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ちあの散歩道

輝いてアラカンヌ☆ありがとうの言葉を添えて暮らしのドアをそっと開けると今日も豊かな感動と新しい気づきが待っています。

とりあえず復活。

2008年03月03日 | Weblog


ノートパソコンを購入し、とりあえず復活しましたが、ちょっと不確かなこともまだまだ多く完全復活まではしばらく時間がかかりそうですが。
パソコンに依存する生活は極力避けたいと思いつつ、いつのまにかじわじわと中毒症状があらわれていたのですね。パソコンの便利さを享受しながら、快適な暮らし方をこれからも追及して行きたいなと思います。

3月ももう3日、今日は「おひなさま」ですね!!この数日パソコンのない生活に振り回されながら、しかし充実した講演会などにも参加でき、友人とも奥の深い会話を楽しむことが出来、とてもよい日々を送ることができました。
おかげさまでパワー全開状態です。「ちあの散歩道」も徐々にいつものペースに戻して行きたいと思っていますので、もうしばらくお待ちください。
(データのバックアップなどに数日時間を要しますし、果たしてアドレスなども含めてバックアップができるやら?と危ぶまれるものをたくさん残しながらの再スタートです。)

しかし、新しい一歩が新たに踏み出せたことは確かです。3月に入って、今日はコートなしで外出が出来ましたし、ほんとの春が近づいています。
「うららかな春は、厳しい冬のあとに来る」
私の好きな言葉です。


パソコンが壊れて……

2008年03月01日 | Weblog
私のパソコンが壊れてしまいました。
今、外部のパソコンからこのブログを書いています。
修理できるものなのか、新しく買い換えた方がいいのかも含めて来週中には結論を出したいと思っています。

それにしても、本当に不便ですね!!!
パソコンに依存している部分が多かったことに今更のように気づかされています。

黄砂と寒風の「春一番」

2008年02月24日 | Weblog



晴れているのに遠くの空が土色に霞み、冷たい風が吹き荒れた一日でした。
春一番といえば生ぬるい風と思っていましたが、春一番の様相も少しずつ変わってきているのかも知れませんね。
今年は梅の花の開花も少し遅れているのか、昨日通りかかった梅祭りの会場では梅の三分咲きが多く見られました。

昨日は強風で、帰りの総武線がノロノロ運転し、千葉で行われる夕方からの集まりに遅れて参加しましたが、京葉線を使って来る人からは「立ち往生で行けない」とメールが入ったりもしていました。

そして、今日はめずらしく地域の方が集まる会に誘われて参加しました。
住まいと隣接した場所でミーティングが行われ、私の頭はすっかり“地域住人モード”に切り替わっていたその席に、昨日夕方から飲み食いを一緒にしたグループの一人から携帯電話が入りました。その人は自分の名前を名乗り要件を私に伝えようとしますが、私はさっぱりだれだか声を聞いても名前を聞いても思い出すことができず、「昨日会った○○です」と何度か言われても、さて昨日は何があったかを咄嗟に思い出すことができず頭の中がまっ白に。ややしばらくして思い出し、「なぁんだ、○○さん」と驚きましたが、その○○さんとは明日会うことになっていたにも関わらず、まったくすっかり忘れてしまっていてついにボケが私にも襲ってきたかとショック状態が続いています。

昨日の夜は夜で、お風呂のタイマーをセットし沸かし始めたにも関わらず、セットしたはずのタイマーのスタートボタンを押し忘れ……、結局タイマーは作動せず役立たずに終わりました。
電気ポットでお湯を沸かし、急須にお湯を注いだまではいいのですが、そのあと、ポットがあるべき場所に見当たらず一瞬焦りましたが、何とガスコンロの上に無意識のうちに置いていたり、もっと激しいときは点いている石油ストーブの上にその電気ポットをやかんを置く感覚で置こうとして置いた瞬間に気付き、ポットを壊さずに済んだりと……。ポットからお湯を注いだあとのちょっとした注意散漫や集中力、記憶力の欠如などが目についてきました。くわばらくわばら……で事なきを得ていますが、なんだかちょっと心配です。習慣化している日常の作業のどこかひとつにイレギュラーな部分が加わると、そのまま間違ったまま行動してしまうのかなど自己分析をしながら、相当今日の私は落ち込んでいます。

