ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

新型インフルエンザで今行われている封じ込め対策は有効なのか?

2009年05月12日 | 新型インフルエンザ

検疫とは、特定の国や施設に出入りする人、輸出入される動物や植物及び食品等を一定期間隔離した状況に置いて、伝染病の病原体などに汚染されているか否かを確認することです。

検疫を意味する英語のquarantineは、イタリア語のヴェネツィア方言quaranti giorni (40日間の意)を語源としています。これは1347年のペスト大流行以来、疫病がオリエントから来た船より広がることに気づいたヴェネツィア共和国当局では、船内に感染者がいないことを確認するため、疫病の潜伏期間に等しい40日の間、疑わしい船をヴェネツィアやラグーサ港外に強制的に停泊させるという法律があったためです。

日本における検疫の手続は検疫法(昭和26年6月6日法律第201号)などの法令によります。検疫法は国内に常在しない感染症の病原体が国内に侵入することを防止することなどを目的として制定されているものです(検疫法第1条)。

検疫感染症とは、日本に常在しない感染症のうち、検疫法に規定され、検疫所が行う検疫の対象となるものです。流動的な事態への対処のために、その他の法律や政令によって特定の個々の疾患の追加等ができるよう含みをもたせています。具体的には現在、それらは「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に示された一類感染症であるエボラ出血熱、クリミア‐コンゴ出血熱、ぺスト、マールブルグ熱、ラッサ熱、痘瘡、南米出血熱の7種類とマラリア、デング熱、鳥インフルエンザおよびその他の新型インフルエンザ等感染症となっています。

現在、日本では新型インフルエンザA(H1N1)に対する徹底した封じ込め対策が行われ、機内検疫、隔離、停留などの措置が実施され、毎日大々的に報道されています。しかし、現役の厚労省検疫官が、今の政府の封じ込め対策を批判している記事がインターネット上にありましたので転載させていただきます。

****** m3.com医療維新、2009年5月11日

新型インフルエンザ

「今の状況は政府が招いたパニック」
―厚労省検疫官・木村盛世氏に聞く

「大本営発表」を繰り返す厚労省、
医療者からの正しい情報発信が重要

木村盛世氏 筑波大学医学群卒業。米国ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院疫学部修士課程修了(MPH 公衆衛生学修士号)。内科医として勤務後、米国CDC多施設研究プロジェクトコーディネーター、財団法人結核予防会、厚労省大臣官房統計情報部を経て、厚労省検疫官。専門は感染症疫学。

聞き手・橋本佳子(m3.com編集長)

 「新型インフルエンザで封じ込め対策は無意味。今の検疫は人権侵害と問題視される可能性はないのか」。今の政府の対策を強く批判するのは、現役の厚生労働省検疫官(東京空港検疫所支所・検疫医療専門職)で、医師の木村盛世氏。WHO(世界保健機関)が推奨していない機内検疫を中止し、国内対策に重点を置くべきだと主張する。「厚労省は大本営発表を繰り返すだけ」と問題視する木村氏は、「医療者自らがWHOやCDC(米国疾病対策センター)などの情報を入手し、情報発信していくことが必要」と説く(2009年5月10日にインタビュー)。

 ――今の機内検疫などの封じ込め対策は無意味だと指摘されています。例えば、国際的には機内検疫などは行われていません。5月7日にWHOは改めて見解を示しており、(1)検疫に、疾患の広がりを減らす機能があるとは考えていない、(2)国際交通に大きな影響を及ぼす方策を取っている国は、WHOに公衆衛生的理由と、その行為のエビデンスを提出しなければならない、としています。

 歴史上、新型インフルエンザで封じ込め対策が有効だった例はありません。WHOは検疫、国境封鎖には意味がないと以前から指摘しており、現在、検疫を実施しているのは日本などごく一部の国です。WHOのほか、米保健福祉省(HHS;United States Department of Health and Human Services)の最高責任者も務め、WHO天然痘根絶チーム初代部長のD.A..ヘンダーソン率いるバイオディフェンスチームでも、検疫は有効ではないとしています。また2003年のSARSの流行時でも、検疫が有効でなかったという報告があります。

