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ちあの散歩道

輝いてアラカンヌ☆ありがとうの言葉を添えて暮らしのドアをそっと開けると今日も豊かな感動と新しい気づきが待っています。

普通の布

2008年03月20日 | モノ・雑貨・道具

我が家のソファ、かなりくたびれてきています。これでも1回は生地の張替をしたシロモノで、何とか耐えに耐えてきているけれど、座面の布が擦り切れていてだんだんますます貧相になってきています。
しかし、負け惜しみではなくほんとに愛着も持っていて、なかなか新しいものに替える気分にはなれません。



人間も古びてきているせいか古いものが大好きな私。
そのソファをせめてカバーリング出来る布をずっと探し続けていました。
狭いリビングの小さなソファーゆえ、あまり個性の強い布は向かないし、シンプルでしっかりした布を探していたのですが、ありました。

カバーをして3~4日経つのに、乱雑に腰をおろしても布が大きく撚れることなく居住まいを正してくれていて助かっています。
もしかして私に買ってもらうのを待っていたのかもしれないなとそんな気分にもさせてくれるこの布はパルコの中にある「無印良品」で売られていたものです。
サイズの表示は「大」。大があるには中も小もあるのではと同じ棚を探してもこの手の布はこれだけ。パルコに行く度に眺め、広げ、そしてあきらめ(価格で折り合わず)と、そんな行為をここ数カ月繰り返していたにも関わらず他の人に買われていくことなく私が行く度にこの布は棚の上にあるのです。私が行き始めるだいぶ前からあるらしく布に貼られたサイズや価格表示の紙は今にも剥がれそうでめくれた紙の糊の跡が黒ずんでいました。セール品として出される日をねらってもいたのに、ずっと正価のままでした。
素材は麻100パーセントでベッドカバーのように端の始末も見返し布がたっぷりとついていて重量感もよく色もナチュラルカラーです。「よし、買おう!」と思い切って決断し持ち帰りました。

私は布が大好きで、一枚の布をカバーにしたり、間仕切りに使ったり、テーブルクロスにしたり、果てはカーテンにまでして楽しんでいます。素材も麻だったり綿だったり絹だったりで、色も白やベージュなどの他、日本藍や茜など天然染料で染めたものなども少しずつ集めています。人の体にも巻きつけることができ、多方面に使える一枚の布は魅力がいっぱいです。

このソファカバーは別段個性も由緒もない普通の布ですが、その普通の布の持つ心地よさに浸りながら、しばらくはソファの痛むことを心配しなくてよくなり、まるで命拾いをした自分のことのようにうれしく思っています。
(写真はその「大」の布を4つ折りにして使っているところです。もちろんベッドカバーにもシーツにも使えそうです。)


まるで精密機械工場

2008年03月14日 | モノ・雑貨・道具

壊れたパソコンから新しいパソコンへのバックアップのために「パソコンサポーターズ・TRYWARP」の出張サポートを受けました。

ハードディスクを開け中を見ると、まるできちんと整備された精密機械工場のような様相に驚き、反面不思議な安堵感を抱きました。
安堵の気持ちが持てたのは、外枠から眺めていたときには得体のしれない何かが内臓されているようなイメージを抱き続けていましたが、いざ開いてみるとこざっぱりとゆとりのある工場のような趣きで、人間の脳みそのような形状はどこにも見当たらず、パソコンはなんだ機械だったのだという人としての優位感を持てたせいかも知れません。



しかし、写真の緑色の部分は、細かいギザギザや点々などが記号のように配置され見事で美をさえ感じます。この部分がパソコン本体の頭脳とも言うべきところで、ここの回線のどこかが壊れた場合には原因を見出すにも困難で修復が不可能との説明も受けました。私のパソコンもこの部分が壊れたようだとのことでした。

箱の中にはいくつかのお弁当箱のような箱があり、その中にそれぞれいろいろのものが内蔵されているらしく、そのひとつである私個人のデータボックスを取り出し、すべてのものをバックアップすることが出来ました。

古い壊れたパソコンの中に入っていたデータが万一バックアップできなくても、欠かすことのできないジンセイに必要なものなどなく、それはそれで大掃除をしたときに大量のゴミを出し大切なものを数点一緒に失ってしまったという考え方を持つことで私自身納得していました。しかしバックアップができればできたでそれはまたとてもありがたく便利で助かった部分もあります。反面引越しの際の大掃除をしそこなったような気分も拭えず、本来は必要のない雑多なものまで新しいパソコンが引き受けたような諦めの悪い複雑な心情もあります。人間は勝手なものですね。

