置されているブロンズ像のレプリカで、彩色された等身大の像と、縮小したブロンズ像の2体。このブロンズ像は、2012年8月に東京都美術館で開催された「第18回JAALA国際交流展」に出品されましたが、特定の政治・宗教に関連し、運営要綱に抵触するという理由で、撤去されました。

 そんな中、製作者であるキム・ソギョン、キム・ウンソンご夫妻が、これまでどんな創作活動をされてきて、どんな思いで少女像をつくったのか、中々聞くことのできない貴重なお話を聞くことができました。

 ウンソンさんは1991年、金学順ハルモニの勇気ある告白に衝撃と深い悲しみ、憤りを感じたといいます。2011年水曜デモが1000回を迎えることを知って、「自分にも何かできないか」と、韓国挺身隊問題対策協議会に申し出たそうです。
 ご夫妻で20種類ほどアイデアを出し合い、最終的にソギョンさんが提案したものに決まり、制作もソギョンさんが手がけました。ウンソンさんは、「かつて『慰安婦』とさせられた少女たちは、男性によって性暴力を受けた。女性の手によって作られたほうがより意味があると解釈した」と話していました。

 ソギョンさんは「『慰安婦』とされたのが、もしも私だったら…、私の娘だったら…と想像しながら制作しました」といいます。制作においてもっとも重視したのは、ハルモニたちの過去と痛みを凝縮し表現し、より多くの人と分かち合うことのできるものとすることだったそうです。



 少女は静かに椅子に座り、まっすぐ前を見つめています。
 元々はそっと両手を重ねた形だった少女の手は、日本政府に謝罪と賠償を求めるハルモニたちの意志を込めて、固く握りしめられました。少女は素足で、よく見るとかかとが宙に浮いています。これは、ハルモニたちの過酷な歴史と、故郷に戻った後も厳しい環境に置かれたことを表しています。肩に乗せられた、自由と平和の象徴である小鳥は、亡くなったハルモニたちとご存命のハルモニたちとつなぐもの。また、地面にはハルモニの影が映し出されており、これはご夫妻の娘さんの提案だそうです。影の周りを飛ぶちょうちょには、亡くなったハルモニたちと心を共にするという意味が込められています。

 初めて見た少女像は、なんだか人の気配というか、人間らしさを感じました。表情は笑うでも悲しむでもなく、ましてや怒ってもいない。穏やかで毅然としています。空席となっている椅子には「あなたはどう向き合うの?」と静かに問われているようでした。その問いかけ方や寄り添い方にも、とても共感を覚えます。
 展示は2月1日まで。ぜひ足を運び、少女の隣りに座って共に考えてみてください。(淑)
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小さな幸運

2015-01-26 09:11:32 | (相)のブログ
 昨日の日曜日、地元の総聯支部の新年会に参加してきた。
 支部の新年会は毎年1月下旬に県本部ビルの講堂で行われている。 新年一発目となる地域同胞たちの集いの場だ。毎年、午前11時ごろから、その年の朝鮮半島情勢を展望する講演、会食、地元の朝鮮学校児童・生徒たちの公演、各団体のあいさつ、という順に流れていくのだが、今年も同じような構成だった。
 毎年恒例のイベントの一つにすぎない地域同胞コミュニティの新年会を、なぜあえて今回のエントリで取り上げたのか―。それは、そこで(たぶん)非常に希少な体験をしたからだ。その体験とは、各種賞品が当たる抽選会で2等を当てたこと。
 「えっ…」と拍子抜けした読者もいるだろうが、自分にとってはそれなりに大きな「事件」なのだ。これまでの人生の中で、何かに当選するといった経験をほとんどしたことがない。さまざまなイベントの場で行われる抽選会ではまともな賞品が当たったためしはなし。雑誌などの懸賞もしかり。宝くじも末尾一桁しか当たったことがない。まあ、一言でいうと、くじ運が悪いのだ。ああ、裁判傍聴の抽選も勝率はよくないのだった。
 だから今回も、特段何の期待もせずに、抽選が行われている壇上をぼーっとながめていた。なので、自分の番号を呼ばれた瞬間、思わず「へっ?」と間の抜けた声を発してしまった。
 きれいに包装された、ずいぶんと大きな賞品。中身は何だろう…。帰宅後、包装紙を破ると出てきたのがこれ。

 
 お菓子やコーヒー、調味料などがつまったギフトセット。
 賞品の中身がどうこうという問題ではなく、稀代のくじ運の悪さを誇る自分が当選したことに価値がある。
 なんにしろ、今年は幸先のよいスタートを切れた、これから何かいいことがあるかもしれない―。そんな根拠のない楽観に包まれながら過ごした一日だった。(相)
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京都裁判勝訴に感謝!

