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ちあの散歩道

輝いてアラカンヌ☆ありがとうの言葉を添えて暮らしのドアをそっと開けると今日も豊かな感動と新しい気づきが待っています。

「米澤民芸館」見学

2010年09月06日 | 美しいもの
米澤民芸館」を訪ねました。
正式には、「出羽の織座 米澤民芸館」「原始布・古代織参考館」です。

中に入ると館主の方が蒐集された衣や布、一度は途絶えつつあった、また途絶えてしまった植物繊維を使った布なども復元されたものが展示されていました。
木綿以前のしな布をはじめ、藤や楮(コウゾ)、葛などで織られた布やゼンマイ織のストールなどどれもため息がでるほどに美しいモノたちです。

「わぁ~!!」と、声を上げながら見つめ続けていた私は、「ブログに載せたい!」と写真撮影の許可を請い、撮影を許していただきました。






写真上は、アイヌ民族の方の式典用衣だそうです。



写真上は、ぜんまいの綿毛の部分と真綿で織られたストールです。





植物繊維で整えられた糸の数々。
つやつやとしたその繊維が持つ色合いの何と美しいことでしょう。



上の写真はぜんまい織の素となるぜんまいが加工されたもの。



写真上は、生活の道具として使い込まれた山ぶどうのマット。
山ぶどうで編まれたバックなどはたくさん見てきましたが、玄関マットは初めて見ました。
あまりの美しさにしばし呆然、そんな感じで拝見しました。
現在の私たちにはこのマットを含め、展示された布や織物の数々は限りなくぜいたく品に思えますが、昔の人たちはまさに身土不二のごとく衣類をはじめ生活用品も、地産地消、自給自足で賄っていたことが伺えます。
これらを思うと、昔人の暮らしの不便さ、不自由さから生み出された豊かな山里の暮らしがしのばれます。

旅の途中に偶然飛び込んだ「米澤民芸館」でしたが、本当に素敵なものを見せていただくことが出来ました。
撮影を許可下さったことを心より感謝申し上げます。
気の遠くなるような復元作業を通しての技法の伝承と伝統の継承や考察などのお話しもお聞き出来て、旅の醍醐味を味わう事ができました。ありがとうございます。


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9月6日の歩数 2589歩

今日も暑い日でした。
外出も控え、家の中を歩いた歩数です。

森田節子展 「根 と 芽」(西千葉・画廊椿)

2010年05月14日 | 美しいもの

 

西千葉にある「画廊椿」で開かれている「森田節子展・ワイヤーワークと箱」。
(5月14日~26日 画廊椿 千葉市中央区春日2-2-9)

針金細工の繊細でありながらしっかりとした存在感のある作品群を一目で気に入った私。小さな石を根に見立て針金で根を這わせ、小さな双葉が出ている可憐な、オブジェにもペーパーウエイトにもなるひとつを求めました。

以下の写真は「画廊・椿」に展示された作品の数々。

ドアを開けて入ったとたん、ふわりと軽やかな美しさが部屋中に。
軽いけれど力強さを感じるのは根の持つ存在の大きさなのでしょうか?



   
 
 
     
  

どれもほんとに可愛らしくて、深い味わいがありました。
見ているだけで心が晴れ晴れとしてくるようなワイヤーアートの作品の他にも紙や木でつくった箱も数点。箱も大好きな私は見惚れてしまいました。コラージュの面白さは、過去にどこかで出会ったことのあるような不思議な世界を思い出させてくれるようでした。

根に特した根の持つ力強さと根を伸ばしはびこらせることによって芽を出し花を咲かせ伸びて行く茎とのコンビネーションの美しさ。根を際立たせた作品の面白さのとりこになりました。
楽しい楽しいアートの世界が広がっていました。


布に触れると

2010年04月28日 | 美しいもの

~前の記事「おいしい食卓」の続き~

美しい布に触れると目がない私。



(左:薄手綿シルクのストール。オフホワイトの薄くて柔らかくてしなやかな布に刺しゅうされたドット柄が可愛い。
右:薄手綿ローンのサリー。サリーなので位置によって刺繍の挿し方に大きな違いが楽しめます。ゴージャスな個所とシンプルな個所の取り合わせがいい。)



