ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

胎便吸引症候群(MAS)

2011年05月08日 | 周産期医学

meconium aspiration syndrome

[定義] 胎便吸引症候群(MAS)は、胎内あるいは出生直後に、児が胎便により汚染された羊水を気道内に吸引することで生じる呼吸障害である。

[症状]
・ 多くは胎児機能不全(NRFS)、新生児仮死を伴い、羊水混濁を認める。
・ 出生直後から多呼吸、チアノーゼを呈し、胸郭は著しく膨隆する。
・ 重症例では、化学性肺炎、気胸、新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)を併発する。

[発生機序]
・ 成熟した胎児が低酸素状態となると、迷走神経反射により腸管蠕動運動の亢進と肛門括約筋の弛緩が起こり、羊水中に胎便を排出し、羊水が混濁する。

・ 胎内で低酸素状態のために起こるあえぎ呼吸、または出生時の第一呼吸で、児が胎便汚染羊水を気道内に吸引すると、胎便による肺サーファクタントの不活化や気道閉塞と炎症が生じ、呼吸障害が引き起こされる。

[頻度] 羊水への胎便排泄(羊水混濁)は分娩の10~15%でみられる。胎便を排泄した児のおそらく5%が分娩中にその胎便を吸引し、MASを発症する。少ない量の羊水から分娩された過期産児では、あまり希釈されていない胎便が気道閉塞を起こす傾向があるため、症状はより重度となる可能性が高い。

[発症時期] 在胎36週以前では排便反射が確立されていないため、早産児には少ない。正期産児、特に過期産児にみられることが多い。

[診断]
・ 症状: 羊水混濁、出生直後の呼吸障害が存在する。
・ 気管内吸引により胎便が証明されれば診断が確定する。
・ 尿中のビリベルジン(胎便由来の色素)を証明する。
・ 胸部X線の異常所見: 気道に吸引された胎便による全肺野の炎症像を認める。

Masxp

[治療]
生理食塩水(あるいは肺サーファクタント製剤)による気管内洗浄を実施する。
・ 呼吸障害に対して、酸素投与あるいは人工換気を実施する。
・ 中枢神経障害に対しては、抗けいれん薬、鎮静薬を投与する。
・ PPHNに対して、一酸化窒素吸入療法、ECMOを必要とする場合がある。

****** 問題

 出生直後の新生児、41週5日、3200gで出生した。分娩時間第Ⅰ期14時間、第Ⅱ期1時間40分。羊水混濁があり、胎盤は黄染していた。臍帯動脈血pH 7.25。Apgarスコア5点(1分)、7点(5分)。泣き声が弱く、軽度のチアノーゼを認めた。口腔内を吸引し、酸素を投与したところ、チアノーゼは改善し泣き声も強くなった。約10分後、再びチアノーゼと多呼吸が出現した。聴診上、心雑音はないが、呼吸音は両側とも減弱している。
 まず行うべき処置はどれか。
a 足底叩打       b マスクによる人工換気
c 気管内洗浄      d 人工サーファクタント投与
e アシドーシスの是正

****** 

正解:c

正期産、胎便、新生児仮死、チアノーゼ、呼吸障害などより、MASの診断は容易である。まず気管内洗浄を行う。
a. 仮死で自発呼吸が全く出ない場合に足底叩打することがあるが、本症例では無意味である。
b. MASの場合、まず気管内洗浄を行ってから人工換気を行わないと、胎便を抹消気道に押し込むことになり、かえって事態を悪化させることになる。
c. 気管内洗浄後に人工呼吸管理をすることが多い。
d. 人工サーファクタントを用いて気管内洗浄する施設もあるが、まず行うべき処置としては不適切である。
e. アシドーシスの是正も結果的に必要となることが多いが、まず行うべき処置ではない。 


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5 コメント

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[発生機序]について (風邪ぎみ)
2011-05-08 09:47:09
「・ 成熟した胎児が低酸素状態となると、迷走神経反射により腸管蠕動運動の亢進と肛門括約筋の弛緩が起こり、羊水中に胎便を排出し、羊水が混濁する。」

と書かれていますが、Williamsには、羊水混濁の原因は、そうした低酸素血症ではなく、現在では正常胎児成熟の結果である、と書かれ、しかもそれに続けて、わざわざ、「しかしながら、現在でもなお世間的には児の経過が良好ではない指標とされている」と記載されています。

つまり羊水混濁の原因は低酸素血症でもなんでもなく、ふつうの児成熟の結果であるようです。

問題はその状態で低酸素血症が起こった場合胎内で「あえぎ呼吸」が起こり、大量の混濁羊水を吸い込んでしまうことで、それが物理的・化学的にMASにつながってしまうことになります。

・・ということは、全ての特に過熟児などMASリスクのある(?)症例では、「あえぎ呼吸」につながる偶発的な「低酸素血症」の発生を何としても予防しなければならないことになります。

しかし、ふつうの分娩管理のやり方を考えてみると、特に問題が無ければ、モニタリングを行い、その結果で「低酸素血症」を疑わせる(診断できる)所見が確認された場合、つまり何らかの「低酸素血症」が生じた場合に急速遂娩を行う、というプロセスが一般的になります。

ところがMASの機序から考えると、その時点ではすでに「あえぎ呼吸」は起こっている可能性があるわけで、MASを防止するためには、そうしたふつうの産科管理とは違った診断管理プロセスが必要なことになります。

つまり、「あえぎ呼吸」の起こる前、すなわち分娩管理以前の娩出(選択的予防帝王切開)ということになります。

またサンプル問題症例についても、

1)この症例のMASを防止するためには、この軽度仮死といわれている分娩前モニタリング所見がどの程度のものであったのか?それは急速遂娩を要するものであったのか?

