ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

羊水塞栓症

2010年03月07日 | 周産期医学

amniotic fluid embolism

【定義】 羊水塞栓症とは、分娩時に、何らかの原因で、比較的多量の羊水および胎児成分が母体血中に流入し、母体に突発的な呼吸不全、循環不全、ショック、DICなどをひき起こす極めて重篤な疾患である。

【発生機序】 子宮内圧の上昇、卵膜・子宮内膜の裂傷などの条件がそろった場合、比較的多量の羊水が卵膜の裂隙を通って子宮内膜面に露呈した破綻血管から母体血中に流入し、本症をひき起こすと考えられている。①母体肺血管の機械的塞栓、②化学伝達物質(プロスタグランディン、組織トロンボプラスチンなど)を介した肺血管攣縮、③アナフィラキシーショックなどが本症の病態として考えられている。

【発症頻度】 約2~3万(文献により約6~8万)分娩に1例と非常にまれな疾患である。

【誘因】 過強陣痛、陣痛誘発、破水、頚管裂傷、子宮破裂、常位胎盤早期剥離、帝王切開、羊水穿刺など

【症状】 分娩中や分娩直後に、急激に低酸素症(呼吸困難、チアノーゼ、呼吸停止)をきたし、血圧低下または心停止に陥り、原因不明の産科DICあるいは多量出血(湧き出るような性器出血)などがみられる。多くは意識が回復することなく死の転帰をとる。1時間以内に半数が死亡するとも言われている。

羊水塞栓症は、陣痛発来後、特に破水後に発症することが多い。

【予後】 劇症型では発症直後に死亡に至る。母体死亡率は60~80%と非常に高い。

【診断】 確定診断は、死後解剖で肺組織内に羊水や胎児成分(胎児扁平上皮、胎脂)を証明するか、Swan-Ganzカテーテルによって採取した肺動脈血内の胎児成分(ムチン)を証明する。

母体血中に胎便由来の亜鉛コプロポルフィリン(Zn-CP)とシリアルTN抗原(STN)が確認されれば、母体血内への羊水流入が証明できる。

【治療】 羊水塞栓症は病因がいまだ明らかとなっていないため、予知および根本的治療は困難である。心肺停止時は、まず心肺蘇生法を行う。酸素療法、抗ショック療法、抗DIC療法を施行する。急性期の左心不全を乗り切ると救命の可能性がでてくる。本症の臨床像の性格から、高次医療施設のICU にて管理されるべきと考えられる。ICUに搬送後、呼吸管理においては、成人呼吸窮迫症候群発症に注意し、残存肺機能を増加させるような人工換気を行う。循環管理はSchwann-Ganzカテーテルを留置し、特に左心機能のパラメーターに注意をはらう。肺水腫の出現に注意しながら輸液、輸血を継続し、急性血液浄化療法を試してもよいだろう。

ショックに対して副腎皮質ステロイド(ソル・コーテフ、ソル・メドロール)やウリナスタチン(ミラクリッド)を静脈内投与し、vital signsを頻回にチェックし、血圧が維持されるように輸液・輸血ならびにドーパミンを点滴静注する。

DIC の進展を防止するため速効性のあるヘパリンを静注する。とくに出血増加の副作用が少ない点から低分子ヘパリン(フラグミン)の使用が勧められている。

参考記事:

妊産婦死亡 原因別の最多は羊水塞栓症

羊水塞栓症について


羊水塞栓症、問題と解答

2010年03月07日 | 周産期医学

【国試過去問】 分娩時、破水後に突然原因不明の呼吸困難、チアノーゼ、痙攣(cramp)発作を起こし、数時間で死亡した。もっとも疑われるものはどれか。

a. 低フィブリノーゲン血症
b. 子癇(eclampsia)
c. 羊水塞栓症
d. 常位胎盤早期剥離
e. 子宮破裂

解答:c

【正誤問題】

(1)羊水塞栓症では母体死亡はまれである。

(2)羊水塞栓症では下腹部が板状硬となる。

(3)羊水塞栓症では妊娠高血圧症候群を合併することが多い。

(4)羊水塞栓症では突然の呼吸困難、チアノーゼ、ショックが特徴的である。

(5)羊水塞栓症では中心静脈圧が低下を示す。

(6)羊水塞栓症の確定診断は死後剖検での肺病理検査によって行う。

(7)羊水塞栓症の臨床的診断は母体血中のZn-CPとSTNの証明による。

(8)羊水塞栓症ではDICをともなうことが多い。

(9)羊水塞栓症では、まず抗ショック療法、抗DIC療法を行う。

(10)羊水塞栓症では低分子ヘパリンの投与が有効である。

解答 ――――――

(1)X 羊水塞栓症の母体死亡率は60~80%と非常に高い。約50%は発症後1時間以内に死亡すると言われている。

(2)X

(3)X

(4)O

(5)X 羊水塞栓症は、羊水および胎児成分が母体血中へ流入することによって引き起こされる「肺毛細血管の閉塞を原因とする肺高血圧症と,それによる呼吸循環障害」を病態とする疾患である。中心静脈圧は上昇を示す。

(6)O

(7)O 体血中に胎便由来の亜鉛コプロポルフィリン(Zn-CP)とシリアルTN抗原(STN)が確認されれば、母体血内への羊水流入が証明できる。

(8)O

(9)X 心肺停止時はまず心肺蘇生法を行う。

(10)O DIC の進展を防止するため速効性のあるヘパリンを静注する。出血増加の副作用が少ない点から低分子ヘパリン(フラグミン)の使用が勧められている。