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ちあの散歩道

輝いてアラカンヌ☆ありがとうの言葉を添えて暮らしのドアをそっと開けると今日も豊かな感動と新しい気づきが待っています。

ゴミと化すモノたちに詫びながら

2010年10月23日 | モノ・雑貨・道具


ガラガラガラと音を立てて崩れる、わずかスーパーのレジ袋3つ分の不要と分類された我が家の食器類。何とたくさんの逡巡があり、捨てられずにいたことか。
捨てればいいというものではなく、必要な人のところに嫁に出すことも考えないではなかったけれど、私が不要としているものは巷にあふれる大量生産されたモノたちで、相手にとっても不要に違いないとの思いに至った次第です。今や100円ショップ全盛の時代でもあるし。
「不燃ごみの日」にひそやかにこうやって葬られて行くモノたちの哀れ。手を離れ、視野から外れたとたんに在ったことさえ記憶から忘れられていくモノたちです。

それにしても、なんとたくさんのモノを持っていることかと毎度のことながらため息が出ます。
人が生きて行くためには気に入ったほんの少しの身の周りのものがあればいいのに……。
しかし、ため息をつきながらも我が家のモノ減らしは着実に進んでいます。収まるべきところに収まっているモノをさらに吟味し減らしており、食器戸棚の中には、必要なものをすっと取り出せる“間”が戻ってきました。椅子を使って取りださなければならない数か所のつり戸棚の中はどれも空っぽになりました。
「いつか使うかもしれない、いつかっていつ?」と自らに問いながら、要、不要を分別していく作業は楽ではないけれど、確実に荷物が軽くなっていくことが目に見える楽しさがあります。

日本中の家庭の中に埋もれているこういった類の“ゴミ”をみんなが一度にゴミの日に出したらどうなるのかしら?などと心配しながら、ゴミを出すたびにゴメンナサイと小さく謝っている私。
先日の新聞の投稿欄に「誕生日のたびに100円ショップでマグカップを買うことを楽しみにしている」という女性の文が載りました。「100円ショップのマグカップをコレクションしてどうなるのかしら?」と、人様のことながらここでも意味不明のため息を漏らしてしまった私。楽しみも価値観も人様々でどれも批判の対象にしてはいけなくて、もっぱら自分と自分の周りにあるモノとの葛藤と対峙がしばらく続きます。

鍋の居場所

2010年10月19日 | モノ・雑貨・道具

 
 

“断捨離実行中”の我が家に、縁あって新しい土鍋がやってきました。
モノというモノにまったくと言っていいほど関心を示さない夫が、鍋を囲んだとき、「おっ!!これいいねぇ」と一言。そうなのです、いいのです。鍋作家として頑張っている若手陶芸家壷田氏の作品ですもの。
作家さんと親しいという友人におまかせで選んでもらったものなのですが、容、色、佇まいなどが確かにいいのです。手ひねりのややいびつに歪んだカタチなども気に入っています。

さて、この鍋の置き場所、居場所をどこにするかしばし思案。自慢ではないけれど、今まで陶器やガラス製品などの器をまったくと言っていいほど割ったことの無い私にとって安全な置き場所というのはとても大切なことなのです。
考えた結果、この土鍋は台所から離れて、リビングのとある一角に陣取ってもらうことにして一件落着。蓋を取れば、まるでリンゴやミカンをポンと投げ入れる1個の大きな器のように見えるこの土鍋はその気になればすぐに取り出せます。たくさんの出番をクリアーしながらこれから我が家で長く使われて行くことでしょう。


雪平鍋の出番

2010年10月05日 | モノ・雑貨・道具


長年使っている雪平鍋の出番がまたやってきました。

雪平鍋とは『広辞苑』によると、
「ゆきひら‐なべ【行平鍋・雪平鍋】(在原行平が海女に潮を汲ませて塩を焼いた故事に因み、塩を焼く器から起った名)。厚手で薄褐色の陶製の鍋。把手(とって)・注口(つぎぐち)・蓋のあるもの。主に粥用。ゆきひら」。

壊れてから台所の収納庫と化した我が家の電子レンジ。無くて不便だと思ったことは一度もありませんが、冷凍して保存したご飯の温め直しには重宝していました。
無ければないで何とかなるもので、冷めたご飯はお茶づけにしたりチャーハンにしたり、おにぎりにしたり、ときには冷めたまま食べることもあります。

