大空を見上げて

日頃感じていること

日本人の心

2013-12-28 | Weblog
 安倍首相は靖国神社参拝により戦没者に「哀悼の誠を捧げる」という強い思いを実現した。
終戦直前日本の繁栄を信じて「靖国で会おう」と日本国の為に散って逝った若い優秀な特攻隊員又戦地で亡くなった祖父や父の家族の事を思うと、日本国代表である総理大臣としての意志を尊重し、宗教的なことは抜きにして参拝する心は理解できる。
過去の歴史上、中国や韓国の反発があるがもはや戦後70年、日本も敗戦で原爆を落とされ日本全土焦土化し250万人も犠牲になっている。
焼け野原になって貧困でどん底な生活を経験し耐えに耐えた日本人は頑張って来た。
戦没者を慰霊することは日本人の心の問題であり他国から文句を言われる筋合いはない。
どこの国も戦没者を追悼することはその国の責任で行われている。
あまり日本国内のマスコミ等又野党や評論家が批判すると敵を作って自国を纏め様とする他国の思うツボになる。
12月31日22時現在の安倍首相の参拝の国民の意識調査で妥当が76,6%~80%となっている。

日本政府は世界各国に真意をきちんと説明し、極東国際軍事裁判のA級戦犯が合祀されている靖国にかかわる様々な問題を何とかいい方法で解決してほしいと思う。

年末押迫った今日は雲一つない一面の晴天で妻は朝から掃除、洗濯と忙しそう。
又、午後から孫達がくるのでその準備などご苦労さんである。
私は陽当たり良い二階でのんびりコーヒー飲みながら寛いでいるが時々用事を頼まれる。

                 





 
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今年の強烈な経験

2013-12-27 | Weblog
 2013年もハイスピードで暮れようとしている。
1年間は何て早いんだろう。
私の今年の一番の出来事は4月に裁判員を体験したことである。
この経験は人生の中でも強烈な思い出となった。
裁判員が関わる事件は死刑か無期懲役が絡んだ重大事件で、責任を感じながら参加させてもらった。
又最後の裁判長の判決文の言葉に私の意見がそのまま採用され、被告人の量刑も我々裁判員6人の意見と裁判官で協議一致し決定した。
どういう事件だったかは裁判員には守秘義務の法律的な規則がある為、もちろん誰にも口外していないし妻にも話していない。
本当に社会人としての責任と重大さを感じた出来事だった思う。

亡父は戦前刑務所の所長、叔父は検事で司法に関わる仕事だったが、私や叔父の息子達も司法とは縁がない仕事だったので、その責任の重さを感じて良かったと思っている。



(今でも思い出す裁判の様子 )(名知らずの樹につらら)(ナナカマドと野鳥)


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メリークリスマス

2013-12-24 | Weblog
 昨日の夜は12月24日クリスマス・イブなので教会のイブ礼拝に行ってきました。
「♪きーよしこの夜」を歌いながら、厳かな雰囲気の中静かにイエスキリストの誕生をお祝いして来ました。
街ではいろいろなイルミネーションがいっぱいで、クリスマス商戦で盛り上がり子供や若者は気持ちも高揚し楽しい気分になっていると思います。
私も若い頃はそうだった様な気がします。
幼い頃、外国の神様をなぜ日本でこんなに騒ぎ祝うんだろうと不思議に思っていました。
でも親戚の叔母さんにトナカイの刺繍がある手編みの毛糸の手袋をプレゼントされてとても喜んだ事や、毎年イブには近くの教会に行き綺麗なお姉さん達に優しくされてお菓子や、ノート、鉛筆等をもらったのを思い出します。
昨夜はハンドベルの演奏、牧師先生のメッセージ、聖歌…など、世とはかけ離れた本当のクリスマスを祝ってきました。
今日は妻からちょと高級なワイシャツ3枚をプレゼントされました。
早速、社交ダンスのレッスンに着て行こうと思っています。サンタはいるんですね。(笑)
「私のところにはサンタは来ない!」と妻に言われましたので、今何がいいか考え中です(笑)


