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ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

法治の獣

2023年08月08日 | 本を読んだで

 春暮康一         早川書房

 ワシのごとき古狸SFファンは著者のペンネームを見れば、ふふん、なるほどと思う。ハル・クレメントというSF作家がアメリカにいた。ワシらが若いころの海外ハードSF作家といえば、ぱっと思いつくのは、ジェイムス・ブリッシュかハル・クレメントだった。この春暮康一というペンネームは、そのハル・クレメントからとったとのこと。
 ハードSFといってもいろいろあるけど、ジェイムス・ブリッシュは物理系のハードSF。ハル・クレメントは生物系ハードSFであった。クレメントの代表作「重力の使命」はものすごい重力を持つ惑星に住む生物が出てくる。平べったいムカデみたいなやつだが、重力が生物にどういう影響をおよぼすか考察している。そのハル・クレメントにリスペクトする著者の作品集は3篇の中編が収められている。
「主観者」「法治の獣」「方舟は荒野をわたる」いずれも特異な環境に棲息する異様な(人間の観点から見た)生き物たちが登場する。「主観者」は異星の海の発光群体生物。「法治の獣」スペースコロニー「ソードⅡ」の法律は一角獣シエジーが司っているらしい。「方舟は荒野をわたる」惑星オローリンは自転周期と傾斜軸がグラグラ変わる。そんな星にも生き物はいる。
 かようなSFはいかに異様な星を設定するか。その星に生きる生物はどんなんだ。それを期待して読者は読むのだが、下手するとこんなんありえん、となるが、この作品集では、なるほどこういう環境ではこうなるか。納得がいくのである。SFを読むよろこびを感じさせてくれた。

水車小屋のネネ

2023年07月26日 | 本を読んだで

 津村記久子           毎日新聞出版

 二人をのぞいていい人ばかりが出てくる小説だ。理佐と律の姉妹は多くのいい人とたちと1羽の鳥に見守られて人生を過ごす。40年の時が流れるこの小説は実に心地よい読書体験を提供してくれる。
 理佐18才律8才。10違いの姉妹にお父さんはいない。お母さんはいるけど、娘より交際相手の男の方が大切。幼い律は母の交際相手の男に虐待される。理佐は高校卒業を契機に妹を連れて家出を決意。そば屋の求人案件を目にする。「鳥のせわじゃっかん」そば屋の店員しながら鳥の世話もするらしい。
 特急は停まるけど山間の町のそば屋で理佐は働き出す。律も幼いながらも働く。そのそば屋は水車で動く石臼でそばを挽いている。その石臼を1羽のヨウムが見張っている。そのしゃべる鳥ネネの仕事は石臼が空になったらしゃべって知らせること。ヨウム3歳児ほどの知能があって50年生きる長生きの鳥。
 こうして理佐と律の姉妹はこの町で生きていく。そば屋の経営者夫婦、絵かきの杉子さん。律の小学校の藤沢先生。律の同級生寛実とその父親の榊原親子、理佐の次に水車小屋の番人となった聡青年。中学生研司。婦人会の人たち、いろんな人の善意に見守られて姉妹は育つ。そして40年。大人になった理佐と律は、この町で生きる。ネネもまだまだ元気だ。
 児童文学でもファンタジーでもないんだが、どこか浮世ばなれした雰囲気がただよう。この姉妹としゃべる鳥ネネが住むこの町は現実の町だろうか、人名は具体的な人名が出てくるが、地名は出てこない。少し大きな町は「急行が停まる町」と記述される。こんなにいい人ばかりが住む町。この小説を読んでいるあいだだけでも、こんな町があると思えるしあわせがある。

SFマガジン2023年8月号

2023年07月23日 | 本を読んだで

 2023年8月号 №758  早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 魘魅蠱毒 パク・ハル  吉良佳奈江訳
2位 殺人橋フジミバシの迷走 小川一水
3位 宇宙の底で鯨を切り裂く イザベル・J・キム 赤尾秀子訳
4位 筋肉の神に、敬語はいらない ジョン・チュー 桐谷知未訳
5位 毒をもって・・・      草上仁
6位 超光速の遺言        松崎有理
未読 グラーフ・ツェペリン あの夏の飛行船 高野史緒 

