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ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

2023年に読んだ本ベスト5

2024年01月03日 | 本を読んだで
 小生は本読みである。常に本を持っている。本を持たずに外出することは、まず、ない。外出すると、すきまな時間がかなりある。電車の待ち時間。電車に乗っている時間。医者の待合室。外食したときの料理が出てくるまでの時間。去年、ポルトガル料理を食べに行ったことがある。ポルトガルの時間の流れは日本とは違うようで。コース料理で前菜からデザートまで1時間以上かかった。こんな時でも料理を待っている間は本を読めば時間をつぶされるのだ。イラチの小生にとって本は必須品なのだ。
 さて、昨年2023年に読んだ本ベスト5は以下のとおり。順不同。

お家さん
 かって神戸に日本一の鈴木商店という巨大商社があった。(登記上は今も存在している)その代表者鈴木よねと稀代の大番頭金子直吉。鈴木商店をめぐる波乱万丈の大河小説。

水車小屋のネネ
 理佐と律の姉妹はいい人たちと1羽のしゃべる鳥に見守られて人生を過ごす。40年のここちよい時が流れる。

A-10奪還チーム出動せよ
 出色のカーアクション小説。ドイツが東西のころ。500馬力のばけもんフォードで東ドイツ領内を逃げ回る。追いかけるのはソ連軍と東ドイツの警察。

風神雷神 Juppitr,Aeolus
伝奇冒険アート小説。半村良の伝奇、田中光二の冒険。稲見一良のロマン。全部のせ。

ソース焼きそばの謎
 ソース焼きそばから世界が見えるのだ。ソース焼きそばのことしか書いていない本。だそれでもめっぽうおもしろいのだ。大労作。

火星年代記

2023年12月29日 | 本を読んだで

レイ・ブラッドベリ     小笠原豊樹訳      早川書房

 火星といっても、マーズ・パスファインダーや天問1号が行った火星ではない。ブラッドベリの頭の中にある火星である。
 SFの代表的な名作である。SFとは空想科学小説である。と、小生は考える。SFは「科学」でありつつ「空想」でなければいけないのだ。だからSF作家は「科学」もさることながら「空想」することが絶対条件ではないだろうか。で、ブラッドベリはアメリカの代表的なSF作家であるからして、「空想」が巧みなのはいわずもながらだ。そのブラッドベリがその空想力をフルに発揮して「ブラッドベリの火星」を創り上げ、それを舞台にして13編の短編を素材にして編み上げたのが本書である。
 だから、この火星は赤い砂があるだけの無味乾燥な、面白くもなんともない惑星ではない。アメリカ原住民をネイティブアメリカンというように、ネイティブマーシャンズというべき火星人もいる。ただし、その火星人は絶滅危惧種となっているようだが。
 SFの定番の名作として、火星に人類が定住するようになったとしても、後世に残る名作であるが、ブラッドベリが創った「火星」に違和感を感じる人は、良さが判らない作品ではないだろうか。小生は良かった。

ゲゲゲの鬼太郎

2023年12月25日 | 本を読んだで

 水木しげる      朝日ソノラマ

「ゲゲゲの鬼太郎」といえばテレビアニメにもなって、すっかり国民的ヒーローになった人気モノであるが、「墓場の鬼太郎」の時代はかなり怪奇色の強い漫画であった。少年マガジンなどの少年週刊誌に連載されるようになって、人口に膾炙されるにしたがって、怪奇色が薄れ、お子様向けになっていった。
 今回読んだ、この版の1巻目はかなり怪奇である。冒頭の「幽霊一家」の章は、鬼太郎誕生とオヤジがなぜ目玉になったのかが、描かれるのだが、だいぶんとおどおどろしい図柄となっている。水木しげるといえば、手塚治虫と並び称されるほどの国民的漫画家となったが、決して誰にも安心無害、お口に甘い漫画家ではない。かなり怪奇でホラーな漫画家なのだ。手塚にしても、女性のヌードもけっこう出てくるし、エロい漫画も描いている。漫画に限らず、優れたエンターテインメントは多少の毒が含有されているものだ。薬100%の薬など薬にも毒にもならない。少しの毒があるからこそ薬になるのだ。
 水木は生前「ゲゲゲの鬼太郎」で一番好きなキャラはねずみ男だといってたが、この漫画で最も重要なキャラはねずみ男だろう。鬼太郎は主役であるから「正義の味方」というキャラを演じなければいけない制約がある。ねずみ男は主役ではないので、そういう制約がない。自由に好きなように動かせるキャラである。だから水木は鬼太郎よりねずみ男を描いてる方が楽しかったのだろう。
 では、鬼太郎=優等生、ねずみ男=本音の男、かというとそうではない。主役の鬼太郎も、ええ子ちゃんでは決してない。ガキのくせにタバコを吸ってるし、大人のエライさんにえらそうな口をきく。
 テレビアニメでしか鬼太郎を知らない人が、原作の漫画を読むと鬼太郎ってけっこう生意気でイヤなヤツであることが判るだろう。

