スタイリスト、倉科裕子。
とんねるずワンフーには、なじみ深~いお方です。
なんてったって、デビュー以来とんねるちゃんは、倉科さんひとすじ、なんですから。
「おれら、スタイリストだなんだってそんなことも初体験だったから。そういうのって、アイドルとか歌手の世界のもんだったと思ってたからね」(『大志』より)
ここでタカさんが言っている「スタイリスト」というのが、すなわち倉科裕子氏のことです。
すでに四半世紀にわたって(!)、彼女はとんねるずを「デザイン」しつづけています。そう、スタイリングやコ-ディネイトではなく、「デザイン」と言いたい。
なぜなら、彼女はとんねるずの歌、映画、ドラマ、バラエティなどすべての活動において、とんねるずのルックスを「創造」してきたからです。最近知ったんですが、歌手としてのステージ衣裳も倉科さんが担当、時には手作りで衣裳を作っていたんだそうですね。
倉科さんご自身はほとんど表舞台に出ない奥ゆかしい方のようで、そのくわしいプロフィールはわかりません。
芸能プロダクション「ハブ・マーシー」所属のマネージャーさんが運営されているブログ「タレントマネージャー見聞録」によると、倉科さんがとんねるずにはじめて会ったとき、とんねるずは二十歳、倉科さんは二十代前半だったんだとか。→http://hakanage-manager.way-nifty.com/fufufu/2006/05/index.html
『大志』にも書かれているように、倉科さんとの出会いは、とんねるずがAtoZに移籍し、オールナイトフジに出るようになったころです。AtoZの社長は、西条秀樹のマネージャーをしていた秦野嘉王氏。「モーニングサラダ」に出演したのが秦野氏と知り合うきっかけだった。
倉科さんは、83年から西条秀樹のスタイリストとなっており、おそらく秦野氏やヒデキを介して、<とんねるず+倉科裕子>の黄金タッグが生まれたのでしょう。
ところで、おすぎのファッションチェックじゃないですが(笑)、とんねるずファッションのポイントって、なんだろう?
ひとことでいうと、<シンプル&コンサバティブ>---これじゃないでしょうか!
「オールナイトフジ」や「夕やけニャンニャン」の頃こそ派手めな80年代風ファッションでしたが、ブレイク後は一貫してシックで落ち着いたファッションに統一されています。
前々から思っていたんだけど、とんねるずは、圧倒的にスーツが多い!特に、雑誌のグラビアやCDのジャケット写真では、ほとんどスーツと言ってもいいくらい(もっと細かく言うと、タカさんはダブル、ノリさんはシングルスーツが多い)。
たとえば、ブレイクしたころの「ザ・テレビジョン」の(おそらく初めての)表紙(1985年9月6日号)で、すでにスーツを着ています。タカさんがグリーン、ノリさんがオレンジ系のドレススーツ、胸元には相方のスーツと同色のチーフを飾っている(当時はこういう配色が多かったよね)。
それから9年後の1994年4月22日号の同誌表紙でも、やはりスーツ姿です。ふたりとも薄いグレー系春スーツ、花柄のネクタイ、タカさんは薄い水色のワイシャツ、ノリさんはカラーが大きく丸いキュートなシャツ。もちろん、9年前よりずっと上質のスーツですが(笑)。ノリさんが胸にチーフではなく花をかざっているのが素敵。
スーツ以外のときも、とんねるずの装いはいつもきわめてシンプルで、流行にながされない。流行よりも、質を大事に、どちらかというとトラディショナルな服のなかに、ちょっぴり現代のスパイスをきかせる、というような。
これは、もちろん、倉科裕子さんのトラッド志向が大いに関係あるんでしょう。彼女は藤原紀香さんのスタイリストとしても有名です。・・・なんか納得、だよね。
そんな倉科さんの志向や方針を、とんねるずが気に入った、ということも確実なように思われます。で、四半世紀のおつきあい。
そしてその方針は・・・大成功だった!