連載
ヴェルト 第一部         吉上亮
戦闘妖精・雪風 第五部〈第8回 因と果〉 神林長平
空の園丁 廃園の天使Ⅲ〈第18回〉     飛浩隆
小角の城(第70回)            夢枕獏
 

特集《マルドゥック》シリーズ20周年

 特集は冲方丁のマルドゥックシリーズの20周年企画。小生、このシリーズは未読だし興味もない。したがってこの特集企画はパス。
読み切り短編をつまみ読みする。「魘魅蠱毒」と「殺人橋フジミバシの迷走」がちょっと面白かったかな。
「殺人橋フジミバシの迷走」なんか、かっての横田順彌を思いおこさせる。まじめなヨコジュンというていいかな。桂枝雀の「鷺とり」を先代桂春団治がやったみたい。


日本の七十二侯を楽しむ -旧暦のある暮らし―

2023年07月07日 | 本を読んだで

 白井明大 文   有賀一広 絵    角川書店

 日本は豊かな国だ。食糧もエネルギーも輸入に頼っているとはいえ、本書を読むとそのことがよく判る。
 日本には春夏秋冬四季がある。自然が四季おりおりに千変万化して、目耳口この国に住まう人々の五感を楽しませてくれる。
 立春、雨水、啓蟄、春分、晴明、穀雨、立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑、立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降、立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒の二十四節季。それぞれに初候、次侯、末侯があり合計七十二侯。1年をこれだけ細かく区分わけして、それぞれの季節季節ならではの花鳥風月が楽しめる。花鳥風月だけではない、食べ物もその時その時の旬がありおいしいモノを最もおいしく味わえるのだ。
 素晴らしいことに、この日本の七十二侯のめぐみは、士農工商四民全てに平等に与えられるのだ。空の月を愛で飛ぶ鳥を愛で花を愛でることはだれでもできる。
 日本人の基礎教養として読んでおいてもいい本だ。

キツネ狩り

2023年07月04日 | 本を読んだで

  田中光二           徳間書店

 田中光二は大ファンであった。デビューされたとき、小生の好みにドンピシャの作家が出てきたと喜んだ。田中さんも小生もSFはもちろん、冒険小説大好き車大好き。新刊がでれば読んでいた。ご本人にお会いしたいと思って、お会いしたこともあった
 その田中光二のカーアクション小説である。こまるなあ。こんな小説は。小生は2002年にリストラされ経済的な理由で車を手放して20年間一度もハンドルを握ってない。完全にペーパードライバーになってしまった。でも、いま運転せえといわれたら、そのへんのおっさんよりうまく車をあやつれる自信はある。近親者に高速道路の専門家がいるが、その人によれば自信を持った年寄りドライバーほど危険なもんはないとのこと。それでも車の運転という快楽をもう一度味わってみたいという未練はたっぷりと残っている。困ったもんである。この小説はその未練をくすぐりまくるのである。
 近未来(いや、すでに現実かも)車に運転者は不要となった。完全にコンピュータが管理し人間は運転者ではなく客でもなく、たんなる「荷物」となった。でも自分自身の手と足で車の運転をしたいと思うものたちがいる。
 キツネ狩り。かっての英国で行われていた残酷なゲームである。それを車を使ってする。日本列島北の青森から山口まで逃げ切ればキツネの勝ち。莫大な賞金がもらえる。主人公伊吹哲也はキツネになった。乗る車は日産フェアレディSR311。いまのフェアレディZではない。2000cc。SOHC。もちろんFR.オープンタイプの2シーターのスパルタンなスポーツカーである。
 このキツネを追うのはハンターばかりではなく、このフェアレディSRを渇望する男も出てくる。なぜ、ある種の男たちは(小生もその一人)オープンタイプのスポーツカーを熱望するのか。田中光二の行間から、それが実によく判る。本物の車好きならきっと判るであろう。
 徳間の編集に苦言。表紙の車はフェアレディSRではない。ポルシェ911である。ポルシェはこの小説には出てこない。カバーイラストは空山基となっているが空山は車を知らんのか。編集がフェアレディSRの資料を提供しなかったのか。





