「ムツキくん、ちょっと来て」
「はあい」
園長が呼んでいる。ムツキは絵を描く手を休めて返事をした。画用紙には脚が四本まで描かれたカブトムシがいる。
「ムツキくん、今度の日曜日にきみに会いにくる人がいるんだけど、会ってね」
日曜日になった。
「ムツキくん。お客さんは三時に来られるから、ここで待ってようね」
園長がムツキを応接室のソファに座らせた。彼がこのソファに座るのは、園に連れてこられて以来だ。子供は応接室には用はないのである。
園長が時計を見て部屋から出て行った。ほどなく、二人の大人を伴って帰ってきた。やさしそうなおじさんとおばさんだ。
「わざわざご足労いただき、申し訳ございません」
園長が頭を下げた。
「いえいえ、少しでも早くムツキくんと会いたくて」
「ムツキくん、あいさつしなさい」
「本山ムツキです」
「かしこそうなお子さんですね」
おじさんがいった。
「園長さん、ムツキくんには 言ってますの」
おばさんが園長先生に聞いた。
「この施設はずっといるところじゃないのは、ここの子供たちはみんな承知してます。もちろん、ムツキくんも知ってます」
ここにいる子供たちは、親のいない子供たちだ。両親と死別して親類縁者が一人もいない子、親に捨てられた子、天涯孤独な子ばかりがここにいる。
中学生になれば、ここを出ていかなければならない。多くの子は中学生になる前に養子として篤志家にもらわれていく。
「それじゃ、行きましょうかムツキくん」
「ちょっと待ってください。村上さん」
「はい」
「ムツキくんに贈り物をお願いします」
「贈り物?」
「はい」
「用意はしてません。明日にでもムツキくんの希望を聞いてから、何か買います」
「ここを出ていく子には、育ての親になる人に贈り物をしてもらうことになっているのです。形のあるモノではありません」
「なんです?」
「名前です」
「名前?」
「ムツキの名前です」
「本山ムツキはこの子の名前ではないんですいか」
「はい。この子が捨てられていた所が本山町という町で、ウチに来たのが一月だったから本山ムツキとここで名づけられたんです」
「この子の本名は判らないんですか」
「はい。ここには名前のない子がほとんどです。ですから、ここから出ていくとき、『本名』をつけてもらうのです」
「わかりました。私たちの親としての最初のプレゼントというわけですね」
「はい」
「さ、行きましょうか。・・・くん」
「はあい」
園長が呼んでいる。ムツキは絵を描く手を休めて返事をした。画用紙には脚が四本まで描かれたカブトムシがいる。
「ムツキくん、今度の日曜日にきみに会いにくる人がいるんだけど、会ってね」
日曜日になった。
「ムツキくん。お客さんは三時に来られるから、ここで待ってようね」
園長がムツキを応接室のソファに座らせた。彼がこのソファに座るのは、園に連れてこられて以来だ。子供は応接室には用はないのである。
園長が時計を見て部屋から出て行った。ほどなく、二人の大人を伴って帰ってきた。やさしそうなおじさんとおばさんだ。
「わざわざご足労いただき、申し訳ございません」
園長が頭を下げた。
「いえいえ、少しでも早くムツキくんと会いたくて」
「ムツキくん、あいさつしなさい」
「本山ムツキです」
「かしこそうなお子さんですね」
おじさんがいった。
「園長さん、ムツキくんには 言ってますの」
おばさんが園長先生に聞いた。
「この施設はずっといるところじゃないのは、ここの子供たちはみんな承知してます。もちろん、ムツキくんも知ってます」
ここにいる子供たちは、親のいない子供たちだ。両親と死別して親類縁者が一人もいない子、親に捨てられた子、天涯孤独な子ばかりがここにいる。
中学生になれば、ここを出ていかなければならない。多くの子は中学生になる前に養子として篤志家にもらわれていく。
「それじゃ、行きましょうかムツキくん」
「ちょっと待ってください。村上さん」
「はい」
「ムツキくんに贈り物をお願いします」
「贈り物?」
「はい」
「用意はしてません。明日にでもムツキくんの希望を聞いてから、何か買います」
「ここを出ていく子には、育ての親になる人に贈り物をしてもらうことになっているのです。形のあるモノではありません」
「なんです?」
「名前です」
「名前?」
「ムツキの名前です」
「本山ムツキはこの子の名前ではないんですいか」
「はい。この子が捨てられていた所が本山町という町で、ウチに来たのが一月だったから本山ムツキとここで名づけられたんです」
「この子の本名は判らないんですか」
「はい。ここには名前のない子がほとんどです。ですから、ここから出ていくとき、『本名』をつけてもらうのです」
「わかりました。私たちの親としての最初のプレゼントというわけですね」
「はい」
「さ、行きましょうか。・・・くん」