2015-01-23 09:00:00 | (瑛)のブログ
 先週、このブログで東京の無償化裁判について記事を書きましたが、朝鮮高校が「無償化」制度からはずされ、この春で5年がたちます。5年というと、当時高校1年だった子は成人になっている。小学生だった子は、高校進学を前にしている。当然、お金がかかる朝鮮高校への進学を諦める子や親御さんも出てきています。では、現場はこのような暗い話ばかりかというと、そうじゃない。

京都朝鮮第1初級学校(当時)の保護者たちが起こし、最高裁で勝訴を勝ち取ったニュースは、朝鮮学校関係者たちを大きく勇気付けています。

 ご存知の通り、昨年12月9日、最高裁判所では「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の会員らによるヘイトスピーチ(差別的憎悪表現)を人種差別と認め、在特会側に計約1226万円の賠償と学校の周辺200メートル以内の街宣活動の差し止めを命じた今年7月の「大阪高裁判決」が確定しました。

 裁判を起こした保護者や子どもたちの安堵はいかばかりだったでしょう。本当におつかれさまでした、勇気をありがとう、とお伝えしたいです。

 先日、NHKの「クローズアップ現代」が扱った「ヘイトスピーチ」の番組でも、京都第1初級の前で罵声をはく「在特会」の映像が流れていましたが、ヘイトスピーチはまともに目をあてられるものではありません。繊細な子どもたちほど、驚き、そして深い傷を負います。裁判が終わった今、京都では中高生になった彼らの心のケアのため、スクールカウンセラーの配置を進めているそうです。しかし、朝鮮学校は日本の学校のように公費で専門家は派遣されません。ここにも「各種学校の壁」が立ちはだかります。

 この間、京都では子どもたちの心に向き合う、尊い実践が生まれました。




 それが、裁判支援をする「こるむ」と「こっぽんおり」が作成した子ども向けのパンフレットです。
 HPに、その趣旨が以下のように載っていました。

 …本件の最大の被害者といえる子どもたちが理解するには、判決文の表現は難解です。本件での「こんなの学校ではない」「スパイの子どもの学校」「朝鮮学校を日本からたたき出せ」など、学校を侮辱される言葉を浴びせられて最も傷ついたのは、心身ともに繊細である子どもたちでしょう。

自らが通う学校が、特にその民族性がゆえに差別攻撃の対象とされ、社会的評価(名誉)が傷つけられたことは、子どもたちの内心に多大な不安を与え、学校における民族的自尊心の醸成の作用も半減させうる脅威となったことは想像に難くありません。こうした影響は、本件学校に通っていた子どもたちに限られません。中高級を含めた全国の朝鮮学校の生徒も同じ思いを抱いているなか、判決文の内容をわかりやすく説明して、こうした不安を軽減する必要があります。


 パンフレットは第4弾まで、日本語、朝鮮語の両方で作られ、ダウンロードもできます。
https://drive.google.com/folderview?id=0B60d_nhxt-QfajloR24wNEVHLUk&usp=sharing


 中村一成さんが執筆された「ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件 <ヘイトクライム>に抗して」(岩波書店)も、お読みいただきたい一冊です。中村さんの本を読んでいると、この裁判をたたかったオモニ、アボジたちの息吹が耳のそばで聞こえてくるようです。「もし、自分の学校に在特会が押し寄せてきたら?」―子どもを守る「覚悟」を教えてくれる本です。 





 最後にご紹介したいのが、同志社大学の板垣竜太教授がこの裁判の過程で京都地裁に提出された「朝鮮学校への嫌がらせ裁判に対する意見書」。

http://doors.doshisha.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=TB12605649&elmid=Body&lfname=031001050005.pdf

 
 朝鮮学校については、政府のキャンペーンが功を奏して、日本社会ではマイナスなイメージが焼きついてしまいました。日本政府はマックワードのように、朝鮮学校と朝鮮民主主義人民共和国の関係について、「問題だ」と騒ぎたてていますが、なぜ、祖国を遠く離れた在日朝鮮人が朝鮮半島とつながりを持とうとしたのか、日本植民地期の抗日闘争をはじめ、朝鮮の近代史をなぜ在日朝鮮人が主体的に学ぶ必要があるのか、について明快に綴っておられます。

 板垣さんは、朝鮮本国とも、また日本の公教育とも違う、「朝鮮学校の民族教育のオリジナリティ」について、その歴史や保護者の意識、また朝鮮や日本とのカリキュラムを比較しながら論証されています。「反日教育をしている」という根拠のないレッテルについても、朝鮮学校で「日本」がどう教えられているかについて、教科書や教育実践を丁寧に拾い上げています。

 朝鮮学校の理解には「歴史」が不可欠と感じてきましたが、板垣さんが朝鮮近現代史の専門家ということが、その理解に深みをもたせていることがよくわかります。頭がすっきりと整理されるので、ぜひご一読ください。

 それにしても、イメージとは、なかなか崩しがたいものです。
 それが一面的な見方で、ましてや間違った事実によるものだと本当にやっかいです。

 そのイメージを壊していくには、多くの日本市民に等身大のウリハッキョを感じ、自分の言葉で語ってもらうしかない―。その数が飛躍的に増える時に、「無償化」のようなくだらない差別がなくなるのではないかと痛感する毎日です。

 総じて、京都の裁判は私にたくさんのことを気づかせ、教えてくれました。

 2月28日の下記のシンポジウムに、板垣さんや、京都裁判を闘った保護者の金尚均・龍谷大学教授が登壇されるので今から楽しみにしています。(瑛)