伊賀忍法帳

2023年06月27日 | 本を読んだで

 山田風太郎       角川書店

 この作品、風太郎忍法帳の中では、小生は少々評価が低い。主人公は笛吹城太郎なる伊賀忍者。この城太郎、首領服部半蔵に命じられた仕事をほっぽりだし、遊女篝火にほれ込み妻となし抜け忍となる。この篝火が根来忍法僧に殺され、妻の仇を討たんとす。と、こういう話。
 不満その1。主人公笛吹城太郎がこれという忍法をもっていない。忍者としての基礎的な技能は優れているが、必殺の術は持っていない。
 不満その2。敵役の根来忍法僧の術がしょぼい。ただのブーメラン。針の付いた扇子で攻撃する。血で濡れた紙を敵の顔に張り付けて呼吸困難にして殺す。大きな傘に乗って飛ぶ。7人衆だが、このうちの一人が、人体の首や手足を斬られてもつないで修復するというブラックジャックかいなと思う術を持っている。
で、丈太郎の妻篝火の首と7人衆の雇用主松永弾正の愛妾漁火の首を斬って、入れ替えて接続。首は篝火胴体は漁火。もう一体はその逆。そんな女を二人つくる。こんな術さすがにありえんだろう。
 不満その3。この騒動の動機が個人的すぎる。もともとは松永弾正の邪悪な横恋慕。主君三好長慶の嫡男三好義興の正室右京太夫に惚れこんだ松永弾正、親交のある魔術師果心居士に頼んで7人の弟子を貸してもらう。それが根来忍法僧7人衆。こやつら何をするかというと惚れ薬をつくる。女人の愛液を集めて優れた茶道具で煮詰めて結晶にしたものを標的の女に飲ませれば、その時目にした男に惚れこむ。弾正、これを絶世の美女右京太夫に飲ませて我がモノにしようと算段。7人衆の女人愛液収集作業にひっかかったのが篝火というわけ。しかも篝火と右京太夫はそっくりのうりふたつ。
 この女人愛液煮詰め作業に使ったのが、松永弾正が千宗易から譲り受けた天下の名物平蜘蛛の茶釜。松永弾正といえば織田信長をして「あんな悪いヤツはいない」といわしめた大悪党。戦国の三大悪行(主君殺し将軍暗殺東大寺焼き討ち)をした人物。信長に反旗をひるがえし最後は平蜘蛛の茶釜をくれば許したるといった信長の眼前で平蜘蛛の茶釜を抱いて自爆。かなりスケールの大きな悪党だ。そんな松永弾正が一人の女性を手に入れるだけでこんな騒動を起こすだろうか。
 それはそれとして、篝火と首を入れ替えられた漁火という女。なかなか魅力的な悪女であった。


文明交錯

2023年06月15日 | 本を読んだで

 ローラン・ビネ   橘明美訳  東京創元社  

 かってスペイン人に虐殺されたインカ人の末裔が読めば、胸のすく小説だ。史実ではスペイン人のピサロがインカ帝国を侵略。皇帝アタワルパを処刑してインカ帝国を滅ぼした。なんともスペイン人は悪逆非道なことをしたもんだ。
 この小説は歴史改変小説である。史実とは逆にインカがスペインを征服するのである。皇帝アタワルパに率いられたインカ帝国軍は大西洋を越えてヨーロッパに侵攻。たちまちスペインを支配下に置く。アタワルパはインカ人だからピサロみたいな野蛮な殺人者ではない。スペイン国王カール5世は処刑しない。それどころかカール5世はスペインの国王としての地位はそのまま。スペインの統治はカール5世にまかせ、ヨーロッパ全域をインカ帝国の支配下に置く。
 アタワルパは君臨すれど抑圧はしない。インカの宗教は太陽崇拝であるから、キリスト教は異教なのだが、インカ皇帝アタワルパはキリスト教を禁教にはしない。おりからマルチン・ルターは出て宗教改革の真っ最中だがプロテスタントも容認する。そしてなんとアタワルパ自身が洗礼を受ける。
 こうしてインカ帝国皇帝はヨーロッパに善政をしいていく。スペイン人とはえらい違いだ。

