心理学オヤジの、アサでもヒルでもヨルダン日誌 (ヒマラヤ日誌、改め)

開発途上国で生きる人々や被災した人々に真に役立つ支援と愉快なエコライフに渾身投入と息抜きとを繰り返す独立開業心理士のメモ

コミュニティ・ベイスト・デイケア・モデル -大災害後の被災者への心理社会支援-

2011-07-31 08:27:55 | エコ・地域・環境
被災者支援の場から今は離れたところに身を置いて、3か月の体験を再考している。

甚大な災害を体験した人々への心理社会サポートには、

支持的な人間関係とあたたかな雰囲気とがある居場所を提供し、
そこでは被災後の生活にはない自己表現の機会や、こころの休まりなどを体験できる活動、ストレス関連の心理教育などがある、
そうした新たな環境に自己がコンテインされる、いわば「コミュニティ・ベイスト・デイケア」モデルが有効であり、
復興へ向かう具体的な生活イメージを安定的に獲得することがゴールとなる、

と整理できるように思っている。

乗り継ぎ便スケジュールが翌日に変更されているけど、きょうの便に乗り継ぐチケットがない!

2011-07-26 12:26:35 | 
いまは雨期のカトマンズ(KTM)。

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VISAのために、前のようにトリブバン大学ビュシュバシャ・キャンパスのネパール語コースの学生となる手続き中。
学費の支払い、
銀行口座の開設、
残高証明、
大使館からno objection letter、
などなどを経て、学生VISAが手に入る。

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今度は羽田発で同日にKTMに入れるキャセイ・パシフィックのホンコン経由便を使った。
チェックイン・カウンターで搭乗券を受け取ろうとしたところ、カウンターの美しい女性は「荷物はホンコンまでですね」と言う。
???
KTMまでスルーです、とぼく。
「ホンコンから先の便は一日先ですよ」と、やさしく、しかし断定形。

調べてもらうと、ぼくのe-ticketを発券した時のダイヤが変更されて、この日にはなくなっていたということ。
解決策は、「購入したエージェントが」、この日の他社便に変更手続きをすることだと言う。

手帳に番号の控えはなかった・・・が、幸いにも、ネパールで使っている携帯のスイッチをいれると、立ち上がった!
エージェントの番号がわかって、Telカードを買って公衆電話から、早朝のKTMへ電話。
事情を話し、ホンコンから先の予約を入れてくれるよう、そしてこの費用はエージェント持ちだと説明する。
ホンコンから再Telすることになる。

ホンコンに着いてこの日のKTM便を持っているネパール・エアーのトランスファー・カウンターで問う。
ぼくの予約がビジネスに入っているがチケット番号がわからないから発券できない!!!って。
ホンコンからKTMへのTelは繋がったけど・・・回線状態が悪く、何を言っているか全く聞きとれない!

そこで、ぼくのカードで支払い、ホンコンーKTMのチケットを新たに購入する、という解決方法にする。
5600香港ドル!
ほとんどKTM-東京の片道に等しい!

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開発途上国ビジネスの責任回避!は散々見てきているので、不当だけど自己負担になるだろうな?とは思いつつ、
到着翌日にKTMのエージェントを訪ねて、領収書や航空券の半券などを見せる。
エージェントは表情をこわばらせ、青い顔をして、航空会社が悪いなどと、わけのわからない言い訳をしているが、ぼくは交渉術として聞き入れない。
そうだろう、ネパールではおよそ半年分ほどの金額を負担しなければならないかもしれないのだから。

一日経ってきのう、そのエージェントからTelあり。
「払ってもらえることになった」と。
そのエージェントと航空会社の間に入っている旅行社が支払う、と言い、署名が必要だから来てほしい、と。

小切手を受け取り、一件終了!!!

電話代の負担や、ビックリ体験への保証はなかったけど、雨季のKTMで、ちょっとだけ気分のいいスタートになった。


自然いっぱい、ガイドもいっぱい

2011-07-22 13:19:19 | 
石垣島では移住した友人宅に7泊。
コンクリート打ちっぱなしの台風対策ばっちりの新築家屋だった。
核攻撃も大丈夫だよね、というのはこの時期、悪い冗談。
トイレ・TV・AC付のゲストルームが用意してあって、おかげでゆっくり過ごせた。

星を見に行ったり、
釣りでグルクンを34匹あげたり、
島一周ドライブをしたり、
クースー(泡盛古酒)を嗜んだり、
行きつけという島そば屋やラーメン屋へ行ったり、
移住仲間という成功している絶景レストランへ行ったり、
ナチュラルガイドツアーで村の奥の名もない鍾乳洞へ腰をかがめて入って手長エビなどを見たり、
トンネルができて廃道になった渓流沿いをクモの巣を払いながら歩いたり、
干潮のラグーンでサンゴやイワノミなどの生物探しをしたり、
・・・
この島には復帰前に来たことがあるけど、埋め立てや経済発展で、当時の印象に残っていた川平湾を含めて、まるで違うところになってしまっていた。

念願の西表島へ初上陸できて、滝壺を二つ訪ねる渓流トレッキング。
フェルト底の渓流タビで、人が入っていない苔むした岩を伝いながら、10時から5時まで歩いた。
おかげで、帰り際には足裏は痛くなるし、ふくらはぎや太ももが痙攣しそうになるくらいだった。
この暑い時期の低山トレッキングでは熱中症予防の体温対策が大きいけど、ここでは渓流に服のままお風呂のように横になって浸かってしまうというお手軽対策。
西表13年目になるというガイドは、雨の時に雨具を着るのはここでは悪い対策、というのがおかしかった。
次に来るときには、島縦断をテントを持ってやりたいナ。
早朝に船で甘い香りのサガリバナが川面に落下するところを見に行ったのも印象的だった。

