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心理学オヤジの、アサでもヒルでもヨルダン日誌 (ヒマラヤ日誌、改め)

開発途上国で生きる人々や被災した人々に真に役立つ支援と愉快なエコライフに渾身投入と息抜きとを繰り返す独立開業心理士のメモ

アルコールなし送別会は初めて!

2013-01-22 14:31:56 | 
数日前に知り合いになった家族が離任間近に。
その大家さん主催の送別会に声を掛けていただいた。

駐車場だけでもフットサルができそうな広大な敷地に高級そうな車が数台あって、まだまだ余裕の敷地。
ブドウやオレンジなどの果物の樹々が、こぎれいに手入れされた敷石タイルが敷き詰められた庭のあちこちに。
そして落ち着いた4階建ての住まい。
その本館とは別の棟が会場。
トイレは、庭を横切った向こうにある。
アパートメント運営や、海外での工場経営など、大成功をしている人だということだ。
英語を普通に話す。

生オレンジジュースでひと時。
それから、食事になって、
かぼちゃのスープ、
かき揚げにそっくりなもの、
茄子のひき肉づめ、
生野菜サラダ、
白身魚のフライ、
そしてトドメはヨルダンの定番という、鶏肉炊き込みご飯。
こう書くと日本食風だけど、香辛料が違う・・・オリーブオイルとか。
それらを、ミネラルウオーターやコーラとともに食す。

危惧した通り、イスラム圏なので、アルコール類は一切なし!

アルコールなしでも結構やれるんだな!と、自分の飲食習慣を自覚。
でも帰室して水割りをたしなんだけどね・・・

帰りにはベンツ(!)で送ってくれた。
問わず語りにこの老人は、1940年代のイスラエルの侵攻で8才の時に土地も家も失ったんだと話し始めた。
1970年代のパレスチナ難民の増加以降、このアンマン高台地域に家を建てた最初の一人なんだと言う。
波乱万丈の人生に驚き、この地でシオニズム建国をした罪を思った。

++++++++++
住まい探しが3日目。
あす23日水曜は国会議員選挙で休日とか。
家探しに拍車・・・

クルマについても日産車2008年の情報あり、こちらの免許に急ぎ書き換えてから、まずは試乗だね。
アンマンは一方通行やロータリーが多くて、道路を覚えることや運転は容易じゃなさそうなんだけど、これからの生活にクルマなしの移動は大変そうだから、ガンバル!


タイ湾岸カンボジアのリゾート=シアヌークビルは雨

2012-09-15 10:31:53 | 
本当に久々のシアヌークビル。
プノンペンからのSoryaバスは8時に出て13時過ぎに街はずれのバスターミナルに到着。
途中の街やプノンペン市内で荷物を預かったり、道路脇でバスを待つ人を乗せたり、直行ではなかった。

セレンデピティ海岸地区にはツーリスト用のゲストハウスやホテルがにぎやかに立ち並び、
しばらく前のバンコク・カオサン通りを想い出させる。

釣りや国立公園ツアーなどをさっそく申し込んだ・・・
ところが昨日午後からの雨が止まない!

今朝になって、ツアーキャンセルの連絡!

波の高い、人の少ない海岸の砂浜を歩いたり、
このホテルのプールや、
名物エビカニ料理などで時間つぶし・・・

カンボジア、近代化が進む

2012-09-11 14:58:41 | 
シュムリアップからバスでプノンペンに入りました。
強い雨が続いています。

国道沿いの開発には驚きました。
ゴミも目立たなくなりました。
以前は丸一日かかった陸路の移動が、今では5時間。

10年前あたりまでは貧しさはネパールとほぼ同じと感じていたので、政権の安定が大きいと思っています。
フンセン政権は、良し悪しはありますが、30年目に近づいています。

首都プノンペンに入ると「ニホン橋」から、かつては全くなかった高層ビルが数棟も建築中なのが見えた。
高級アパートメントとも聞いた。
そして医大が1校しかなかったのに、4校にもなったという。

韓国資本が建築には多いらしいし、中国の道路建設支援も大きいよう。
日本の支援のことは前と違って、あまり聞かなくなった・・・ちょっと寂しい。

屋台のヌンパンパテ(フランスパンサンド)は、1500リエルから2500リエル(50円くらい)に値上がり。
NGOスタッフの給与も高騰中。

ここは王宮裏のしゃれたストリートなので、雨が止んだら、近場を歩いてみようと思っています。

あすは、独立ビルを建てたMentalHealth NGOのTPOの代表のS医師を訪ねます。
旧友たちや、前にNGOで一緒に働いたことのあるスタッフとも会います。

その後はタイ湾に面したシアヌークビルで釣りかな・・・?