(左:手紬ぎ手織りのゴールドムガシルクのストールはとてもしっかりとした重厚感があります。
右:薄手綿ローンのエコバック。ゴールドの柄とひもの取り合わせが華やかだけど清々しい。)

あちこちの画廊で展開しているユキコさんの「インドの布の展示」の合間を縫ってのユキコさん宅のひとときでしたが、ストックしてある美しいインドの手仕事のサリーやストールなども見せていただき、生活の中に使う布使いの見事さがそのまま凝縮されているようなお部屋の窓辺のカーテンの設えにもたくさんの刺激を受けました。
インドの綿ローンの白いサリー。サリーに施された細かい手刺繍ももちろん白い糸。独特の薄い透け感のあるサリーを窓辺にカーテンのようにユキコさんは下げていました。
さらに同じ窓にもう一枚重ねられた布は手織りのざっくりとした生成りタッサーシルク。洗って洗ってクタッとした質感にもうっとり。その色合いの美しさと光沢は使い込んだものならではのものでした。

私も真似したい!!と、上の写真の3枚の布とそれを包んで下さったエコバックが我が家へお嫁入り。エコバックも本当に素敵です!!
「最初ザブザブと洗ってね。ネットに入れれば洗濯機でも大丈夫よ」とのユキコさんの言葉に従って、晴れた日に水をくぐらせてあげようと思います。
シルクや綿、麻、ウールなど天然素材の使い込むほどに増す味わいの深さのもとは水を通したり風を含ませたりが大切です。何より使うことが一番ですね。

モノを減らしながらモノを増やしていくという矛盾と闘いながら、しかし生活に彩りは必要といくつかの言い訳をしながら……布を眺めてワクワク。


蚊帳をほどく

2010年01月26日 | 美しいもの



ほどいた蚊帳の布地を洗濯機でガラガラと洗い、太陽にしっかり当てて乾かしました。使い道はこれから考えようと思います。

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旅先の古道具屋さんで目にした古い蚊帳。
値段を訊くと「3000円です」という答えが返ってきました。
しばらく思いあぐねた末、買いました。

 
 
 

その蚊帳をほどきました。
一枚の布にして使い道を考えようと思ったのです。
買う時に、カーテンにしようかなとチラリと考えがよぎりました。
目白の「古道具坂田」の坂田さんのお店で、入口の引き戸に日に焼けた蚊帳のような麻のカーテンが下がっていたのを見かけたことがあるからです。
また坂田さんの私設美術館「as it is」で、展示品の中に古い蚊帳の布でパッチワークした見事なベッドカバーを見ていたからです。

 
 
 

買ってきた蚊帳をほどいて行きながら、その手仕事の美しさと、昔の人の始末の凄さのとりこになりました。
すべての箇所がミシンを使わず手で縫われていること、破れたところは接ぎ布を当て補強していること、その補強の仕方の布使いの美しさにもほれぼれしました。
長方形の蚊帳を吊る四隅の吊り手には茜色の絹糸が束ねられ細工されています。こちらも見事。
きっとミシンのない時代に縫われたものなのでしょう。
(写真のほとんどは、ほどいて行く過程で姿を現した裏面です)

 
 

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染料から糸まで、中の芯に使われていた太い麻糸も含めて科学合成的なものを一切使わずに天然の素材だけを使って色々のモノが作られていた時代に思いを馳せました。
と同時に、私はどうしてこんなに朽ちかけている襤褸布が好きなのかしらとちょっと呆れがちなもうひとりの私がいます。


棄てられるモノたちの中から

2009年09月13日 | 美しいもの


ペットボトルのキャップを集めて世界の子どもたちにワクチンを贈る運動というのがあるそうですね。
マンション集会所の玄関には集められたペットボトルのキャップがあり、集まるとこんなに色とりどりのキャップがあるのだと驚きました。
私は、水しか買わないため、キャップはたいてい白色や水色で、他の飲料にはピンクやオレンジのキャップなどがあるのですね。
ゴミ袋に入れられて、ベールを被ったボンボンのように可愛らしく見えます。