倉科さんの装いによって、とんねるずのルックスは、時代を経ても決して古さを感じさせないものになったのです。シングル「やぶさかでない」のジャケットを見て下さい!20年前のジャケットとはとても思えませんよね。

「うたばん」「みなさんのおかげでした」「未来創造堂」のレポ記事で、とんねるずの衣裳を記録しているのを、お気付きいただけたでしょうか?これはわたしから倉科さんへの、ささやかな感謝と、親愛と、尊敬のしるしでもあるんです。
とんねるずが、従来の芸人と一線を画した大きな要因のひとつが、その「あまりにもかっこいい」ファッションにあったことは、ワンフーのみなさんもご納得いただけると思います。
タレントにとって、ルックスは命。芸人のファッション性を革命したのは、とんねるずであり、倉科さんだった---それって、芸人としてのあり方にも、けっこう大きな影響があったと思うんですよね。
倉科さん、われらのとんねるずをカッコよくキメてくれて、いつもありがとう。
これからも、どうぞとんねるちゃんをよろしくおねがいします♪
とんねるずワンフーには、なじみ深~いお方です。
なんてったって、デビュー以来とんねるちゃんは、倉科さんひとすじ、なんですから。
「おれら、スタイリストだなんだってそんなことも初体験だったから。そういうのって、アイドルとか歌手の世界のもんだったと思ってたからね」(『大志』より)
ここでタカさんが言っている「スタイリスト」というのが、すなわち倉科裕子氏のことです。
すでに四半世紀にわたって(!)、彼女はとんねるずを「デザイン」しつづけています。そう、スタイリングやコ-ディネイトではなく、「デザイン」と言いたい。
なぜなら、彼女はとんねるずの歌、映画、ドラマ、バラエティなどすべての活動において、とんねるずのルックスを「創造」してきたからです。最近知ったんですが、歌手としてのステージ衣裳も倉科さんが担当、時には手作りで衣裳を作っていたんだそうですね。
倉科さんご自身はほとんど表舞台に出ない奥ゆかしい方のようで、そのくわしいプロフィールはわかりません。
芸能プロダクション「ハブ・マーシー」所属のマネージャーさんが運営されているブログ「タレントマネージャー見聞録」によると、倉科さんがとんねるずにはじめて会ったとき、とんねるずは二十歳、倉科さんは二十代前半だったんだとか。→http://hakanage-manager.way-nifty.com/fufufu/2006/05/index.html
『大志』にも書かれているように、倉科さんとの出会いは、とんねるずがAtoZに移籍し、オールナイトフジに出るようになったころです。AtoZの社長は、西条秀樹のマネージャーをしていた秦野嘉王氏。「モーニングサラダ」に出演したのが秦野氏と知り合うきっかけだった。
倉科さんは、83年から西条秀樹のスタイリストとなっており、おそらく秦野氏やヒデキを介して、<とんねるず+倉科裕子>の黄金タッグが生まれたのでしょう。
ところで、おすぎのファッションチェックじゃないですが(笑)、とんねるずファッションのポイントって、なんだろう?
ひとことでいうと、<シンプル&コンサバティブ>---これじゃないでしょうか!
「オールナイトフジ」や「夕やけニャンニャン」の頃こそ派手めな80年代風ファッションでしたが、ブレイク後は一貫してシックで落ち着いたファッションに統一されています。
前々から思っていたんだけど、とんねるずは、圧倒的にスーツが多い!特に、雑誌のグラビアやCDのジャケット写真では、ほとんどスーツと言ってもいいくらい(もっと細かく言うと、タカさんはダブル、ノリさんはシングルスーツが多い)。
たとえば、ブレイクしたころの「ザ・テレビジョン」の(おそらく初めての)表紙(1985年9月6日号)で、すでにスーツを着ています。タカさんがグリーン、ノリさんがオレンジ系のドレススーツ、胸元には相方のスーツと同色のチーフを飾っている(当時はこういう配色が多かったよね)。
それから9年後の1994年4月22日号の同誌表紙でも、やはりスーツ姿です。ふたりとも薄いグレー系春スーツ、花柄のネクタイ、タカさんは薄い水色のワイシャツ、ノリさんはカラーが大きく丸いキュートなシャツ。もちろん、9年前よりずっと上質のスーツですが(笑)。ノリさんが胸にチーフではなく花をかざっているのが素敵。
スーツ以外のときも、とんねるずの装いはいつもきわめてシンプルで、流行にながされない。流行よりも、質を大事に、どちらかというとトラディショナルな服のなかに、ちょっぴり現代のスパイスをきかせる、というような。
これは、もちろん、倉科裕子さんのトラッド志向が大いに関係あるんでしょう。彼女は藤原紀香さんのスタイリストとしても有名です。・・・なんか納得、だよね。
そんな倉科さんの志向や方針を、とんねるずが気に入った、ということも確実なように思われます。で、四半世紀のおつきあい。
そしてその方針は・・・大成功だった!
倉科さんの装いによって、とんねるずのルックスは、時代を経ても決して古さを感じさせないものになったのです。シングル「やぶさかでない」のジャケットを見て下さい!20年前のジャケットとはとても思えませんよね。

「うたばん」「みなさんのおかげでした」「未来創造堂」のレポ記事で、とんねるずの衣裳を記録しているのを、お気付きいただけたでしょうか?これはわたしから倉科さんへの、ささやかな感謝と、親愛と、尊敬のしるしでもあるんです。
とんねるずが、従来の芸人と一線を画した大きな要因のひとつが、その「あまりにもかっこいい」ファッションにあったことは、ワンフーのみなさんもご納得いただけると思います。
タレントにとって、ルックスは命。芸人のファッション性を革命したのは、とんねるずであり、倉科さんだった---それって、芸人としてのあり方にも、けっこう大きな影響があったと思うんですよね。
倉科さん、われらのとんねるずをカッコよくキメてくれて、いつもありがとう。
これからも、どうぞとんねるちゃんをよろしくおねがいします♪
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