くろにゃんこの読書日記

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鏡は横にひび割れて アガサ・クリスティー

2007年04月09日 | ミステリー 海外
私が中学生時代に読もうとして、途中で投げ出してしまったマープルは、
なにを隠そう「鏡は横にひび割れて」なのです。
マープルは耄碌したおばあさんだし、活力があんまり感じられない。
長年マープルを愛読んでいる読者なら、そこにマープルの他のシリーズとの違いや晩年の魅力を見出すところなのだけれど、中学生の子どもには理解しがたいところですよね。
読めなかったのも当然だったなぁと思いますが、その頃に無理に読んで、
マープル嫌いにならなくて良かったと思いました。
読めなかったら放り出すのというのも、大事なことだったのですね。
後々、面白く読める可能性を残しているんですから。

鏡は横にひび割れぬ
「ああ、呪いはわが身に」と、
シャロット姫は叫べり。

これは、ヴィクトリア朝を代表する詩人、テニスンの「レディ・オブ・シャロット」の一節。
数多いアーアー王伝説のなかの一つですが、アーサー王伝説を幾つか読んでいる私も、あれ、どんな話だったっけ、読んだ記憶があるようなないような、はっきりと思い出せない。
というわけで、調べました。

シャロット姫は川の中にある島に暮らしていました。
川向こうには騎士達が集うキャメロット城が見えました。
シャロット姫はある嘆きを耳にします。
「それは、ある呪いが姫に降りかかるとのこと。
  姫がじっとキャメロットを見下ろし続けるならば」
織物を織って毎日を過ごすシャロット姫。
鏡にうつる情景を通して、キャメロットへ続く道を見続けるシャロット姫は、
織物にその模様をを写しとるのでした。
ある日、ランスロット卿の輝かしい姿が鏡に映し出されます。
キャメロットへ向かう道すがら、川のほとりで「ティラ・リラ」と歌うランスロット。
織物の手を止め、3歩踏み出すシャロット姫。
花咲く水練と、兜と羽飾りが姫の目に映りました。
姫はキャメロットを見下ろします。
とたんに、織物は飛び散り、鏡は端から端までひび割れます。
嵐ぶくみの東風と激しい雨に見舞われているのはキャメロット城。
柳の木の下にあった小船のへさきに「レディ・オフ・シャロット」と書き、
「顔には表情ひとつとてなく」キャメロットの方をみやります。
小船に身を横たえて船出するシャロット姫。
最後の歌をうたいつつ。
塔やバルコニーの下、庭の堀や回廊を通り過ぎ、
シャロット姫はとうとうキャメロットへ入っていきます。
蒼ざめた死者として。

前置きが長くなりましたが、本題に入りますと、このシャロット姫が受ける呪いを受け、船出しなければならなかったその心境を味わう女性が登場します。
あ、ネタバレですね。
どう考えても犯人はある1人を指しているにも関わらず、動機がはっきりせず、なかなかそこに辿り着けないので、かなりフラストレーションが溜まります。
それもこれも、何人もの目撃者がいるのに、それらの証言があやふやで、肝心なところはしっかりと著者によってぼかされているところにあります。
でもね、そのぼかされている部分を最初に明かしてしまったら、
やっぱりこのミステリーは成り立たないのですよ。
特に、女性はピンときちゃいます。
これは、女の領域ですね。
子どもに対する執着なんかも、女性にしかわからないかもしれません。
自分の子どもを切に願い、幸せな家庭を夢見る女性。
養子をもらい、幸せな母親を演じる彼女は、自分が妊娠するやいなや、
養子には興味をなくしてしまう。
やがて生まれた赤ん坊が健康でないとわかれば、その子どもを直視することができない。
そんなひどい女だけれも、何故か男性は献身的に守ってあげたくなるらしい。
騎士のように。
殺害される女性も、ある意味、彼女に似ていなくもない。
ミス・ナイトも。
親切だけれども、思いやりに欠け、自分しか見ていない。

「レディ・オブ・シャロット」は、フェミニズム的にみると、どれだけ女性を家に縛り付けておきたかったかということになるらしいですが、女性であることが鍵になるこのミステリーに「レディ・オブ・シャロット」を引用したクリスティは、女性が昔とは違った生活をしていようとも、女の領域は変わらないということを知っていたのでしょう。
「復習の女神」の後に「Woman's Realm」が書かれる予定だったようですが、「鏡は横にひび割れて」は、まさに女の領域にあるミステリーだと私は思います。

鏡は横にひび割れて




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12 コメント

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インパクトがありました (ぱいぽ)
2007-04-11 21:39:12
ミス・マープルがお年を召し、セントメアリミードも変化しつつあるというところがなじめないところはありましたが、あの女優の動機はインパクトがありました。あれで、初めてそういうことがあると知ったと思います。(中学生のころだったかな)確かに女の領域のミステリーですね。
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女の呪い (くろにゃんこ)
2007-04-12 07:38:09
私がその事実を知ったのは、中学校の家庭科の授業だったと思います。
中学3年生のとき、女子は必ず予防接種を受けましたよね。
そんな懐かしい記憶も呼び覚まされました。