友人がPCを使わないので友人宅にはネット環境がなくて、1日はネットカフェへ行ったけど、次の小浜島のホテルでは貯まったメールなどの対応に長時間。
それで、おいしい料理と、温泉のない沖縄の海を見下ろす大浴場くらいの印象。
なお、朝ドラ以降「ちゅらさん」何とかを名乗ってきたこの島は、もうそれを知らない人が多くて、今年からはそうしないことになったと聞いた。
10年経つんだって。

沖縄は自然いっぱい、ガイドいっぱいの島だった。
熱帯の島の自然だけならカリブなどに負けるけど、日本語で旅できるということだろう。
東京より低い30℃程度が最高気温で、島特有の陸風海風が吹く気候も過ごしやすかった。
陽射しと日本の物価高は強烈だけどね。
ちょうど発生した台風6号の予想ルートが帰京フライトと重なって、一時は気を揉んだけど、幸い離れて行って、それはよかった。

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あすからは4か月ぶりのネパール。

村の女性にミシン教室をし、その製品を日本でも販売しているNGOから、製作モデルを数点、預かったので持っていく。

かつて現地で通訳を頼んだことのあるネパール青年が、偶然ここに近い日本語学校に4月から通っていて、来年の奨学金付き大学入学を狙っているけど、親族へのiPodと借りてきたお金の利子分の現金を託された。
深夜の工場で働きながら、私費留学をよくガンバっている!
こんなハングリーな人を日本で見なくなってしまったよね。

これで荷物は24Kg、もう限界。

今週末の陸前高田行きが中止

2011-07-07 01:34:33 | 地域精神保健
今週末の陸前高田行きが中止になった。

今度の「こころとカラダの健康の集い」を予定していた仮設住宅団地が、避難所からの引っ越しから1週間経っていなくてまだ落ち着かず、代表者もでかけたままでそこにはいない、などの理由。
作業療法を使った出会いを楽しみにしている人たちもいるけど、まあ急がずに。

それで、4月初めからの約2/3を現地で過ごしてきた、ここ3か月のぼくの被災者psychosocial支援に節目を迎えている。
次に行くのは、8月第4週の予定で、1か月半空く。

きょうは地元のH保健師さんから副知事が来るから会って!というTelを受けたけど、いない日に当たっていて残念。
PSWのHさんを中心に、NsのMさん、ロジのKさんも今後は一緒に動けそうで、踏ん張りと工夫を期待している!

ぼくは約束していた、友人が移住している石垣島で10日間、連れ合いが駐在しているネパールへ行って1ヶ月過ごす。
今週末には、かつての同僚のクリニックへ行って、一杯かも。

この間の自分の動きを見つめ直す機会にしたい・・・

多紀保彦 「魚が語る地球の歴史」

2011-07-06 08:18:24 | 
多紀保彦1993「魚が語る地球の歴史」技報堂出版

執筆時の筆者は、東京水産大学で魚類地理学の教授。1931年生まれ。
著書多数、現在は法人の代表などを務めているらしい。

読んでいると、岩波新書を読んで、獲得した新しい知識が世界の新しい認知の枠組みを創っていくことに感動していた高校生のころを連想した。そういう感じの本。

どのような経路で移動分散していったか、プレートテクニクスによる地史の解明、遺伝子レベルでの生物の系統類縁、分布と古地理、などという興味深い分野。
それを、海を渡れない淡水魚を切り口に語っていく。

「中新世は気候温暖な時代。今よりも南方的色彩が強かった東アジアの淡水魚類相と、その一部であった西日本の魚類相。」
「西日本が大陸と連結した陸地として存在していたのに対し、北東日本が海中に没していたことが多かった」
「コイ類にまとめられるコイとフナの5亜種は、ユーラシアの北半分に分布していて南・東南アジアにはいない」
「日本のナマズは淡水産、海産を合わせて11種。世界には2000種ものナマズ目魚類」

知的に引き込まれる、たのしい本だ。

西ネパール・バルディアの、あのサハールは北のものだったんだ・・・

震災本4冊;「大震災のなかで」「詩ノ黙礼」「詩の礫」「詩の邂逅」

2011-07-05 10:28:17 | 
4冊の震災関係本;

著者から本を送っていただいた。
岩波新書「大震災のなかで-私たちは何をすべきか」
6月21日の発行だ。
「震災の意味、復興を語る」33人の共著で、内橋克人 編。

北上へ行く新幹線の中で時間つぶしに読んだ雑誌アエラの記事で知った、福島の高校国語教師である詩人和合亮一の3冊が届いた。
「詩ノ黙礼」新潮社、2011年6月15日。4月10日から書き始めたという詩集。
「詩の礫」徳間書店、2011年6月30日。5日目から書き始めたというツイッターの呟き(著者によれば「詩の欠片」)集。
「「詩の邂逅」朝日新聞出版、2011年6月30日。詩と対話。

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(「黙礼」よりの一部)
「黙礼する。
私は何をしたいのか。
鎮めたい。何を?
たくさんの失われた魂。悲しみ、絶望。
・・・・・」

(「礫」より、震災5日目の避難所で)
「翌朝5時に、水をもらうために並んだ。すでに長蛇の列だった。1時間ぐらい経って、みぞれが降ってきた。男の子がお父さんに笑い顔で言った。お父さんより、ぼくのほうが先だったね、起きたの。その可愛らしい顔を見て、私は思った。おばあちゃん、水、大丈夫かな。」

(「邂逅」より一部)
「生徒の赤い目を見てしまったら
言葉の前に涙が出てしまったのだ
・・・・・・・・・・・」
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大きな悲しみや喪失、また新しい”希望”を表現するには詩が似合っていると思う。