秋になると鍋の恋しい季節。
雪平鍋の出番も格段に増します。残りご飯は雑炊にしていただきます。くず野菜なども入れると栄養価満点です。

それにしても、ゆきひらなべという音から来る懐かしい響き。
コトコトと炊く音や湯気の匂いからも温かさが沁みわたります。


持ち運ぶゴミ箱

2010年10月04日 | モノ・雑貨・道具


以前から気になっていた持ち運びできるゴミ箱(315円)。プラスチックで出来ていて色もカラフルなものがたくさんあります。
軽くて小さいので食事時、卓上に置いて使う事も出来、自分が動く場所に持っていってその周りで出るゴミを入れるものです。
私の場合は針仕事をするときの糸くずなどを入れます。
メードインチャイナの印とともに、横文字が羅列された説明書きやブランド名。もしかしたら違う用途のものなのかも知れないけれど、私にとっては探していたものです。
本当はゴミ箱としては紙の小箱などでもいいけれど、そうするとついついゴミ以外のものも入れてしまって、この場合はこれがやっぱり必要かな……。

それにしても、最近の「made in china」の多いこと多いこと。ずっと前にアメリカのディズニーランドに行った時、おみやげに陶製のかわいいミッキーマウスの置き物を買って、日本に帰って来てよく見ると「made in japan」とありがっかりしたことがありますが、今ではそれも隔世の感ありです。


新しい万歩計

2010年09月25日 | モノ・雑貨・道具




ウエストに装着する万歩計を落としてしまい、今度は落とさなくてすむ万歩計を探していました。
海浜幕張駅に行ったためアウトレットに寄り、希望通りの万歩計を見つけることが出来ました。
首からぶら下げるタイプで、色といい、サイズといい紐も含めてお洒落抜群です。

万歩計があるときは、歩くのが楽しみで、道を間違って遠回りをしてしまったときも万歩計は歩数を刻み、それはそれで希望が持てるものでした。
今日、ようやく念願かなってよい万歩計とめぐり合うことができて、また歩きたいと思います。
私が買った万歩計は「シルバ歩数計EX3」です。


オリジナルカレンダー

2010年09月03日 | モノ・雑貨・道具
来年のカレンダーをいただきました。
下さったのは、絵手紙を長年趣味でなさっているK氏。K氏のオリジナル手作りカレンダーです。

  

カレンダーはふたつに折り畳め、広げたときの半分になる畳んだ時はノートのような長方形(15㎝×19センチ)で、右開きにすると1月~6月まで、左開きにすると7月~12月までが収められています。

 

ひとつひとつの絵を眺めていると、自然と頬が緩んで笑みがこぼれます。

 
 
 

以下は、年の後半7月~12月です。



 
 
 

K氏は75歳くらい、私とは10年来のご近所カフェ仲間です。
カフェで偶然会うと、バックの中をいつもゴソゴソ、箸袋やポチ袋や携帯用つまようじ入れなど紙で作ったものなどを下さるのです。
今回は思いがけずカレンダーをいただきました。
来年にはちょっと早いけれど、今年が良い年で来年も良い年でありますように。
カレンダーには元気の出る言葉やおめでたい絵が散りばめられています。

こんな頂き物は、本当にうれしいです。ありがとうございます。


…………………

9月3日の歩数 6976歩。


捨てられないもの

2010年08月06日 | モノ・雑貨・道具
 

毎日毎日ゴミを出すことに精進しています。
部屋の中のあっちをゴソゴソ、こっちをゴソゴソ……。
そして、不要なものは思い切りよく処分の対象となります。

少ない持ち物で、大切に暮らすと言い聞かせながら、クローゼットの中の衣類なども整理しながら極少に減らす日々です。
暑いと動きたくなる性分なのかと思うほど、ゴミ袋を片手に狭い家の中をウロウロ。

しかし、なぜかボロボロなのにどうしても捨てられないものというのもあるのです。
ワラ草履とスリッパはいずれも現役大活躍中のシロモノ。
私にとっては巷で売られているどんな新品スリッパよりも大切なものなのです。

衣類も基本は「洗って、干して、着る」のライフスタイル実行中で、もう何年、今年限りと思いつつ着用している着やすい寝間着やジーパン、Tシャツなどのお気に入りの数々。
反面、ほぼ新品のままに眠り続けている出番の少ないモノが処分の対象となります。
リサイクルデーに一袋出せるように、もうひと踏ん張り頑張って!!とゴソゴソウロウロの毎日を送っています。



まだまだたくさん持っている布。
新しい布を買い足さないで「飾る雑巾」をせっせと縫っています。
しかし、雑巾といえども布合わせは本当に難しくて、アクセント用に新しい裂が欲しい!!と思う心をセーブしています。
雑巾はとりあえずはランチョンマットなどにも使えそうで、針持つ時間は至福時間です。