ベッドマットを立てる・ポトスを食器洗いカゴに水を張って入れる・・・=1ヵ月間留守にする準備

2012-09-06 06:50:37 | 
1ヵ月間留守にする準備;

・ベッドマットがよく乾くように壁に立てかける
・ポトスが枯れないように食器洗いカゴに一杯、水を張って入れベランダ脇に置く
・グッピー水槽を水草によく日光が当たるようにベランダ横に持ってくる
・収穫を楽しませてくれたプランターのトマトとキウリ、パセリが枯れてしまう前に抜く
・冷蔵庫の生ものは食べるか冷凍する
・シーツと枕カバーを洗濯する

今日は誕生日だった・・・どうりでFBの着信が多いはず。
みなさま、ありがとう!
この1年も元気に自分らしく生きていきます。

82才でも続けるオトコの一人旅

2012-05-06 16:02:12 | 
勇気づけられる出会いだった。
昭和5年生まれ(!)だって。

ぼくたちが座ったテーブルにさりげなく移動してきて、さらっと自己紹介から始まった。
ぼくは半袖でいるのに、彼は分厚いジャンバー姿なので問うと、37℃あって昨日は病院を受診したのだと言う。
採血までされて、と不満そう。
下痢も食欲も問題なくて、頭痛だけが問題らしい。
膝にはレッグウオーマーだったけど、耳も目も歯も、補聴器もメガネもなしで達者のよう。

ぼくがその店の好物「ナマズ丼」にすると話すと、彼もそうすると言う。
ネパールは10年ぶりで、その時の事件の記憶も鮮やか。
今回の旅行は、3月にタイから入り、ラオや「ビルマ」などを経て、あすにはチベットへ陸路で向かうと言う話。
(チベットの5月初めはまだ春には早いと思うんだけどね)

けっこう・・・冒険旅行だよ・・・
東京稲城市でひとり住まいなんだって。

いわゆる高齢になっても、まわりに興味を持って、頑固じゃなくてフレキシブルに平らな対人関係を創り出しているのは素晴らしい!
小食と言いながら、煮豆やとろろ芋、その店自慢のナマズの刺身(!)も恐れずにパクパク。

同席していた日本の住まいでは互いに遠くないとわかった、店の主で一家言持つ10才下の71才(立川市)も、その店の客であって一言多い20才下のぼく(八王子市)も・・・言葉少なに、敬服。
(彼が近所と言うよみうりランドって、今どうなってるんだっけ?)

こういう風に年をとれたらいいなと思った・・・

カラダが知っている味付けのあの日本食で復活して、元気に次の土地に旅立って行ってほしいと願う。

いきなり日本語だったからわからなかったけど、それぞれの土地の言葉はどの程度なんだろう?

宮澤さんも柳田さんも

2011-10-31 22:48:09 | 
宮澤賢治も遠野物語の柳田国男も使ったという、今のJR釜石線に初めて乗った。
新花巻から遠野まで。

これまでは新幹線駅の北上とか、一ノ関とかからレンタカーを借り、それで被災地に入っていたけど、今度は事務所のある遠野までJRで入ったというわけ。
陸前高田までの峠道の降雪を考慮して、大船渡の「駅」前に2週後には移ることが本決まりになったけど。

山あいや川沿い、あるいは山すそや高架橋を縫って走り、曲がりくねっていて飽きない線路。
2両の客車は意外に、高校生や支援関係者と見える人、高齢者や、アメリカ人夫婦などがいて席が空いていないほどで一杯。

今回の被災地滞在では、これから迎える冬の対策、気仙沼での活動地と活動内容、これからの課題の焦点化などを見つめながら、駐在を続けるスタッフ4人と今の活動に参加しながら討論することが始まっている。

