また、マルクのアンボンで住民同士の闘争が起きた。死者も出ているようだ。石の投げ合い合戦が主らしいが、町の中心は完全に機能をしなくなっている。警官が止めているので一時、落ち着いているが、止めが無くなればまた始まるでしょう。何年も前から、繰り返され散る。主にキリスト教徒とイスラム教徒の勢力争いです。
パプアの各地の争いは宗教も絡んでいるでしょか、主に、利権争いのようだ。何十年もとの闘争が続いている。隣同士の喧嘩である。
インドネシアでは、ちょっと、町から山の方に向かうと、そこの土地の人、出会う人は殆ど蛮刀を持って歩いている。ピカピカに光っているのではなく、錆色をしている。鞘におさめられてはいない。その人達にとっては必携なのでしょう。畑へゆくにも山の中に入るにも、椰子の木で何かをするにしても、その刀を持っていれば、色々な使い方が出来て便利なのでしょう。しかし、渡し方見ると、切るというより叩き切るという感じの切れ味の悪そうな、刀をもて歩いていること自体が危険行為だという印象を受ける。日本で農家の人が鎌や鍬を持ったり担いだりしているのとは様子が違うように思う。
日本なら銃刀法に抵触すること必至である。
そういう、田舎の人達が集まれば、刀持参と言わなくても、当り前のようにその刀を持った人が集まることになる。同士の喧嘩は、投石と刀を振りますこと、それと槍の投げ合いである。かなり原始的な合戦になる。なかなか、勝負がつかないので、一旦は、和解さえられたり、遠ざけられたりしても、すぐにまた始める、子供の喧嘩のようにも思えるが、かなり、深刻な根深い闘争のようだ。私には分からない。
多分何十年後にでも同じことをしていることでしょう。
金型や装置の出来具合を見ながら、今日、明日は出社しないで家と外回りである。押出部門の成形ラインが足りなくなることは半年前には分かっていて、中古装置の購入の準備や説得、根回しをして来て、一か月半ほど前には、稟議書を提出できる資料を担当者に渡してある。根回しの結果は思わしいものではなく、もっと、強力に頼まなければならないが、取りあえず稟議書を提出しておいてもらおうと思ったからでした。しかし、提出をしていないとのこと。こうなったら、やることは只一つになった。
合戦 野蛮 隣同志
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