SFマガジン 2023年12月号

2023年12月15日 | 本を読んだで

2023年12月号 №760     早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 母と皮膚         小野美由紀
2位 堅実性          グレッグ・イーガン   山岸真
3位 本性           草上仁
ホライズン・ゲート 事象の狩人 矢野アロウ 未読
八は凶数、死して九天(後編)  十三不塔

連載
空の園丁 廃園の天使Ⅲ(第20回)  飛浩隆
マルドゥック・アノニマス(第50回) 冲方丁
戦闘妖精・雪風 第五部(第10回 対抗と結託) 神林長平
ヴェルト 第一部 第三章       吉上亮
小角の城(第72回)          夢枕獏

ソラリス ♯1~2 原作:スタニスラフ・レム/マンガ:森泉岳土 

 この号はとくだん、特集企画はなし。ウリは「ソラリス」の漫画とイーガンの新作中編。企画力のネタ切れか。
 その「ソラリス」の漫画と、第11回ハヤカワSFコンテスト受賞作は冒頭掲載。こんな中途半端なことはやめてくれ。掲載するのなら全編一挙掲載して欲しい。読みたければ、こんなもんは読まずに単行本がでたら読む。こういう形式の掲載の意味が判らない。映画の予告編のつもりか。映画と小説では違う。
 1位にあげた小野美由紀さんの「母と皮膚」が非常に良かった。この作品と、「ピュア」イタリア語版翻訳者のアンナ・スペッキオさんの対談を読むと、ジェンダーレスとはいかなるモノかがよく判る。「男らしさ」「女らしさ」なんて頑迷なことをいってる人(小生もそのうちの一人)は必読。目から鱗となること間違いなし。
 現代の日本のSFで斜線堂有紀さんと小野美由紀さんは、注目すべき作家である。




グレー・レンズマン

2023年11月22日 | 本を読んだで

  E・E・スミス      小隅黎訳         東京創元社

銀河パトロール隊」に続くレンズマンシリーズ2巻目。スペースオペラである。SFもいろんなもんが有るが、ワシはなんちゅうてもスペースオペラが好きやな。正義のヒーローが悪もん相手に、宇宙せましと大活躍。ものすごくかっこええ宇宙船にうち乗って、必殺の武器を手に大立ち回り。うう、ええな。
 主人公はご存じキムボール・キニスン。キニスン、グレー・レンズマンに出世しとる。もう、だれの指示も命令も受ける必要はない。ヘインズ長官でさえ対等の立場となった。
 こんかいのキニスンは潜入捜査を行う。007もかくや(キムボール・キニスンの方がジェームス・ボンドより登場が早い)と思われるエスピオナージ活劇で読者のご機嫌をうかがう。キニスンは隕石鉱夫ワイルド・ビル・ウィリアムズとして悪の巣窟である魔窟〈鉱夫の休息〉に行く。デラメータの腕で、ならず者どもに一目置かれる。でもキニスンはボスコーンに捕まりひどい拷問を受ける。なんとか脱出し病院に。そこにはキニスンにとって最もうるさくこわい存在が。星区看護師長クラリッサ・マクドゥガルである。彼女こそ銀河最強の女性だろう。

