OT園通園日記

車椅子生活の母を老人ホームへ訪ねる日々。でもそればかりではいられない!日常のあれこれを書いています。

新しい車

2008年01月31日 | 家族の話題
千葉で暮らす次男が、車で通勤をしたいという。
会社がへんぴなところにあるので、電車とバスを乗り継いでいくのが大変。
そして、残業をすると誰か先輩を捜してどこかまで乗せていってもらわないと帰れない。
どうしても車が必要だという。

中古車を買うよりはと、私が今乗っている車を譲ることにした。
「新車買ってあげるほど親切じゃあないけど、私が新しいのを買って乗るから、古いのを2~3年乗りなさい」と言ったら、大喜びをしている。
いかにも中高年向きのダサイ車でも、「ただでもらえる」のがありがたいのだとか。

というわけで、昨年末に私の新しい車を注文した。
いままではずっとセダン型に乗っていたのだが(これには理由がある。私が運転を始めたとき、舅が「ワゴン車だと追突されたとき後部座席に乗っている子どもがケガをするから、セダンにしなさい」と言ったのだ。)、今回は子どもも独立したし、後ろに乗せて家族で走る機会もなくなったので、ワゴン型に。

そして、助手席を改造してもらって、バリアフリーシートにした。
助手席がレバーの操作によって、クルッと回り、車椅子から乗り換えるのが容易になった。
母のためでもあるのだが、舅姑だってこれから何があるか分からない。
体が利かなくなってから慌てても遅いので、「転ばぬ先の杖」のつもりで。

遅まきながら、「カーナビ」も付けてみた。
まだ使い方がよく分からないから、出かけたときに、「自宅へ」と設定し、言うとおりのルートを通らないで文句ばかり言われている。
少し慣れてきたら、カーナビさんに案内してもらって、どこかへドライブしてみるのも良いだろう。
そして、もう少し暖かくなったら、母を助手席にのっけて、どこかへ遊びに出たいものだともくろんでいる。

そうそう、色は水色。
メタリックオーシャンブルーというらしい。
あまんきみこさんの本の題名「車の色は空の色」を思い出した。
私の場合は、「車の色は海の色」?

遠出をする必要があるようで

2008年01月30日 | 母のこと
母がオートバイにはねられたのは、2004年7月のこと。
もう3年半が過ぎている。

「事故」だから、当然相手があるわけで、オートバイを運転していた男性と「示談」の交渉をしなければならない。
幸いにも、家族の交通事故までを補償する保険に入っていたため、母の入院費用は保険でカバーされ、また、「示談」の交渉等も全てその保険会社に任せることができた。
ただ、3年半経った今も、「示談」は成立していない。

そして、今回、母の脳挫傷による後遺障害があるかどうかを認定し、診断書をもらわなければならないようで、入院していたT大付属病院を受診することになった。
病院の診療日に時間を合わせ、タクシーを予約する。
受診先の診療科が混雑しているものか、診療にどのくらいの時間がかかるのか、全く見当が付かない。
母が気持ちよく受診してくれるものか、そして、無事帰ってこられるのか、少々不安な点もある。

「今のおばあちゃんなら、大丈夫じゃない」と、娘。
確かにずいぶん体力も付いたので、何とかなるかなあという気もしている。

OT園に入居して以来、母は初めて自宅の近くまで出かけることになる。
半年以上入院していた病院を母は覚えているだろうか。
長くお世話になった「整形外科病棟」に行ったら、知っている看護師さんに会えるだろうか。
「きっとみんなびっくりするんじゃない!」と娘はいう。
確かに退院したときと、今の母とでは、別人といっても良いくらい回復して、様子も変わっている。

せっかくそこまで足をのばすのだから、母が行きつけだったお寿司屋さんまで足をのばしてみようか。
入院中も、OT園入居直後も、母は「sannrakuに行きた~い!」と大騒ぎしていたものだった。
今ならそれを叶えることもできる(かな?)

でも、自宅のすぐ側の寿司屋まで行って、「家に寄りたい」と言われたらどうしよう…。
今の実家はもうすでに「母の家」ではなく、母の帰るところはない。
う~~ん。

ちょっとの遠出だけれど、あれこれ思いが交錯して、心が騒ぐ。
あったかいお天気の良い日だと良いなぁ。


かえりた~い

2008年01月29日 | 母のこと
夕方、母の所へ。
今日は、フタ付きのコップを2個持ち込んだ。

「汲みたての水は冷たくてイヤだ」と、母はコップに水を汲み置き、古い紙コップでフタをしたり、サイズの合わない保存容器でフタをしたり。
お正月にフタ付きのサーモカップを持ち込んで、とても気に入ってもらえたのだが、あまりに気に入りすぎて別の用途に使っている。
お茶用に使っていたストロー付きのコップは、なぜか行方不明。