東京よりはやっぱり冷え込んでいる夜。

ただ今ホンコンでトランジット中

2011-09-15 13:38:12 | 
ただ今ホンコンでトランジット中。

羽田でキャセイパシフィックのチェックインのとき、「9時のANAに変わることはできますか?」と尋ねられた。
OK
しかし時間がかかる・・・いちいち電話でカウンターから確認している。

それで、荷物はカウンターではなくて空港端の入り口から入れる羽目に。
搭乗時刻を切って、搭乗ゲートに着く始末。

あわただしかった・・・

いいことがひとつ;
ANAはバッゲージを、23Kgを2つ受けるとかで、機内持ち込みはPCとごく少なくなった!
今回もNGO荷物10Kgを運んでいて、助かる・・・

注;次週、あるいは今月中は、ネット環境のないところに滞在予定なので、ブログ更新はない見込みです。

乗り継ぎ便スケジュールが翌日に変更されているけど、きょうの便に乗り継ぐチケットがない!

2011-07-26 12:26:35 | 
いまは雨期のカトマンズ(KTM)。

++++++++++++

VISAのために、前のようにトリブバン大学ビュシュバシャ・キャンパスのネパール語コースの学生となる手続き中。
学費の支払い、
銀行口座の開設、
残高証明、
大使館からno objection letter、
などなどを経て、学生VISAが手に入る。

++++++++++++++

今度は羽田発で同日にKTMに入れるキャセイ・パシフィックのホンコン経由便を使った。
チェックイン・カウンターで搭乗券を受け取ろうとしたところ、カウンターの美しい女性は「荷物はホンコンまでですね」と言う。
???
KTMまでスルーです、とぼく。
「ホンコンから先の便は一日先ですよ」と、やさしく、しかし断定形。

調べてもらうと、ぼくのe-ticketを発券した時のダイヤが変更されて、この日にはなくなっていたということ。
解決策は、「購入したエージェントが」、この日の他社便に変更手続きをすることだと言う。

手帳に番号の控えはなかった・・・が、幸いにも、ネパールで使っている携帯のスイッチをいれると、立ち上がった!
エージェントの番号がわかって、Telカードを買って公衆電話から、早朝のKTMへ電話。
事情を話し、ホンコンから先の予約を入れてくれるよう、そしてこの費用はエージェント持ちだと説明する。
ホンコンから再Telすることになる。

ホンコンに着いてこの日のKTM便を持っているネパール・エアーのトランスファー・カウンターで問う。
ぼくの予約がビジネスに入っているがチケット番号がわからないから発券できない!!!って。
ホンコンからKTMへのTelは繋がったけど・・・回線状態が悪く、何を言っているか全く聞きとれない!

そこで、ぼくのカードで支払い、ホンコンーKTMのチケットを新たに購入する、という解決方法にする。
5600香港ドル!
ほとんどKTM-東京の片道に等しい!

+++++++

開発途上国ビジネスの責任回避!は散々見てきているので、不当だけど自己負担になるだろうな?とは思いつつ、
到着翌日にKTMのエージェントを訪ねて、領収書や航空券の半券などを見せる。
エージェントは表情をこわばらせ、青い顔をして、航空会社が悪いなどと、わけのわからない言い訳をしているが、ぼくは交渉術として聞き入れない。
そうだろう、ネパールではおよそ半年分ほどの金額を負担しなければならないかもしれないのだから。

一日経ってきのう、そのエージェントからTelあり。
「払ってもらえることになった」と。
そのエージェントと航空会社の間に入っている旅行社が支払う、と言い、署名が必要だから来てほしい、と。

小切手を受け取り、一件終了!!!

電話代の負担や、ビックリ体験への保証はなかったけど、雨季のKTMで、ちょっとだけ気分のいいスタートになった。


自然いっぱい、ガイドもいっぱい

2011-07-22 13:19:19 | 
石垣島では移住した友人宅に7泊。
コンクリート打ちっぱなしの台風対策ばっちりの新築家屋だった。
核攻撃も大丈夫だよね、というのはこの時期、悪い冗談。
トイレ・TV・AC付のゲストルームが用意してあって、おかげでゆっくり過ごせた。