ボタニカ

2023年11月21日 | 本を読んだで

朝井まかて                 祥文社

 牧野富太郎の伝記である。なんかちょっと前までテレビでドラマになってたらしいけど、ワシはかようなもんは興味がないから見てへんけど、牧野富太郎といえば日本の植物学の父ともいうべき人。牧野がいなければ近代の学問としての日本の植物学はなかったであろう。
 困った天才という人たちがいる。手塚治虫は漫画の神様といわれるが、金銭的事務能力のない人だった。ただただ漫画を描く人だった。自由律俳句の種田山頭火とか尾崎放哉といった人たちは、とんでもないろくでなしであった。将棋の天才小池重明なんて人はたいへんな困ったちゃんである。天才漫才師横山やすしもそうだろう。
 牧野富太郎もその困った天才の仲間だ。植物を採集し標本にし分類して学名を特定する。植物の本を購入し、植物の雑誌を刊行する。それだけ。それしかしない。植物植物植物。ただただそれ。あとのことは知らん。もちろんこれらのことはタダではできん。金が要る。その金はどこからでる。牧野は打出の小槌をもっていたわけではない。土佐の実家は酒屋。そこには忠義な番頭と前妻がいる。植物の雑誌を出したい。金送れ。土佐から送金されて来る。土佐の実家も無尽蔵に金があるわけではない。ついに底をつく。あとに残ったのは借金の山。そんなことは気にしない。なんとかなる。ともかく植物だ。あとは知らん。まったくもって牧野富太郎、困った人だ。
 

ソース焼きそばの謎

2023年11月19日 | 本を読んだで

塩崎省吾       早川書房

 出してる出版社を見てびっくり。早川である。ワシらSFもんにとって早川は最もつきあいのある出版社だ。SFマガジンの発行元であり、ワシらが読むSFの大きな供給源である。その早川からこんな本が出たことが、これひとつのびっくり。
 昔「探偵ナイトスクープ」で「アホバカ分布図」というのがあった。人をののしる言葉として関東では「バカ」関西では「アホ」その境界はどこかというモノ。そんなこと別に知らんでもええと思うけど、それを大まじめに徹底的に調べる。これがめっぽう面白いのである。
 さて、この本はソース焼きそばだ。麺を炒めてソースで味付けをする。ごく単純な料理である。この単純な料理を徹底的に調査考察したのがこの本である。まず、だいたいが、ソース焼きそばなるもんが、いつごろ、どこでできたか。戦前か戦後か、東京か大阪か。著者は古い文献を探り、古老に取材し探る。文献といってもソース焼きそばなるジャンクな食べ物の記録はあまりない。文人の随筆などを丹念にあたり、それらしい食べ物のことについての記載を発見して、ソース焼きそばのルーツを探る。このあたりの著者の活動は、あたかも考古学者が遺跡を調べるようである。
 ソース焼きそばを作るのに一番欠かせないモノ。麺だ。麺の材料は小麦。その小麦の日本での事情も調べる。国際情勢も大きく関与する。
 全国各地はそれぞれ特徴のあるソース焼きそばがある。それを著者は丹念に食べ歩き感想をのべ、店主に話を聞き、記録していく。わが地元神戸にも「ぼっかけ焼きそば」「そばめし」なるモノもある。それにもちゃんと言及しているのは神戸人としてうれしい。
 巻末の記載してある参考文献のリストは30ページもある。全国各地のソース焼きそばは写真付き紹介されている。その写真も著者が食べ自分で撮影した。ともかくたいへんな労作の本である。ソース焼きそばの興味のない人でも、巻を手に取れば、思わず引き込まれ読まされてしまう。

爆弾

2023年10月28日 | 本を読んだで

呉勝浩            講談社

 小説には主人公がいる。読者はたいていの小説の主人公に共感を持って、おおむね好感を感じながら読むもんだ。ところがこの作品の主人公には共感・好感をもっていいんだか判らぬまま読み終えた。
 主人公はスズキタゴサク。本名かどうか判らん。酒の自販機を蹴って酒屋に暴力を振るったということで逮捕され取調室で尋問を受けている。話はほとんどこの取調室で進む。
 スズキタゴサク。49才のおっさん。中年太りの肥満。頭に十円ハゲ。財布はから。態度は卑屈で低姿勢。どっから見ても風采のあがらない薬にも毒にもならんおっさん。
 このおっさん、取り調べ中に刑事に「予言」をいい出した。秋葉原で事件が起きる。予言通りに秋葉原の廃ビルで爆発。人的被害なし。引き続き「予言」東京ドームシティで爆発。いあわせた夫婦が爆発に巻き込まれた。妻が死亡。おっさんは連続爆破事件の重要参考人となった。自供はしない。犯人は別にいるという。自分は「霊感」で「予言」しているだけだそうだ。
 のらりくらりと言を左右するおっさんを相手に刑事たちが尋問する。なかなか決定的な証言を得られない。で、おっさんは重要なキーとなる人名をいう。4年前に自殺したあるベテラン刑事の名だ。そうこうしているうちの最悪の爆発が。被害者60人以上の大爆発。死者多数。スズキタゴサクなるおっさんは犯人か?