仕方がないので、今日は、フタだけが付いたプラスチックのカップと、ストローを差し込んで使えるコップとを持ち込んだ。
で、部屋に行ってみると、なんと以前に使っていたストロー付きのコップが戻ってきていて、母の部屋はコップだらけ…という仕儀に相成った。
ま、いいか…。

二人で夕方のテレビを一緒に見る。
ニュースの合間に流れるセキスイハイムのコマーシャル。
白い服を着た阿部寛が子ども達と一緒に歌う「♪かえりた~い、かえりた~い、あったかいおうちが待っている♪」というゆったりとしたメロディー。
「この歌大好きなのよ~、なんだかあったかい歌よねぇ~」と、母が言う。

夜、部屋で一人過ごしているときにこのCMを聞いて、母は「あったかいおうちに帰りたい」と思うのだろうか。
それとも、「もう私には帰る家はないなぁ」と思いながら、あの平和な画面を眺めるのだろうか。

弟の家の現状を考えても、事故の後、退院ができるようになって、母をここへ連れてきたのは正解だと思っている。
弟夫婦が不仲になっても、少なくともその原因が「母」や「母の介護」ということにならなかったのは、OT園に入居したおかげだと思う。
弟の家族がほころび始めている今、母の記憶があいまいで、いろいろなことを突き詰められないことも幸せなことだと思う。

母は以前のように、「かえりた~い!」と訴えることはなくなった。
でも、心のどこかでいつも「あったかいおうちにかえりた~い」と、願っているのだろう。
それを叶えてあげられない、情けない自分が時々もどかしい。

だるま市

2008年01月28日 | 季節の話題
近所の不動院で、新春恒例のだるま市。
昔ここいら辺りでは、このだるま市がお正月だったのだという。
だるま市の時におせち料理を作り、親戚が集まってお祝いをし、子ども達はお年玉をもらったらしい。
関東納めのだるま市といわれる縁日。
私もここ十数年は毎年お参りをして、古いだるまを納めて、新しいだるまを購入している。

午後になると信じられないほど混み合うので、娘をたたき起こして、朝9時に家を出発。
小学校時代、とても楽しみな行事だった思い出のだるま市、学生生活最後にもう一度見ておきたいと、娘も私と一緒にお参りすることにしたらしい。
二人でだるま市なんて、何年ぶりだろう。
きっと13~4年くらいは立っているに違いない。
高学年になると、友達同士で遊びに行くようになるので、母親は相手にしてもらえなくなるのだ。

だるま市、こんな感じです。(朝、9時というのに、けっこうな人出です!)


川沿いの坂道、植木市を眺めながら不動院へ。


毎年売っているものは変わらないけれど、ミカンの苗や菊の株、梅の盆栽などを眺めるのも、心楽しい。


お参りを済ませたら、だるまさんを購入。
買うと、火打ち石を打ち合わせて、「よよよい、よよよい、よよよいよい!」と魂を入れてもらいます。
(合格祈願のだるまさんには、一発合格を祈念して、「よ~、よい1」と言うかけ声)


これは、特注らしい巨大だるま。とても抱えきれないくらいの大きさで、社名も入っていました。

帰り道のお楽しみは、縁日でのお買い物。
娘に言われるままに、たこ焼き、焼きそば、リンゴ飴を購入。
夫の好物のめざしも一締め買って、お土産にした。

この冬の流行りもの

2008年01月27日 | 季節の話題
ここのところ本当に寒い。
冷え込むので、朝布団から出るのが辛いこと!
そんな寒い昨今のマイブームが2つ。

まず一つめが、生姜紅茶。
リーフティーを入れるときに、お茶の葉と一緒に小さじ1杯くらいのすり下ろした生姜を一緒に加える。
気が向いたときには、ゆずの皮や、リンゴの皮、シナモン、クローブなども加えて、数分蒸らしてからカップに注ぐだけ。
ちょっとピリッとするけれど、香りが良くて、からだが温まる。(おいしいんです!試してみてください)
生姜紅茶はダイエットに良いのだとか。
現在、ストレスから食欲は全開なので、痩せるとは思えない。
でも、体がポカポカして、手足が温かくなる効果は実感してる。
(犬の散歩に手袋なしで出かけると、手が冷たくてかじかんでしまうのではなく、体温と気温の温度差のために寒冷蕁麻疹が出て、手がかゆくなる。これはこの冬初めての体験だ)

そして、もう一つはこれ。



長男が、昨年の誕生日にくれた首に巻くカイロのようなもの。
「派手な色で、温かいっていうし、値段も高くなかったから、これにした」といっていたけれど、これ、なかなか優れもの。
就寝前に、電子レンジで3~4分温めて、首に巻いてお布団にはいる。
肩凝りがじわ~っと和らいでいくようで、気持ちが良い。
ちょっと香ばしい香りもして…。
「いいきもち~」と思っているうちに、いつのまにか入眠している。

2つのあったかグッズのおかげで、この寒さも風邪を引かずにしのいでいる。

キンカンを摘みに

2008年01月26日 | 家族の話題
姑から「たまには来ない?」というお誘い。
娘も暇そうだったので、午後から二人で夫の実家へ出かけた。(夫は家でお昼寝!)
家の外壁の補修が終わったので、 見に来て欲しいとのことだった。

すっかり美しくなった家を一目ちらっと見て、お茶を飲み、いつものように姑とおしゃべり。
娘は、犬のタロウときゃーきゃー言いながら、はしゃいでいる。(まったくいくつになったんだか!)
舅も、お気に入りの孫娘と愛犬の様子を、目を細めながら眺めている。
和やかで幸せな風景。
犬を飼い始めると聞いたときは、「大丈夫だろうか」と危惧したけれど、二人の様子を見ていると、犬のおかげでおしゃべりも増え、笑顔をも増えて、ほんとに良かったなあと思う。

庭のキンカンが摘み頃になっている。
女3人(と一匹)で庭に出て、キンカンをむしる。
「黒砂糖で煮るとおいしい」と姑がさかんに勧めるから、今年は黒砂糖で煮てみようか。
ボール一杯のキンカンと青梗菜(家庭菜園から引っこ抜いたもの)をもらって、帰宅。
一月ほどしたら、ブロッコリーが食べきれないほどできるらしい。
「その頃にはまたおいでね」と、姑が言う。


ニューイヤー ディナーコンサート

2008年01月25日 | 趣味(読書・洋裁・音楽・映画)
未亡人を楽しく過ごすためには、3つのことが必要だという文章を読んだことがある。
何故未亡人かというと、平均寿命の男女差からいっても、女性が夫に先立たれる確率の方が高いからというもの。
その3つの事というのが、
1、一人で映画や観劇に行ける。
2、一人でフルコースのディナーがいただける。
3、一人でツアー旅行に行ける。
つまり、見たいものを見、食べたいものを食べ、行きたいところに行ける、「一人で生活を楽しめるようにしなさい」ということだろうか。
そして、まだ夫のいるうちに、少しずつ心がけて、これらの3つのことをできるようにしておくと、不測の事態があっても、残りの人生を楽しめるというのだ。(備えあれば憂い無し?)

私は、1だけはパーフェクトで、見たいもの、聞きたいものがあれば、一人でどこへでも出かけていく。(誉めてもらうほどのことでもないが)
でも、今まで、2と3については未経験で、試してみたこともなかった。
そして、今日、とうとう2番の「一人ディナー」を経験!

出かけたのは、サン・ミケーレというイタリアンレストラン。
ここで、バリトン歌手中西勝之さんが出演なさるニューイヤーコンサートがあるというので、「エイ!」と参加を決めた。
(一週間程前、夫が「25日は飲み会で遅いよ」と言い、行ってみたいけどどうしようと迷っていた私は、「これは天の声か!」と即コンサートのチケットを申し込んだという次第)
今回のコンサート、演奏の前にお食事が付いている。
初めての「一人ディナー」だ~!

決められたテーブルに着き、すでに着席しておられる4人の方にご挨拶。
二人連れが二組というテーブルでは、私一人が異分子で会話に入り込めそうもない。
でもいい、目の前のお料理に集中しよう。
出てきたのは、ウェルカムドリンク、ブリのカルパッチョ、フォカッチャ2切れ、サワラのソテーきのこソース(牡蠣添え)、シーフードスパゲッティ(エビ・タコ・菜の花入り)、ローストビーフとクルミ入りのキッシュ、フルーツとアイスクリームの盛り合わせ、コーヒー。
なかなかボリュームのある夕食、残念ながら、私はまだ「スウィニー・トッド後遺症」のため、いわゆるバラ色に焼き上がったローストビーフだけは(口には入れてみたけれど)食べられなかった。
それでも十分にお腹いっぱい、初めにメニューが紹介してあればいいのだけれど、次々に出されるものを消化していく方式なので、同席の方も「まあずいぶん出てくるのねぇ」と、まごついていらした。
ちょっと工夫が必要かもね。
食事の終わる頃には、同席の方々と二言三言のおしゃべりはできるようになって、初めての「一人ディナー」合格かなぁ。

コーヒーが配られる頃になると、ピアノの音が鳴り、いよいよコンサートの始まり。
「男ばかりの艶っぽい夕べ」と副題が付いたこのコンサート、進行の小林晴美さん(ソプラノ)をのぞいては、全て男性。
テノールが2名(老と若)、バリトンが2名(老と若)、そしてピアニストもなかなかスマートな(素敵な音を出す)男性だった。
プログラムは、前半に一人ずつ数曲、得意の歌を披露、次にオペレッタのナンバーをそれぞれが一曲ずつ、そして「男性四重奏」と題して四人でのアンサンブルが5曲、最後にまたお得意の曲を一曲ずつという構成。
休みなしで入れ替わり、1時間半歌い放し。
充実・至福の時間。
「きてよかった~!」と、しみじみ幸せを感じながら、全ての歌を楽しんだ。

それほど大きくはないレストランのホールで聞くと、それぞれの歌い方や声の違いがよく分かる。
いちいち名前を挙げるのが面倒なので、「老」(私と同年代というところだろう) と書いたが、年配のお二人の歌はとても巧みで、長年培ってきた技巧が見える。(それが好きかどうかは、それぞれ意見のわかれるところだろうけれど)
そして、若い二人は、そのフレッシュさと、堅さがとても良い。
もちろん、私は中西さん(バリトン・若)の応援団(勝手に!)なので、彼の歌うときは瞬きするのも惜しいと言うくらいの熱心さで見つめ、集中して耳を澄ませていた。

「昔、男声合唱が流行ったの知ってますか~?」という質問。
ダークダックス・ボニージャックス・デュークエイセス(この3グループは、全て生で聞いた覚えがある、母が連れて行ってくれたのだ)という往時の代表的コーラスグループは、小さい頃の我が家で絶大な人気だった。
父や母とレコードを聴いたり、家族四人で声を合わせて歌ったり、小学生~高校生くらいまで、家族みんなで親しんだ曲が目の前で歌われたので、とても感激。
雪山賛歌・一週間・ともしび・筑波山麓男声合唱団・フェニックスハネムーン、どれもみ~んなソラで歌える。(ここ十年以上、耳にしたことはなかったかもしれないが)
「もう二度とやらない、今日聞いたお客さんは幸せでしたね」と、主宰のテノール(老)。
たしかにあの時間、私はとても幸せ、良い音楽を耳にしたというだけではなく、小さい頃の甘やかな思い出にも身をゆだねていたのだから。
四人の歌い手の声に重なって、父のの歌う声が重なって聞こえてきたような。(家でくつろぐ父はウールの着物に三尺帯を締めていた。休みの日には、床の間に置いたステレオに合わせて、大きな声でよくいろんな歌を歌っていたものだ)

にぎやかで楽しい雰囲気を、がらりと変えたのは、中西さんの歌う「彼を家に」(Bring Him Home,レ・ミゼラブルより)。
老いたジャン・バル・ジャンが、革命時の戦いで負傷した娘の恋人マリウスを心配して歌う、哀切なメロディー。
中西さんの歌唱で聞くのは二度目だが、初めて聞いたときよりも数段深化していて、ほんとに美しく、胸に沁みた。
歌い終わっても、会場中がシ~ンとなって聞き惚れている感じ。(あの拍手を忘れた数秒の静寂、なんて良い時間!)
やっぱり、中西さんの歌、素敵です!

これで、今日は十分満足と思ったが(まだ3人の歌が残っているにもかかわらず)、まだもう一曲素敵な歌と出会った。
「熱き心に」(阿久悠作詞・大瀧詠一作曲)、これってたしか小林旭の歌だよねぇと期待もしていなかったのだが、クラシック歌手が歌うように編曲されたものの素晴らしかったこと。
テノール(若)の声質ともよくマッチしている。
そして伴奏のピアノは、曲の合間合間に、クラシックの名曲のハイライトを挟み込む。
何曲出てきたのだろうか、最後はアイーダの「勝ちて帰れ」のメロディーで締めくくられた。
楽し~、また聞きた~い!

初の「一人ディナー」を含むニューイヤーコンサート、ちょっとドキドキしたけれど、十二分に楽しんだ。(未亡人への備えには、まだまだ修行が足りないが)
一昨年から、中西さんを追いかけて、あちこちのコンサートに顔を出し、いろいろな曲や舞台と出会っている。
これこそご縁というものだろうか。
人生にちょっぴり付け加えられた、おまけのような幸せな音楽の時間、本当に感謝してます。

パピルスカレンダー

2008年01月24日 | 母のこと
OT園へ、パピルスのカレンダーが届いていた。
エジプトの「MISR TRAVEL」が出しているものらしい。
母が元気で、しょっちゅう旅行に出かけていた頃、エジプト旅行でお知り合いになったMさんが送ってくださった。
ファラオの面の図柄で、とても気品があり、紺と金色の具合が美しい。

Mさんは、旅行以来、母の代行をして、「題名のない音楽会」などのチケットを申し込んでくださったり、あちこちのコンサートを紹介して下さったりと、お付き合いが続いていた。
母が事故に遭ってからも、心配して電話を下さったり、OT園へ見舞いに来て下さったり。
そして、エジプト旅行以来、ずう~っと届けて下さっているパピルスのカレンダーを、今年も忘れずに送ってくださった。

このパピルスという紙、自然の素材なので、湿気にとても敏感である。
母の部屋に、ただぶる下げておいたのでは、エアコンの影響ですぐ丸まってしまう。
部屋に飾るためには、一工夫が必要となる。
額に入れようか、それともパウチにしようかと、現在思案中。

今日の母への差し入れは、「懐中汁粉」。
これも、母の昔のお知り合いがわざわざ気遣って、送ってくださったもの。
いろいろな場面で、いろいろな人の思いやりややさしさを感じて、嬉しくなる。

スウィニー・トッド

2008年01月23日 | 趣味(読書・洋裁・音楽・映画)
雪をものともせず、友人と映画版スウィニー・トッドへ。
昨年、中西勝之さんとのご縁で、日生劇場のミュージカルを見せていただいたものの映画版。
ティム・バートンの映画で、ジョニー・デップとヘレナ・ボナム・カーター。
テーストは、見る前から分かっているという感じ。

耳に覚えのある音楽でストーリーが流れていく。
それにしても、19世紀のロンドンという舞台、どうしてこんなに暗いのだろう。
社会の矛盾が思いっきり顕在化している。

R15指定のこの映画、15の3倍よりも年をとっている私が見ても、やはりグロテスク。
どこからか血のにおいが漂ってくるような気がする。
ただ、スジの運びから言って、ラベット婦人があそこまで不気味な風貌である必要があるのかなあと、ちょっと疑問。
ラベット婦人は、人がよさそう、親切そう、そしていじらしい、でもその実、何にも動じないし身勝手な性格という方がピッタリ来ると思うけれど。
ヘレナ・ボナム・カーターのラベット婦人は、不気味だけど、いじらしさはよく出ていた。
(復讐への執念の不気味さを象徴するのがスウィニー・トッド、普通の市井人の怖さを象徴するのがラベット婦人だと、私は解釈している。)

映画の帰りに、夕食の買い物をする。
肉の売り場は、ちょっとパス。
パンもダメ!(ミートパイを連想するから)
野菜とアサリ、シラス干しを購入。
夕飯は、冷凍庫のお魚と野菜で済ませた。
やっぱりこの映画を見た後には、とても肉料理は食べられない!

海はいいなぁ~

2008年01月22日 | お友達
江ノ電で鎌倉へお出かけ。
高校時代の友人達との、月例お楽しみ会。
今日は、昨秋イギリスから帰国した友人のご招待で、彼女のセッティングのランチ&新居のマンションでのティータイム。

さむ~い一日。
車窓から見える海も空も、にぶい灰色。
でも、海の景色っていい!
見ているうちに、少し日が差してきて、沖の方が銀色に光り出す。

友人達との他愛ない平和なおしゃべりと、開放的な景色に、なんだか目頭が熱くなり、泣いてしまった。
う~ん、だいぶたまっていたらしい!
突然の私の涙に驚いた友人達も、さすが年の功、背中をさすってくれて、「大丈夫!」と、励ましてくれた。
「話したければ聞いてあげる、言いたくなければ何にも言わなくても良いし、大丈夫、一緒にいてあげるから」と。

海の大きさと友人のありがたさに感動した一日。
私の中で、歴史に残る新年会だった。

では、今日訪れたリストランテ アマルフィイのランチをご紹介。


前菜。鴨と玉葱のバルサミコソース風味


パスタ。生しらすと岩のり・菜の花のスパゲッティ。


サゴシのきんかんソース添え。


デザートの盛り合わせ。アイスクリームが二種、リンゴとミカンのコンポート、ティラミス、アーモンドのタルト。

友人宅でのティータイムも楽しかった。

いちご載せたお皿は、フランスで購入したらしい、奥に見えるポットはイギリスで。
なんだか、リッチだ~!


江ノ島も見えていました。