ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

正期産児に出生直後に行う「カンガルーケア・ガイドライン」

2010年01月17日 | 周産期医学

カンガルーケア(赤ちゃんを母親の乳房と乳房の間に抱いて、裸の皮膚と皮膚を接触させながら保育する方法)は、1970年代に南米コロンビアで低出生体重児に対する保育器不足対策として開始されました。1980年代より欧米で、日本でも1990年代より新生児集中治療室(NICU)の中で行われるようになりました。最近では、規模の大きな病院のほか、産科のクリニックなどにも急速に広がって、正期産児の出生直後にも広く実施されるようになりました。カンガルーケアのメリットとしては、母乳の分泌が促進されたり赤ちゃんの不安が和らいだりして、母子の絆を深める効果があるとされています。しかし、正期産児の出生直後のカンガルーケア中に児が急変して、児の死亡や重大な脳の障害が残るなどの深刻なトラブルも起こっています。

信州大学医学部保健学科の坂口けさみ教授らが、カンガルーケアに関して、全国産科施設へのアンケートを実施し、そのアンケート結果を日本周産期・新生児医学会集会(第28回周産期学シンポジウム、京都、2009年1月16日)で発表しました。そのアンケート結果(2008年、産科医療機関1124箇所、有効回収率40.7%)では、カンガルーケアは、現在、産科施設の70%に導入されていたとのことです。「児に何らかの異常が出現して、カンガルーケアを中断したことがある」と回答した施設も予想以上に多かったとのことです。

また、同シンポジウムで倉敷中央病院小児科の渡部晋一主任部長が、カンガルーケア中の児の急変に関する全国NICUへのアンケート結果を発表しました。出産直後のカンガルーケア中に児が急変して心肺蘇生を要した事例の報告がありました。その講演の中で、現在検討されているカンガルーケア・ガイドラインが紹介されました。

参考記事:カンガルーケアで安全指針

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根拠と総意に基づくカンガルーケア・ガイドライン(カンガルーケア・ガイドライン ワーキンググループ編、メディカ出版、2009年11月25日発行、p25)より引用

トピック③
正期産児に出生直後に行う「カンガルーケア」

健康な正期産児には、ご家族に対する充分な事前説明と、機械を用いたモニタリングおよび新生児蘇生に熟練した医療者による観察など安全性を確保(※注6)した上で、出生後できるだけ早期にできるだけ長く(※注7)、ご家族(特に母親)とカンガルーケアを実施することが薦められる。 【推奨グレードB】

※注6 今後さらなる研究、基準の策定が必要です。

※注7 出生後30分以内から、出生後少なくとも最初の2時間、または最初の授乳が終わるまで、カンガルーケアを続ける支援をすることが望まれます。

(以上、引用終わり)

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日本周産期・新生児医学会集会(第28回周産期学シンポジウム)抄録号(学会誌第45巻別冊、平成21年12月発行)、p14より引用