写真をたくさんパソコンに入れたため、パソコンは容量オーバー。
あわてて「外付けハードディスク」を買いに走りました。
箱を開けると、緩衝材として使われていたものがあまりに美しかったので、棄てるに忍びず、壁面に飾って楽しむことにしました。
いいですねぇ。一端のアート作品のようです。

本来は棄てられて行くモノたちも、よく観察すると美しいですね。
少し愛でてあげようと思います。

千葉市美術館で 「瀧澤久仁子コレクション展」

2009年07月15日 | 美しいもの





「瀧澤コレクション展」は、2004年に開催された「太陽と精霊の布展」を観て以来の「祈りをつづる染と織・タイの美しい布展」です。
2004年に「千葉市美術館」を訪れたとき、生意気は承知ですが、千葉にもこんな布を展示する感覚を持った企画者がいるんだと、とてもうれしく思ったものです。
そして、今回は展示内容を変えての2度目です。(8月9日まで)

山間民族の間に伝承されてきた染めや織りも今や絶滅の危機にあると言われています。化学染料の発達により、手間暇のかかる天然染料での染め物はみるみる姿を消し、手機を使っての機織りも、効率優先の世の中で、後継者問題にぶちあたっているようです。世の中には安価で手軽なものが蔓延しています。

織りや刺繍の柄には、ハレやケ、冠婚葬祭などを通してすべて生活の中の祈りの意味が込められています。民族によってその柄が違うなど、布の世界には魅力がいっぱいあります。
何より、展示を一点一点観て行くと、手仕事の素晴らしさはもちろん、生活の中の「衣」がいかにシンプルだったかがわかります。民族衣装としての衣。
上着もスカートもデザインは本当にシンプルで、その基本形に素材を綿にするか絹にするか、また織り込む模様を何にするか、色づかいも含めてそれぞれの用途が込められています。
まるで、日本のきもの文化のようです。

「筒スカート」は、私も15年くらい前にギャラリーで一枚購入したものを持っています。
一枚の筒になった布をはくのです。(下の写真)。
私が持っているのはシルクで、祭礼の時に上流階級の人がはくものだと購入時に説明を受けました。たしかにちょっときらびやかです。




実際にはくと、下の写真のようになります。
筒をすっぽり纏い、ウエストに合わせて余った布を調整することで、どんな体型の人にも着ることができる合理性にもみちています。



今回のコレクション展で参考になったのは、できるだけ「足さない」生活をしたい私に今手持ちのものを利用するたくさんのヒントがあったことです。
大島紬などの着物も、このように筒スカートにしておけば、今よりもっとおばあさんになったときも流行や年齢に左右されることなく、着用することができる点です。

やっぱり、素敵なモノを観ることはよいことですね。
刺繍やアップリケなど出来る手仕事を加えながら、今あるジャケットなども少しずつ変化させて行けたら、私は自分で自分専属のデザイナーということにもなり、ちょっとワクワクしています。
そのためにも、シンプルなもので天然素材のものを手に入れてきてよかったと思っています。ブラボー!!!



ため息のでる“モノ”たち

2009年07月03日 | 美しいもの



築地で行われたセミナーに出た後、恵比寿に足を延ばしました。

若者にかなり有名な古道具を専門に扱うお店があり、どうしてもそこに行ってみたかったのです。店内には確かに、心動かされる品々が、集められ、展示されていました。

しかし……。
お店の前まで行くと、ドアは閉じられ、張り紙があり、「店内を見たい方は、お電話下さい」と書かれ、鍵がかかっていました。
一瞬躊躇しましたが、ここまできたのだからと、電話をすると、すぐに中から鍵が開けられ、招き入れられました。
中をゆっくり見せてもらったあと、私は帰り際、お店の方に訊きました。

