The Phantom of the Opera / Gaston Leroux

ガストン・ルルー原作「オペラ座の怪人」

ファントム・クリス短編 (梨紅様より)

2007年09月08日 | 「オペラ座の怪人」




舞うは紅、灯火の
散るは橙、日溜まりの
白磁の肌に縹の瞳
駈けてはためく石竹の色
風に泳ぐは黄金髪―――



〈colors〉



「マスター!」

砂糖菓子のような呼び声に、木にもたれ掛かる仮面の男はふと書物から顔をあげた。
見れば先程まで辺りをはしゃいで散策していた少女が、頬を薔薇色に染めこちらに走り寄ってくる。

「どうしたんだね、クリスティーヌ?」

あぁ、私という人間の何処からこんな穏やかな声が紡ぎ出されるというのだろう。
その源泉はこの目の前にいる少女への慈しみ以外に他ならなかった。

「見てちょうだい!こんなに綺麗な葉っぱと木の実を見つけたの。それに可愛いリスにも会ったのよ!」

そう言って少女は自分の手と同じくらいの葉と、丸みを帯びた木の実をエリックに差し出した。

「楓と……これは水楢の実だな。リスを見つけたのか?けれどすぐに逃げてしまっただろう?」
「えぇ、私の姿を見た途端にさっと隠れてしまったの。別に酷いことをしようというわけじゃないのに……」

そう口を尖らせたクリスティーヌに、エリックは揶揄するように片眉を上げる。

「おや、お前だって知らない客が来ると私の後ろにすぐ隠れるじゃないか?」
「っ…それは……」

クリスティーヌは目線を泳がせ反論の言葉を探す。
けれど悪戯にこちらを見つめてくるエリックの前ではそれも無理な話だった。

「……もう、マスターなんか、大嫌いっ」

頬を膨らませ背を向けてしまったクリスティーヌに、エリックは柔らかなため息をつくと本を抱いて立ち上がる。

「おや、それではしょうがない。大嫌いなマスターはもっと遠くで本を読んでいるとするか。」

本当にそのまま何処かへ行ってしまいそうなエリックに、クリスティーヌはぎょっとして振り返った。

「いやっ!マスター行かないで!」

エリックの腰に細い腕が絡みついてくる。
クリスティーヌの必死な様子に、エリックは腹の辺りに押しつけられた小さな頭を優しく撫でた。

そうだ、この子もまた独りぼっちの寂しさをよく知っているのだ―――

「……すまない、悪ふざけが過ぎたな。こんな愛しい子を置いていくわけがないだろう?私はちゃんとここにいる。だから安心して遊んでおいで。」

エリックはクリスティーヌの目の高さにしゃがみ込んで諭すように言ったが、クリスティーヌは顔を上げずに首を振るばかりだ。

「いや……私も一緒にご本を読むわ。」
「しかしお前には少し難しい本かもしれない。」
「でも……マスター、読んで下さるでしょう?」

クリスティーヌはそう言っておずおずと顔をあげる。
雫の溜まった美しい瞳で見つめられて、誰がその申し出を拒めるというのだろう。

「……分かったよ、おいで。」

エリックは再び木にもたれ掛かると、クリスティーヌを近くに引き寄せる。
そして古文書からなるべく簡単な民話や伝承を選んで読み聞かせ始めた。

しかし少女は遊び疲れていたようで―――


「……お休み、エンジェル。」


黄金の髪をそっと梳き。
白磁の頬に口付ける―――



赤は優しく、黄は穏やかに。

彩溢るる秋の一景。















梨紅様より,管理人の描いた絵に素敵な短編を頂いてしまいました。

「エリックは腹の辺りに押しつけられた小さな頭を優しく撫でた」


梨紅様・・・管理人、こういう身長差に萌えて萌えてしかたありません。
(某様もおっしゃっていましたが「身長差は最低でも20センチ」、ですよ♪)

森の中で二人暮らしなのでしょうか?
自分ではそんなドリームで絵を描きましたが、静かな森の中で二人きりという設定は好きです。

自分の描いたものにお話をつけていただくのは絵師冥利に尽きます。

本当に美しい言葉で綴られた愛らしい短編をありがとうございます。