60歳からの眼差し

人生の最終章へ、見る物聞くもの、今何を感じるのか綴って見ようと思う。

2009年01月20日 08時19分11秒 | Weblog
「さて今日の散歩はどこにしよう」 冬は都心も郊外もあまりぱっとした見ものがない。
花も緑も紅葉も、そして人々の活気もないので歩いていてあまり楽しくはないのである。
「やはり海にしよう」そう思って三浦半島の突端の油壷に行ってみることにした。
池袋からJR湘南新宿ラインで横浜まで、横浜で京急に乗り換えて終点の三崎口で降りる。
駅から1時間に3本程度あるバスで油壷へ行く。乗客は5人、釣り客1人と地元の人3人と私。
以前にもこのバスに乗って油壷にきた。その時は油壷にある水族館を見て三崎港まで歩いた。
今日は油壷の海岸に降りて岬を一周するコースを歩いてみようと思う。
バス停を降りてマリンパーク(水族館)の脇にある鬱蒼とした小道を下って行くと胴網海岸にでる。
長さ40mほどの小さな浜辺、穏やかな波が打ち寄せ対岸に江ノ島方面の湘南の海岸が見える。
浜辺を伝って、岬を回るとやがて岩場があり、岩に貼りついた海藻が磯の香を放っている。
岩場や小さな砂浜を伝い歩きしながら、時に遠くを眺め、時に波の音に耳を傾ける。
高台の岩場に腰を下ろし、ペットボトルの水を飲み、海を見下ろす。
周囲には誰もいない、この空間に自分一人だけで海と対峙する。こんな時が一番落ち着くときだ。

山と海、どちらが好きかと聞かれればやはり海と答えるだろう。
山で、鬱蒼とした木々に囲まれると、閉塞感や圧迫感を感じ、時には孤立感さえも感じる。
それに比べ海を目の前にすると、開放感や安らぎを感じ、高揚感がみなぎってくることさえある。
なぜであろう。
やはり生まれ育ったのが三方海に囲まれた下関という地だったからだろうか。
家は駅に近い高台にあった。窓から外を見渡せばビルや家々の端のどこか必ず遠くの海が見えた。
子供のころは魚屋で10円で一つかみのエビを買って、日曜の度に下関港に釣りに出掛けて行った。
中学校は漁港の傍を通い。下校時には漁船に積み込む粉砕された氷を口に頬張りながら歩いた。
休みには父に連れられて山陰線の海岸へ釣りに行き、夏は兄弟で海水浴場まで歩いて行った。
子供時代から学校を卒業し東京に出てくるまで、思い出す映像のほとんどに海が絡まっている。
農家出身の母が土に触れば落ち着くように、私は海を見れば心が落ち着くのかもしれない。

岩場に降りて波打ち際を眺める。
打ち寄せる波が、岩と岩の間の水かさを上げ、すすっーと海水で埋め尽くす。
波間に茶色や青色の海藻が揺れ動いている。この岩場の先は深く沈んでその先は見えない。
海は人にとっては神秘な世界、未知な世界。この膨大な海水の下はどうなっているのだろうか。
陸上のあらゆる所は人の手が入り管理されている。川も林も山もすべてが人の管理下にある。
しかし海はほとんど人の手は加わっていない。
人が管理できない茫洋、漠とした未知の世界が私の目の前の波打ち際を境にして広がっている。、
子供の時に海水浴で海に潜って感じた、あのジーンとした耳鳴り、海水の味、抗しがたい波の力、
間断なく打ち寄せる波、波が引く音、打ち寄せる音、カラカラと石を磨き続ける音。
私は海を絶対の力と大きさを持つ「神」に見立て、そしてそれを実感してきたのかもしれない。
そう考えると、真摯な気持ちになり、気持は澄んで来て、心は落ち着いてくるように思うのである。