ふかごろうキリスト教神学日記

キリスト教の神学について、ふかごろうが学んだことを記して行こうと思います。

恩恵論

2006-05-03 14:33:29 | キリスト教神学入門
<今日読んだ箇所>
「キリスト教神学入門、A・E・マクグラス著」:51~57頁

<恩恵論>

この恩恵論というものは恵みについての教理です。

この”恵み”に対するものとして”行い”があります。

410年代にこのことに対する激しい論争がありました。

英国出身でローマを拠点としていた禁欲的な修道僧ペラギウスは、人間の道徳的責任の必要性を強く主張しました。
彼は、旧約聖書の律法やキリストの模範に照らして絶えざる自己改革の必要性を主張しました。
この人の主張は、”行い”に重点が置かれていると思います。

ペラギウスの主張は、キリスト教は自律の宗教だということです。
自律の宗教というのは、人間が自分の救いについて主導権を取れるという考えのことです。

それに対し、アウグスティヌスは、反論しました。

アウグスティヌスは、キリスト教的生活のあらゆる段階において、その初めから終わりまで、神の恵みこそが主導権を持つものだと主張しました。
人間は救いに向けての第一歩を踏み出すのに必要な自由を持っていません。
人間は堕落しており、その堕落からの救いは、神の恵みのみによって与えられるという考え方です。

また、アウグスティヌスは、この考え方を発展させました。
神は救われる者を「予め選択している」と言う考え方に発展させました。
これは、予定論と言われます。
新約聖書にも、この思想がほのめかされています。

2 コメント

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救いとは何か? (通行人A)
2006-05-16 14:11:40
はじめまして。



人(私)はどこから来て

何のために生きて

どこへ向かっているのだろう・・・?。

この世界の終末はどうなるのか?



私は、若い頃から人生についていろいろ考え、

人間はどこから来て、何のために生きて

どこに向かって生きているのかを問い続けて来ました。



神の存在、人生の意味は何か、いのちと死の問題」など

について、初心者にも分かりやすくブログでキリストの福

音を書き綴っています。



どうか、時間のあるとき、ご訪問ください。



http://blog.goo.ne.jp/goo1639/



  
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通行人Aさんへ (ふかちん)
2006-05-16 18:45:13
どうも、こんにちは。

通行人Aさん。



キリストの福音を綴っているのですね。

今、少しだけ見てみました。

そのうちまた訪問してみますね。
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