幼年期の終わり

2023年06月09日 | 本を読んだで

アーサー・C・クラーク   福島正実訳      早川書房

 いうまでもなくSFの大定番たる作品。もちろんSFの名作である本作も若いころに読んだ。SFファンとして人生を過ごしてきた小生を創った本の一冊だ。
 地球の各都市の上空に巨大な宇宙船が飛来する。そのエイリアンは地球を攻撃しない侵略しない。そんなガサツで野蛮なエイリアンではない。
 エイリアンは指導者オーバーロードとして地球にやってきた。総督カレルレンは完璧な英語で全地球に語り掛ける。それから地球人類はカレルレンの指導の下、平和で高度な理想的な世界を築く。人類は幼年期から成熟した大人の生き物へと成長したのだ。
「胴乱の幸助」という上方落語がある。ケンカの仲裁が趣味の割木屋のおやっさん。おやっさんが中にはいるとたいていのケンカはおさまる。これはおやっさんが町のみんなから一目置かれる人物だからだ。「まてまて、ワシをだれか知ってるな」「割木屋のおやっさんでんな」「このケンカわしにあずけるか」「へ、おやっさんなら」と、なるわけ。
 いま、世界でいちばん困っているケンカはウクライナとロシアのケンカだろう。トルコが仲裁の意志があるようだが、エルドアンじゃ割木屋のおやっさんにはなれん。ウクライナ、ロシア双方から「この人のいうことなら」という人物が必要だが、地球上にはそんな人物はいない。地球上にいないのなら地球外にもとめなしゃあない。オーバーロード=カレルレンにお出まし願おう。カレルレンなら、ゼレンスキーもプーチンも、「あ、オーバーロードのおやっさんでんな」というだろう。「このケンカわしにあずけるな」「へ、オーバーロードのおやっさんなら」となるだろう。

SFマガジン2023年6月号

2023年05月18日 | 本を読んだで

2023年6月号 №757  早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 タンジェント グレッグ・ベア    酒井昭伸訳
2位 ムアッリム  レイ・ネイラー  鳴庭真人訳
3位 すべての記憶を燃やせ       宮内悠介

連載
戦闘妖精・雪風・第5部〈第7回索敵と強襲(承前)〉 神林長平
マルドゥック・アノニマス(第47回)        冲方丁
空の園丁 廃園の天使Ⅲ(第17回)         飛浩隆
さわやかに星はきらめき(最終回)          村山早紀
小角の城(第69回)                 夢枕獏
幻視百景(第43回)                 酉島伝法

特集 藤子・F・不二雄のSF短編
ヒョンヒョロ                     藤子・F・不二雄
作品総解説
特別対談 佐藤大×辻村深月 SF短編はここがすごい!!
藤子・F・不二雄SF短編ドラマ プロデューサー 川崎直子インタビュー
SF短編全作品リスト

追悼 グレッグ・ベア 監修 山岸真

 なんでも、この号、たいへんな売り上げだそうで。発行前から注文が殺到。ここ30余年で最大の初版部数だそうだ。まことにご同慶の至り。藤子・F・不二雄の人気の高さがわかる。
 藤子・F・不二雄のSF短編漫画。NHKでドラマ化され、なぜ、いま、藤子・F・不二雄ブームなのは判らぬが、小生も少し不思議な藤子Fさんの短編漫画は好きでSFマガジンやビックコミックに載っていたのは愛読していた。
 藤子・F・不二雄さんもいいが、藤子不二雄Aさんの短編漫画もぜひ特集企画をしてもらいたい。FさんのSF短編漫画は甘口であまり毒がないが、Aさんのはブラックユーモアで、少し辛口である。「ひっとらあ伯父さん」なんて名作がある。小生はどっちいうとAさんの方が好みかな。

