旅人に幣やるとて
そめたちて いのれるぬさの おもひをば たむけのみちの かみやしるらむ
染め裁ちて 祈れる幣の 思ひをば 手向けの道の 神や知るらむ
旅人に幣を贈るとして詠んだ歌
布を染めたり裁ったりして幣を作り、道中の無事を祈る私の気持ちを、旅の安全を守ってくださる手向けの神もご存じのことでしょう。
「手向けの神」は旅の道中の安全を守る神。712 にも出てきましたね。
おなじ人のむまのはなむけ、太政大臣の白河殿にてさせたまふに、土器とりて
ひともみな とほみちゆけと くさまくら このたびばかり をしきたびなし
人もみな 遠道行けと 草枕 このたびばかり 惜しき旅なし
同じ人の旅立ちのはなむけの宴が、太政大臣の白河の別荘で催された際に、土器を手にとって詠んだ歌
他の人も遠くへ旅立つことはあるけれども、あなたさまの今回の旅立ちほど、名残りおしいものはありません。
「太政大臣(おほきおとど)」は藤原忠平(ふじわら の ただひら)のこと。「白河殿」は京都の白河の地にあった藤原良房(ふじわら の よしふさ)の別荘で、忠平が譲り受けたのでしょう。694 の詞書にも出てきていました。
第四句「たび」は「度」と「旅」の両義で、「草枕」は「旅」の方の枕詞ですね。第五句を「をしきたびかな」としている写本もあるようです。
おなじ人のむまのはなむけに、橘助繩が装束おくるとて加へたる
たまぼこの みちのやまかぜ さむからば かたみがてらに きなむとぞおもふ
玉ぼこの 道の山風 寒からば かたみがてらに 着なむとぞ思ふ
同じ人の旅立ちのはなむけに、橘助繩が装束を贈るのに添えて読んだ歌
道中の山風が寒かったならば、私を思い出すよすがとしても、これを着てほしいと思います。
橘助繩(たちばな の すけなは)は、687 から始まる七首の一連の歌の詞書にも出てきた人物。「たまぼこの」は「道」にかかる枕詞ですね。
この歌は、新古今和歌集(巻第九「離別」 第857番)に入集しています。
おなじ人のむまのはなむけにやるとて、兵衛督のよませたるに
とほくゆく きみをおくると おもひやる こころもともに たびねをやせむ
遠く行く 君をおくると 思ひやる 心もともに 旅寝をやせむ
おなじ人の旅立ちのはなむけに添えるとして、兵衛督の仰せで詠んだ歌
遠くへ行くのを見送るとして、あなたさまのことを思いやる私の心は、あなたさまとともに旅寝をすることでしょう。
「兵衛督(ひょうえ の かみ)」は藤原時平の子、藤原顕忠(ふじわら の あきただ)のことと見られます。
この歌は、風雅和歌集(巻第九「旅」 第899番)に入集しています。