星を見に行ったり、
釣りでグルクンを34匹あげたり、
島一周ドライブをしたり、
クースー(泡盛古酒)を嗜んだり、
行きつけという島そば屋やラーメン屋へ行ったり、
移住仲間という成功している絶景レストランへ行ったり、
ナチュラルガイドツアーで村の奥の名もない鍾乳洞へ腰をかがめて入って手長エビなどを見たり、
トンネルができて廃道になった渓流沿いをクモの巣を払いながら歩いたり、
干潮のラグーンでサンゴやイワノミなどの生物探しをしたり、
・・・
この島には復帰前に来たことがあるけど、埋め立てや経済発展で、当時の印象に残っていた川平湾を含めて、まるで違うところになってしまっていた。

念願の西表島へ初上陸できて、滝壺を二つ訪ねる渓流トレッキング。
フェルト底の渓流タビで、人が入っていない苔むした岩を伝いながら、10時から5時まで歩いた。
おかげで、帰り際には足裏は痛くなるし、ふくらはぎや太ももが痙攣しそうになるくらいだった。
この暑い時期の低山トレッキングでは熱中症予防の体温対策が大きいけど、ここでは渓流に服のままお風呂のように横になって浸かってしまうというお手軽対策。
西表13年目になるというガイドは、雨の時に雨具を着るのはここでは悪い対策、というのがおかしかった。
次に来るときには、島縦断をテントを持ってやりたいナ。
早朝に船で甘い香りのサガリバナが川面に落下するところを見に行ったのも印象的だった。

友人がPCを使わないので友人宅にはネット環境がなくて、1日はネットカフェへ行ったけど、次の小浜島のホテルでは貯まったメールなどの対応に長時間。
それで、おいしい料理と、温泉のない沖縄の海を見下ろす大浴場くらいの印象。
なお、朝ドラ以降「ちゅらさん」何とかを名乗ってきたこの島は、もうそれを知らない人が多くて、今年からはそうしないことになったと聞いた。
10年経つんだって。

沖縄は自然いっぱい、ガイドいっぱいの島だった。
熱帯の島の自然だけならカリブなどに負けるけど、日本語で旅できるということだろう。
東京より低い30℃程度が最高気温で、島特有の陸風海風が吹く気候も過ごしやすかった。
陽射しと日本の物価高は強烈だけどね。
ちょうど発生した台風6号の予想ルートが帰京フライトと重なって、一時は気を揉んだけど、幸い離れて行って、それはよかった。

++++++++++++

あすからは4か月ぶりのネパール。

村の女性にミシン教室をし、その製品を日本でも販売しているNGOから、製作モデルを数点、預かったので持っていく。

かつて現地で通訳を頼んだことのあるネパール青年が、偶然ここに近い日本語学校に4月から通っていて、来年の奨学金付き大学入学を狙っているけど、親族へのiPodと借りてきたお金の利子分の現金を託された。
深夜の工場で働きながら、私費留学をよくガンバっている!
こんなハングリーな人を日本で見なくなってしまったよね。

これで荷物は24Kg、もう限界。

初めての場所へ旅するときの緊張や不安、動揺、そして感動

2010-08-04 19:14:34 | 
3日ぶりにカオサンに戻ってきた。

定宿(のつもり)のKに入る。
よそを試みに使ってみても、結局ここに戻ってきている。
ゆったりさがいいのかなあ、小さなベランダも付いているし。

今は内装を大幅に変更して、値段は倍になっている!
でも東京のビジネスホテルと同じくらいのアメニティで、しかもより広い。
換えたばかりのベッドはヘタッテなくて、とても硬く、よく眠れた・・・
ただ、ネット接続の有料は、今の時代おかしくない・・・?

遅い夕食は、日本食の屋台ができていて、そこでチャン・ビール大瓶ととんかつ定食。
このビールはアルコールがすこし強くて、6.5%。
呼び込み係の青年は、警察と市と民間の巡回が多くて、そのつどお金を取られると嘆いている。
問うと、ゴミを出さない、道路使用許可の確認などが理由だと言う。
確かにゴミは見なくなっている・・・

カンボジア・ココンからの帰路は全く順調だった。
シアヌークビユからの大型バスで国境まで、越えてからはBKK行きのミニバスに乗り換えて、それでおしまい。
国境のハートレックからは数回の休憩込みでBKKまで6時間ほど。

車中では、イギリス・マンチェスターで商店を営むという中年男-タイに入ると何度も携帯で電話しているところを見るとビジネスでやってきているのか-が、カンボジアの若い娘を連れていて、それがしゃべる、しゃべる・・・

こうした中年あるいは老人の白人男性と、現地女性の二人連れというのは、アジアの旅ではけっこう出会うパターン。
どういう関係?