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阪神・淡路大震災から20年

2015-01-22 09:00:00 | (K)のブログ
 今月の17日は、阪神・淡路大震災から20周年を迎える日だった。もう20年が経ったのかという思いが強い。20年前、朝、テレビをつけたときに飛び込んできた映像とその驚きは脳裏に今も焼きついている。
 犠牲者が6400人以上にものぼったとんでもない大きな災害だったわけだが、当時はまさか兵庫県でそんなに大きな地震が起こるとは思っていなかったし、最初は災害の規模をまったく把握できなかった。しかし、ビルや高速道路が倒壊し駅舎がつぶれ、長田をはじめ火災が広がっている映像が映し出されるようになって、ことの深刻さがわかっていった。
 そして、多くの同胞が犠牲となった。
 家族をうしなった人たちや甚大な被害を受けた人たちは、どのような思いでこの20年を生きてきたのだろうか。犠牲となったすべての人たちに改めて哀悼の意を表したいと思う。

 東日本大震災の時もそうだが、大きな出来事が起こると、急遽、編集内容を変えて伝えなければならない。当時は、月刊イオはまだ創刊されておらず、私は別の月刊誌の編集に携わっていた(新聞にも少し関わっていた)。出勤すると共に会議を開いてどのように対処するのか話し合ったことを覚えている。
 予定していた特集をすべて変えて、震災の特集を組んだのだと思っていたが、当時の雑誌を見てみると、予定していた特集はそのまま残して、その前に震災の特集を加えていたことがわかった。震災の特集は24ページで、1995年の3月号は通常よりも16ページ多くなっている。

 当時、震災の現場に取材に行ったのは私だった。当時も今と同じような立場にいたのだが、部下を取材に行かせるという考えはまったくなく、何の迷いもなく自分で行くことを決めたと思う。その理由まではよく覚えていなかったが、編集後記のページを見ると、当時3人で雑誌を作っていたことがわかり、自分が行くしかなかったのかと納得した。同時に、やはり若かったのだと思う。
 阪神・淡路大震災のことについては2011年1月19日の日刊イオでも書いているので読んでいただきたい。(阪神・淡路大震災と朝鮮学校の避難所http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/49096d8bd1907bb6805edd35c4663f96



 取材の期間は1週間ほどだったと思う。当時の雑誌を見ると、12ページのルポ(1万字)を書いていた。それでも、書かなければならない内容をすべて入れられなかったし、震災の現場の一部を切り取ったものでしかなかった。
 取材の間は、だいたい東神戸と西神戸の朝鮮学校で寝泊りした。被災した人たちにとっては、取材に来る人間はある意味じゃまな存在であり、震災直後、普通に考えると相手にする余裕などなかったはずだ。
 しかし、兵庫県の同胞たちは、取材者の私たちに寝る場所や食べる物を提供してくれて温かく接してくれた。そして本当に取材に協力してくれた。感謝しても仕切れないし、当時の取材経験がその後の記者生活に少なからず影響を与えてくれている。東日本大震災の際には、私は結局一度も現地に行くことはなかったが、東日本大震災を取材した記者たちも20年まえの私と同じような思いをもったのではないだろうか。


 ここからは、話題を変えて、イベントの紹介です。
 「表現の不自由展~消されたものたち」という展覧会が1月18日の日曜日から練馬区のギャラリー古藤(最寄り駅、西武線江古田駅)で開催されています。2月1日までです。展覧会のフェイスブックはこちら。https://www.facebook.com/hyogennofujiyu
 元日本軍「慰安婦」を題材とした安世鴻さんの写真展をニコンが突然中止にするという事件が2012年に起きましたが、現在行われている裁判闘争の支援活動の中で、「いまの日本社会で目にみえないようにさせられているものたちを集めた展覧会を開くこと」にしたものです。
 私は20日に観にいきました。夜には安世鴻さんのトークイベントがあり、被害者のハルモニたちとの出会いや写真を撮るようになった経緯、裁判闘争などについて聞くことができました。
 今日の22日、そして24日から毎日、様々なゲストによるトークイベントが組まれています。



 展覧会の目玉は、日本軍「慰安婦」をモチーフにしソウルの日本大使館前に設置されたものと同じ姿をした少女像です(写真)。少女像は写真撮影自由となっていました。たくさんの人が横のイスに座って、少女像と一緒に記念写真を撮っていました。私も撮りました。
 また、群馬県によって撤去させられようとしている朝鮮人強制連行犠牲者の追悼碑に関する展示があるのですが、月刊イオの記事がパネルとなって展示されていました。



 展覧会「表現の不自由展~消されたものたち」、ぜひ足を運んでください。(k)
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美容院が苦手

2015-01-21 09:00:00 | (麗)のブログ
私は美容院が苦手だ。
基本「オシャレ」なところが苦手で、スタバとかのオシャレなカフェにも一人で入ったことがない。
理由は「オシャレ過ぎて入れない」「コーヒーの種類がよくわからないものばかりでどれを頼んでいいかわからない」「なんかこわい」と、理由はまだまだあるけれど、とりあえずこの辺で…。

最近、いつも髪を切ってくれる美容院に行かなくなり、新たな美容院を求めてネットで探していたのだが、近場でなるべく小さい、いわゆる「個人サロン」というものを必死に探していた。大型美容院が苦手なので、それ以外のこじんまりした店を探す日々。

