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漢検一級 かけだしリピーターの四方山話

漢検のリピート受検はお休みしていますが、日本語を愛し、奥深い言葉の世界をさまよっています。

貫之集 727

2025-04-12 04:05:59 | 貫之集

陸奥守平惟扶朝臣の下るに、幣の洲浜の鶴の羽に書ける

ちとせまで いのちたへたる つるなれば きみがゆききを したふなりけり

千歳まで 命たへたる 鶴なれば 君が行き来を したふなりけり

 

陸奥守平惟扶朝臣が任地に下るにあたって、幣とした洲浜の鶴の羽に書いた歌

千年までも命を保って生きている鶴であるから、あなたさまの無事を祈り、寄り添って行き来をともにするのであるよ。

 

 平惟扶(たいら の これすけ)は平安時代中期の官人ですが、詳細はわかっていないようです。「幣の洲浜」は、洲浜を幣として贈ったと解釈しましたが、通常の幣を洲浜に添えたということなのかもしれません。

 


貫之集 726

2025-04-11 04:12:21 | 貫之集

ものへ行く人にやらんとて人の乞ふに、おくれる

あつらへて わするなとおもふ こころあれば わがみをわくる かたみなりけり

あつらへて 忘るなと思ふ 心あれば わが身をわくる かたみなりけり

 

旅立って行く人へのはなむけをと人に乞われて、詠んで贈った歌

私のことを忘れないでほしいと願う心を込めてあつらえた籠なので、これは私の身を分けた形なのですよ。

 

 「あつらふ」は「あつらえる」に加えて「頼む」意があり、この歌ではその両義を掛けています。第五句「かたみ」は「形見」と、籠を意味する「筐(かたみ)」の掛詞。二重の意味を持たせた語を複数用いて、深い含意の歌になっていますが、その分、現代人には難解でもありますね。
 この歌は、新千載和歌集(巻第七「離別」 第741番)に入集しており、そちらでは第三句が「こころこそ」とされています。


貫之集 725

2025-04-10 05:07:11 | 貫之集

陸奥守藤原有時がむまのはなむけ、宰相の中将のしたまふに、よめる

みてだにも あかぬこころに たまぼこの みちのおくまで ひとのゆくかな

見てだにも あかぬ心に 玉ぼこの 陸奥まで 人の行くかな

 

陸奥守藤原有時の旅立ちのはなむけの宴を、宰相の中将が催した際に詠んだ歌

あなたと逢っていても十分と思えない私の心なのに、遠く陸奥へ旅立ってしまわれるとはとても辛いことです。

 

 藤原有時(ふじわら の ありとき)は詳細はわかりませんが、551 の歌が拾遺和歌集では藤原有時作とされ、同集にさらにもう一首入集歌があります。「宰相の中将」は藤原師輔(ふじわら の もろすけ)のこと。「たまぼこの」は「道」に掛かる枕詞で、ここでは同音の「みち(のく)」に掛かっています。
 この歌は、新古今和歌集(巻第九「離別」 第861番)に入集しており、そちらでは第五句が「ひとのゆくらむ」とされています。

 

 


貫之集 724

2025-04-09 04:28:16 | 貫之集

あひ知れるける人のものへ行くに、むまのはなむけしけるあひだに、雨降りてえいかずなりにければ、よめる

きみをしむ こころのそらに かよへばや けふとまるべく あめのふるらむ

君惜しむ 心の空に かよへばや 今日とまるべく 雨の降るらむ

 

旅だって行く知人の送別の催しをしている間に、雨が降り出して出発しないことになったので詠んだ歌

あなたとの別れを惜しむ心が空に通じたのか、今日のところは出発せずにとどまるように、雨が降っているのであろう。

 

 思いが空に通じて天候が変わるという発想は 600 にもありました。

 

ひとをおもふ こころのそらに あるときは わがころもでぞ つゆけかりける

人を思ふ 心の空に あるときは わが衣手ぞ 露けかりける

600


貫之集 723

2025-04-08 04:05:32 | 貫之集

装束

あまたには ぬひかさねねど からころも おもふこころは ちへにざりける

あまたには 縫ひ重ねねど 唐衣 思う心は 千重にざりける

 

装束

この衣は、たくさん縫い重ねてはいませんけれど、あなたさまを思う私の心は幾重にも重なっているのですよ。

 

 「装束」は「さうぞく」と読みます。意味は現代と同じですね。
 この歌は、拾遺和歌集(巻第七「別」 第327番)に入集しています。