いずれにしても、新しいパソコンに私の必要なすべての環境が整いました。
言い訳無用で、パソコンが壊れたのでデータを失ってしまったという理由での諸々の遅延も言い逃れができなくなりました。やるしかないなの心境で新しい出発です。


新しいパソコン

2008年03月09日 | モノ・雑貨・道具



今までのデスクトップ型パソコンからノートパソコンに替えて約1週間が過ぎました。
パソコンの上達には慣れしかなく、慣れるためにはたびたびパソコンを開くしかないのですが、デスクトップ型に慣れていた私はちょっとやはり使いにくいなあと感じています。

デスクトップ型を買うかノートパソコンにするかは購入時にずいぶん迷いました。
しかし、お店の人に訊くと7割の人がノートパソコンを買っていくそうで、デスクトップはだんだん少なくなっているそうです。
修理のときのことや、学習するときのことを考えるとノート型の方がいいかなあと思って決断しましたが、慣れるまでにはもう少し時間がかかりそうです。

そして今のパソコンの主流は「ビスタ」だそうで、当然のごとく私もビスタを買いましたが、以前使っていた「ウインドウズXP」にもかなりこだわりました。
しかし、主流が「ビスタ」ということは、値段も新しい機種である「ビスタ」の方が安いとの説明を受け、納得のいかない部分もたくさんありましたが、結局は「多勢は無勢」の流れに沿って受け入れざるを得なくて……。ちょっとクヤシイですね。
それにしても技術革新のすさまじさです。そして技術が革新されるたびに、オロオロしながらしばらくは“前の方がよかったなあ”と思いつつキーボードを打つ私。
修理をするにも5年以上経過すると部品もなくなるそうで、何だか納得できないままに新しい機種に替え、どこかに大きな無駄を孕んでいることを感じながらも従うしかありません。
従って、パソコンを買い換える度に、新しく学習しなければ使えない部分も出てきてしまいます。脳活性化にはちょうどいいかもと、せめてそんな思いで自分を自分で慰めながら、新しいパソコンと仲良くする術を探っている毎日です。


鉛筆

2008年01月18日 | モノ・雑貨・道具

鉛筆を使うことがめっきり少なくなりました。いつもはボールペンです。万年筆はとうの昔にいつの間にやら手元からなくなっているし……。
しかし、必要があって今日は鉛筆を探すハメに。
机の前のペン立てに乱雑に入れてあるハサミや糊や定規やカッターなどに混じって鉛筆もちゃんとあって、ホッとしました。

  

鉛筆を削ったものの、芯の尖った鉛筆を入れる筆箱がありません。
仕方なく色鉛筆を一時引き出しに避難させてそのケースに普通の鉛筆を入れました。
それにしても、最近の鉛筆って消しゴム付が多いんですねぇ。削った内の1本を除いてみんな消しゴムつきでした。
鉛筆を削っていると小学生の頃を思い出し、ちょっとノスタルジックな気分に浸りました。

いつ買ったのか定かではないけれど、削ってみると1本の鉛筆の芯が4色(赤・水色・黄緑・紫)になっているのがあって、書いてみると手の加減をするだけで4色が1本で描ける鉛筆がありびっくり。“贅沢な鉛筆”と独り言を言いました。
鉛筆もいつの間にか進化しているのですね。


竹のざる・かご

2008年01月11日 | モノ・雑貨・道具
            

竹のざるが大小5個、この中の小さいものは手の平に乗るほどの大きさ。深くてほどよい“米とぎざる”もあります。しょうけが2個、そして何とはなしに入れ物として使っているちょっと大き目のざるのようなかごのようなのが2個。
特別のものではないけれど、手にとって使うたびにいいなあと思います。
古道具の中から選んで買ったものもあり、あめ色に光っていて、手職人の技のあとが見えます。
昔の人は、こんな天然の竹のかごや木桶などに囲まれて台所仕事をしていたのでしょうね。ちょっとうらやましい。
ざるの中には玉ねぎやジャガイモを入れたり、仕舞う場所の無い口の開いたお酒などもとりあえず入れて、とにかくきっちり仕舞うほどでもないものをポンと入れて置くのに重宝しています。