テニスンというのは、ヴィクトリア朝の詩人で、ヴィクトリア朝といえば、古風な女性観が確立されていた時代です。
それはマープルの時代でもあり、マープルのような独り身の女性は珍しいことではありません。
家庭内である程度の役割が決まっていたのですね。
マリーナは、子どもがいる家庭を夢見ていたわけですが、そうならねば幸せになれないという強迫観念は、古風な時代の名残であるといえるでしょう。
マリーナには、呪いがかかっていたのですよ。
ヘザーと出会い、その事実を知った瞬間、鏡は横にひび割れたわけです。
だからといって、私はマリーナを好きにはなれませんが。
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アガサ・クリスティ (ローズマリー)
2007-04-12 15:11:22
私もマープルは中学の時。短編を一冊だけ読みました。何となくポアロよりとっつきやすかった。
当時のミステリガイドの長編ベストテンに「そして誰もいなくなった」が入っていて早速トライ。それまで子供向きのルパンホームズくらいしか知らなかったので、恐ろしい展開とラストの謎解きに唸った記憶があります。上手にマザーグースが使われていて、そのとおりに人が死んでいくんです。
これは面白そうですね。シャロット姫の伝説がどのように使われているんだろうな。久々にミステリを読みたくなりました。
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それは (くろにゃんこ)
2007-04-12 21:44:19
「火曜クラブ」のなかの一つではないでしょうか。
あれは、読みやすいし、とっつきやすいですね。
初めて読むマープルがそれだったら良かったのに、なんで「鏡は横にひび割れて」を手にとってしまったのか。
多分、この魅力的なタイトルのせいでしょう。
「そして誰もいなくなった」は私も中学生の頃に読みました。
あまり記憶には残っていないのですが、映画化されたものも同じ頃にTV放映していたものを観たと思います。
ブックオフで購入済みなので、近いうちに読むかもしれません。

「レディ・オブ・シャロット」は、ウェブで調べてただけでは飽き足らず、岩波文庫「テニスン詩集」を今日図書館で借りてきて、早速読みました。
この文庫は対訳なので、原文の韻律の美しさも一緒に楽しめます。
記事も書き換えました。
ゴットフリートの「トリスタンとイゾルデ」も借りてしまい、オトメな気分に浸りつくそうかと思ってます。
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そして誰もいなくなった (ぱいぽ)
2007-04-14 08:50:12
映画と結末が違うということを聞いたことがあります。この本、わたしはとてもバカなことをしてしまって思い出に残っています。
それは…最初に最後の方のページを見てしまったことです。…やってはいけない本でやってはいけないことをしてしまいまいた(^^ゞ
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クリスタル殺人事件 (しおね)
2007-04-14 14:30:00
このタイトルで映画になっていますが、ぴんときませんね。エリザベス・テイラーが女優の役だったような・・・テレビで見たんだったと思います。
ところで4月から公民館主催の「英国文学講座」へ参加することになりました。
シェイクスピアのソネットから始まります。テニスンも何回かあるようです。
シェイクスピア以前は3月までだったんですが時間の都合がつかず参加できませんでした。ちょっと楽しみにしているんですよ。
シャルロット姫は「赤毛のアン」にも出てきますよね。アンがシャルロット姫になって小船で流されていくと浸水してしまって宿敵ギルバート・ブライスに助けられるエピソード。
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ぱいぽさま (くろにゃんこ)
2007-04-15 07:56:15
あはは。
それは、悲しい思い出ですねえ。
ミステリーを読むなら、最後は大事にとっておきたいところですが、映画と小説の差が気になって、最後を先に読みたくなる気持ちも分からないではないですね。
クリスティーは、ミステリーの部分だけじゃなく、+αの部分も面白い作家なので、結末が分かっていたとしても楽しめるのではないかしら。
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公開講座 (くろにゃんこ)
2007-04-15 08:15:43
私も図書館の公開講座に、昨年始めて参加してみましたが、とても面白かったし、勉強にもなりました。
図書館の公開講座は、10講座くらいあるなかで、自分の参加したいテーマの講座だけでも受けられる自由参加型のものです。
ほとんどが日本文学なのですが、海外文学も3講座くらいはあり、ご近所に日本大学があるおかげで、日本大学の先生が講座を受け持ってくださいます。
私が昨年受けた講座はホーソーンとギリシア文学でした。
しおねさまの受ける「英国文学講座」は、本格的で面白そうですね。
羨ましいなぁ。

「赤毛のアン」だったのか~。
シャロット姫、どこかでなにか読んだと思っていたんですよ!
覚えてます、覚えていますよ、小船転覆事件。
テニスンの「レディ・オブ・シャロット」を実際に読んでみると、アンが真似をしたくなる気持ちが、よくわかります。
年齢に関係なく、乙女心をくすぐられます。
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Unknown (つな)
2009-05-10 23:40:06
くろにゃんこさん、こんばんは。
おお、シャロット姫って、赤毛のアンの例のシーンなんですね!
私もどっかで聞いたことあるなぁ、と思ってたんですが・・・。

私も色々ぶつぶつ言っちゃいましたが、中学生にこれはちょっと厳しいですね。笑
でも、仰る通り、大人になって楽しめるようになって良かったですよね。
>女性が昔とは違った生活をしていようとも、女の領域は変わらないということを知っていたのでしょう。
うーん、確かに!
華やかな暮らしをしているであろう女優であっても、田舎の町であっても暮らしは変わらず、古くても新しくても、人間の暮らしや思いはそうは変わらない。
クリスティの描く心理は普遍的で、だからこそ今でも楽しめるのでしょうねえ。
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赤毛のアン (くろにゃんこ)
2009-05-11 12:21:01
「赤毛のアン」は中学生の時に、そりゃあむさぼるように読みました。
ところどころしか覚えていませんが、アニメでもあの小船事件はありましたよね。
そういえば、アンも最初は不幸な出産でした。

マープルシリーズはギリシア悲劇に影響を受けていると私は感じるのですが、人間心理の普遍性はまさに悲劇に通じるものではないかと思います。
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