 


風邪にご用心

2008年01月29日 | Weblog
   

家でコートを着ていると“外に出たときに寒い”当たり前ですね。
外出するときは私なりによそ行きのコートに着替えて出掛けるのですが、内も外もほぼ同じものを着ていることになり、当然寒さを感じます。今日も、あわてて薄着で出掛けたら、電車に乗っていてブルブルと寒さを感じたので、着いた駅の構内や駅ビルで「ユニクロ」か「下着やさん」を探したものの見当たらず、仕方なくそのままで動きましたが、注意が必要だなと思いました。
外出するときは“一枚余分に着る”ようにしなければ。
だんだん着膨れて行きますが、もうちょっとの辛抱ですね。

今日は、書きたいことがたくさんあったのですが、整理がつかなくて……。
たくさん考えさせられ、たくさん勉強した一日でした。前進できるといいなと願っています。

愛読書は?と訊かれて……

2008年01月24日 | Weblog
「あなたの愛読書は?」ときかれて、とっさに答えられなかった私。
そういえば、最近あまり本を読んでいないなぁ……、いえいえ、最近どころか昔から本をまともに読んでこなかったなぁ……と、振り返って内心がっくりとしています。

「3冊をあげて下さい」と畳み掛けられて、「よく考えてみますから」と保留にしてもらいました。
擦り切れるほど読んだ本の記憶など皆無で、人に伝えたい本もピンと来なくてほんとに本は読むものではなく眺めるものと錯覚していたのではないかしらと自分でもあきれています。

そんな中でもあえて3冊と言われたならば苦し紛れに「舞姫」(森鴎外)、「野菊の墓」(伊藤左千夫)、そしてわが敬愛する松下竜一の「あぶらげと恋文」をあげることにしましょうか。
10代の頃読んだ「舞姫」の最後の一節はずっとずっと諳んじていましたっけ。
「嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡(なうり)に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり」

良書は山ほどあっても、きっと読み手の置かれた心理状態や環境によって、深く心に沁みこんで縁成す本とそうでない本とあるのでしょうね。好きな本とのめぐり合わせはあくまで本の側ではなく読み手としてのこちら側の事情によるところが大きいのかもしれません。

北風のぴゅ―ぴゅ―吹く中を街に出て、出れば出たで面白いことが山のように。
さりげない会話や人との出逢い。まるで円環的因果律のような交わりあいで見知らぬ人から心温まるさりげない親切をいただいて、それをまた知人に還したりして、そこからまた受ける親切がさらにさらにと広がって……、いいなあと満足。思わず神さまありがとう!!見ていてくれたんですねとそんな感じで感謝の一日が終わりました。



黒田さんのことを

2008年01月22日 | Weblog

数日前にパフォーマー黒田オサムさんからお電話があり、今日2時に黒田さんと西千葉駅で待ち合わせをしました。黒田さんは2時間かけて西千葉まで来て下さいました。

        

「ムーンライトブックストア」にご案内して村井さんに紹介しました。そこに「ジャズ絵本」を描いた柳谷龍さんも同席され、私を含め4人で様々な話をしました。
私は「表現者黒田オサム」さんのことを記事に書かせていただこうと思ったのですが、村井さんと黒田さん、柳谷さんと黒田さんのそれぞれが会話を通して織り成す広大な世界にただただそばで耳をそばだてるのが精一杯でメモをとることも忘れてしまいました。というかメモをとることもできなかったほど私の知らない奥深い世界へと話しが進んで行ってしまったのです。例えば村井さんとは本の世界や芸術の世界へ、柳谷さんとはそれぞれが降り立ったイギリスやフランスなど海外の広場の世界へという風に。そこに出てくる人の名前や街の名前……淡々と訥々と語る黒田ワールドは初対面のときと変わりませんが、今日も黒田さんの凄さを思い知らされた感じです。