髪を切った日、美容師に「前の美容院は自分がズボラ過ぎて全然行かなくなって、なんか向こうに申し訳なくて気まずくなっちゃったんですけど…」とどうでもいい事を話すと「優しいですね。でも、あんまり気にしなくていいと思います。それに、最近来てないなーって思ってたお客さんがまた来てくれたら嬉しいですし」と柔らかい物腰で言われた。

行かなくなった美容院の前を通るのも気まずく、わざわざその店を避けるかマッハで通りすぎるかしている私を、美容師は「優しい」と言ってくれた。

これが「優しい」のかはよくわからないけれど、この一言でなんだか絆された気持ちになり、自分は考え過ぎなのか…とちょっとだけ考え直した日だった。(麗)
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イオでにっこり!

2015-01-20 09:00:00 | (理)のブログ


 小さい子どもの笑顔を目にすると、こっちまで口元がゆるんでしまいます。擬音をつけるなら、「えへぇ…」とでもいうように、無条件で顔から力が抜けていく感じが心地よかったりします。自転車で通勤中に見かけることが多いのですが、いつまでもニヤニヤしていると変な目で見られかねないので、マフラーに顔をうずめてやりすごしています。子どもが放つ、無邪気な笑顔の感染力は最強ですね。イオの最新号は、そんな子どもたちに負けず劣らず、見る人の心を和ませてくれる素敵な笑顔が表紙を飾ってくれます。

 改めて、昨日完成した月刊イオ2月号。今回の特集は、「女性が輝ける社会づくりって?」です。安倍政権が成長戦略の一つとして打ち出した「女性の活躍推進」政策。しかし、実際に女性たちは働きやすくなった? 男女格差をはじめ、女性が抱える問題は本当に解決されている? ―女性が働きやすい社会づくりについて、専門家の知恵を借りながら考えてみました。「私の就職奮闘記」と題した働く女性たちの生の声や、いきいきと働く4人の同胞女性も紹介しています。

 特別企画は「朝鮮経済の新常識 2014-15」。大きな変化と発展を遂げる朝鮮民主主義人民共和国の経済について取り上げています。近年の政策の特徴、成果と今後の課題、識者が見た現地のようすまで、朝鮮経済の「新常識」をタイムリーにお届けします。

 他にも、2年連続ベスト8に進出した大阪朝高ラグビー部の全国大会でのようすや、同胞Jリーガーが東京中高に集結し児童・生徒たちと交流を深めた「ふれあいサッカーフェスタ」の紹介など、盛り沢山な内容になっています。

 2015年度から新たに始まった連載も、一つひとつ味がありますよ。今月も、イオでにっこり! 楽しんでいただけると嬉しいです。(理)
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締切前日のインフルエンザ

2015-01-19 09:00:00 | (愛)のブログ
今回は年末年始休暇を挟んでいたので、いつにもましてスケジュールがタイトでした。
〆切前の日にラストスパート!といった感じで、デザイン担当もフルスロットル全開でした。
そんな日の午前中、私の携帯電話に「callig 保育園」の文字が。
え、まさか!?と思いながら取ってみると、子どもが高熱がでたとの呼び出し。
しかも今回はインフルエンザが園で流行っていたこともあり、その疑いもあり。

仕事は山積み、しかも今日中に入稿をある程度しなくては、全速力で仕事してもすぐには片付かない。。。
でもインフエンザも疑われるということはすぐに病院に行かなくては。。。一瞬頭がパニックになりました。
えーーーと、どうしましょう、とりあえずパパとも相談して折り返して電話します、とだけ伝えて園からの電話を切り、アッパに即相談!すると、仕事の調整をつけてくれて、すぐにお迎えにいってもらえました。
病院も受診してもらい、検査の結果インフルエンザという電話をもらいましたorz

2日間はどうしても仕事を抜けることができなかったため、アッパにお願いして看てもらえました。ちょうど調整がつく日程で本当によかったと心底思いました。
子どもを育てながらバリバリ正社員として働く姉からは、「子どもってね~忙しい時に限って熱だすから覚悟しておいたほうがいいよ!」と言われていたのを思い出しました。

インフルエンザは感染力が強いため、5日間は登園禁止になるので、働くオンマには厳しい状況になりますが、上司や同僚のサポートももらいながら、無事自分もかかることなく完治してくれました!
自分がこういった状況になり、改めて働くオンマたちの悩みのひとつに直面した思いです。
まさに今回の特集とリンクするような状況に、思わず笑ってしまいました。


今回3月号に掲載されている「女性が輝ける社会づくりって?」という特集は様々な女性たちや専門家たちが登場します。同胞の就職奮闘記も掲載。
たくさんの同胞女性、そして同胞男性にもぜひ読んでもらいたいなと思います!(愛)
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幼少期の読書体験

2015-01-16 09:00:04 | (淑)のブログ
 初級部3年時の担任教員は、児童らの誕生日を「一人ひとりに合った本をプレゼントする」という素敵な方法で祝ってくれました。
 先生は、なぜその人にその本を選んだのか、クラスメイトたちのキャラクターや長所について、本の内容と関連づけながら語ってくれました。
 2月生まれの私は、先に誕生日を迎える人たちを羨ましく思いながら、自分の順番が回ってくるのを心待ちにしていました。