 さらに、CDCでは、5月5日に、学校閉鎖などは推奨しないとの声明も出しています。

 ――なぜ封じ込め対策は有効ではないのでしょうか。

 インフルエンザの臨床症状は咳や発熱などですが、これらを呈する疾患は多々あり、新型インフルエンザに特有の症状はない上、季節性のインフルエンザと新型インフルエンザは症状からでは区別が付きません。また、迅速診断キットの精度も100%ではなく、潜伏期間の問題もあります。WHOでは潜伏期間は最長1週間と言っていますので、3泊4日など短期間で帰国する人は検疫で把握することは難しい。また最近では、1週間で世界各国を周るビジネスマンもいますが、今の機内検疫はまん延国(メキシコ、米国、カナダ)からの便が対象なので、彼らが途中でまん延国に立ち寄ったとしても機内検疫を受けないことになります。

 インフルエンザは、日本語で言えば、流行性感冒。幸い、今回の新型インフルエンザは弱毒性です。にもかかわらず、政府は「日本で一人でも、流行性感冒の患者を発生させない」という姿勢なのですから、不可能なことを求めているのであり、狂気の沙汰としか思えません。インフルエンザ対策では、「いかに集団として免疫を獲得するか」を目指すことが必要です。その間、健康被害の発生を最小限に抑える、つまり感染者の数を抑え、かつ重症者を出さないかという姿勢が重要。「一人も感染者を出さない」のは無理なことなのです。

 封じ込め対策が有効なのは、天然痘など、見ただけで診断が付き、かつワクチンが有効であるなど感染拡大防止策が確立している疾患に限られます。

 ――政府は、検疫のためにサーモグラフィーを今回新たに151台購入したそうです(5月8日の参議院厚生労働委員会での民主党・足立信也氏の質問に対する厚労省の回答)。

 従来、サーモモグラフィーは1台約180万円だったのですが、今回購入したのは、新型インフルエンザ対応機種ということで、約300万円だったと聞いています。しかし、臨床試験などで有効性が確かめられたのでしょうか。

 また、機内検疫には国立病院の医師なども動員されていますが、それよりも国内対策、あるいは日常診療に携わっていただくべきではないでしょうか。

 機内検疫、停留措置や隔離は、検疫法に基づいて実施されていますが、検疫法は飛行機での渡航が一般的でない時代の法律。それを現代に当てはめているわけです。先日のBBC(英国国営放送)では、日本と同じく島国である英国のヒースロー空港と成田空港を比較していました。ヒースロー空港では機内検疫などは実施していません。あの報道を観た人には、日本の検疫は異様に映ったのではないでしょうか。停留対象となった方の人権問題などに発展する懸念もあります。

 ――では今、どんな対策に力を入れるべきなのでしょうか。

 先ほども言いましたように、今回の新型インフルエンザのウイルスは弱毒性ですから、まずパニックにならないようにすること。今、一番、パニックに陥っているのは政府ですが。疑い患者が出れば、「シロかクロか」と言う目で見る。それを記者会見し、マスコミも報道する。まるで罪人のように扱っています。

 そして、機内検疫などをやめ、国内の体制整備を行うことです。国民に対しては、具合が悪かったら、自宅静養するよう呼びかける。流行性感冒の基本はホームケアです。また「咳エチケット」、つまり自身が咳などをしている人にはマスクの着用を徹底させることです。でも、なぜか日本は全く症状がない方がマスクをしています。マスクが感染予防になるというエビデンスはないのですが。

 今はパニック状態に近いですから、それを沈めるため、また新型インフルエンザの第二波でウイルスが強毒化する可能性は否定できませんし、高病原性の鳥インフルエンザの流行に備えて、発熱外来の整備を進めることも重要です。どうしても薬がほしい患者、重症化しそうな患者にはそこに来てもらう。

 「発熱外来」という発想がどこから来たのかは不明ですが、日本の医療機関の多くは個室の診察室を持っていないので、通常の外来とは別に、新型インフルエンザの疑い患者を診る場所は必要でしょう。例えば、国立国際医療センターなど公立病院の敷地に、陰圧室を持つプレハブを建てる。同センターには国際医療協力局があり、発展途上国に医師を派遣しています。国内が「非常事態」であれば、こうした医師を呼び戻し、各地の発熱外来での診察に当たってもらえばいいわけです。彼らは感染症の患者を見るのは専門ですから。

 こうした体制を整備しないまま、今の対策を続けることは、新型インフルエンザ以外の一般の患者、免疫力が低下した患者は「犠牲になってもいい」と言っていることと同じです。