たとえば黒田さんはこんな感じでしゃべります。
「フランスにいったときにですねぇ、古本屋に立ち寄ったんですね。わたしゃ、フランス語がわからないので、立ち読みするって言ったって、絵と写真を見ているだけなんですけどね……。あっはっは。すると、でかいフランス人の店主がそばに立っているんですよねぇ。内心やばいなぁ……つまみ出されるかもしれないなあと思ってみていると、私の肩をとんとんと叩いてこっちに来いと合図するんですよね。それでついていったらこ~んなでかいチョコレートの箱を差し出して、これを持ってけっていうんですよねぇ……なぜでしょうねぇ、不思議ですねぇ……あっはっは」
また仕事をさがして転々とさ迷っていたときの話になると、
「山谷から尼崎にも行ったんですね。尼崎の職安に朝早く行って並んでいると『やあ!!』とか行って手を挙げる人がいて、見ると山谷でみかけなくなったなあという人がいたりしてですねぇ。山谷と尼崎は地下水脈でつながっているんですねぇ……。最近はグローバル化しているので、世界とも地下水脈でつながっていたりねぇ……あっはっは」

黒田さんの話を聞きながら、私と柳谷さんはあまりの可笑しさに顔を見合わせながら声をひそめて「クックック……」と笑います。しかし、我慢が出来なくなってどちらからともなく「あはははは…」と大笑い、こんなシーンを何度も繰り返しました。
楽しかった……。何も重たいモノを特別に持っているわけではないのに、黒田さんの話に惹き込まれて、何かがどんどん氷解していくようなそんな感覚を今日もたっぷり味わいました。
黒田さんは20ヶ国以上の国にパフォーマーとして招かれて行っているそうです。



上の4枚の絵は黒田さんの作品です。田河水泡にも可愛がってもらいましたねぇという黒田さんは昭和6年生まれです。健康のためにも100歳までパフォーマンスを続けたいと話しています。
独特の世界を繰り広げる黒田さんの踊りやイベントの企画ができたらいいなと思っています。

黒田さん、遠距離をおいでいただいてありがとうございました。感謝。
村井さん、柳谷さんにも時間を割いていただいてありがとうございました。お礼を申し上げます。

黒田さんとの出会いを綴った過去の「ちあの散歩道」


損して得とれ、急がばまわれ

2008年01月16日 | Weblog
「損して得とれ」「急がばまわれ」……昔の人はいいこといったなあと思います。
何だか世知辛い世の中になりました。
たとえば目先の利益を追っかけて得をしたなあと思っても気分はどうなのでしょう。「得した、得した」と思っていても、その先に「徳」さえあればもっと大きな得が転がり込んで来るかも知れないのに、先のことが見えないばかりに目先のことで満足しているのかもしれませんね。

たとえば、正価のついている商品を値切って買ったとして、ほんとうに得をしたかどうかは何とも言えないのにと私は思ってしまいます。
私も仕事をしているときに、色々のお客様に出逢いました。
最初から値切って来る人、反対にこちらの言い値で黙って了解してくれる人など。どちらかが主婦などではなく、双方とも仕事をしている中で、それでも敢えて値切って来る人にはしみじみとその人の顔を眺めたこともあります。
自分が付けた値段には相応の理由があります。その値段を値切られるのは感じのいいものではありません。従って、私も何かを求めるとき、先方の付けた値段を値切ることはほとんどありません。黙っていても、言い値で払ったとしてもその中身が飛び切り上等のものが還ってきたり、さらに思わぬサービスを受けたりとそんなことは枚挙に暇がないほどなのに、いつも値切ってばかりの人にはそんなごほうびはきっと届かないのかもしれません。