百億の昼と千億の夜

2023年10月24日 | 本を読んだで

 光瀬龍                 早川書房

 日本SF初期の代表的名作のひとつ。よくいわれる光瀬龍の東洋的哲学趣味が満喫できる作品だ。とはいいつつも地球の誕生から稿を起こしたこの茫漠な作品はとどのつまりは56億7000万年未来にまでイメージが飛ぶ。だからこの作品の舞台は悠久の時間と空間ということになる。
 で、小説には舞台が必要であるが、登場人物も要る。この作品の登場人物は、主人公といってもいい阿修羅王。ギリシャの哲学者プラトン。古代インド釈迦国の王子シッタータ。ナザレのイエス。イスカリオテのユダ。梵天王、帝釈天、救世主弥勒、大天使ミカエル、転輪王、そして黒幕「シ」かようにオールスターで永遠の時空で繰り広げられるスペースオペラを楽しめばいい。

回樹

2023年10月22日 | 本を読んだで
 斜線堂有紀                  早川書房

 SFを読む醍醐味に、ようこんなこと考えたな。という話を読む楽しみがある。ちょっと普通の人じゃ思いつかん奇妙な話。この人の頭はどんな頭しとんねやろ。この本の著者斜線堂有紀もそのたぐいのご仁であろう。そんな話が6編入った短編集だ。
「回樹」出色の百合SF。湿原にバカでかいもんが出現。回樹という植物らしい。そいつは人の遺体をとりこむ。律は恋人初露の遺体を遺族から盗んで回樹のところに持ってきた。律と初露はほんとに愛し合ってたのか。
「骨刻」生きているうちに身体に傷をつけず骨に刻印する技術ができた。レントゲンでしか見えないけど、みんな、どんな文字を自分の骨に刻むか。
「BTTF葬送」映画には魂がある。名作映画は死んでその魂をつぎの映画に継承させる。歴史的な名作映画が死ななきゃ次の名作ができない。これから「ネバ―・エンディング・ストーリイ」のお弔いにでなきゃ。
「不滅」死んでも死体は腐らない。化学的な変化はしない。死体はそのままの状態でいつまでも残る。人間の死体は燃えない溶けない腐らない。そのまんま。限界がある。葬送船で宇宙に飛ばさなしゃあない。
「奈辺」黒人奴隷制度があったころのアメリカはニューヨークの酒場。白人オンリーの酒場だが主人が黒人を店に入れる。黒だ白だと騒いでいたら緑が出現。白、黒、緑、三色入り乱れて大さわぎ。
「回祭」「回樹」の続編。回樹が遺体を取りこんで時間が経った。多くの遺体が回樹の中に。遺族たちにとって回樹は信仰の対象。年に一度回樹の前で祭がある。善男善女の中に古洞蓮華が。彼女は雇い主の少女洞城亜麻音のためにここに来た。蓮華と亜麻音はいかなる関係か。
 この短編集を通底しているのは死と愛と永遠。生は限りがある。いつか終わる。死は限りがない。死はいつまでたっても死だ。

SFマガジン2023年10月号

2023年10月19日 | 本を読んだで

2023年10月号 №759   早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 隕時      王侃瑜       大久保洋子訳
2位 孤独の治療法  M・ショウ     鯨井久志訳
3位 カレー・コンピューティング計画   草野原々
4位 マリのダンス  キム・チョヨプ ユン・ジヨン訳 カン・バンファ監修
5位 コズミック・スフィアンシンクロニズム ~小惑星レースで世界を救え~
                      池澤
未読 八は凶数、死して九天(前篇)     十三不塔

連載
空の園丁 廃園の天使Ⅲ〈第19回〉      飛浩隆
マルドゥック・アノニマス〈第50回〉     冲方丁
戦闘妖精・雪風 第5部〈第9回 因と果(承前)〉 神林長平
ヴェルト 第1部 第2章 吉上亮
小角の城〈第71回〉              夢枕獏
幻視百景〈第45回〉              酉島伝法 

特集 SFをつくる新しい力
10~20代SF読者アンケート結果発表
特集解説                    橋本輝幸
大学SF研座談会
東北大学SF・推理小説研究会×大阪大学SF研究会×京都大学SF・幻想文学研究会                      司会 大森望
おすすめSF小説診断チャート          編集部
SF入門&偏愛ブックガイド
SFファンたちはどう生きるか―SFじいさんの昔話 大野万紀
中国大学SF研の歴史              河流/楊墨秋訳  
若手によるSF活動       岡野晋弥 紅坂紫 あわいゆき 岡本隼一 
最新インドSF状況               難波美和子

