花浄土鹿児島

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戦艦大和沈没から70年 平和祈念展望台を訪れました 2015/04/07 (枕崎市)

2015-04-07 22:35:18 | 日記
今年は戦後70年の節目に当たり、今一度平和の大切さをかみしめたいと思います。

薩摩半島南端の枕崎市火之神公園のシンボル「立神岩」、東には海からそびえ立つ開聞岳が見えます。

菜種梅雨模様 雲間からわずかな日差し


公園の南にプールがあり、さらに西へ進んだ小高い場所にある平和祈念展望台


平和祈念展望台奉賛会のネットページから慰霊祭などの説明を引用します。

戦艦大和など第二艦隊の慰霊碑  ―慰霊無限―  ~御霊よ、安らかに~

平洋戦争末期の昭和20年4月7日、戦艦大和を旗艦とする第二艦隊が沖縄決戦へ向かう途中、米軍機と死闘の末、枕崎沖西南西約200キロの東シナ海で撃沈。

戦艦大和、巡洋艦 矢矧、駆逐艦 磯風、濱風、霞、朝霜6隻の戦艦と3721名の若き命が海の藻屑となりました。

戦争という歴史上の出来事を後世に語り継ぎ、幾多の殉国の英霊に感謝し、その御霊を永久に供養するとともに、世界の繁栄と平和を願うために、平成7年に「平和祈念展望台」が建立されました。

以来毎年4月7日に、平和祈念展望台奉賛会(民間の団体)の主催により、「第二艦隊追悼式」を開催してまいりましたが、平成24年をもちまして終了しました。

これからも奉賛会は継続し維持管理をしてまいりますので、お一人でも多くの参拝をお願い申し上げます。(引用終わり)

平成22年(2010)慰霊祭の風景


沈没位置の説明図


奉賛会活動に尽力された岩田三千年氏(故人) 左は英霊に捧げられた花嫁人形


岩田三千年氏は地元建設業岩田組の創業者で、奉賛会長は息子さんの三千生氏に引き継がれています。会社を上げて奉賛活動を継続し、市役所も公園の美化管理に力を入れています。

第二艦隊生存者の山田さん(86歳)


生きている限り戦友の慰霊を続けたいと穏やかな表情で話をされました。戦時に締めていた水戦特別攻撃隊「七生報国」の鉢巻を今も大切に保管されています。

葉桜の坂道


展望台風景


団体行事が開催されていた頃は自衛隊の儀仗隊、音楽隊に加えて学生、地元政治家なども参加していました。

自主参拝となり訪れる人は少なくなりましたが、お互いの元気を喜び合い往時をしのぶ姿は穏やかでした。テレビや新聞など各社が取材していました。このような尊い犠牲の上に今の平和があることを、私たちは片時も忘れてはなりません。

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