 待ちに待った誕生日のホームルーム。
 先生が私に選んでくれたのは、「だれも知らない小さな国」というファンタジー小説でした。
 佐藤さとるさんの大人気シリーズ、コロボックル物語の第1作です。



 先生がこの本を選んだわけは、先生と私の、ある「共通点」にありました。
 クラスのみんなの前で先生は、
「先生には兄2人と弟が1人います。(淑)と同じですね。そんな(淑)には共感を込めて、先生が初級部3年生の時に読んで大好きだった本をあげたいと思います」
と話してくれました。

 この本が私にあてがわれた嬉しいいきさつもあり、そして実際に読んで、私はこの小説が大好きになりました。
 その後シリーズ全巻揃えて、夢中になって読みました。

 その本を、約20年ぶりに再読しました。

 あらすじは以下のとおり。

 泉が湧き、椿の花が作美しい小山に魅了された、小学4年生の「ぼく」。足繁く通ううちに、小山に伝わる不思議な伝説を聞く。それは、小山に住む、小指ほどの小さな人・コロボックルの話だった。このコロボックルを一度だけ目撃したぼくは、やがて大人になり、コロボックルたちとの再会を果たす。そしてコロボックルたちと秘密の信頼関係を築きながら、小さいけれど、豊かで平和な国をつくり、守っていく…。

 コロボックルとは、アイヌ語で「フキの葉の下の人」という意味を持つ、アイヌ民族に伝わる小人のこと。
 小説の魅力の一つは、なんといってもこのコロボックルのキャラクターの面白さにあります。

 コロボックルを簡単に説明すると…、
 身長は3センチ弱。体重1グラムくらい。人間の数倍の早さで動き回るので、人の目で見ることはできません。人間をじっくり観察するようなときは、アマガエルの皮をかぶって行動します。口調もとても早口なので、人間が聞くと「ルルル…ッ」としか聞こえません。頭の回転も早い。

 今でも、誰もいない部屋で人気を感じたり物音がすると、反射的に(コロボックル!?)と思ってしまうほど、深い記憶として刻まれています。

 そして、日本にアイヌという他民族が存在することを知ったのも、この本を読んでからです。
 アイヌ民族に対する差別と抑圧の歴史を知るのは、もっとずっと後のことですが、コロボックルとともにアイヌという単語が私の中で特別な思い入れのある言葉になりました。

 本書は、戦後を時代背景としており、自然保護や平和、私利私欲でなく信頼しあえる人間同士の国づくり、というのも大事なテーマとなっていますが、個人的には、童心に戻って、主人公やコロボックルたちと笑ったりワクワクしながら読むのが良いと思います。

 他の同級生らは、先生が選んでくれた本と、各々どんな関係を結んだのでしょうか。今度会った時に聞いてみるのもいいかもしれません。(淑)
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2015無償化裁判~東京からスタート!

2015-01-15 09:00:00 | (瑛)のブログ



 1月14日、東京朝鮮中高級学校の62人の生徒が原告となった「無償化」裁判の第4回口頭弁論が東京地裁で行われました。約200人が傍聴券を求めて列をなしました。

 今までの裁判を振り返ると、第1回口頭弁論(4月2日)では原告の朝高生が意見陳述をし、第2回(7月2日)では双方の準備書面の確認、第3回では国側の書面に対する反論、今回は被告・国側から第2準備書面と証拠が提出されました。

 この裁判で原告の朝鮮高校生たちが主張しているのは、主に4点です。

 ①就学支援金の受給権は生徒にある
 ②省令(ハ)の削除は、高校無償化法の趣旨を逸脱し、違法である
 ③(ハ)の削除は政治的理由による
 ④東京朝鮮中高級学校は指定の基準を満たしている

 この日、国は59ページにわたる書面をもって反論しましたが、朝鮮高校生が就学支援金を受給する権利者である視点は皆無、最初に決めたルールを捻じ曲げる、まさに大阪の橋本市長が朝鮮学校へ補助金を止めるために押し付けた「4つのルール」を彷彿とさせるものでした。

国の反論は次の通りです。

1.省令(ハ)の削除は違法ではない

 国は、①朝鮮高級学校については規定(ハ)の該当性を審査する過程において、審査に限界があることが明らかになった、②(ハ)による指定を受ける外国人学校は存在しないことになった―と主張、あげくの果てには、朝高が(イ)(ロ)によって指定を受けることも可能である、と乱暴に突き放しました。

 おさらいをすると、外国人学校が就学支援金を受給するには、各種学校の認可とともに、3つの基準に沿った指定を受ける必要があります。

 (イ)とは、外国の学校と同様の課程―つまり海外校の位置づけであり、韓国学校、中華学校、ドイツ学校などが該当します。(ロ)はインターナショナルスクールで、米国などの評価機関の認定が必要です。また政府は(イ)(ロ)とは別に、(ハ)―「高等学校の課程に類する課程を置くものと認められるものとして、文科大臣が認めたもの」の規定を設けました。