(東京お台場のイルミネーション・教会の聖歌隊)
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えっ!又火事

2013-12-18 | Weblog
今朝、2時15分又消防のサイレンの音で起こされた。
何台も来て近くに止まった。
ベランダに出て見ると先日(一週間前)の火事現場と同じ方向から煙が出ている。
妻を起こし、この前の被災者戸谷さんのすぐ側らしいいと伝え、駆けつけると又同じ被災者の家で煙が立ち込めていた。
この前の火事の後私も見たが完全に全焼して家の外枠に青いビニールシートかかっていて、中には柱や家具等の燃えカスだけだった。
当然全焼なので誰もいないしガスも電気も止まって火事になる原因は何もない。
新聞配達の人が煙と炎を見つけて向かいの家と隣の家に知らせ119に通報したとの事。

近所の人達は不安と恐怖心を感じながら、誰もいない火事現場から又火が出るなんてこの不審火に何で、どうしてと・・・・
現在パトカーが何台も来て規制線を張って警戒している。


 
     12月19日午後1時亡くなられた4人の出棺が近くの葬儀場で行われ、悲しみ包まれた告別式に夫婦で行って来ました。
     本葬は23日もっと大きい葬儀場で行われます。
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聞き込み!

2013-12-17 | Weblog
 今日、いつもの通り夫婦でプールでのアクアビクスに行って夕方帰宅したら40代位の男の人が二人いて玄関先で声を掛けられた。
県警の刑事課の者でと警察手帳見せられた。
火事の件で近所を聞き込みしてるとの事。
玄関まで入って頂き、被災したご家族の事を聞かれたが、顔見知り程度であまり参考になることは話せなかった。
どうも火事の原因がまだ不明で、いろいろ調べていて、トラブルはなかったかとか、家族の事情を知りたいらしい。
新聞の全国版の一面に載った火事で4人も亡くなっていて、車庫の車や玄関から真っ先に燃えたので不審な点もあるようで調べているらしい。

いろいろ話していて私の武道の話しになって、空挺団で練習していて、元空挺隊員でしたと言ったら刑事さんは驚いて、「日本一厳しい習志野空挺ですか?」
そして県警機動隊時代第一空挺団に1か月教育訓練に行かされて地獄の厳しさを経験しました。二度と行きたくありません。と笑っていた。
テレビドラマでの刑事みたいに格好よくはなかったけど(笑)、一生懸命の姿に早く原因が特定されるように願いました。
      

         被災者のご自宅前にはたくさんのお花が供えられています。
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儚い人生

2013-12-13 | Weblog
 近所ですれ違った奥様がいきなり親しく話しかけて来た。
「あのね、今度ね娘が剣道部に入ったの!」いつも挨拶なしにニコニコして話しかけてきた女性だった。
私の家のベランダに時々剣道の稽古着と袴がほしてあるのが外からよく見えるので、私が武道をやっているのを知っていたのだと思う。
娘さんは高校入学と同時に剣道を始めたとの事、私は「それは良かった。武道は心身の鍛錬に良いと思う、娘さんに頑張ってね!と伝えて」「有り難うございます」。と嬉しそうだった。

このお母さんのYさん(45歳)と高校一年の娘さんMさんがこの度の火災で祖父母と共に亡くなった。
高校生のMさんは一度無事に逃げたのだが残っている家族を助けに戻ったとのこと。
他人事とは思えず、本当に悲しい出来事で何とも言えない人生の無情を感じている。
4日たった今も火事の原因がはっきりしないらしく、現場にはパトカーが昼夜警備にあたっている。
平和な日本だが地震、津波、台風等の災害及び交通事故、事件、火事など予想しないことが起こる世の中なんだなぁ~。
今日も妻との話題でお互いに気を付けようと話している。

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火事だ~!