「SFをつくる新しい力」と、いう特集。ふうん。ワシらおじんがSFを読みはじめた1960年代は柴野さんや福島さん、矢野さん、眉村さん、小松さん、星さん、野田さんといった諸先輩方が日本のSFをつくっている最中やった。で、日本のSFはできた。SFはできているのである。で、「SFをつくる新しい力」とはどういうことか?確かに新しい力はたくさん出てきた。その「新しい力」は、すでにできているSFをどうしようというのだ。
 既存のSFにコンセプトは同じ新製品をプラスするのか。既存のSFとは違う方向を向いたSFをつくるのか。はたまた既存のSFとは違う、SFですらない新しいモノをつくって、それを「新しいSF」として、今までのSFとは決別するのか。この特集では、そのあたりの考察がなかった。
 ワシらおじんにとってはくすぐったくていごごちのよろしくない特集であった。大野万紀のエッセイだけがホッとさせられた。                      

われら闇より天を見る

2023年09月13日 | 本を読んだで

 クリス・ウィタカー   鈴木恵訳       早川書房

 ある意味「水車小屋のネネ」と裏表をなす小説といっていい。「水車小屋のネネ」は十代の姉と幼い妹。本作も十代の姉と、こちらは幼い弟。双方の姉とも妹弟に愛情を持ち、母がいない境遇で保護者としての責任感を持っている。
「水車小屋のネネ」では身勝手な母を離れ、幼い姉妹で生きていく。姉妹のまわりはみんないい人。姉も妹も周りの親切に感謝しつつ成長していく。
 本作の姉弟の母親は殺害された。この犯人はだれかというのがミステリーである本作のキモだが、姉弟はいままで一度も会ったことにない母方の祖父の元で暮らす。「水車小屋」の姉理世は素直でいい子。本作の姉13才のダッチェスはつっぱっている。自らを「無法者」といい、その不幸な境遇に決して負けない。かわいい顔と華奢な身体から想像もつかない強烈な少女である。転校先の学校でイジメにあうが、暴力と口で撃退する。
「水車小屋」の姉妹を見守るのはしゃべる鳥ネネ。本作で姉弟を見守りつつ親友の無罪を晴らそうとするのは生真面目な警察署長のウォーク。本作の主人公はダッチェスとウォークであるが、ダッチェスのキャラが強烈。13才の女の子がだれにも負けず弟を育てながら生きていく。

風神雷神 Juppitr,Aeolus

2023年09月12日 | 本を読んだで

 原田マハ    PHP研究所

 出色の冒険小説である。小生のごとき冒険小説好きのツボをくすぐる小説だ。著者は美術の専門家だから作品の底を流れるのは絵画に対する情熱だ。主人公俵屋宗達の痛いほどの絵に対する愛と情熱が作品の背骨を支える。
 京都国立博物館の研究員望月彩は俵屋宗達に恋している。400年前の絵師俵屋宗達のことが知りたい。宗達専門の研究員ではあるが宗達のことをもっともっと知りたい。俵屋宗達、謎の多い絵師である。生没年さえよく判らない。
 天正遣欧少年使節。九州の3大名が4人の少年キリスタンをローマに派遣してローマ教皇に拝謁させた。この4人の少年使節と宗達には接点はない。史実では。
 望月にマカオ博物館の学芸員レイモンド・ウォンが接触してきた。マカオでぜひ見ていただきたいものがある。望月はマカオに飛ぶ。そこでレイモンドに見せられたのは古文書。筆者は原マルティノ。4人の少年使節の一人だ。この4人日本に帰国したあと過酷な運命が。送り出したのはキリシタンを容認していた織田信長。彼らがヨーロッパに行っている間に信長は本能寺で死す。後継者の豊臣秀吉はキリシタンを禁じた。4人は刑死棄教などの不幸に。そのうちの一人原マルティノはマカオに渡っていた。そのマルティノ文書に「ソウタツ」の文言が。
 ここで物語は400年前に飛ぶ。ローマへの出立を間近になった4人の少年がいるセミナリオに同じぐらいの年齢の少年が京からやって来た。絵師俵屋宗達という。
 宗達は狩野永徳のアシスタントをして「洛中洛外図屏風」を完成させた。絵師としての才能を信長に見込まれた宗達は、この「洛中洛外図屏風」をローマ教皇に献上してこい。そしてお主はローマの「洛中洛外図屏風」を描け。いずれ余がローマに攻め入った時の参考になろうぞ。信長はローマまで攻め入り世界の第六天魔王との意志を持っていたらしい
 こうして京の扇屋のせがれ俵屋宗達は4人の遣欧使節団とともに日本の長崎からはるかヨーロッパのローマへと旅立つ。
 半村良の奇想、田中光二の冒険、稲見一良のロマン。それながないまぜになった出色の伝奇冒険アート小説であった。