ここはどこ?
BKKまだ?
遠い・・・
○○と同じ
カメラの電池が切れている。
・・・・
しきりにメモを取っているけど、英語もつたないし、(新しい概念形成が不得手なのだろう)物覚えもよくないようで何回も同じことを聞いている。
(ちなみに彼女はその英国人に「バラン」と呼びかけていて、これはクメール語ではもともとはフランス人、今は外国人一般を指す言葉であり、個人化していないのが興味深かった!)

それがBKKに入ると途端、静かになった。
右を左をきょろきょろ・・・
シアヌークビユともプノンペンとも比べものにならない大きさや多様さに映っているだろうか・・・

でも・・・こうした素朴さはなぜかうらやましく感じている自分がいる・・・
驚くという、新鮮な感動っていいなあ・・・

ぼくは、新しい場所へ旅して、不安を感じたり、いつものやり方が通用しなくて動揺したり、そして感動する機会を持ちたい、と思った。

ココン・・・
シアヌークビユ・・・
移住先の候補地に登録!

****************

そういえば・・・・・
この旅で、日本語が聞こえてこない、話す人と会わない。
カトマンズでもココンでもカオサンでも。
白人の若者バックパッカーや、家族連れなどはたくさんいるのに。

そして至るところで韓国からの旅行者が増えていると聞く・・・

日本社会は閉塞的になっている、といっても言い過ぎではないのだろう・・・

* ****************

さて、ヒゲも剃ったし、
あす夕方からは予約の面接が再会し、あさってにはデイケアへ出て、
日本でのルーティンが始まる・・・

これはバンコク・スバルナブミ空港CゲートのスターバックスにてWLANNetより。


行き先なしの電車小旅行

2010-06-17 13:14:47 | 
こういう小旅行をやってみたいと思っていたのを決行!

起きたら小バッグひとつで駅に行く。
行き先を決めないで、カードで改札を通る。
すこし待っても長距離の下り普通列車に乗る。
4人掛けのボックス席の進行方向窓側に座る。
ワンカップか缶ビール、あるいはワインを飲み、ほろ酔いになる。
駅弁を食べる。
終点で降りる。
駅そばを食べる。
周辺を散策する。
日帰り入浴をする。
名物料理を食べる。
暗くなったら戻る。

甲府と石和温泉で達成・・・
クセになりそう。

名物料理は、この場合「ほうとう」になると思うけど、じつは開店時刻と通過時刻があってなくて達成できず。
そのうちに・・・

遠出は便利なクルマばっかりなので、こういうのに憧れがある。
梅雨の合間で気温は上昇した夏日だったけど、ストレス解消!

旅の小バッグの中身

2010-03-23 01:03:05 | 
A. 持っていって重宝したもの;
ワインとウイスキー、水の入った小ボトル
NGOと相談室のパンフレット
名刺
携帯のカメラ機能
靴ベラ
SUICAカード(神戸市営地下鉄はダメだったけど)

B. 持っていったのに、使わなかったもの;
リップクリーム(そう乾いていなかったみたい)
アレルギー目薬(そう花粉は飛んでなかったみたい)
折りたたみ傘(予報ハズレ)
カラーペンとボールペンの予備(報告、討議や考察は比較的短時間だった)
サングラスと日焼け止め、帽子(黄砂の日で陽射しは弱かった)
事前に送られてきた報告資料(改訂版が配られた)
タオル(温泉に入る機会がなかったから)
Ta大学講義資料、文庫本(寝てたから)
ガム、キャンディ(口寂しいことはなかった)

