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ちあの散歩道

輝いてアラカンヌ☆ありがとうの言葉を添えて暮らしのドアをそっと開けると今日も豊かな感動と新しい気づきが待っています。

足尾銅山跡地が国の史跡に

2007年11月17日 | Weblog

「足尾銅山跡地」が国の史跡に指定されたことが今日の新聞に載っていました。

「足尾銅山跡地」を訪ねたとき、その廃墟の美しさに息を呑みました。
訪ねたのは確か5年位前の夏のことでした。
清んだ水と緑の瑞々しさが脳裏に焼きつきましたが、案内をしてくれた人の話しでは鉱毒で人が近寄ることが出来ないほど今でも汚染されていると聞きました。



人気のまったくない中を、道路に車を止めて不思議な感覚で眺め続けました。
目の前に広がる景色がまるでどこかで見た絵画の中の一コマのようにも見えました。
足尾に縁のある方に連れて行ってもらいましたが、この景色は私の中で非常に印象に残っています。

「足尾銅山」の廃墟写真ページを見つけましたので、お暇なときにこちらもどうぞご覧下さい。

足尾銅山の鉱毒事件は、公害病として多くの地元民たちを苦しめましたが、今もカタチを変え、様々な公害がはびこり続けています。
廃墟を美しいと思う反面、その廃墟の影に隠された様々な利害にも思いを馳せてみたいと思います。



笑いをふたつ

2007年11月12日 | Weblog

気持ちのいい青空が広がった一日でした。
夕刻には、真っ赤な太陽が沈んだすぐ後、富士山がくっきりと西の空に雄姿を見せていました。
近くでも桜の葉の紅葉が進み、美しい秋の景色が広がっています。

最近見たり聞いたりした笑い話をふたつ紹介しようと思います。

1ヶ月位前の新聞の川柳投稿欄に載った第一席の川柳(切抜きがないため、一言一句は正確ではないかもしれませんが)
・キスすれば 何するのよと 妻怒り
私はその川柳を見て思わず大笑いし、団塊世代の男性諸氏にこの川柳を伝えるとほとんどの人が聞き終わるや皆大爆笑。「アハハハハ」「アハハハハ」。この笑いに実感があるやなしや?最後に「私たちもそんな世代になったんですねぇ」としみじみ。

先日職業斡旋の公共施設に勤める知人から聞いた話。
求職に来た団塊世代の求職者に質問「あなたは、この会社に行ったら何が出来ますか?」
求職者「部長が出来ます」
聞いた私は、「えっ?!本当ですか???」。知人「本当ですよ!」。ここでも「ええっっ??!!」と思わず爆笑。うそのようなほんとの話。

何だかちょっと身につまされます。
今日は、これでおしまいです。


ブログ談義ほか

2007年11月08日 | Weblog


出かける時には、綿のジャケットにウールの大判ストールを持って出掛けましたが、帰りには、セーターの腕まくりをし、ジャケットもストールもバックに仕舞い込んで…と、そんな11月にしては暖かい一日でした。

これからのことに関して「ある決意」をして外出先から帰っても、家に帰るとまったく決意したこととは正反対とも言える様々なお誘いや情報が文書で届いていて、今は仕事も含めてほとんど何もしていないにも関わらず、私は、頭(脳ミソ)と飛び歩ける丈夫な体と、そしてそのための時間が今の5倍位あったらいいのになあと虫のいいことを思ったりします。
そして結局は何も手がつかず、すべてが中途半端でダラダラと無為な日々が過ぎて行きます。
しかし、その無為を味わうことも、次の来るべき有為な日々のためには意味があることかもしれません。(来るかどうかはわかりませんが)

今日、私のブログを読んで下さっている方と偶然お店で同席し、ブログ談義をしました。
ブログは日記は日記でも「公開日記」です。従って時には読んで下さっている方には判然としないあやふやな表現をせざるを得ない事柄も増えてきて、それは自分でも解っているのですが何だか変な書き方に終始してしまうこともあります。
今日のブログなどもその典型かも。

今月も、私の興味をそそられる様々なことがいくつか同じ日に設定され、結果先約を優先しながら、参加出来ない行事は次の機会を待つことになります。それもまあ縁(えにし)なのかもと長い目でお互いの関係を育てていくしかありません。



今日届いた案内の中のひとつに、「『阿賀に生きる』の魅力を語る会・佐藤真監督追悼上映会」(主催:水俣を伝えるネット)があり、それにはぜひ参加したいと思います。
場所が相模大野でしかも夕刻6時からの上映会ですが、お誘いいただいた「伝えるネット」の田嶋さんのメモが入っていて、「首都圏をまたいでの移動なのでお誘いもためらわれるのですが…。よろしかったら我が家にご宿泊下さい」とあり、その篤い思いに心が震えました。
宿泊をお願いするかどうかは別にして、出逢った回数や時間とは別枠の新たな有縁の関わりが深まることをうれしく思います。