われはロボット

2023年05月11日 | 本を読んだで

アイザック・アシモフ 小尾芙佐・他訳        早川書房

 SFファンの必須科目「ロボット工学の3原則」をお勉強するための教科書である。
SF大学にはいろんな専攻科目がある。宇宙、未来社会、破滅、架空事件、歴史改変、ロボットなど。これらの科目の単位を取らなければSF大学は卒業できない。このうちロボットの単位を取るつもりのない学生は、別にこの本を読まなくてもいい。ただし、ロボット専科の単位は取れない。ロボットの単位も取らないとSF大学は卒業できない。SF大学出身者でないのならまともな就職は不可能。クレジットカードも作れないし、アパートマンションにも入居できない。あなたの将来はまっくろけ。と、いう本である。
 ロボット工学3原則。簡単にいうと
 人間に危害を加えてはいけない。
 人間の命令は守らなければならない。
 自分を守らなければならない。
 この3原則の矛盾でおかしくなったロボットに人間が悩むお話しである。9篇の短編によって構成されてあるオムニバスだ。全編を通じて登場するロボット学者スーザン・キャルビン博士が主人公といっていいだろう。おかしげな行動をするロボットたちをキャルビン博士が解明していく。

ヨルガオ殺人事件

2023年05月10日 | 本を読んだで
アンソニー・ホロヴィッツ  山田蘭訳        東京創元社

カササギ殺人事件」に続く、ホロヴィッツのおかき巻き小説。今回も外のおかきも内のおかきもおいしかった。
 内側のおかき小説「愚行の代償」の作者はアラン・コンウェイで主人公は名探偵アティカス・ピュント。被害者はハリウッド女優メリッサ・ジェイムス。外側のおかき小説「ヨルガオ殺人事件」の被害者はホテル「ブランロウ・ホール」の宿泊客フランク・パリス。容疑者はすぐ捕まった。ホテルの従業員ステファン・コドレスク。このホテルの経営者の娘セシリー・マクニールが「愚行の代償」を読む。なにかを気づく。そのセシリーが行方不明になった。セシリーの両親はクレタ島でホテルを経営しているスーザン・ライランドにセシリーの行方の調査を依頼する。スーザンは元編集者で「愚行の代償」の編集者だった。作者アラン・コンウェイは死んでいる。この本について最もよく知るのはスーザンというわけ。スーザンは調査を開始する。
 と、いうおかき巻き小説。中のおかきが、外のおかきにどう影響しているのか。なるほど。そういうことだったのか。という。ホロビッツのミステリーを読んだ快感を充分に味わえる。

ベストSF2022

2023年04月27日 | 本を読んだで
 大森望編               竹書房

 日本SFの年間ベスト集成は東京創元社の年刊日本SF傑作選を毎年読んでいたが残念なことに2019年の「おうむの夢と操り人形」で終わった。SF愛好家として前年の日本SFの傑作選を読みたい。で、今度からこの傑作選を読むことにする。東京創元版は大森望と日下三蔵の二人が編集に当たっていたが、この竹書房版は大森一人だ。大森望はSFのレビュアーとしては、小生は全幅の信頼を寄せてはいない。いささかほめすぎ、ピント外れのところも時々見られる。と、いちまつの不安を残しつつ読んだ。収録作は次のとおり。

もふとん       酉島伝法
或ルチュパカブラ   吉羽善
神の豚        溝渕久美子
進化し損ねた猿たち  高木ケイ
カタル・ハナル・キユ 津原泰水
絶笑世界       十三不塔
墓の書        円城塔
無断と土       鈴木一平+山本浩貴(いぬのせwなか座)
電信柱より      坂崎かおる 
百年文通       伴名練
2021年の日本SF概況 大森望 