C. 現地で買ったもの;
靴下の替え、デンタルフロス(忘れた)

以上。

”On泉Off呂”の日本で年越し

2009-12-31 12:18:05 | 
年賀状をなんとか書き上げて投函してから、箱根仙石原で泊まって来た。
白濁の温泉は大涌谷からの引き湯なんだそうだ。

そこでタイトルのようなキャッチコピーを見た。
言い得ている・・・

温泉は・・・いい!
きのう2回、今朝2回・・・
湯当たりはなかったみたい。

おいしかったのは・・・三ケ日の早生みかん。
小玉でやわらかくて、とても甘かった。

大学箱根駅伝のコースとしばらく一緒で、試走するカメラマンを乗せたバイクや中継車と併走したりすれ違ったりした。
この季節だから路面の凍結が怖くて、数日前からネットの道路情報でチェックしてた。
きのうはまったくなかったけど、今朝は湯元のすこし上がそうだった。

往きは食事と小田原を過ぎると合流地点ごとにウンザリする渋滞があって4時間、
帰りは正月準備のために午前9時に出たらまったく渋滞はなく、また小田原厚木道路を使ったら、1時間半!
違いすぎ・・・

きょうはゆっくり何年ぶりかの日本の自宅での年越し。

湘南モノレールと江ノ電

2009-07-21 11:21:01 | 
ひょんなことから、年末年始しか休まないという、大船の精神科クリニックへ祭日に行く用ができて、
帰りに、けっこうスピードを出すけどSuicaが使えない湘南モノレールで片瀬江ノ島へ行き、
それから、日焼けした人でいっぱいの江ノ電で藤沢へ戻ってみた。

連休の最終日の人出は半端じゃなかった。
シラス丼、ウナギおにぎり、建築足場のパイプで作られた収納棚いっぱいのサーフボード、扇風機や懐中電灯などを売る電気屋、ネパールなら150ルピーだろうなという薄い生地のスカートを売る店、生ビール、はやりの生キャラメル、ビーチサンダル、コンビニ前の灰皿に群がる喫煙族、古くなった旅館の貸席の看板、そして海の家・・・
海への小道は、香港の裏通りを想起したほどケバくてエスニックだった。

バイクを空ぶかししながら通り過ぎる半裸の2人乗り。
水着のままで、誇示するように歩くオンナたち。
足に付いている砂は真っ黒!だった・・・!
バナナボートではしゃぐ青年たち。
海の家のコンセントからドライヤーを使う茶髪たち。
まさしく芋の子を洗うように、群がっている波打ち際の人人人。

ドミ共の、人がいなくて独占できる、澄んだ、サカナが足に当たってくる海が懐かしいなあ・・・

片瀬川河口のホームレスの投げ釣りには、舌平目が数匹とカニが、バケツに泳いでいた。
七輪でしょうゆをかけて焼いていて、香ばしいいい匂い。
食糧確保の釣りか・・・

日本で生き続けるのって、たいへんだよなあ・・・
たくましいホームレスのほうではなくて、こういう環境で遊ぶしかない多数派のほう・・・

今、関空です

2008-07-28 23:59:12 | 
今、関空です。
きょうの落雷で信号トラブルとかで、電車は50分も遅れました。
確かに、すごい雨だった!

45日フィックスでは、香港経由のキャセイ航空、ドラゴン・エアが9万円を切っていましたが、行きは取れても帰り便が難しく、結局、
いつものバンコク乗り継ぎのTG便になってしまいました。でも、サーチャージが5万近くあって、なんと!14.5万円。
これでは今までの1年オープンに近い値段になってしまっている。

言い忘れましたが、3日前の手配だったので成田発の便はすでに満杯で、関空深夜発になったわけです。
この便にすると、
+バンコクに早朝着くので宿泊なしでカトマンズ便に乗り継ぎできる(戻り便も)、
-関空の店はほとんど22時には閉まってしまっていて、さして買い足しができない、
という+-がありますね。

9月からの行動がほぼ決まってきました。
民間のカウンセリングルームへ週2日行くかも・・・
自治体のやっている精神科デイケアにも行くかも。

まあ開業準備の一環ということで・・・

それで急遽、その前の1ヶ月ネパール滞在となったしだいです。
今度は、まだ担当者に会えなくて手に入っていないアメリカ・ベースで、ネパール精神保健支援を10数年継続しているNGOの過去の資料を催促するつもり。
設立時から会員になっているネパールの精神保健NGOの近況訪問。
ここ2年関わってきた現地NGOsのその後。
知人たちとの再会。
そして、トレッキングはできるかな・・・?