分娩室における出産直後のSTS (skin to skin)
の安全性について

倉敷中央病院小児科 渡部晋一、西田吉伸、久保田真通、徳増裕宣、大野智子

 出産直後の分娩室で母児接触を図るための抱っこ(skin to skin;STS)は、カンガルーケア(以下、STS)という呼称で広く行われている。当院NICUに出産直後のSTS中の急変で収容された3例を報告するとともに、全国NICUへのアンケート結果を踏まえ、出産直後のSTSの留意点について検証した。
【症例】 症例1:在胎37周5日、2698g、AS9/9点で出生。生後8分STS開始。人的・機械的モニタリングなし。生後43分呼吸停止、徐脈。蘇生後、当院搬送入院。植物状態で療育センターに転院。 症例2:在胎39周6日、3430g、吸引分娩で出生。AS1分値9点。出生直後STS開始。人的・機械的モニタリングなし。生後40分全身チアノーゼあり、当院搬送。植物状態で日齢585に転院。 症例3:在胎40週1日、自然経腟分娩で出生。AS1分値9点。生直後STS開始。人的・機械的モニタリングなし。全身チアノーゼあり、当院搬送入院するも永眠。病理解剖でTAPVRと診断。
【対象と方法】 新生児医療連絡会加盟205施設に対して、出産直後のSTS中の急変例の収容経験についてアンケートを実施した。収容経験がある施設には、出生場所、胎児仮死の有無、アプガールスコア、人的・機械的モニタリングの有無、発症場所、姿勢、転帰、後遺症の有無など二次アンケートを実施した。
【結果】 STS中に急変した児の収容経験12施設、16症例(回収率78.3%)。内、二次アンケート結果から、詳細不明例を除く14症例について検討した。出産場所は開業産科4例、総合病院9例、助産院1例。胎児仮死あり4例、無し10例。AS1分値9.00±0.55、AS5分値9.18±1.47、人的・機械的モニタリングあり3例、無し10例、不明1例。心肺停止5例、呼吸停止5例、チアノーゼ4例。姿勢は水平9例、ファウラー3例、不明2例。11例で蘇生を要し、6例で気管内挿管、5例で胸骨圧迫を必要とした。死亡例は2例。生存12例中7例に神経学的後遺症あり。
【考察】 STS中の急変例14例中、人的・機械的モニタリングをしていた3例ではすぐに異変に気付かれ、神経学的後遺症はない。一方、モニタリングのなかった10例中2例が死亡し、5例に重篤な神経学的後遺症を認めた。また、14例中9例はSTS中の姿勢は水平位で、SIDS、ALTEとの関連も考えなくてはいけない。産直後のSTSでは、水平位にしない、人的・機械的モニタリングを行うなどの配慮が必要と思われる。これらの事例を踏まえ、第12回カンガルーケア・ミーティングにおいてガイドラインが発表された。ガイドラインを示す。
「健康な正期産児には、ご家族に対する充分な事前説明と、機械を用いたモニタリングおよび新生児蘇生に熟練した医療者による観察など安全性を確保した上で、出生後できるだけ早期にできるだけ長く、ご家族(特に母親)とカンガルーケアを実施することが薦められる。」 〔推奨グレードB〕
【結語】 出産直後のSTSは推奨されるべきである。ただし、しっかりした事前説明と安全性を確保した上で行われる必要がある。

(以上、引用終わり)

AS(Apgar score): 新生児の状態を評価する基準。出生後、1分後と5分後を測定する。1分後の値は、出生前の状態を反映し、5分後の値は、出生後の予後を反映する。

点数 0点 1点 2点
様子 全身チアノーゼ 末梢チアノーゼ 全身ピンク
心拍数 0 100未満 100以上
刺激反応 無反応 顔をしかめる 強く泣く
筋緊張 だらんとする 四肢を軽く曲げる 四肢を屈曲する
呼吸 自発呼吸なし 不十分な自発呼吸 十分な自発呼吸

0~3 4~6 7~10
重症仮死 軽症仮死 正常
人工換気 蘇生術 通常

TAPVR (total anomalous pulmonary venous return) 総肺静脈還流異常症: すべての肺静脈が左房へ直接帰らず、右房に帰る先天性心疾患。全先天性心疾患の1%。

SIDS(sudden infant death syndrome) 乳幼児突然死症候群: 何の予兆もないままに、主に1歳未満の健康にみえた乳児に、突然死をもたらす疾患。アメリカ小児科学会は1992年に、SIDSの発生率は、乳児を仰向けに寝かせることで有意に減少させられるという声明を発表した。日本小児科学会でも、健康な乳児は仰向けに寝かせることを推奨している。 「うつぶせに寝かせない」の他、日本小児科学会が推奨する予防法は、「乳児の近くで喫煙しない」、「妊娠中に喫煙しない」、「乳児に過度に服を着せたり、暖めすぎたりしない」などであり、これらの積極的な実行によって死亡率が有意に減少することが明らかになっている。 しかし、これらの予防策によって確実にSIDSを予防できるものではない。

ALTE(apparent life threatening event) 乳幼児突発性危急事態: 生後まもなくの乳児が、予兆も既往症もないにもかかわらず突然呼吸や心拍に異常をきたし、生命を脅かされるような状態になること。特に死因が特定できないものを指す。一般的にはSIDSのうち、死亡に至らなかったケースがALTEであると考えられている。研究者によっては、SIDSとALTEを別の疾患と考える場合もある。SIDSと同様うつぶせ寝の禁止や母親による母乳の授乳などの対策が効果的と考えられている


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