心理学オヤジの、アサでもヒルでもヨルダン日誌 (ヒマラヤ日誌、改め)

開発途上国で生きる人々や被災した人々に真に役立つ支援と愉快なエコライフに渾身投入と息抜きとを繰り返す独立開業心理士のメモ

西丸震哉1974「山歩き山暮らし」中公文庫(1985年版)

2012-10-01 16:29:55 | トレッキング・釣り・テニス
懐かしい本だ!
学生時代に何度も読んだ本。
これも、10日間逗留中のカトマンズのホテルの本棚から。

まだまだ日本に未踏コースが探せばあった時代。
峠越えや源流遡行が、下調べの資料にのっとって、試みられる。

「大賑わいの登山コースには見向きもせずに、何やら怪し気な山々を探し出しては踏み込んでいく西丸式登山術」と、表紙裏の宣伝にあるがその通り!
山の生活での工夫や考察は、現在でもそのまま通用する普遍性を感じる。

文体は、後の椎名誠の先鞭をつけたような軽さで、探検記や踏査記などにありがちな悲壮さは無縁だ。
そのうえ筆者による挿絵は椎名モノのひさし?氏にそっくり。
でもところどころに、地図や地形図などが生真面目に登場する。

そういう意味では、あることあることの記録であり、小説家のものとは一緒にはできないかな・・・
また公務員生活の合間に休みを取って出かけるというスタイルが、読む人をこの著者近くに引き込む。

「大草原のある山頂」というタイトルで、利根川水源遡行の記録がある。
沢の名前が、ぼくの遠い記憶を呼び覚ました。

ぼくの場合は職場の山好き3人で、勤務先の病院に夕方出入りしていたラーメン屋台が本業の釣り人のボートで八木沢ダムを堰堤から流れ込みまで送ってもらい、遡行を開始。
軽快な沢歩きができるのはたった1日ほど。
すぐに雪渓くぐりや岸壁のザイルを使った微妙なトラバースが始まり、渡渉や高巻、流れへのザイルでの降下など、盛夏にもかかわらずびしょ濡れで震え上がっていた日々を想い出した。
結局日程不足で水源までは行けず、ボートで送ってもらったところまで戻り、当てなく釣り人のボートがやってくるのを河原でテントを張って待ち、翌日に運よく到着した人を拝み倒してダム堰堤まで送って戻ってもらったのを想い出す。
なんという人任せ計画・・・今思うと恥じ入る・・・!

イワナ釣りを覚えたのはこのとき。
先行記録にそれに関した記事があり、安物の渓流竿を手に入れ、ミミズをひと箱準備していった。
3人だからひとり2匹で6匹、と決めると夕方にテントを張っている間に釣れてしまう、夢のような場所だった。

以来、釣りはぼくの生きるうえでの高いモチベーションになっているかも。
そういつもはうまくいかないんだけどね・・・

20数年前の、1985年の端が日焼けした文庫本で読むと、なおさらあの30代の日々が想い起される・・・
日本に戻ったらパイオニアワークとか冒険!?そのものではなくても、それを加味した山登りとか遡行とか釣りとかキャンプとかやりたいな・・・




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