佐藤真監督とは面識はないままでしたが、「阿賀に生きる」や「まひるのほし」などは観ました。そして新聞で佐藤監督の訃報を知りがく然としたのも事実です。
もうひとつ不思議なことは、先日のブログで「ホイト芸」の黒田オサムさんとの出会いを書きましたが、黒田さんが著者と対談している「インタビュー集 人間屋の話」の中に何と佐藤真監督も名を連ねているという、私にとってはとても驚くことも偶然ではなく、きっと私の興味のある人たちは、こんな括りかたをされる人たちなのだと妙な納得をしたのも事実です。そしてその監督と深く関わった田嶋さんからの「追悼上映会」のお誘いと、私と田嶋さんとの出会い。何とも不思議です。

(写真はいただいたゆずを器に盛って。サザンカも咲きはじめました)


いい齢の重ね方

2007年11月06日 | Weblog

京橋のギャラリーで行われている友人の「日本画展」に行きました。
3年ぶりに行われた個展会場は華やかな雰囲気に満ちていました。
初日を外して行ったのですが、次から次にお客様が訪れ、立派なお花も届けられていました。

前回は本格的な日本画や美人画が会場を飾っていましたが、今回はお値段も手頃な小品を中心に展示されていました。
40歳になってから絵筆を持ったという友人は今年71歳、30年間画の精進を続け、その間著名な老画家の門を叩き弟子入りし、その師とのエピソードも何度か聞いたことがありますが、今は師につかず独り画を描く日々を送っているそうです。

会場を訪ねるとダンスで鍛えたすらりとした体躯をもみじ模様の美しい着物姿で包み、艶やかな笑顔で迎えてくれました。
「この帯も自分で描いたものなの」と、合わせた塩瀬の帯のお太鼓を後ろ向いて見せてくれました。
会場には作品の他に、小品に添えた自作のエッセーや海外旅行先での旅先のスナップなども展示され、描かれた画の背景に迫る見事に整理蓄積された資料の数々にも目を見張りました。
私が「本を作りましょう」と言うと「そうねぇ。手伝ってくれる?」と言ってくれました。
私と友人は一回りの齢の差がありますが、見事にいい齢を重ねているなあといい刺激を受けました。
2年前位から膝が痛いと言っていましたが、それでもダンスのレッスンをつけながらダンスを自ら学び、日本画を描き続けています。
「ピアノ、お琴、ヨガ、クラッシックバレエ……、ありとあらゆるおけいこをしてきて残ったのがダンスと画ね。」と話してくれたのが印象に残りました。

落ち着いたら私は友人から着物の着付けとメーキャップの仕方を教わろうとひとり勝手に決めました。美人画を描く友人のメーキャップはほんとにステキです。
訪ねるとさりげなくふるまってくれる料理の腕とその出し方や盛り付け方にもいつもいつも刺激を受けます。
人生の先輩として学ぶべき魅力をたくさん持っている友人との個展会場での楽しい再会でした。「私も少し時間が出来たので、また近いうちにお家にお訪ねしますね」と言って会場を後にしました。



さりげなく

2007年11月04日 | Weblog

路地を歩くと暮らしの香りが漂ってきます。
路地の中には、土が無くても工夫を凝らしたグリーンアートがあり、人と緑の深い関わりが垣間見えます。
そしてそれはさりげなくさりげなく。
私もこのさりげなさを大切に、されげなくさりげなく生きて行きたい。

散歩の楽しみ

2007年11月03日 | Weblog

わざわざ都内に出掛けることはないけれど、都内でひとつの用事を済ませた後の「都内ブラブラ歩き」は、本当に楽しい!!!

今日も午前中に用事が終わり、午後1時過ぎから地下鉄に乗ってあちらこちらと歩き回りました。
「文化の日」の今日は、七五三参りの家族に遇ったり、レストランの前で白無垢に羽織袴の新郎新婦が道行く人たちに混じりながら写真撮りをしていたり、大道芸の「ガマの油売り」に足を止めたりとなかなか刺激的な一日でした。

民家を改修した雑貨屋さんやギャラリーを巡り、最後はお気に入りのカフェに寄ってほっと一息。(写真はカフェの中)。
そこで使われている何気ないちょっとレトロなガラスのポットや古い毛糸で編まれたコースター、テーブルの上に置かれた使い込まれたランチョンマットや灯りの取り方などなど、そのさりげなく光るセンスを穴があくまで眺めることも私の楽しみのひとつです。
久しぶりに訪ねた神楽坂のカフェは、やはりワクワクするものを私にたくさんくれました。


移り変わり

2007年11月02日 | Weblog

歩いていたら、その場所に前あったお店が無くなっていて、新規オープンを知らせるシックなスタンドフラワーが置かれ人目を引いていました(写真)。
店の入口で支度をしていたお店の人に「経営者も代わったんですか?」と訊くと、「はい、代わりました」という答えが返ってきました。
前のお店は小洒落ていて、経営者の方とも顔見知りだったので、今頃どうして何をしているのだろうと余計な心配が頭をかすめました。