家事の中で、掃除、洗濯、料理の中で料理が一番苦手だと思っていたけれど、最近は本当に料理が楽しくて、きょうもいもの煮転がしなどをちょこちょこっと作りました。
ちょこちょこっと作るたびに神さまに感謝します。「こんなゆとり時間を与えて下さってありがとうございます!」と。時間があることがこんなに豊かなことだって毎日毎日しみじみと味わっています。


お塩のスプーン

2007年12月09日 | モノ・雑貨・道具

台所に立って、調味料に塩を使うとき、いつもいつも「ああ、この“お塩のスプーン”、思い切って買ってよかったなあ」と思います。(写真右端。その隣りは普通のティスプーンと木のティスプーン)。

小さくてうっかりするとどこかに失くしてしまいそうな水牛の角でできたお匙です。淡いあめ色といい素材の持つどこかしら弾力を感じるような持ったときの穏やかさもいいですね。持ち手の長さも絶妙。
もちろん売られているときに「お塩専用スプーン」などの表示はなく、私が勝手にこれは塩を使うときの専用スプーンにしようと決めて使っているだけのことですが、手触りといい、使い勝手といい本当に満足しています。
例えばおにぎりを作るとき、このスプーン1杯の塩を塩壷から取り出し手の平に乗せ手の平に馴染ませるまでの瞬間の作業効率の良さ、鍋の中で茹で上がった青菜にこのスプーンで大盛り数杯の塩を振るときの手に伝わる感触のよさなどこの小さな水牛のスプーンが台所仕事をしていてどれだけ幸せな気分にしてくれているか測りしれないほどです。第一塩を塩壷から取り出そうとしてこの小さなスプーンを塩の中に挿し込んだときの「サクッ」と聞こえるまろやかで小気味いい音は格別です。

たったこれだけのその小さな道具と出逢ったおかげで、果てしない心の豊かさが広がるほどです。どこでいつ買ったか思い出せないほどですが、大切に使い続けたい道具のひとつです。


椅子を拾う

2007年10月14日 | モノ・雑貨・道具


家の近くのゴミ置き場のそばを通ったら椅子が捨ててありました。
うんと小振りのシートと背もたれはいずれも革ではありませんが、全体の雰囲気といい色合いといい経年感が漂いなかなかステキです。
脚部など椅子の根幹を成す骨の部分はすべて鉄でできていてその鉄部の錆び具合が何ともいえないいい味を出しています。雨ざらしにされていたのかもしれません。
しばらく考え、ひっくり返して裏側をみたりしましたがますますそのしっかりした作りが気に入り、ジャンクなものが大好きな私は見過ごすことができず、一度はあきらめて家に向かいましたが引き返し拾って帰りました。(写真)。
何せ、鉄で出来ているというのが最高です!!!

 私がものを処分したり、また貰い受けたり拾ったりするときの基準は、これにどこか違うところで出会ったら迷わずに欲しくなり買うだろうかということです。
処分するときも同じで、不要になっても、きっとどこかで再びめぐり合ったら大好きなこんなムードのものはまた懲りずに買ってしまうだろうなということを基準にします。
この椅子に関しては骨董界のカリスマとも言われる目白の「古道具坂田」あたりに陳列されていてもおかしくないようなそんな雰囲気を持っていると勝手に決めてワクワクしました。もっと古くて壊れかかっていたらますますいいのかも知れません。

9月に行われた坂田敏子さんデザインの「mon sakata」の「くるん展」に行ったときも、秋ものの洋服の発表スペースの片隅に四角い繊細な脚のスツールがディスプレイされていてうっとりと眺めたものでした。(mon sakata→news→くるん展をクリックすると写真があります)。
そのスツールは破れたシートの角から中のクッション材がほんの少し覗いているようでしたがそれさえもまるで仕掛けられたように心憎くて本当にステキでした。

拾ってきたこの小さな椅子は捨てられていたとはいえこの秋一番の私の掘り出し物です。


“大人可愛いい”容れもの

2007年10月09日 | モノ・雑貨・道具

パッチワークの布で作られた可愛らしい容れものをゲットしました。
落ち着いたシックな布の柄行といい、ステッチの糸の配色やかけ方といい、ファスナーを開けたときの内布のセンスといい、私の好みにぴったり。

