「しゃばけ」シリーズ第4弾。
相変わらず病弱な廻船問屋の若旦那と妖(あやかし)たちの人情推理ファンタジー。
でも、今回は、ミステリーっぽさが薄れて、もっと人物像が深まったという感じかな。
本書も連作短編集なわけで、前作、前々作に登場したおなじみの人物や妖が登場して、嬉しいことこの上なし。
「こわい」
お釈迦様でも恐れるという、弧者異(こわい)という妖。
妄執と執着の気で出来上がっているという弧者異に関われば、周囲は不幸になるという。
そんな弧者異のことを気にかける若旦那。
弧者異を弧者異たらしめているのは、その頑なさにあるのではないかしら。
受け入れられたいと願いながらも、それを受け入れられることは、彼にはやっぱりできないんじゃないかな。
「畳紙(たとうがみ)」
前作『ねこのばば』に収録されていた短編「花かんざし」に登場した、塗り壁もかくやという厚化粧のお嬢さんのお話。
厚化粧するのをやめたいのだけれど・・・という悩みを、なんと屏風のぞきが聞いてあげるのだ。
「動く影」
今でも病弱な若旦那も、小さいころはやっぱり病弱だった。
そんな若旦那と栄吉の幼き日の冒険譚。
「ありんすこく」
私はこの字面をみて「ありんこすくい」と読みました。。。
別にありんこの出るお話ではなく、花魁言葉の「~でありんす」+「国」のこと。
何?若旦那、吉原デビューですか?
え、駆け落ち?
うっそー!
「おまけのこ」
このシリーズが好きな人の多くは、鳴家という子鬼のことが大好きですよね。
そんな鳴家好きのための一作。
ある事件に巻き込まれて迷子になった鳴家の運命や如何に。
お椀の船に乗るのは、一寸法師ではなく子鬼。
子鬼の鳴き声に、うちの子だと言い切る若旦那が、
こんなに頼もしいと思ったことはありません。
感情のちょっとしたすれ違い、思い込みなどをやわらかいタッチで描いています。
その中にあって「おまけのこ」は一番事件性が高いかな。
「動く影」には、雲外鏡というアイテムが登場するんですけど、同じアイテムを使っても、京極夏彦とはずいぶん違いがあるなぁと思いました。
まあ、京極夏彦の場合は、本当に妖怪が登場するわけではないですからね。
装丁もいつものごとくかわいらしく、物語に沿ったもので、眺めているだけで楽しくなります。
見てよし、読んでよし、人気があるのも頷けます。
おまけのこ
相変わらず病弱な廻船問屋の若旦那と妖(あやかし)たちの人情推理ファンタジー。
でも、今回は、ミステリーっぽさが薄れて、もっと人物像が深まったという感じかな。
本書も連作短編集なわけで、前作、前々作に登場したおなじみの人物や妖が登場して、嬉しいことこの上なし。
「こわい」
お釈迦様でも恐れるという、弧者異(こわい)という妖。
妄執と執着の気で出来上がっているという弧者異に関われば、周囲は不幸になるという。
そんな弧者異のことを気にかける若旦那。
弧者異を弧者異たらしめているのは、その頑なさにあるのではないかしら。
受け入れられたいと願いながらも、それを受け入れられることは、彼にはやっぱりできないんじゃないかな。
「畳紙(たとうがみ)」
前作『ねこのばば』に収録されていた短編「花かんざし」に登場した、塗り壁もかくやという厚化粧のお嬢さんのお話。
厚化粧するのをやめたいのだけれど・・・という悩みを、なんと屏風のぞきが聞いてあげるのだ。
「動く影」
今でも病弱な若旦那も、小さいころはやっぱり病弱だった。
そんな若旦那と栄吉の幼き日の冒険譚。
「ありんすこく」
私はこの字面をみて「ありんこすくい」と読みました。。。
別にありんこの出るお話ではなく、花魁言葉の「~でありんす」+「国」のこと。
何?若旦那、吉原デビューですか?
え、駆け落ち?
うっそー!
「おまけのこ」
このシリーズが好きな人の多くは、鳴家という子鬼のことが大好きですよね。
そんな鳴家好きのための一作。
ある事件に巻き込まれて迷子になった鳴家の運命や如何に。
お椀の船に乗るのは、一寸法師ではなく子鬼。
子鬼の鳴き声に、うちの子だと言い切る若旦那が、
こんなに頼もしいと思ったことはありません。
感情のちょっとしたすれ違い、思い込みなどをやわらかいタッチで描いています。
その中にあって「おまけのこ」は一番事件性が高いかな。
「動く影」には、雲外鏡というアイテムが登場するんですけど、同じアイテムを使っても、京極夏彦とはずいぶん違いがあるなぁと思いました。
まあ、京極夏彦の場合は、本当に妖怪が登場するわけではないですからね。
装丁もいつものごとくかわいらしく、物語に沿ったもので、眺めているだけで楽しくなります。
見てよし、読んでよし、人気があるのも頷けます。
おまけのこ
私めのブログにコメントありがとうございました。
鳴家、かわゆいですよねーvvvvv
柴田ゆうさんの挿絵も可愛らしくて、ほのぼのしますね。
全てに共通することですが、目に見えるものだけが「真実(ほんとう)」じゃないんだなーと。
事実はひとつでも、それぞれに感じるものが違い、それがその人にとっての真実である、というようなことだったと思います。
「しゃばけ」シリーズは、わりと感情のすれ違いという、ちょっとしたことに焦点があたっていますよね。
栄吉に菓子職人として立派になってもらいたい若旦那の気持ち。
それを嬉しく思いながらも、それを受け入れない栄吉。
栄吉さんは立派ですね。
いい男になりました。
弧者異のことを受け入れたい若旦那と、それを受け入れられない弧者異のすれ違いもそうですね。
それぞれに真実がある、そのように感じます。