ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

グラスを上げる

2019年10月22日 | 作品を書いたで
 バーボンのブッカーズ。アルコール度数63度。 かなり強い酒である。そのブッカーズをストレートで立て続けに4杯あけた。チェイサー無しでだ。
「おかわり」
「ブッカーズですか」
 鏑木が聞いた。
「うん」
 この客は最近、ここ海神に来るようになった。バーボンが好きなようで、いつもはノブクリークかバッファロートレースを注文する。静かな客で、必ず1人で8時15分に来店して、ビーフジャーキーをつまみに、バーボンをロックで2杯飲み、帰っていく。
 無口な男で、最初の注文と会計の時以外口を開かない。マスターの鏑木も、だまっている客に先に口をきくことはない。
「もうしわけございません。もうないです」
「そうか。ノブクリークをストレートで」
 ノブクリークも50度。弱い酒ではない。 
 鏑木はノブクリークをテイスティンググラスに入れて、客の前に置いた。
「酒はなぐさめてはくれますが、味方にはなりませんよ」
 男はだいぶ酔っている。
「味方はいらん。一番の味方に裏切られて、俺はここにいる」
 鏑木は水をグラスに入れて置いた。
「お飲みになって」
 男は水を飲んだ。ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。
「うう。冷たい。目が覚めた」
「酒を味方につけるには方法があるんです」
「なんだ」
「敵に回さないことです」
 カラン。カウベルの音がした。男が入って来た。
「お前・・・」
 入って来た男は、男の横に腰かけた。
「マスター、俺にも同じものを」
 鏑木はその男の前にもノブクリークのストレートを置いた。
「わかってる。どのつら下げて俺に前に来たといいたいんだろう」
「一発殴らせろ」
「これを飲んでからな」
 ひと息に飲んでグラスをカウンターに置いた。
「さあ、殴れ」
「その前に聞いておく。アレはどうなった」
「ダメだった。会社はつぶれた。俺もあんたと同じ浪人ものさ」
「そうか。マスター、もう1杯くれ。これで終わりにする」
「あの件はああするより仕方がなかったんだ」
「判ってるよ。俺が担当するよりあんたの方が適役だってことは」
「どうした。殴らんのか」
「マスター、こいつにおかわりを」
 二人はグラスを上げた。
「また二人で会社をやるか」