この容れものを実は1年も前から行きつけのお店で見ていたとはいうものの、あってもなくてもいいようなさして実用的とも思えないこの容れものを好きと言うだけでは買えないなと思い買いあぐねていました。今日久しぶりにそのお店を訪ねてみると何とまだお店に飾られていました。ああ、やはりこれは私に連れ帰って欲しいんだなと今日は迷わず買い求めました。1年がかりの買い物です。

さあ、どんな風に使いましょうか……。少し長旅に出掛けるときに大きなスーツケースの中に大切なものを入れてしのばせましょうか。または近くの公園に本を1冊と水筒とおにぎりを持って出掛けるときの“お弁当バック”として役立てましょうか。などなど、様々な用途が私の頭の中をワクワクしながら駆け巡ります。
ただただ見つめているだけでもしあわせな気分になれてうっとり。




旅⑧  ハプニング2 和傘工房を取材

2007年06月17日 | モノ・雑貨・道具

旅にハプニングと出逢いはつきものです。
中津市で私は故松下竜一氏のお墓参りをしたあと、市内をブラブラと散策しました。
中津は福沢諭吉を生んだ町としても有名で「福沢旧邸」の門の辺りまで歩いたところで旧邸の土塀の隣りに「和傘工房朱夏」ののれんを見つけ、思わず見学を申し出ました。

実はある企画「ザ・職人」で全国の職人さんを取材して記事を書くことになっていたのですが、少し行き違いがあり私の中に納得の行かないことが起こり、その依頼を中断して気持ちが乗らないままになっていましたが、こんな素敵な工房を見つけてしまうと眠っていた取材の虫がぞろぞろと起き出してしまいました。取材をしなければ深い話をきくことが出来ず、モノヅクリに興味がある私は迷った末に記事を書くことを決め、取材を申し込みました。
明治中期の家屋を改造して和傘づくりの工房にしたという「朱夏の会」代表の今吉氏に和傘づくりの行程や材料、和傘の現状などを1時間にわたって伺うことが出来ました。
和傘(蛇の目傘)の工房は、今は全国に10軒位しかないということも判り、城下町中津でただ一軒しか残されていなかった江戸時代から続いた和傘屋さんが高齢化のため製造をやめてしまったことを知った今吉さんは、今から4年前不動産業のかたわら独学で試行錯誤の末に和傘づくりを伝統工芸として復活させた人だということも取材の中で伺う事ができました。

取材を受けていただくために私が用意しなければならないこちら側の資料も差し上げることが出来ないままの突貫取材にも関わらず、会議を中断して快く取材に応じて下さり、出逢いの妙に心より感謝しました。
和傘作りや作品の写真もたくさん撮らせていただくことが出来、その中で今吉さんが「あなたも、さあ、傘をさして。撮ってあげましょう」と私に和傘を差し出して下さり、私も「夜目・遠目・傘の内」ですねといいながら思わずカメラに収まってしまいました。(写真)

旅をしていて思わず出逢う素敵な人たちは旅の大きな醍醐味の一つです。
電撃的ともいえる出逢いをいただいた「和傘工房朱夏」さんを丁寧にきちんと写真入り記事にして皆さんに読んでいただきたいと思いました。
これから数日中に仕上げたいと思います。


馴染み育てられて行くモノたち

2007年06月04日 | モノ・雑貨・道具

(写真は「ワイン家のものづくり展」より)

写真の敷物はタペストリーとしても飾れます。もちろん敷物として玄関マットや肘掛け椅子の下に敷いても素敵ですね。
以前、何かの本で「敷物のない部屋は裸でいるのと同じようなもの」と、読んだことがあります。日本家屋では湿度も高く、畳があり、板敷きの間は拭き清められているため外国の考え方をそのまま受け入れることは無理がありますが、素敵な敷物を実用とアクセントを兼ねて使うとお洒落で心地いい部屋作りが出来ることは確かなようですね。
関悦子さんの敷物は、オーダーでも受け付けてくれ、価格の設定は10㌢平方が基本となります。特別なものを除いて大きさも希望を伝えればほぼOKです。
日本家屋にもマンションにもシックな色合いとしっかりとした手仕事で織られた悦子さんの敷物はぴったりと馴染みます。
我が家では、台所マットの他に玄関マット、肘掛け椅子の下に敷いている小さな敷物、ダイニングテーブルの下に敷いているちょっと大き目の敷物と計4枚の悦子さんの敷物に囲まれています。どれも本当に気に入っていて、大切に大切に使い続けたいと思っています。