普天間の米軍基地の移設問題が迷走の度を深めている。
確かに普天間基地のある宜野湾市の市域のかなりの部分を基地の用地となっており、しかも騒音等がすさまじいヘリコプターや航空機が多数配置され、むろん、住民にとってそれらのへりなどの墜落の不安も大きい。
だから宜野湾市からの基地の撤去や移設の要望が強まっているのであろう。
でも、ここに一つの大きな「不思議」と「謎」がある。
それは、「世界一危険な軍事基地」とまで言われている普天間基地のある宜野湾市の人口が戦後急増していることである。また、大学も新設されたり琉球大学などは那覇市から移転までしている。
人口の増加は宜野湾市に限らず沖縄県全体について言えることで、本土では首都圏など大都市圏から離れた県の多くが人口減少に悩まされている中で、日本国内の米軍基地の大半を有しているとされる“物騒な!?”沖縄県は人口が増加している。
平和そのものの我が山形県の人口は平成18年は120万7千人、平成21年は118万1千人と減少しているのに対して、沖縄県では昭和25年に70万人、そして昭和50年は105万人、平成2年は122万人、そして平成22年4月には138万5千人と着実な人口の伸びを示しており、うらやましい限りである。
宜野湾市の人口については、1960年は3万人、1980年は6万人、そして現在の2010年4月は9万人とやはりかなりの伸びが読み取れる。
普天間基地の沖縄県内移設反対の県民集会(たぶんかなりの県外からの応援もあったと思われる)には約10万人が参集したと報じられているから、沖縄県民は圧倒的に米軍基地に迷惑を感じていることを表しているかのようであるが、その「世界一危険」な基地のある宜野湾市から脱出する市民が相次いで人口が激減するどころか、逆にかなりの増加を示しているのはどうしてなのか。
また、琉球大学などが那覇市から「世界一危険」な基地のある宜野湾市に移転したことや新たな宅地造成を進めたことなど自体が誤っていたことになりそうだが、それだけ沖縄では官民挙げて神経が図太いというべきか、それともそれだけ基地に「馴れっこ」になっていることを物語っているからなのであろうか。
それはちょうど日常、騒音や事故の不安を感じながらもクルマ社会に馴れっこになっていて大して問題視もしない大かたの日本国民と同じようなものかもしれない。
それにしても沖縄のいわば官民挙げてのような反基地気運と人口増加の間には大きな乖離がある。
確かに普天間基地のある宜野湾市の市域のかなりの部分を基地の用地となっており、しかも騒音等がすさまじいヘリコプターや航空機が多数配置され、むろん、住民にとってそれらのへりなどの墜落の不安も大きい。
だから宜野湾市からの基地の撤去や移設の要望が強まっているのであろう。
でも、ここに一つの大きな「不思議」と「謎」がある。
それは、「世界一危険な軍事基地」とまで言われている普天間基地のある宜野湾市の人口が戦後急増していることである。また、大学も新設されたり琉球大学などは那覇市から移転までしている。
人口の増加は宜野湾市に限らず沖縄県全体について言えることで、本土では首都圏など大都市圏から離れた県の多くが人口減少に悩まされている中で、日本国内の米軍基地の大半を有しているとされる“物騒な!?”沖縄県は人口が増加している。
平和そのものの我が山形県の人口は平成18年は120万7千人、平成21年は118万1千人と減少しているのに対して、沖縄県では昭和25年に70万人、そして昭和50年は105万人、平成2年は122万人、そして平成22年4月には138万5千人と着実な人口の伸びを示しており、うらやましい限りである。
宜野湾市の人口については、1960年は3万人、1980年は6万人、そして現在の2010年4月は9万人とやはりかなりの伸びが読み取れる。
普天間基地の沖縄県内移設反対の県民集会(たぶんかなりの県外からの応援もあったと思われる)には約10万人が参集したと報じられているから、沖縄県民は圧倒的に米軍基地に迷惑を感じていることを表しているかのようであるが、その「世界一危険」な基地のある宜野湾市から脱出する市民が相次いで人口が激減するどころか、逆にかなりの増加を示しているのはどうしてなのか。
また、琉球大学などが那覇市から「世界一危険」な基地のある宜野湾市に移転したことや新たな宅地造成を進めたことなど自体が誤っていたことになりそうだが、それだけ沖縄では官民挙げて神経が図太いというべきか、それともそれだけ基地に「馴れっこ」になっていることを物語っているからなのであろうか。
それはちょうど日常、騒音や事故の不安を感じながらもクルマ社会に馴れっこになっていて大して問題視もしない大かたの日本国民と同じようなものかもしれない。
それにしても沖縄のいわば官民挙げてのような反基地気運と人口増加の間には大きな乖離がある。