南の島の土着民風自由人

自分の生活、計画し実行してきましたが、病気や人間関係など思いがけない障害に遭遇しました。

(^_-)-☆ノーテクノセンター

2010-08-31 22:21:21 | 状況

今朝は05:30に、日本から訃報が入った。仕事の関係はなかったが、ゴルフでいつも一緒させてもらっていた人でした。タイがお気に入りで、活動的で、タイの話をするときにはいつも楽しそうでした。私にも、絶対一度は行ってみた方がいいといつも言っていた。その人が日本に帰ってしまって半年くらい過ぎる。つい一週間ほど前に脳溢血で倒れて危険な状態になっているという知らせが入り、また、亡くなったという知らせが入ってしまった。明るい人で、言葉が丁寧というより、人を持ち上げるのが上手な人でした。インドネシア人従業員に対しても、冷静さを欠いて怒鳴りつけるようなことはなかった。大変、付き合いやすい、気さくな人だった。日本へ帰ることになれば、必ず、日本でもお付き合い願おうと思っている人の一人でした。まだ、50歳前後でした。悲しい。

 

二か月ほど前に帰国した人で心臓に不安がある人がいたが、その人は、簡単な手術を終えて、経過は良好、今また、インドネシアへ戻って、従来の仕事を続け出した。この人は私と、同じ年で、まだまだ、インドネシアで活躍していただきたい人の一人です。

 

納品が始まった。日本での調達が遅れそうで、日本から、インドネシアで調達したもので組み立てて欲しいという依頼が入っているようで、こちらも、遅らせていた関係で、何が何でも、何人でも人を使って、日本への出荷に間に合うようにしなければならないと思っている。この仕事は、私が、いなくなってしまう、二週間にも継続しなければならないことをD君を始め、インドネシア人スタッフには念を押してお願いした。

 

S会長とK社員が来イして工場の案内をした。押出については利益を上げることができるようになっているが、どうも、会長の大規模売り上げと利益を上げたい考えと、少ない量でほどほど、利益が上がればいいと思っている私とでは規模が大きく違うので、ハッパを掛けられたが、後継者のK社員にそのことはお願いしようと思う。

 

技術的には色々持っていそうだし、インドネシア語も少し、覚えてきているようだし、それなりの期待をして迎えようと思う。任せることが肝心で、これから仕切る人の考え方優先で、その、サポートをするという姿勢でいたいと思う。

スカルノハッタ第二ターミナルのソラリアレストランでイフミーとテーマニス120円です。PT.NANBU第二工場の玄関前

  顔  看板  訃報

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする