OT園通園日記

車椅子生活の母を老人ホームへ訪ねる日々。でもそればかりではいられない!日常のあれこれを書いています。

蝉しぐれ

2006年08月11日 | 母のこと
毎日暑いので、蝉の声も賑やかだ。
母と一緒に散歩をするときも、うるさいほどの蝉の声が聞こえる。
「蝉しぐれだわねぇ」と母。

その言葉に、藤沢周平氏の「蝉しぐれ」の冒頭の一場面を思い出す。
謀反の罪に問われた父の亡骸を大八車に乗せ、主人公の文四郎が一人で家に向かう場面だ。
シャンシャンと降ってくる蝉の声、その中で力一杯車を引っ張る彼の額からは汗が流れていたことだろう。

夕方のひととき、まだ暑い中で車椅子を押していると、流れた汗が目にはいる。
手を離す訳にもいかないので、そのままにしていると汗が目にしみて涙もでてくるような…。
母と平和なおしゃべりを続けながら聞く蝉しぐれ。
文四郎とはまったく違う境遇だけれど、歩道のちょっとした段差に車椅子を持ち上げて大汗をかきながら、文四郎の無念さ・淋しさ・腹立たしさに思いを馳せる。
暑さと音そして汗だけは文四郎君と同じだわと思いながら。

母と散歩の時間にはあぶら蝉のシャンシャンという声がほとんど。
家に帰って、遅い時間に犬と歩くときには、ひぐらしの高い「カナカナカナ…」という声が雨のように降ってくる。
そしてこの頃はひぐらしに代わって、つくつくほうしのせわしい声が混じるようになった。
「惜しい、つくづく」と夏休みの終わりを告げるこの蝉の声。
学生時代にはまだ終わらせていない夏休みの課題を思って、落ち着かない気持ちになったものだった。
子どもを持つようになってからは、「ああ、これで夏休みの喧噪から解放される!」とちょっと嬉しく思ったりしたものだ。
その子ども達も成長した今は、つくつくほうしの声にこれと言った感慨もないが、やはり夏の終わりを感じて少し寂しくもある。