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教権勢力がお父様の指示を受け入れることができなかった理由  (統一家の混乱の最終的収拾のためにⅨ 5-2)

2017-10-05 16:26:50 | 統一家の混乱の最終的収拾のために

 

 22009220日、教権勢力がお父様の指示を受け入れることができなかった理由

 

当時教会権力の中枢を握っていた教権勢力の立場からすれば、お父様から全服の信頼を勝ち得ている顯進様の世界摂理の成功は何としても阻止しなければならないことでした。と言うのは、それまでお父様の側近の位置を得、教会権力のほぼ全権を掌握してきた彼らにとってみれば、顯進様の存在は、それまで彼らが掌握していた教権の中で獲得してきた権益を脅かさざるを得ない存在と見えたからでした。

 

顯進様は、お父様の指示により1998年、世界平和統一家庭連合の世界副会長に就任以来、様々な改革を進めて来られました。そして教会組織の中にお父様の意に反した様々な腐敗や問題が露呈していました。そのような状況の中、個人の利権に走る幹部たちの姿を数多く見聞きして、その改革に乗り出しておられたのです。その改革の手始めは、教会組織の未来を担う青年二世たちの教育育成に尽力することからはじめられました。そしてその後は教会組織全般の改革も目指しておられたのです。一方お父様は2000年代に入り父子協助時代を宣布され、それまでご自分がなされてきた権限を全面的に顯進様に移譲する段階を踏んでいかれて、顯進様を全面的に支援して行かれました。

 

このような中、お父様のなさる最大の権限である祝福権もすでに顯進様に移譲されていました。さらにお父様はその教会経営の実権を一つ一つ顯進様に移譲されて行かれていたのです。そのような中で、お父様の権限移譲の最終的仕上げになるのが、全世界的な超宗教平和運動を通しての世界的平和運動の基盤確保であり、その基盤を通しての基元節でした。

その顕進様の世界的活動の基盤となっていたのが、南北のアメリカ教会でした。教権勢力幹部からしていれば、自分たちの権益を守るためには顯進様の超宗教平和運動は何としても阻止しなければならないものでした。

直接に顯進様を攻撃できない彼らは、顯進様の世界的活動の基盤であるアメリカ教会とその運営を司るアメリカ理事会を自分たちの都合の良いもにに変えることでした。

そのために利用されたのが、ちょうどお父様の信頼を得て世界総会長に就任していた亨進様とやはり韓国財団を司る立場にあった國進様であり、アメリカで祝司長の職分を与えられていた仁進様でした。子女様の中でお父様から全服の信頼を得てすべてのお父様の権限を委譲され、長子としての立場を固めて行かれていた顯進様に対して、何かしら減少感を感じる位置にいた子女様たちでした。

 

教権勢力はこれら真の家庭の子女様たちを前面に押し立てて、お父様と顯進様の父子協助体制を完全に覆す企みを進めて行ったのです。顯進様が南北アメリカ総会長職を遂行されるようになれば、顯進様が進めていた世界的摂理の成功は間違いないものとなり、誰から見ても顯進様が教会権力の上に立つ立場になることは間違いない状況になって行っていました。

 

真のお父様の全面的な信頼を得て、世界的摂理の最前線で歩んでいる顯進様を直接に排除したり攻撃することは出来ませんでした。そこで彼らは顯進様の活動基盤であるアメリカ教会の権限を奪取することを企んだのです。しかし、アメリカ教会のトップである総会長はお父様が人事されたものであり、またその総会長を支えるアメリカ理事会もまたお父様が決められたものでした。そうであるがゆえにお父様の目の黒い間は糧にこれらをどうこうできるものではありませんでした。

 

ところがそのことを実行できる絶好のチャンスがやってきたのです。それが、突然のヘリコプター事故でした。この事故のためにお父様は清心病院に入院を余儀なくされました。病院の閉ざされた空間の中で、お父様は世界的組織の動向を具に監督することが出来ない状態となりました。限られた側近幹部と、お母様はじめとした身近な家族のみが接することのできる環境となったのです。この時、世界会長の立場にあった亨進様が突然のアメリカ総会長人事を発令したのです。

勿論、お父様には一切内緒でした。突然の人事でアメリカ教会は騒然としましたが、当の顯進様は世界巡回の最中であり、突然の人事の情報をしり、アメリカ教会長に事の次第をただされ、そのころヘリコプター事故の障害からある程度回復されたお父様はアラスカにあったため、金ビョンファ会長アメリカ大陸会長夫妻をして、お父様に事の次第を確かめてもらったのです。

 

亨進様によるアメリカ総会長人事はお父様には一切相談も報告もないままにされた人事であったわけですから、お父様はそのことを知る由もなく、きっと怪訝な思いで「アメリカ総会長は顯進、仁進は祝司長だ!」とお答えになったに違いありません。その後顯進様はお父様に直接会われて、亨進様によるアメリカ総会長人事はお父様の許可なくされた誤った人事なので、本来の職分に戻すようにとの指示を出されました。ところがその指示を打ち消すために國進様がアメリカに渡ったのです。

お父様の意向を受けての顯進様の指示と、あくまで亨進世界会長の名による人事が正統だとする國進様の指示とアメリカ教会は混乱に陥りますが、ほとんどアメリカにはおられず世界を巡回されていた顯進様でしたので、実際に現地で采配を振るう仁進様の意向に当時のアメリカ教会は従わざるを得ない状況が続いていたのです。

 

この頃お父様は亨進様や國進様がお父様の意向に逆らい教権勢力の意向を受けて動かれていることをうすうす気づいておられたのでしょう。その後何度も亨進様と國進様には「兄を中心として一つになって行くように!」との訓示をお与えになっています。

 

それまで、教会権力を巧みに操ってその権益を恣にしてきた彼らは、それらの権益を守るためには、お父様から全服の信頼を勝ち得ている顯進様の成功を何としても阻止しなければならないと考えたのも当然かもしれません。

しかしその企ては、お父様の目と耳をふさぎ、お父様に真実を知らせることをせず、お父様を事実とは異なるつんぼ桟敷に置き、さらには偽りの報告をし続けることによってしか成し遂げることが出来なかったのです。

最早そこにはお父様への忠孝の思いも、人としての道理もありませんでした。口を開けば「お父様、お父様」いかにもお父様に忠誠を尽くしているかの如く装いながら、その実はお父様の生涯の夢を打ち砕き、神様の摂理を破綻させかねない事態を招く天宙史的な反逆となって行ったのです。