 現にホライゾンジャパンインターナショナルスクール、コリア国際学園が(ハ)として認められており、今後も同様の外国人学校が生まれる可能性がある。しかし、国は朝鮮高校を除きたい一心でこの規定をはずしたことを、「違法ではない」と暴論を展開したのです。法律も何もあったもんじゃありません。

2.検討会議や審査会の議論は、朝鮮高校を認めるためのものではない

 2010年4月に無償化法がスタートした後、4月30日には31の外国人学校が指定されたものの、朝鮮高校への適用は先延ばしにされました。
 国は5月に検討会議を発足させ、検討するとし、8月末に発表した報告書では、「外交上の配慮によって判断するのではなく、教育上の観点から客観的に判断する」と結論を出しました。しかし、今回国は、検討会議は「規定の制定について議論する場であって、朝鮮高級学校の指定に向けて議論がなされたわけではない」「審査会の意見によって文部科学大臣の判断が直ちに左右されることはない」と言ってのけました。

3.総聯や朝鮮と関係があることが問題だ

国は、朝鮮学校が朝鮮民主主義人民共和国や総聯と関係があることについて問題視し、公安調査庁や同庁長官の発言をもって、「適正な運営がされていないと疑われる事情があると認められる」と、「疑い」をもって「不当な支配」があると主張しました。

 東京の韓国学校も韓国や民団との関係がありますが、(イ)の認定を受けた韓国学校の場合は、「指定用件においては法令に基づく適正な学校運営が認められていない」と反論しました。(ハ)が適正運営を求められるなら、すでに(ハ)で認定を受けた2つの学校はどうなるのでしょうか。(イ)(ロ)はまったく問題にしないというのも、公平性に欠けます。

 また、国は、「疑い」の根拠として、東京都が作成した調査報告書を参考資料にあげていますが、都の報告書は、そもそも補助金をストップさせようとする悪意に満ちたもので、民族教育を積極的に支援しようというものではまったくない。「国が証拠としてあげるものなのか?」と目を疑いました。

国の反論からは、朝鮮高校を排除するためには、過去もねじまげ、法律も何とでも解釈するという姿勢が見て取れました。論戦はこれからです。

 最後、裁判所からは、国側の弁護団に、「朝鮮高校を仮に指定しなかったとしても、朝高生個人に権利の侵害はない、と主張しますか?」という趣旨の質問がありました。また、就学支援金がどのような制度なのかを説明してほしいという宿題も出されました。
 今後は、国が朝高を不指定にした「違法性」とともに、「無償化制度が生徒一人ひとりの学ぶ権利を保障するものかどうか」という点にも戦線が広がっていく、とは喜田村弁護団長の展望です。

 国籍、民族、学校を問わず、「すべての子ども」の学びを支援するというのが高校無償化法を本来の目的です。なのに、朝鮮学校だけが、「適切な運営」を問題視され、民族団体との関係を問題視されている。5年間も就学支援金を受けられずにいる状態を、法の元来の目的から照らし合わせて考えようという意思が裁判所の質問から感じられました。
 
 次回裁判は3月18日、11時半から、東京地裁103号法廷で開かれます。



 2014年2月17日に始まった東京の無償化裁判ですが、第5回口頭弁論を前に原告の高校3年生は卒業していきます。

 閉廷後、弁護士会館で行われた報告会には、毎度のように立ち見が出るほどの人が集まりました。

 いつもより、「涙」の多い会でした。

「無償化」実現を果たせぬまま、3月に卒業する高3の女生徒、文科省前の「金曜行動」で後輩を見守る九州出身の朝大生、また、「無償化」排除が始まった5年前に朝高を卒業し、母校の教員として戻ってきた青年、かれを教えた中堅教師が発言し、5年間の裁判闘争が走馬灯のようによぎっていきました。後輩たちの姿は、ただただ立派でした。



最後に原告保護者のオモニが、5年間を振り返りながら発言をされました。

 悲しみと絶望の中でも、希望をつむぎあげた、素晴らしいスピーチでした。
 その一部をご紹介します。

…この5年間、私たちを取り巻く環境は大きく変化してきたように思われます。
 聞くに堪えないヘイトスピーチが公然と現れるようになり、政治家はそれをいさめるどころか、過去を否定する傍若無人な発言を繰り返しています。

 ヘイトスピーチと「無償化」排除は本質は同じです。どちらも在日朝鮮人の存在を否定し、存在を踏みにじっています。
 そこには、思いやりのかけらもなく、蔑みや偏見をあおり、社会に排他的な空気を拡大させています。

 しかし私は、攻撃的なヘイトスピーチのおそろしさ以上に、「無償化」除外問題が深刻であると考えるのです。もし、この国の政府がどんな差別も許さず、この国のすべての子どもを守るという意志があって、子どもたちがそれを実感できるようになれば、少々の暴言に脅えることはない。そもそも、そのような国であれば、ヘイトスピーチが公然と叫ばれるような社会にはなっていないのではないのでしょうか。しかし、残念ながらこの国の政府は、子どもたちを政治的に排除するという政策を実施することで差別を認め、差別を蔓延させる役割を果たしてしまった。

 子どもが犠牲になることを、いとわない、恥じない―。
 私は何よりもそのことが許せません。
 「平等」を訴えなければならない「子どもの悲しみ」を想像できない情けない大人が政治をしているのです。

