コメント(私見):
産科医療において、母児が急変して、医療側が救命を目的にできる限りの対応をした事例については、刑事裁判で争うこと自体が非常に不適切で、このような事例の解決方法として、刑事裁判は医療側にも患者側にも無益なシステムだと感じました。
刑事裁判は有罪か無罪かの争いですから、弁護側は最後まで『問題がなかった』と主張せざるを得ないし、検察側は職務上何としてでも有罪を立証しようと全力を注がざるを得ません。最後に勝敗が決するまで、どこまでいっても対立するしかないシステムで、このような事例の解決方法としては大きな違和感を感じます。
大野病院の事例のような非常にまれで予後不良の産科疾患の救命率向上のためには、症例を集積して詳細に検討し、『今後、同様の症例に遭遇したら医学的にどのように対処していけばいいのか? また、今後、産科医療提供体制をどのように変革すれば、同様の症例に対処することがが可能になるのか?』について、医療側、患者側、医療行政側などが、一つのテーブルで真摯に話し合うことができる新しいシステムを創設する必要があると思います。
産科医療では、一定の頻度で母体・児の死亡や重大な障害が発生する可能性があり、しかも、こうした重大事故が突発的に発生するのが産科医療の最大の特徴です。こうした事例で、母体や児を救命するためには非常に高度の医療技術を要しますし、多くの医師や助産師・看護師などで構成される医療チームの力を集学的に駆使して、はじめて母児の救命が可能となります。
日本の産婦人科医療の特徴は、諸外国と比べて施設当たりの産婦人科医数が極端に少ないことです。大野病院の事例でも産婦人科の一人医長体制が問題となりました。総産婦人科医数をすぐに増やすことはできませんから、産婦人科医数に対して極端に多すぎる施設数を思い切って適正数まで減らし、施設当たりの平均産婦人科医数を早急に(欧米並みの)6~7人まで増やす必要があると思います。
産婦人科医と施設数の特殊性
国 | 産婦人科施設数 | 産婦人科医数 |
日本 | 10,660 | 14,501 |
USA | 5,326 | 35,619 |
England | 455 | 3,232 |
産婦人科医数/施設数
日本 USA England
****** 共同通信、2008年9月22日
問われる一人医長の安全性 集約化には慎重論も
妊婦の死亡をめぐり、産婦人科医に無罪が言い渡された福島県立大野病院事件の判決から1カ月。事件で浮き彫りになったのは、医師一人の態勢で地域のお産を支える「一人医長」の安全性の問題だ。医療現場では過度にリスクを回避しようとする動きが広がる。大規模病院への集約化には慎重な意見も根強く、身近な「お産の場」のありようが問われている。
▽揺れる心情
「医師が自分一人なら、良いと感じた医療をやりたいようにできる。1人の患者を継続して診られる利点もある。ただ、難しい症例に遭遇したら、と考えるとやはり怖い」
石川県輪島市の市立輪島病院。産婦人科の青山航也(あおやま・こうや)医師(32)が揺れる心情を吐露した。3年前に富山県高岡市の病院から転勤、金沢大の医局から派遣された一人医長だ。
産婦人科の外来患者は1日に約20人。ほかに8人の入院患者がいる。診察や分娩(ぶんべん)などすべてを一人でこなす。3日に一度は夜中に呼び出される。月に2日程度、大学から応援の医師が来る日にしか休めない。
こうした勤務状況は珍しいことではない。日本産科婦人科学会が2005年に分娩を取り扱う1273の病院を調査した結果、約4割にあたる486施設で医師が2人以下で勤務、うち187施設は一人医長だった。
▽事件の影
大野病院事件で逮捕された産婦人科医も一人医長で、癒着胎盤という珍しい症例にぶつかり、妊婦が死亡。刑事責任を追及される事態となった。この影響で、お産の取り扱いを中止したり、難しい患者を避けたりする一人医長の病院が各地で相次いだとされる。
「相談できる相手がいないことは(一人医長の)デメリット。無罪判決は出たが、逮捕された事実は変わらない。今は、リスクの高い症例には手を出さない方がいいと思っている」と青山医師。生命に危険を伴うようなケースがあれば、施設や人員の整った病院を患者に紹介するつもりだという。
▽選択
厚生労働省の調査によると、お産をめぐり2007年に国内で亡くなった妊産婦は35人。それ以前の3年間も毎年50人前後で推移しており、関係者は「日本のお産の安全性は、世界トップクラス」と言う。
ある産科医は「これ以上の安全を求めるなら、一人医長を減らし、患者の利便性を損なっても大規模施設に医師を集めるしかない。大野病院事件は、国民にその選択を求めているのではないか」と指摘する。
厚労省は集約化を推進しているが、住民からは反対する動きも出ている。青山医師は疑問を投げかける。「集約化すれば、患者は遠くの病院まで通わなければならなくなる。それを『仕方がないこと』としていいのか」
日本産科婦人科学会も産科の態勢の在り方について検討を進めている。
同学会で医療提供体制の検討委員長を務める北里大医学部の海野信也(うんの・のぶや)教授(52)は「地元でお産をしたいという妊婦のニーズが予想以上に強いことに気付かされた。今後は集約化と同時に、分娩を扱う開業医を地域に残せるような方策も模索する必要がある」としている。
(共同通信、2008年9月22日)