クーラーなしで今日も過ごしました。やったぁ~☆


捨てながら、拾う

2010年07月30日 | モノ・雑貨・道具


朝5時過ぎ、ゴミ捨てに行ったら、ゴミの中に雑じって箱が捨ててあった。すかさず拾った(写真)。
木の箱で、一か所に「トソ器」とマジックで小さく書かれているほかはほぼ無傷。お正月のお屠蘇の器が入っていたのかしらと思いを巡らす。
34センチ×25センチ、高さ18センチで、私には願っても無い大きさで、これから使う用途を考えることにした。
ベランダに出して、植木鉢のように使ってもいいし、デスク周りに置いて雑書類入れにしてもいい、パッチワークの布やなにかを入れて大きめの裁縫箱にしてもいい……、玄関に置いてスリッパ入れにしてもいい、玉ねぎやジャガイモなど冷蔵庫に入れない野菜の容れ物にもと思う。
箱が好きな私はお菓子の入っていた「品のいい箱」などもなかなか捨てることができないでいる。
スペースがあったら、箱コレクターを名乗りたいほどで、作家さんが作った小さな箱を買ったりもする。
今日の箱はシンプルですごくいい。それにタダなのもいい。
夫が買い置いて溜まった雑誌「文芸春秋」を捨てようとしていて、何気なく見ると「芥川賞受賞作」が載っていて、その1冊を思わず読み、読み終えたばかり。
『ポトスライムの舟』(津村記久子)で、2009年3月号だった。
読み終えて満足し、選考委員の選評を読んだら、委員のひとり山田詠美さんはその最後に『蟹工船』より、こっちでしょう。」と結んであった。ほんとほんとと私も思った。ケチケチと暮らす私の参考にもなる生活の中の機微が若い女性の切実なタッチで描かれていて、暗いストーリーなのになぜか明るい。
古い「文芸春秋」を読み返しながら、こちらは捨てられずにいる。

家に戻り、丁寧に箱を洗い、干した。

捨てながら拾う、一見矛盾した行為。しかし、不要なものは数多くあり、必要なものも少しあるので、バランスとしてはよいと思う。

鍋の修理

2010年07月07日 | モノ・雑貨・道具
「穴さえ開いていなければ……」とは、何かで読んだ鍋に関する言葉。
台所を公開している雑誌に登場した家事達人の人が語っていたような気がします。

我が家の鍋も年季が入り、鍋の取っ手が相次いで壊れてしまいました。熱に拠る腐食によるもので、普段ひんぱんに使っている大中小の3つの鍋の3つともが駄目になってしまいました。
さあ困った、どうしようと思い、ネットでその鍋の会社を探し電話をしてみると鍋の取っ手があるとのことで、さっそく申し込みました。

足すどころか、減らす生活モードに切り替えたこのごろの日々の中で、修理ができるモノというのはほんとにありがたいですね。

鍋と言えば「ル・クルーゼ」。憧れの対象ですが、私はまだひとつも持っていません。
きっといままで必要なく台所仕事をこなしてきたのでこれからも買う事は無いと思いますが。
家庭を持った当初、色とりどりのホーロー鍋で家事をスタートさせたあと、あるときそれらを全部処分して時流に乗って5重層や7重層の鍋を買って今に至っています。
まだ使えるものを処分した時の心の痛みを少し引きずっていますが。
手持ちの鍋は少し重いのが難点ですが、まだまだ使えそうです。
ピカピカにする鍋磨きもレクレーションと考えて、今あるものを大切に使いこなす暮らし方は、気に入っています。

追記:7月9日

鍋の取っ手が3本届きました。
これでまた10年は持ちそうです!!よかった!!感謝!!!
(一番小さい鍋はまだあまり痛んでいないのでそのままに、あとの二つは取っ手を換えたもの)



プラスドライバーを使ってしっかりとネジで接着しました。
こんなとき、時間持ちは本当にありがたいと思います。
まだまだ使えるものをゴミに出さなくて済んだし、新しいものを買う事も無く。
こんなことでしか、社会貢献が出来ないいまの私。
買う事も社会貢献かもしれないけれど、ゴミを出さないという事も社会貢献。どちらを選ぶかはその人次第でいいと思います。

竹のバスケット

2010年06月21日 | モノ・雑貨・道具



過疎の村を走っていた時、「かご屋さん」を見つけました。
迷った末、1個のかごを買いました。(写真)。

もう一度行きたいあのかご屋さん。
かご屋さんと言うより村の物産を売っていた所で、その3分の1のスペースが竹かご売り場で占められていました。垂涎ものがたくさんあり、その価格の安さに唸りました。その店の脇には清水が湧き出ていてその清水を汲みました。
写真のかごは1300円でした。
村の古老が暇つぶしに編んだと思われるしっかりした編み地、頑健な竹。竹を切り出し、竹を割き、竹を磨き、竹を編み、容を整えとこれを仕上げるためにどれだけの時間と労力がかかったことでしょう。
年を経るごとに竹はアメ色に輝いて行くことでしょう。

道中、私はこのかごに荷物を入れ、抱えて動きました。
何人かの見知らぬ人が私のかごを指差して、「まあ!!可愛い!!」と言いました。

安く買う事が出来たことはうれしいけれど、このかごを眺めながら複雑な気持ちになっています。
過疎対策、村おこしなどに携わっている人の話を聞いたばかりなのでなおさらです。