 昨年12月、京都でヘイトスピーチの違法性を認めた司法判断が確定しました。
 「無償化」運動は、ゆがみつつある社会を変える運動です。

 勇気を持って原告となった生徒たちには、この裁判を通して社会を変えることができるということ、自分の運命を切り開くことを学び、これからの人生のゆるぎない自信につなげてほしいのです。

…朝鮮学校で、懸命に学び、成長している子どもたちに、どうか寄り添い続けてください。
 
 私たちオモニも、最後まで闘いぬきたいと思います。(瑛)
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愛用の靴との別れ

2015-01-14 09:00:00 | (相)のブログ
 年明けに愛用の靴を修理に出した。
 5年ほど履き続けたRed Wingのブーツ。昨年の秋ごろ、地方出張中にソール(靴底)のゴムの約半分がべろっと剥がれた。すぐ修理に出そうと思ったが、忙しさにかまけてついこの時期になってしまった(修理代が決して安くないという事情もある)。
 年始の某日、都内の某シューズショップの修理窓口を訪れ、靴を店員の前に差し出した。かれは靴を一目見るなり、渋い顔。何か問題ありという表情がありありと見て取れた。
 「うーん、だいぶ痛んでますねぇ…」と店員さん。
 「はぁ…」と返す私。
 「一旦預かりということでよろしいでしょうか。とりあえず修理工場に送り、そこで見積もりを出してもらって、再度ご連絡いたします」
 「そうですか…。わかりました」
 これまでは店頭で靴の状態を確認、その場で見積もりを出してもらい、代金を払って受け付け完了、となっていたのだが、今回は修理代がいくらになるか店頭で判断できないほど「重症」のようだ。
 「ちなみに、ご予算はいくらほどを考えていますか」と聞かれたので、当初考えていた金額(一年前のブログエントリ
http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/85c468a9009069813ea92830eaff709a を参照)を話すと、店員さんは「まあ、だいたいこれくらいにはなるかと思います」と電卓をパチパチと叩き始めた。そして目の前には、購入時の靴の値段とほぼ同じ金額が提示された。
 眼前に突きつけられた非情な現実。一旦預かってもらい、見積もりが出てから最終的に判断すると答えたものの、その時すでに腹は決まっていた。修理はあきらめよう―。
 振り返ってみれば、メンテナンスもろくにせず靴を酷使しすぎた。「履きつぶす」という表現がぴったりくるほど。いくら耐久性のあるRed Wingでもボロボロになる。しかし、これまで普段の通勤や休日はもちろん、雨や雪などの悪天候下、東日本大震災の被災地をはじめとするさまざまな取材現場で活躍してくれた。お別れだと思うと名残惜しいが、仕方あるまい。
 お気に入りだったので、近いうちに2代目を買おうと思っている。今度は手入れをしっかりとして、長く履き続けたい。(相)
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大阪朝高ラグビー部、引き分けによる抽選、に思う

2015-01-13 09:00:00 | (K)のブログ


 大阪朝鮮高級学校ラグビー部が出場した第94回全国高校ラグビー大会も7日、東福岡高校の優勝で幕を閉じました。決勝戦、東福岡が奈良県代表の御所実業を57―5と圧倒しました。今大会は東福岡の力が抜き出ていましたね。準決勝で東福岡に敗れた尾道は、前半を12―12と互角に戦うなど、本当に善戦したと思います。大阪朝高が東福岡と戦っていたらどのような試合になっていたかと考えずにはいられません。

 ご存知のとおり、大阪朝高は2年連続のベスト8という素晴らしい成績を収めました。3日のこのブログでも紹介したとおり、準々決勝の対尾道戦は、引き分け(得点、トライ数ともに同じ)での抽選により、大阪朝高は残念ながら準決勝に進むことができませんでした。

 改めて強調しておきますが、大阪朝高は「抽選で負けた」のではありません。引き分けたのだけど、どうしても次に進む学校を決めなくてはいけないので、それを抽選で決めただけなのです。
 抽選で決めるというのは、ある意味、残酷なことではありますが、大会の規定なので仕方がないし、ある意味、ラグビーらしいと思います。サッカーのPK戦も残酷といえば残酷だと言えるでしょう。個人的に、抽選にそれほど違和感も抵抗感もありません。

 花園の大会で、引き分けの場合に抽選になるというのは知っていたし、過去に何度か見てきました。しかし、大阪朝高の試合で引き分けになったのは初めてです。試合が引き分けになろうとするとき、横で写真を撮っていたRさんが「引き分けになったらどうなるんですか?」と訊いてきたけれど、その後のSNSの反応などを見ても一般的にはあまり知られていないのだとわかりました。

 試合終了後、両チームのキャプテンと監督が抽選のために部屋に入っていきました。抽選はチームのキャプテンが行うことになっています。今回、おかげで具体的な抽選の方法を初めて知ることとなりました。方法はこうです。
 まず、キャプテン同士がジャンケンをする→この勝敗で予備抽選の順番を決める→次に予備抽選をする→この結果で本抽選の順番が決まる→最後に本抽選をする→封筒が2つあり、次回出場権ありという内容が書かれている紙が入った封筒を引いたほうが次の試合に進出できる。