2013-12-10 | Weblog
 今日、早朝4時半消防車のサイレンが遠くから聞こえてだんだん大きくなり近くで止まった。
何となく目が覚めたが夢うつつ、どこか火事らしい思っていたが又サイレン音が聞こえて来て近くで止まったので、これは近いと飛び起きた。
二階の窓を開けてベランダに出ると黒い煙りと炎が30メートル先にもくもくと見えた。
妻に火事だ近くだ起きろ!言って私は玄関から飛び出した。
消防車はまだ放水の準備中で、火の勢いが非常に激しく車庫の車と一階は物凄い炎で燃えていた。
あまりにも炎上が激しいので消防隊員もなかなか近づけず、家もガラスが丈夫で隊員が何回叩いても割れなく、放水に手間取っていた。
この家から危機一髪逃げ出したご主人(56歳)と子供中学生二人が道路の向かい側で毛布を羽織って茫然としゃがみ混んでいた。
その後消防車続々17台が来て放水したがなかなか消えず、3時間半かかってやっと完全に鎮火した。
残念ながらご両親(72歳と65歳)奥さん(45歳)と高校1年の長女が亡くなってしまった。
私はこんな近くですごい火事を見たのは始めてなので不謹慎だと思いながら夢中でカメラを持ってきてシャッターを切った。
その後取材に来た各新聞社、各テレビ局に火事の怖さを公開するために写真の提供を丁寧にお願いされた。
本当に火事は人命及び住居、貴重な思い出等すべてを失くす残酷なものなので、社会に役立てればと各社の求めに応じ写真を提供しました。

同じ町内でいつも挨拶を交わしていた被害家族又亡くなられた顔見知りの奥様、ご両親、お子様の事考えるとやり切れない気持ちです。
 
     

(上記の写真は私が撮った現場の状況だが、本当に火事の怖さを感じ常に日々油断しないで自覚して気を付けなくてはと思います。)
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読書の秋

2013-12-02 | Weblog
 日頃から運動が好きなので新聞はよく読みますが、本を読むよりTVで時代劇、歴史、歌謡番組を観て楽しんでいます。
よほど興味がないと読書なんてしませんが、先日新聞で目にした読みたい本がありインターネットで取り寄せました。
それは全米で大反響のヨーコカワシマさんの半生を描いた実話です。
日本人少女の戦争体験記で題名が「竹林はるか遠く」という本です。
注文した次の日送られて来たこの本を、私は二日間で読み、今また最初からゆっくり読んでいます。
なぜかと言うと私の実姉(アメリカ在住)とヨーコカワシマさんが歩んできた波乱の人生があまりにも似ているからです。
終戦当時の姉は作者と同年齢(昭和8年生まれ)で、私も一緒に4歳で日本に帰って来ましたが、朝鮮半島から日本人引き揚者が味わった壮絶体験を赤裸々に書いています。
又愛と涙のサバイバルの本で私も亡き父や姉からいろいろ聞いてはいますが、幼かったのであまり覚えていません。
作者は1945年、秋朝鮮半島から福岡博多港へその後京都へ、米軍キャンプで通訳の仕事をしている時米兵と知り合い結婚してアメリカヘ。
この本を読んでいると姉の人生とよく似ています。
姉は1945年、秋朝鮮半島から福岡博多港へ、その後大分県別府で大分交通の観光バスのガイドをしている時にハワードと知り合って結婚、そしてアメリカへ。
現在、姉はカリフォルニア州のローズビル、高齢者のために作られた町でとても綺麗で、中に雄大なゴルフ場がいくつもある所に住んでいます。
三人の子供達もそれぞれ独立し、主人に愛されながら、クルージングや趣味も多彩で老夫婦幸せに暮らしています。

             (世界各国を楽しみながら、船内にて)
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