 発熱外来などの整備が遅れるのは、法的な問題もあります。検疫法は厚労省の直轄ですが、国内で患者が発生した後は感染症法の管轄。厚労省は単に「やれ」と言えばいいわけで、それを実施するのは都道府県です。予算などがなければ、容易には進みません。

 ――厚労省が5月9日に事務連絡を出しました。迅速診断キットでA型陰性の場合は、まん延国への渡航者との接触歴など、疫学的関連の有無など慎重に調べることを求める内容です。

 これは、「今、日本の新型インフルエンザの感染者は一人もいない」という前提での対策でしょう。

 ――なぜ日本での対策は、水際対策と国内対策がアンバランスであり、国際的に見ても特異な形になっているのでしょうか。

 米国は、医療の面では問題がありますが、少なくても公衆衛生については世界のトップです。公衆衛生は「国防」です。つまり海外から、未知のウイルス、細菌が入ってきて、国内社会が混乱するのを避けるために、CDCを中心に公衆衛生に取り組んでいるわけです。WHOも結局は各国政府の寄り合い所帯であり、CDCなどの動きを見ている状況です。

 しかし、日本には「国防」という発想がなく、公衆衛生の専門家が厚労省で指揮しているわけではありません。私は、ハンセン病とHIV感染、日本は過去二度も誤った感染症対策をしてきたと思っています。今回が三度目になる懸念を持っています。

 ――最後に、医療者に向けて今、注意すべき点などがあれば、お願いします。

 今の厚労省の発表は、太平洋戦争時の「大本営発表」と同じ。「厚労省の言うことは信じるな」と言いたいくらいです。医療者には知的レベルが高い人が多いですから、WHOやCDCなど海外のしかるべき機関から、正しい情報を直接入手していただきたいと思います。そして、マスコミ、国民に正しい知識を持ってもらうよう、多くの医療者から情報発信をしていけば、今の状況が改善するのではないでしょうか。私自身も、様々な形で情報発信していきたいと考えています。

(m3.com医療維新、2009年5月11日)

**** 読売新聞、2009年5月12日11時10分

「新型」致死率、100万人超死亡「アジアかぜ」並み…WHO

 新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)の致死率は、世界で100万人以上が死亡した1957年のアジアかぜ並みの0・4%で、感染力も季節性のインフルエンザより高いとする分析結果を、世界保健機関(WHO)と英国、メキシコの研究チームがまとめた。12日、米科学誌サイエンス電子版に緊急報告された。

 メキシコ政府は12日現在、新型による感染者数は2059人、死者数56人と公表している。しかし実態は不明で、新型の正確な致死率や感染力は分かっていない。

 研究チームは、データが正確な欧米の感染者数を基に、メキシコの出入国者数、感染者の広がりなどから逆算し、メキシコでは4月末までに6000~3万2000人の感染者が発生、致死率は0・4%に上るとする推計をまとめた。

 その結果から、致死率は約4000万人が死亡したとされるスペインかぜ(1918年)よりは低いが、アジアかぜレベルの強さがあると見ている。感染力についてはスペインかぜなど過去の新型インフルエンザに比べると、同等かやや低いが、季節性のインフルエンザよりは高いと見られるとしている。

 流行は2月中旬にメキシコ・ベラクルス州のラグロリアで始まったと見られ、この地域では15歳未満の61%が発症したのに対し、15歳以上は29%の発症率にとどまっていた。研究チームは「重症度は、国の医療事情などによって変わるだろう。今後も、詳しい症例データを収集する必要がある」と指摘している。

(読売新聞、2009年5月12日11時10分)

**** 読売新聞、2009年5月12日10時49分

世界の感染者5200人突破

…新たにキューバで確認

 【リオデジャネイロ=小寺以作】キューバ保健省は11日、メキシコ人学生1人が、新型インフルエンザに感染したことを確認したと発表した。

 キューバでの感染例は初めて。世界全体の感染者は日本、中国を含め32か国・地域で5268人に達し、死者は61人となった。

 一方、メキシコ保健省は11日、同国の感染者が2059人になったと発表した。死者は56人にのぼった。また、米国の疾病対策センター(CDC)は11日、米国内の感染者が44州で2600人になったと発表した。

(読売新聞、2009年5月12日10時49分)


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