主婦の発想によくこんなことを言う人がいます。
カードで買うとお店の人はカード会社に決められた手数料を取られます。そんなとき目敏い主婦は「私、現金で買うので、その分引いて下さいな」とお店の人に言ったり。それは流通というしくみの中の出来事なので、ほんとは末端消費者の口出すことではないのになとちょっと恥ずかしくなります。お店の人が先にそう言ってくれれば別ですが。
たとえば、お店に置こうとしている手作り品を直接譲って欲しいと言った人がいます。しかし、基本的にはその渡し値は変わりません。ところが、その人は「お店に置けば、売れたときお店の人に手数料を払うんでしょ。私はあなたから直で買うので、その分安くして欲しい」と。こんな人を厚顔無恥と言うのではないかしら。
「そのことがあなたと何か関係がありますか?」と聞いてみたいですね。こんなことを言う人に限ってブランド品に目がなかったり。
値切った人には値切られただけの仕事しかしないと言いきった職人さんもいましたっけ。

男性でもときどきいますねぇ、身銭を切らない人が。仕事上の経費としておみやげを買うということもありますが、世話になった個人宛のおみやげなどはたいていかっこいい人たちは自腹でそれくらい買いますね。この際と自家用まで追加して余分に買い求め、目の前で領収書をお店の人に請求したりすると思わず品格を疑ってしまいます。そばに居合わせたりすると亭主でもない限り黙っていますが、「ああ、この人、こんな人だったんだ」と、それまでかっこよく発言していたその内容までが霞んで説得力を無くしてしまいます。

何だかだと言っても背に腹は変えられずと言うことも多いけれど、出来れば「損して得とれ」「急がばまわれ」で人生生きて行きたいな。高いなあと思ったら値切ることより黙って買わなければすむのですから。



本「小さな暮らしの『ぜいたく』」

2007年12月22日 | Weblog

丸の内の丸善に行き、「小さな暮らしの『ぜいたく』」(発行:東海教育研究所/月間『望星』編)を買いました。これから読んでいくのが楽しみです。

          


本の帯には「広げすぎた翼をたたもう!」「自由で清々しい、心豊かな暮らしへの『私の提言』」とあり、執筆者には山折哲雄、金子亮太、池内紀、高田宏、吉沢久子……と続いています。
私がこの本をわざわざ丸善まで買いに行くのも不思議なことながら、レジでお金を払い急いでいたのでレシートを挟んだだけの包装なしで店外へ本を持ち出しました。
早く中を見たいと思い、愛読者カードを兼ねた返信用葉書が挟みこんであったページをエスカレータに乗りながらめくりました。
めくったところには、「盟友でありライバルであった松下竜一を失って。草の根に拠り、「ぜいたく」に生きた友。ノンフィクション作家林えいだい」とあり、本当に驚きました。まるでこのページを読むために私は丸善まで本を買いに行ったような……。それに違いありません。「引き寄せの法則」が働いたのですね。磁石にくっついてきた現象が「松下竜一」だったわけです。

私は今日、都内で行われたある会に参加しましたが、最後の方になってその会が何だか違うなあとひそかな失望を感じました。これだったら私は関われないとそんな思いを抱きました。そしてその決断は正しいのです。私が自分でそう感じたのですから。
林えいだいさんの書かれた文を読みながら、林さんの書かれている文も力作だなあと思いながら、私は松下センセイが生きていたら、こんなとき即刻相談するのになあと思ったものです。松下センセイもきっと私の考えを支持して下さると確信しています。
松下センセイが生きていたら、ききたいことがたくさんあります。確認したいことがいっぱいあります。「センセイ、私の見ている方向は間違っていませんよね」と。

今日は他にもいろいろあって、忙しすぎたのかちょっとうまく考えがまとまりません。少しリラクゼーションが必要ですね。





ブーメラン・磁石・鏡、そして引き寄せ

2007年12月21日 | Weblog
まるでブーメラン現象が起きているようです。
いいにつけ、悪いにつけ、自分の行ったことがブーメランのように還ってきます。
「鏡の法則」という本、読んでいませんが、本屋さんでパラパラとめくったことがあります。相手の行為は自分の映し鏡とも言われています。
まるで磁石のように、様々な関心事や共通の何かを持った出来事が毎日毎日くっついてきます。ああまた磁石にくっついた!!と、そんな叫び声をあげることもあるほどに頻繁に起きます。