 大阪朝高の李承記キャプテンがジャンケンでまず勝ちました。そして予備抽選の結果、本抽選の順番は大阪朝高が後で引くこととなりました。本抽選は、大阪朝高が残った封筒を選んだ(選ばざるをえなかった)わけです。その結果、尾道が次回出場権を得ることとなったのです。
 これが、今回の抽選の様子です。李キャプテンは、封筒の中を見て何も書いていなかった瞬間、「目の前が真っ暗になった」と語っていました。

 抽選が行われた部屋の前には、報道陣が30人ほど待ち構えていました。私もその中の一人でした。テレビカメラもあり、ライトが煌々と照らされていました。

 しばらくして、ドアが開き、まず出てきたのは尾道のキャプテンでした。その表情が憮然としていたので、朝高が当たりを引いたのかと思いました。しかし、その後に出てきた李キャプテンの目が赤く腫れていたのを見て、一瞬、どっちなのかと戸惑っていると、「尾道が進出」というような声が聞こえてきのです。尾道のキャプテンが朝高を気遣っていたのがよくわかりました。
 尾道高校ラグビー部のフェイスブックには、尾道のキャプテンが抽選後にロッカールームに戻った時の第一声が「朝高の分まで頑張ろう」だったというエピソードが紹介されています。また、「ベスト4ではなくベスト5だと思って朝高の分まで戦う」という決意のコメントも紹介されていました。

 大会に取材に来ていたコマプレスの二人の朴監督から聞いた話ですが、昨年秋、尾道で「60万回のトライ」の上映会があったときに、尾道の選手たち十数人が観にきて上映後にはひとりずつしっかりと感想ものべていたそうです。
 3回戦で対戦した茨城代表の茗渓学園も、昨年秋の水戸での上映会に監督・選手全員が訪れて「60万回のトライ」を観たそうです。コマプレスの朴監督は、どちらの試合も始まる前に、両チームにがんばってほしいと話していました。



 抽選後、大阪朝高の監督とキャプテンはそのまま、選手たちのいるロッカールームへ。部屋からは選手たちの泣き声が大きく聞こえ、しばらくやむことはありませんでした。そんなに泣かなくても、と思うほどの泣き声だったのが、いま思い返すと、少しほほえましくなります。

 今大会に出場した大阪朝高のチームは、昨年春から要所要所でのクジ運が良いのではと、個人的に思ってきました。今大会の組み合わせを見てもクジ運は悪くないと思ったのは確かです。
 ところが、最後の最後のクジ運は良くなかった。
 実は、尾道との試合直前、グラウンドで大阪朝高関係者と朝高のクジ運について雑談をしていました。それが、良くなかったのではないかと、ひそかに反省しています。

 試合直後は、抽選で花園を去ることになったことを残念に思いましたが、大阪朝高ラグビー部のホームページにある試合に対する戦評を見ると(http://oskhrfc.d2.r-cms.jp/gamerugby_detail/id=907)、試合前半、得点すべきところで得点できなかったり、後半開始直後にミスから失点したりと、勝てる試合だったのに勝ちきれなかったことをきちんと総括しています。やはり、全国のトップグループにいるチームは違うなと感心しました。
 選手たちが泣いていたのも、抽選に外れたからではなく、勝てなかったこと、引き分けにしかできなかったことが悔しかったからなのだと、改めて思いました。

 最後に、前回(麗)さんがブログで大好きだと書いていた、大阪朝高の試合前の円陣の写真を掲載します。(k)

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大阪朝高ラグビー部、お疲れ様でした!

2015-01-09 09:00:00 | (麗)のブログ
イオ2月号の締切も近くなってきました。編集部にピリピリした空気が漂います。
よくこの時期に社員から「いま忙しい?」と聞かれるのですが大体「戦場ですよ」とこたえています。笑

さて、2015年、初投稿です。
今年も高校ラグビー大会で元日から大阪朝高の応援に行きました。非常に悔しく残念な結果となってしまいましたが、選手たちからたくさんの元気をもらいました。

そして3日の準々決勝。
私はこの日、前日に同級生たちと飲みに行きまさかの二日酔いで応援は遠慮したのですが、母からのメールとTwitterの実況でずっと気持ち悪さとハラハラでいても立ってもいられない状態でした。
いつも両親と観戦するのですが、隣でうるさいくらいに興奮している二人に若干の恥ずかしさを感じていました。
でも、家でひとりぽつんと試合結果を待つのはさみしい…。笑
こんな焦れったい思いをするならやっぱり見に行けば良かったと心から後悔しています。^^;

ところで、私は大阪朝高の試合前の円陣が大好きなのでいつも出場するたびに動画を撮るのですが、やはり気合が入った円陣はかっこいい!
観戦後にひとり動画を見返して「青春やな~」とつぶやいてます。

まだ年が明けたばかりですが、来年も是非、花園ラグビー場の観客席で大阪朝高を応援したいです。^ ^
私は今回の2月号で、大会の記事のデザインを担当しているので、写真と記事も合わせて楽しみにしていて下さい!

大阪朝高ラグビー部、本当にお疲れ様でした!(麗)


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