少し歩くと知らない新しいお店が出来ていたり、あったはずのお店がクローズになりシャッターが閉まっていたり、まるで世の中の景気の映し鏡のように様々な光景がもの言わぬ街の中にも広がります。

私はというと、“シンプル&質素”を余儀なくされ、また選択もし、だんだん消費とは縁遠いポジションに立つ暮らしを始めています。
そんな中で、読書や手仕事の楽しさや喜びに浸る日々が増えてきました。
「本さえあれば、生きていける」というキャッチコピーを冠した古本屋さんとの出会い、そしてそこで見つけた数冊の古本を暇ひまに読み漁る日々。
先日訪ねた知り合いの画廊主は、「小林秀雄全集」を読破したとか。忙しい仕事の合間に読書するその集中力に脱帽しました。
また、名文をしたためるブログフレンドはどうやら司馬遼太郎に入れ込んでいる様子が伺えます。
私はこのブログに読書半ばの書名を列挙したとたんに読了した気分になり、それはやや危険なため、自分の気持ちを諌めるためにも密けき読書に精出すしかありません。

雨が静かに降る穏やかな一日でした。





秋のお花見

2007年11月01日 | Weblog

先日訪ねた「川村記念美術館」では、十月桜が満開でした(写真)。
春に咲くソメイヨシノなどにくらべると桜の木にちらちらと粉雪が舞うようにひっそりともの静かに咲いています。

だいぶ以前に群馬県鬼石町にある「桜山公園」に冬桜鑑賞ツアーに出かけたことがあります。そのときに観た冬桜は、花弁も小さくてまるで梅の花がちらほらと梢に咲いているのかと思うほどでした。7000本が植えられ、国の天然記念物になっている鬼石町の冬桜の見頃は11月中旬から12月初めにかけてのようです。

十月桜と冬桜はどう違うのかと思いますが、花弁が十月桜は八重で冬桜は一重だそうです。言われてみれば一重の冬桜にくらべると十月桜は色もややピンクが濃く可憐さが増すようにも思います。
枝を覆い尽くしこんもりと華麗に妖艶に咲くソメイヨシノなどと違って冬桜や十月桜は本当に控えめに咲き、その咲きように風情があります。
歩いていて思いがけず遭遇するこの季節の桜は、そばにかけ寄りそのはかなげな咲きようにしみじみとしたものを感じますが反面、一瞬春が舞い戻ったようにも思いその愛で方にもいっそう心がこもります。



ストレスとストレッサー

2007年10月31日 | Weblog

ストレッサーとは「ストレスを起こす刺激、ストレスの原因となる物質的、精神的な諸因子」と辞書にはあります。
一般にストレスという言葉は日常的に使われていますが、ストレスの中には「快ストレス」と「不快ストレス」の二通りがあるということを知りました。
「快ストレス」を受けることはほどよい刺激になり、爽快感が伴うことで交換神経系を活性化し抵抗力をつけるように働き、「不快ストレス」は、慢性的に続く過剰な負荷を伴い病気の原因にもなると定義付けられているようです。

そして、私は生活の中ではストレスが少ない方がいいと思っていましたが、ストレスの中でも適正なよい刺激を受ける適正ストレスは生活に活力を与え、そして過剰ストレスは過労や病気の原因にもなりますが、何と日常生活の中で刺激の少ない過小ストレス状態は倦怠感や意欲低下を伴い、それもストレスと生産性の関係の中では好ましくないことを知りました。

そういわれてみると最近の私は刺激の少ない過小ストレス状態の中にあり、意欲減退や倦怠感に襲われぬよう用心が必要です。
大変なことはすべて後回しにしたり回避し、その場限りの楽をしようという傾向が大いにありこれでは一気に老化の坂を転げ落ちそうな気配がします。
たっぷり時間があるのに、ちょっと気の重いことはすべてパスしようと試みると避けても避けても何かに追いかけられて来るような不快感とも自己嫌悪とも言いがたい感情を味わうことになります。

今日で10月は終わります。
明日から新たな気分でいくつかの向かわなければならない事柄にチャレンジ出来るかどうか、ストレスとストレッサーの関わりを知る中で自分を自ら鼓舞することが出来るかどうか、挑戦を余儀なくされます。


同じ顔に見えて

2007年10月29日 | Weblog

みんななぜか同じ顔に見えます。
今日国会で証人喚問を受けた守屋武昌前防衛省事務次官はじめ、赤福の浜田典保社長、ミートホープの田中稔元社長などなど、私服を肥やし不正を働く人のテレビに映し出される顔はなぜか同じに括られる同じ顔に見えてしまいます。

顔はその人の内面を映し出す鏡そのものですね。
「いい顔」になれるよう生涯努力を続けなければなりません。