ギャラリーと図書室の一隅で

読んで、観て、聴いて、書く。游文舎企画委員の日々の雑感や読書ノート。

極私的ローマ紀行(2)

2019年08月09日 | 旅行
 ローマから約100㎞ほど北のヴィテルボ県の小さなコムーネ(イタリアで最も小さな基礎自治体)・ボマルツォ。ここに不可思議な彫刻が点在する公園がある。「ボマルツォの怪物公園」だ。今回の旅の目的地の一つである。ローマからの行き方を心配していたところ、天空の街・チヴィタ、丘の上の街・オルヴィエートとの日帰りパックツァーを見つけた。他二つは特に興味はなかったけれど、列車やバスを乗り継いでいたらボマルツォだけでも丸一日かかる。これを利用することにした。公園自体はそれほど広くはない。思っていたよりもゆっくり見ることが出来た。ただし謎かけのような碑文や石像に嵌まりこんだら、いくら時間があっても足りるわけはないのだが。(絶壁の街・チヴィタは吊り橋からの景色にくらくらして、二度と行きたくない。)
 16世紀半ば、当時の有力貴族オルシーニ家の当主・ピエル・フランチェスコ・オルシーニ(通称ヴィチーノ)は、領地であるボマルツォに「聖なる森」という庭園を造った。イタリアの“ヴィッラ(別荘)文化”が背景にある。郊外の別荘に人を集めもてなすために、噴水や彫刻や花壇のある豪華な庭園を造るのだ。ボマルツォの庭園は、ヴィチーノが最愛の妻を亡くし、その苦痛からの解放のために、ルネサンスを代表する建築家、リゴーリオに造らせた、と伝えられている。それにしても「聖なる森」が、なぜ「怪物公園」なのだろう。まずは庭園を一巡りしてみよう。
 門をくぐるとまず2対のスフインクスが出迎える。ここには「眉をつり上げ、口角を引き締めて歩かなければ、世界の七不思議たる(庭園)に値することは出来ないだろう」という挑発的な碑銘がある。そこから森を彷徨うように、坂道を上り下りし、モニュメントのような石像の前に立ち止まりながら歩いて行く。
 
プロテウス・グラウコス
                   

ヘラクレス・カークス

時計回りにすぐ海神ネプチューンの息子プロテウス・グラウコスが目を剥き、大きな口を開けて待ち構えている。頭上に地球を乗せ、さらにオルシーニ家の城を戴く。そして半ば壊れ、土に埋まりかけた霊廟を過ぎて少し下ったところで目に飛び込んでくるのがヘラクレス・カークスの巨大な石像だ。一人の若い男を逆さに持ち上げ真っ二つに引き裂かんばかりだ。



さらに下ると小さな池があり、甲羅に美少女を戴いた亀、自らも飲み込んでしまいそうに大口を開けたシャチ、ペガサスやニンフの像の一群があり、ヴィーナスや劇場を経て突然傾いた家がある。これはもう、来客を楽しませる酔狂であろうか。当時の流行でもあっただろうか。中に入ると乗り物酔い状態になる。
しかしここで切り替えるように豊穣神ケレース、海神ネプチューンなど、再び神話世界に入るのだが、神殿に向かい、印象的な像が次々に現れてくる。




ドラゴン、右はポセイドン


オーガ

鼻の先に人を巻き込んだ巨象は、さらにその上に大きな方形の塔を乗せている。空想の怪物・ドラゴンは、今まさに犬とライオンと狼の攻撃を受けているところだ。そして最も驚異的な石像、オーガが現れる。「人食い鬼」と言われているとおり、咆哮するような形相で、口はグロッタのごとく、人を呑み込むのに十分だ。「オーガ」とは地獄の王の名前の一つで、最もどう猛なシャチ類である。口には「全ての思考は飛び去る」と彫られている。
上半身は翼を持つ美女、下半身は蛇の体をした女神はエキドナ(ケルベロスの母)、そしてライオン像を経て、広場へと続く。

家紋を持つ熊


ペルセポネー


ケルベロス

二頭の熊がバラの家紋を抱えて門柱のように立っている。熊はオルシーニ家のトーテムだ。広場は細長い通路となっていて、両側に巨大な松ぼっくりが列柱のように並んでいる。さらに坂や石段を昇り、神殿へと続く道を守るのが、冥界の女王・ペルセポネーと、冥界の門の番犬、ケルベロスだ。ケルベロスは全ての方向を向く三つの頭を持ち、二つの口は閉じ、もう一つは今にもかみつかんばかりだ。そして広々と開けた丘の上の神殿にたどり着くのだ。


エキドナとライオン像


眠れる美女

次々に繰り出される異様な大きさの石像や、威嚇する神々、奇妙なポーズの女神たち―狂気と境を接する偏執的な嗜好が見て取れる。ただ、写真を見ても感じられるとおり、神々や怪物たちは恐ろしい形相をすればするほどどこか滑稽だ。スフィンクスはへっぴり腰の四つん這いだし、人食い鬼はアニメのキャラクターのようだし、戦うヘラクレスも表情は乏しく力動感はみられない。ポセイドンはだらしなく横座りし、エキドナは大股開き、「眠れる美女」は無防備に仰向けに眠るしまりのないニンフだ。全体に茫洋として素朴で少しばかり淫らで、だからこそ神話の神々のイメージとの落差がこの庭園の不可解さを増幅させる。

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