 おもしろのもあったし、そうでないのもあった。傑作SFなるものの定義が小生と大森では違うところもあるので、それはいたし方なし。印象に残った作品に言及していこう。
「もふとん」膚団というもふもふした生き物。それにくるまって眠ると気持ちいい。でたくない。会社に遅刻する。酉島の作品としては素直。
「或ルチュパカブラ」酒蔵の杉玉の中からへんな生き物が出てきた。神様か?
「神の豚」「時間飼ってみた」からの再録。小生の感想はここで。
「進化し損ねた猿たち」敗残兵と俘虜。ボルネオの密林をさまよう。あたりは死体だらけ。オランウータンと出会う。進化してないのはどっち?
「絶笑世界」致死性の笑い病が蔓延。笑えない漫才師が世界を救う。
「電信柱より」SFマガジン2021年8月号からの再録。この時小生は個人人気カウンターで2位にしている。「探偵ナイトスクープ」で昔、「マネキンに恋する女」というのをやっていたが、あれのバリエーション。ある電信柱が大好きになった女。ナイトスクープのマネキンの女の方が異様さで優っていた。
「百年文通」傑作。机の引き出しが時空を越える。令和と大正がつながる。引き出しに入るモノしか時間を超えることができない。大正時代の少女と令和の少女が文通する。スペイン風邪と新型コロナ。スペイン風邪のまん延を防ごうとする令和の少女。百合SFの秀作である。
 いちおう大森の選択は及第点をやってもいい。ただし、なにか忘れ物感がある。満腹はしなかった。腹六分目といったところか。


果しなき流れの果に

2023年04月06日 | 本を読んだで

 小松左京       角川春樹事務所

 SFの一番の魅力は、大うそ、大はったりであると思う。小うそはすぐばれ、あほかいなと読者に思われる。とてつもない大きなうそ、いけしゃあしゃあと大真面目な顔して吹く大ぼらなら、読者はケムに巻かれてへへーと感心する。これをSFの業界用語でワイドスクリーンバロックという。この本の巻末で大原まり子が解説で、この作品は和製ワイドスクリーンバロックであるといってたが、まさにそのとおり。
 恐竜が跋扈する白亜紀。その恐竜を悩ませる音がする。洞窟の奥の方から聞こえてくるその音は金色の電話器が発する音であった。いきなりの強烈なつかみである。それから6000万年たった。葛城山の古墳から奇妙なモノが発掘された。それは砂時計。上から下へ砂が流れ落ちるが、上はいつまでたっても減らない。下はいつまでたっても増えない。
 それから悠久の時は流れた。軌道エレベーター上の研究機関。地球、火星など惑星の消滅。SFのガジェットを散りばめつつ話はだんだんでかくなる。かようなSFならではのストーリイとビジュアルの合間に、行方不明になった恋人をいつまでも待ち続ける女性。女性は故郷の中学の先生になって、待ちつづける。教員を退職し、すっかり老婆になった女性。葛城の山を見ながら日向ぼっこしていると、老人がやってきた。ハードSFのハードなところに、こういう抒情的なシーンを交える。このあたりの小松の、ハードと抒情のあんばいは小松ならではの味わいだ。このシーンなど涙さえ誘う。この作品は日本SFが生み出した大きな収穫の一つである。

SFマガジン2023年4月号

2023年03月15日 | 本を読んだで

2023年4月号 №756    早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 はじまりの歯   エマ・トルジュ 田辺千幸訳
2位 魔女たる女王になる方法 シオドラ・ゴス 原島文世訳
3位 タイムキーパーのシンフォニー ケン・リュウ 古沢嘉通訳
4位 イハイトの爪         津原泰水
5位 斜塔から来た少女       津原泰水
6位 Q市風説(斐坂ノート)    津原泰水

連載
戦闘妖精・雪風 第五部〈第6回 対話と想像(承前)〉 神林長平
マルドゥック・アノニマス(第46回)         冲方丁
空の園丁 廃園の天使Ⅲ(第16回)          飛浩隆
さやかに星はきらめき(第8回)            村山早紀
小角の城(第68回)                 夢枕獏
幻視百景(第42回)                 酉島伝法

