龍の尾亭<survivalではなくlive>版

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國分さん「ハンナ・アレントと哲学」①

2019年09月09日 13時31分03秒 | メディア日記
9/6(金)に新宿(正確には千駄ヶ谷)の幻冬舎で
國分功一郎さんの 
「ハンナ・アレントと哲学」
(四回連続講座の一回目)
を受講してきた。

合計4 万円にもなる高価な講座で、後から講義録音データも付いてくるというサービスぶり。なんかそうなると、講義内容を自分メモとはいえ詳細に書くのはためらわれるが、あくまで「オレフィルター」を介した感想なら書いても良いかな、ということで、録音データが来ないうちに感想を書く。いつもの内容に即したメモじゃないので流して読んでください。

講座を聞いていたら國分さん(の一般向け)講座常連の知人が言っていたコトバを思わず思い出した。
「國分さんってアーレントに対して少年みたいにツンデレだよね」

講義冒頭は、その「ツンデレ」(^_^;)の解説から始まった。
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私(國分さん)はスピノザとジル・ドゥルーズの専門家。いわばフランス系哲学。
ドゥルーズはラディカル系。
スピノザは隠者的。

アレントは違う。ドイツ実存主義(ハイデガーとヤスパースに師事)。

アレントは、ドゥルーズに対してはコンサバ系といえるし、スピノザに対してはコミュニケーション系と言える。

ドゥルーズについての言及はないが、スピノザについてアレントは

「あいつ(スピノザ)は自由について何も分かっちゃいない」

と批判している。
 スピノザは、人間がものを考えるのは勝手に考えるのはのであってそもそも自由。
それは奪えない、とかんがえる。

それに対してアレントは「んなこと考えてるからスピノザはダメなんだ」とダメ出しをしている。
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まあ、ざっとそんな感じ。つまり、國分さんのやってきた哲学とアレントはかなり違う。

國分とアレントは相性が良くない、

つまりツンデレの「ツン」の部分がこれです。

しかしじゃあなぜ、わざわざ高い受講料を払わせてまでアレントについての話をするのか?
ってことになります。

こんどはツンデレの「デレ」の話だ。
デレといってももちろん話しは深刻といえば深刻になる。
(続きは後で。)

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