「どうして、ドアに鍵をかけているのですか?」
「お客様にゆっくり見ていただきたいからです。一度にたくさんの方が入られると、混雑しますので。本当に見たい方は電話をくれます。」
「ああ、そうですか。見せていただいてありがとうございました。」

丁寧にお礼を述べて、小さくて一番安価だった小物を一つ買い求め、店を“退散”しました。私が訪ねた時は私一人が客でした。
有名になって、私のような物見遊山の人々も訪ねているのでしょう。色々の事情があってのことなのでしょうが、私はもう二度と今日のお店には行きたくないなあと思いました。どんなにモノが素敵でも、まず最初に人ありき、と思うからです。それなら情報公開の都度「完全予約制」に最初からすればいいのに……と、思います。

以前、外国の方が倉庫代わりに借りている都内の下町にある古い民家を友人と訪ねたことがあります。
古い家には、海外から買い付けてきた垂涎もののアジアやアフリカの古布や、美術館に入るクラスの彫像などもあり、アクセサリーから敷物までおよそアンティークと呼ばれる品々が家いっぱい所狭しと置かれていました。そこからそれぞれのギャラリーに送られ、展示される品々でしたが、内々に買うことも出来ました。あるじは美術書なども出している人でした。
中東の内紛を何度もくぐりぬけて来ているお国の方があるじで、そのときも3人以上の人は同時に中に入ることが出来なかったのを思い出しました。3人以上は目が届かないからだと聞きました。要はモノの紛失を防ぐための策とも言えるのでしょう。友人とその人は親しい間柄だったにも関わらず、家の中を移動するとき、見張られて付いて来られたのを思い出しました。日本人には持ち得ない感覚ですが、モノや命が軽く奪われる国に生まれた方の宿命のようなものを感じました。

今日、訪ねたお店の方も、海外での買い付けの時など、同じ境遇に置かれているのかもしれませんが。


そして、そして……。
すぐ帰るにはしのびなく、せっかく訪ねた町を、小雨の中あちこち歩いて、一軒のお店に入りました。
そこは、さきほどとは打って変わって、ドアはなく、入口に大きなビニールがかけられていました。木綿や麻の服を売る若者中心のお店のようでしたが、私はそのビニールをかき分けて中に入りました。ディスプレイに惹かれたのです。



写真の藍のぼろ布は、そこの店のショップディスプレイに飾られていたものです。
日本製で布団側のようでした。大きな大きな布で、パッチワークでランダムに繋がれていました。その何と美しいこと。昔の人の始末が伝わり、使い込まれたモノの美しさに感嘆しました。
どこかの骨董市で売られていたものを、ディスプレイ用に買ってきたそうです。
どう使ったら、ここまでの味を出せるのでしょうね、と、お店の人と話しました。その全体をお見せできないのが残念なほどです。
裏側を探ってみると、木綿地の手織りや手染めであると思われるこちらも美しい布で裏打ちされて、表裏が二枚で、芯などもなく大雑把にも見える刺し子で重ねられているところをみると、最初は表面だけの一枚で、裏布は補強のために後から加えられて行ったのかも知れません。
「おお!!!」と、声がでるほどの美しいモノとの出会いでした。

今日の街歩きの収穫は、この布を観ることができたことです。


布を接ぐたのしみ

2009年05月30日 | 美しいもの



家でのシゴトのひとつは「布を接ぐ」こと。
3㌢四方に印をつけ、カットした布を糸と針で縫い合わせていきます。



ラジオを聴きながら出来る手仕事が気に入っています。
一枚一枚の小布を接ぎ合せることで完成して行くひとつの絵模様。
あえて何も意図することなく、無作為に接ぎ合せるだけの作業です。
ただひたすらに、ひたすらに接いでいくだけ。

いったいいつまで続くのやら……。


虹の夢

2009年04月09日 | 美しいもの




久しぶりに夢を見ました。
虹の夢です。
明るい空にかかった虹の下には、のんびりと人々がお花見をしていました。
私は、誘われるままに虹のかかる空を飛んでいました。
空中散歩をしながら、花の下に集まった人々を眺めました。