津原泰水特集
 亡くなった津原泰水の追悼特集。こんな作家小生は知らぬ。SFマガジンが追悼特集を企画して掲載したのだからSFを書いていたと思われる。SFマガジンはSFあるいはSFと思われる作品を書いていた作家が死んだら、全部追悼特集するのか?もしそうでないのなら、どのあたりに線引きするのか。眉村卓さんが亡くなったときも追悼特集をした。あれは極めて当然だ。日本のSFを60年にわたって牽引してきた眉村さんと、この津原なる作家を同列に扱うのは、小生は納得がいかない。
 追悼特集がもう1本。追悼・鹿野司「サはサイエンスのサ」傑作選。小生はこの鹿野なるご仁は文章書きとして落第のらく印を押している
 
 

図書館の魔女

2023年03月10日 | 本を読んだで

高田大介        講談社

 ふうう。昨年の12月から読みはじめて、やっと読み終えた。足掛け2年。3か月もかかって読んだ本である。文庫本で4冊もある。
 異世界ファンタジーである。結論からいう小生の好みから外れた本であった。でも、こんな長時間かけて読めたのは著者高田の文章力があればこそだ。異世界ファンタジーというと壮大なロマンを期待するであろう。小生もそれを期待した。ことわっておくが、ロマンや叙事詩的なモノを求めてこの本をお読みになるつもりなら、おやめになった方がいい。そんなもんはこの本にはかけらもない。3ヵ月にわたる苦痛があなたを待っている。
 異世界ファンタジーというと、架空の土地が舞台である。その土地でどんな国をつくり、どんな人々をつくってもいいのである。ぱっと思いつくのはE・R・バローズの火星シリーズである。火星なるよく判らん土地(当時は)が舞台だから、どんな波乱万丈な物語をつくってもいいのである。
 大平原に展開する大軍勢。2大強国が国の存亡を賭けて、真正面から激突する。血の嵐が吹く大合戦が始まる。どうだ。ワクワクするだろう。
 高い塔の一番上の部屋に美しきお姫さまが捕らわれている。塔の入り口に立った、大だんびらをぶら下げた筋骨隆々の豪傑。姫を助けるには塔を登って行かなくてはならない。塔の中には摩訶不思議な魔法を使う魔道士。猛毒を持った毒蛇の群れ。それらの化け物を倒さなくては上の階に行けない。やっと姫を助けたら、火を吹く怪龍が襲ってきた。姫の衣装は怪龍の爪で引き裂かれてボロボロ。ほとんど裸の美しき姫を守りながら豪傑は怪龍と戦う。
 と、いうようなことは、この本には一切書かれていない。大軍勢が大平原で激突しない。血の雨は降らない。魔女と呼ばれる少女は出てくるが。魔法は使わない。姫ではない。主人公図書館の魔女ことマツリカは「姫」と呼ばれたら不機嫌になって怒る。可憐な少女だが、口がきけないし、手話で話す言葉はにくまれ口が多く、まったくかわいげがない。だいたいが魔女と呼ばれるが魔法なんてものはバカにしてる。膨大な蔵書量の図書館の管理責任者だが。「秘伝書」とか「魔道の書」なんて本はない。「秘伝」とか「魔道」なんてバカなもんはこの世にないという。
 では、図書館の魔女マツリカは何をするのか。一の谷、ニザマ、アルデシュの3国。一触即発の戦争の危機にある。マツリカは戦争を回避し和平を実現させる。武器はマツリカの口(彼女は口はきけない。実際にしゃべるのは通訳兼ボディガードの少年キリヒト)豊富な知識と洞察力を持っている。この小生意気な小娘にみんな味方してしまう。図書館の二人の司書キリンとハルカゼは元々は王宮と元老院から送り込まれたお目付けであったが、今はマツリカの忠実な部下。ニザマの天帝とかアルデシュの陸軍司令官といったエライ人もマツリカの味方になってしまう。
 このマツリカをロシアとウクライナに派遣すればいい。プーチンやゼレンスキーごときはいちころで説得されて、たちまち和平が実現する。なんなら胴乱の幸助のおやっさんもつけるで。