2)出生後羊水混濁の判明した時点で、啼かせるべきだたのか?先に喉頭展開して混濁羊水を吸引すべきであったのか?

といったことが問題になるように思います。

そうしたこと全体を含め、産科医がどこまでMAS防止を考えて分娩管理を組み立てるべきなのか?

いったいMAS防止に関してどこまで産科医は役割を果たせるのでしょうか?

他に合併症のない予定日超過の症例などで、「MASになる可能性が高いので、誘発による試験分娩は行わずに、予防的帝王切開をお勧めします」といった症例はどの程度あるのでしょうか?


先生のご意見ご教示をお願いしたく思います。
貴重なコメントありがとうございました。「胎便に... (管理人)
2011-05-08 18:35:24
新生児蘇生法ガイドラインのコンセンサス2005では、出生直後にチェックする4項目の中に「胎便による羊水混濁」があり、羊水混濁があれば、MAS予防のために自発呼吸開始の前に気道吸引を実施することになってました。

しかし、気道吸引してもMASの防止ができるというエビデンスが乏しいことから、今回のコンセンサス2010では、出生直後の評価項目から「胎便による羊水混濁」は除外されました。

ほとんどの場合、MASは出生時にはすでにできあがっているので、出生直後の処置でMASを予防することは期待できないということだと思います。

MASの発生頻度が、羊水混濁例(10~15%)の5%程度とすれば、分娩全体の0.5%程度と考えられます。

分娩前の産科管理でMASの発症率を下げることが難しく、MAS発症の予測や予防も困難だとすれば、出生直後からの児の呼吸状態の観察を慎重に行い、MASを発症した症例においては、速やかに新生児科医に診て頂く体制を整えておくことが重要だと思います。

コンセンサス2010に基づく新生児蘇生法テキストが発刊されたのが今年1月ですから、現在、私の手元にある日本の産科学や新生児科学のテキストは未だコンセンサス2005に基づいた記載になってます。ほとんどのテキストで、羊水混濁例ではMAS予防のために出生直後に気道吸引を実施すべきと記載されてます。1年ほど前に書いたこのブログの記載でもそのようになってましたので、今回その部分の記載は削除しました。
早速にコメントありがとうございました。 (風邪ぎみ)
2011-05-08 21:27:25
私の聞いた話で、MASによるCPで訴訟になったケースがあります。その話を聞いていると、いくら羊水混濁自体は胎内ジストレスの結果ではなくとも、それを「あえぎ呼吸」で吸い込んだ原因はモニタリングの診断ミスに帰着されて、(半ば結果論的に)産科医は苦しい立場に立たされたようです。(最終結果は知りません)

産科医になったノイヘレンの頃には、
「お産は基本的に経膣分娩、帝王切開はきちんとした要約と適応を満たしていること、分娩は待つのが基本」と嫌と言うほどたたき込まれてきました。
帝王切開がたまにあると、どんな適応だったのか?、要約は満たしていたのか?と教授回診でさんざんしぼられました。

そんな時の帝王切開選択を切り抜ける「伝家の宝刀」が「胎児ジストレス」でまだモニターのない時代、トラウベで「555でした」と言えば、「仕方ないな」で済んでました。

MASの場合に辛く思うのは、基本的に経過を見ていて(もちろんモニタリングは付けていて)、胎児ジストレスと診断して緊急帝王切開を行っても、その時点ですでにMASの病態機転は完成している可能性が高いということです。つまり、分娩開始→モニタリング→ジストレス診断→(急速遂娩)緊急帝王切開、という一般的な産科管理のカスケードではMASは理論的には防げないということになります。

ふつうであれば(MASがなければ)軽度仮死で十分に回復してインタクトサバイバルしているケースでもMASの合併により、それは分娩前のモニタリングに責が求められるとすれば、「やってられないよ」ということになります。

私自身がそうした陥穽に陥ることがないように祈ってますが、いつも羊水混濁児が生まれるたびにゾーッとしてます。

ちなみに、赤ちゃんは嬰児(みどりご)ともいいます。胎便の緑色に染まって生まれてくる児をそういうのかなと思っていましたが、嬰児の嬰は「新しい」という新芽のような意味で使われるそうです。

質問したいのですが、なぜ、満期産児や過期産児に... (なる)
2012-01-18 14:45:08
早産児にも起こりうる話もきいたんですが、なぜ、満期産児や分娩前にに起こりやすいのか聞きたいです。
興味深く読ませていただきました。 (もも)
2012-07-20 16:07:47
突然の質問で失礼いたします。
先日、我が子が胎便吸引症候群で亡くなりました。入院したのが土曜日だったため、月曜日の朝一に陣痛促進剤を投与し、一度心拍が100台に低下し、その後、元に戻ったのですが、夕方に30台まで低下し、緊急帝王切開となりました。
土曜日の入院時には羊水が汚濁していたことは、わかっていたそうなのですが、通常は汚濁していても心拍に変化がなければ通常分娩で出産するものなのでしょうか?
汚濁が認められた時点で、帝王切開ということはないのでしょうか?
ちなみに41週目で体重は4キロ近くありました。
よろしくお願いいたします。

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