ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

我が国の分娩事情の変遷

2011年06月12日 | 地域周産期医療

分娩は、ほとんどの場合、医療者が何も手を出さなくても自然経過でうまくいくことが多いですが、一定の確率で超緊急事態(例えば、肩甲難産、羊水塞栓症、常位胎盤早期剥離など)が発症することも事実です。

一つ一つの超緊急事態は、発症する確率がだいたい決まっていて、リスク因子がわかっている疾患も多いのですが、例えば上記3疾患などでは発症機序やリスク因子が未だ不明で、一体全体どの妊婦さんにどの緊急事態が発症するのかほとんど予測できません。これらの疾患が運悪く発症してしまった場合は、発症直後の集中的緊急対応が非常に重要です。

正常の分娩経過だと思っていた妊婦さんに、突然、超緊急事態が発症した場合は、その場に多くの専門家が居合わせているのかいないのかが、母児の救命のために非常に重要なキーポイントとなります。緊急事態が発症してから大慌てで搬送先を探しているようでは、到底間に合わない場合も現実にあり得ます。

産科の超緊急事態に適切に対応するためには、発症直後に、麻酔科医、新生児科医、複数の産婦人科医などがその場にすぐ集まって、チームですぐさま適切に対応する必要があります。それでも、疾患によっては母児の救命が難しい場合があり得ます。

助産師、産科医、新生児科医、麻酔科医などの専門家の数は限られているので、分散して別個に働くのではなく、多くの専門家が一か所に集まって、チーム医療で一緒に協力して働く必要があります。そういう職場環境でない場合は、産科医はいつ訴えられて医師生命を絶たれる事態となってしまうか全く予測できず、日々安心して働くことができません。不十分な態勢の分娩施設だと、患者さんにとってのリスクだけではなく、そこで働く産科医の負うリスクも非常に大きいのです。近年、不十分な態勢の施設から産科医がどんどん退散し、医師不足に陥った医療機関が、あの手この手で医師募集しても、なかなか産科医を集められないのは、当然の現象だと思います。

しかし一方で、ほとんどの分娩が正常に経過するため、ほとんどの方は自宅分娩や助産所などでの分娩でも何も起こらないで無事安産できるのも確かな事実で、自宅での自然分娩志向の方々も少なからずいらっしゃいます。一般の方々に、産科のリスクの特殊性を理解していただくのは非常に難しいことだと思っています。

『近場で産めなくなってしまうのは非常に困る。産科施設を集約化するのはけしからん。昔はみんな自宅分娩だったが、それでも世の中何とかなってたじゃないか。自分も自宅分娩で産まれたが今こうして普通に生きている。昔に戻って助産所を増やせば、今の産科の問題は解決するんじゃないか。』というような地域住民の素朴な声もよく耳にします。年配の市長さんなどの中にもそのような考え方で、市内に助産所をたくさん作れば産科問題は全部一気に解決すると信じ、そのような政策を実際に推進している自治体もあります。

時代により地域の分娩事情は大きく変遷してきました。近年、日本全体の産科施設数はどんどん減少しつつあり、全国的に産科施設の集約化が進行中であることは確かだと思います。