そして、「引き寄せの法則」というのが今巷ではささやかれています。自分で自分が引き寄せてしまう自分の運命。いいにつけあしきにつけ。
きのう観た映画「やわらかい手」にも、主人公にこの「引き寄せの法則」が働いているのかも。映画のラストシーンに主人公マギーの幸せの予兆が描かれています。
樋口恵子さんが「祖母力」という本を書いたそうな。マギーも孫の病気を救うため、そして治療費を息子夫婦に援助するためにシゴトをした。これもまさに「祖母力」のひとつのあらわし方なのでしょうか。愛する家族のために出来ることをやっただけとマギーは答えるでしょうね。きっと。

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今日のNHKテレビ「特報首都圏」の中に「『クリスマス商戦』もあと3日が勝負。企画して作った売れ筋のコートが売れるのも売れないのも……」とありました。「流通再編・銀座が激変▽ブランド大戦争」と新聞にこの番組の紹介があり、銀座に集う世界のブランドショップやデパートの統廃合などが扱われていました。
また新聞記事(毎日新聞・発信箱)では「ローマ法王の心配」とタイトルが付けられ、ローマ法王ベネディクト16世がクリスマスの商業化を批判し、クリスマスが商業主義の汚染にさらされていると訴えたとあります。

クリスマスをはじめ、「母の日」「父の日」「敬老の日」「バレンタインデー」「ホワイトデー」などざっと思いつくこれらの日はプレゼントが行き交い、経済効果に大きく貢献しているのでしょうね。
必要なときに必要な人に必要なモノをじっくり選び、心を込めて贈る、そしてそれは「○○の日」に踊らされることなくと思うのは私だけでしょうか……。


革のペットボトルケース、もう少しで仕上がり。

2007年12月19日 | Weblog

月に一度行われる「手作り鞄・JIRO」での革小物製作のためのワークショップは、私にとっては楽しいことの一つです。
ずっと長い時間がかかったけれど最近新たに完成したメガネケース入れ。これはメガネをかけたり外したりが多い人にはほんとにおススメで、使ってくれている友人たちも大喜びしてくれています。



そして今日のワークショップでは、母子で参加のイトウさんのお嬢さんのカオリさんが作るビジネス用の書類入れのための大型ショルダーバックの完成も間近です。(下写真右上)。
お母さんのちょうこさんは、ソファーの足カバーを製作中。(下写真左上)。

                                  

私も、製作中のペットボトルケースがかなり進み、金具の部分の糸のステッチも終わりイメージ通りのいい感じになってきました。丸い底を付け、円形の筒にすると仕上がりで、完成まであと一歩です。(上写真左下&上写真右下)。
いい先生といい仲間に恵まれての月に1度の「JIRO」でのひとときはモノヅクリの喜びに浸れる貴重な時間です。そして月に1度のこの日が来るたびに1ヶ月の過ぎ行く早さに驚きます。そして、今年1年ももうすぐ終わります。

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「手作りタウン情報紙・ちあ」をやめて1年が経とうとしています。
数日前も「ちあ」に広告を申し込みたいと見知らぬ方から電話をいただき、本当に恐縮してしまいました。やめたあとも1ヵ月に数件「ちあ」に関する問い合わせがあり、私は電話口で平身低頭していますが、その度に心よりありがたい仕事をさせてもらったなと感謝の気持ちでいっぱいです。

今年は自由な時間にもたくさん恵まれましたが、忙しくても忙しくなくても、頼まれたことをギリギリにならないとやろうとしない性格にときどきは自分であきれ返りながら、何とか周りの方々にたすけていただき少しずつ前に進むことができました。
若い方々の頑張りにもたくさんの刺激を受け、触発され続けています。
特に(株)不動産ジャパンのスガハラさんには、締め切りギリギリになってしまう私の拙文を快く受け入れていただき本当に感謝しています。
知恵浅く、おまけに熟慮することもなく、推敲することもなく書いて送る原稿は本当に拙く恥ずかしい限りですが、掲載していただいて本当にありがとうございます。
不動産ジャパン&今月のコラムもどうぞご覧下さい。