ある記憶

遥か遠くにいってしまった記憶たち

大地震

2007-11-12 21:17:40 | 
講義が終わりいつものように循環バスに乗り20分もすると僕が寄生する住処の最寄のバス停に着く。
その日も、回数券を払い、バスから降りようとした瞬間、世界が大きく動き出した。
一瞬めまいかと思ったが、やがて僕がおかしいのではなく目の前に広がる全てのものが、
本当に揺れていた。
電線やお店の看板や、家屋の屋根が、それこそグワングワンと音を立てて揺れている。
地震だ。しかも、経験したことも無いほどの巨大地震だ。そう思った。
実際、この地震は、地震の多いこの地方にも記録に残るくらいの大きな地震となった。
ブロック塀の下敷きになり死んだ人も出た。
バスは当然前に進まず、自動車も停止して動かない。道を歩いていた人々もなす術がない。
僕もその場にうずくまってしまった。
そんな大地震が、新しい生活のしょっぱなから僕の眼前に襲来した。

酷い地震だった。おかげでほぼ半年、アルバイトに事欠かなかった。
市内のデパートの中が瓦解し、それをかたずけるドカタの仕事。
電柱の強化作業、割れた道路の整備、復旧のための塗装工・・・・。
8時から夕方5時まで働いて当時5千円のバイト料が当時の学生の相場だった。
それに昼飯がつくとラッキーと言われた。
はっきり言って、楽ではなかったが、汗をかいて働くとはこういうことかと思った。
5千円を手に入れることの苦労を身をもって知った。

これをきっかけにいろんなアルバイトをした。半月余り遠い山奥のダム工事に行った。
新幹線のトンネル工事に1週間モグラと化した。泊りがけで親爺くらいの年の人たちと寝食をともにした。
なぜか半ば自棄になってそんな肉体労働に没頭した。自分の情けなさに自嘲しつつ。

特にお金が欲しかったわけでも無いのに、稼ぎに稼いで、30万円ほど蓄えが出来た。
やがて、400CCの中古バイクを買う原資となり、残りは酒に消えてしまった。

僕は肉体労働の貴重さを、汗水流して働くことの大変さを、身にしみて知ることとなった。
この一時時期を除いて、建築土木作業員の仕事をした事が無い。
世の中、そんなことをしなくても楽して数倍の金ををもらえる仕事が五万とあることをいずれ知る。けれども、そんな効率など、この頃、僕にとってどうでもよかったのである。
ただ、我を忘れて何かに没入したかっただけかも知れない。