暗殺者たちに口紅を

2023年08月29日 | 本を読んだで

 ディアナ・レイバーン    西谷かおり訳        東京創元社

 ビリー、メアリー、ナタリー、ヘレンの4人の女性。若いころはけっこうイケてる女だった。でも月日は流れる。ビリーたちは60才還暦をこえている。この4人、何者か?暗殺者である。「美術館」なる組織に属し、ナチスの残党、独裁者、犯罪組織のボス、など、世の中のためにならん悪党を始末してきた。素手の格闘、銃、毒物、爆発物などおそるべき殺しの技を持っているうえ、清楚上品、豊満セクシーなど魅力的な美女ぞろい。若いころは。
 その女殺し屋も還暦を過ぎ、さすがに引退。組織は長年の働きに報いるため、この4人に豪華なクルーズ船の旅をプレゼントしてくれた。ところが4人は船上で命を狙われる。どうも狙っているのは古巣「美術館」らしい。4人は昔取ったきねづかでヒットマンを始末しつつことの真相に迫る。
 4人のばあさんが殺しワザを駆使する話である。深刻な小説ではない。軽ハードボイルドといっていいかな。このばあさんたちにとって殺しも保険の勧誘もおんなじ。気軽に読めるが殺しをそんなに気軽に扱っていいのかな。

A-10奪還チーム出動せよ

2023年08月22日 | 本を読んだで

スティーブン・L・トンプスン 高見浩訳      早川書房

 小生は車の運転大好き人間である。リストラされ貧乏になって車を手放した。それから20年近くハンドルを握ってない。ペーパードライバーになってしまった。それでも「車を運転する」という快楽は忘れがたく、カーアクション小説を読んで禁断症状をおさえているというしだい。
 で、こたび読んだのが本書だ。いやあ出色のカーアクション小説である。少しはワシの車禁断症状も癒されたのである。
 いくらワシがカーアクションが好きだといっても、こっちからあっちへ車で移動するだけを書いた小説ではダメだ。どこで、だれが、なんのために、どのようにして走ったのか。これをしっかり書いて読者を満足させなければダメである。
 冷戦時代。ドイツは東西に分かれていた。そのような状況で東側にはアメリカの軍事連絡部が、西側にはソ連の軍事連絡部が置かれていた。双方の連絡部の要員はそれぞれの地域で自由に移動できるという取り決めがなされていた。
 攻撃機A-10。それの最新のモデルA-10F。パイロットの脳波を感知して搭載コンピュータとリンクできる装置シザーズボックス。極秘の軍事機密である。そのA-10Fがミグ25によって東ドイツ領内に不時着させられた。ソ連の目的はシザーズボックスの入手。とうぜんアメリカ側もだまっていない。ポツダムのアメリカ軍事連絡部の奪還チームが出動。実はこういうことがたびたび起こるので全軍の中から選りすぐりのドライバーが奪還チームを結成していた。
 マックス・モスとアイク・ウィルソンのコンビがフォード・フェアモントを駆ってA-10Fのパイロットとシザーズボックスの回収に向かう。パイロットは死んでいたがシザーズボックスは回収に成功する。相棒のアイクは重傷を負う。死体とけが人と秘密機器を積んでマックスはポツダムに走る。もちろん東側もだまって見ていない。東ドイツ人民警察軍事諜報部とソ連国防軍参謀本部情報部が追いかける。東ドイツ警察のBMWとベンツが陸から、ソ連のMi-24攻撃ヘリが空から襲ってくる。
 V8気筒5000CCターボチャージャー500馬力の化け物エンジンを搭載したフォード・フェアモント。ストックカーレースの経験を持つマックスは持てる限りのドライビングテクニックを駆使して逃げる。道案内は亡命希望者の女伯爵の娘。
 お宝を持って、美しき姫を守りつつ敵中を突破して味方の陣へ逃げる。冒険小説の黄金パターンをなぞりつつも超絶なカーアクションが展開する。この猛暑のウサも少しははれた。