2006年6月の法案上程の見送り以降、目立った動きのない心理の国家資格化です。
2008年8月28日、日本学術会議は、次の提言を公表しました。
医療領域に従事する「職能心理士(医療心理)」の国家資格法制の確立を
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-t62-8.pdf
この提言は、心理系団体の意志一致と、意見表明をした医療系団体の合意を促進するでしょうか。
長文なので、以下に3回に分けて紹介します。ただし図と表が略されているので、それは上記のHPを参照ください。
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提 言
医療領域に従事する
『職能心理士(医療心理)』の
国家資格法制の確立を
平成20年(2008年)8月28日
日 本 学 術 会 議
心理学・教育学委員会健康・医療と心理学分科会
この提言は、日本学術会議 心理学・教育学委員会 健康・医療と心理学分科会の審議結果を取りまとめ公表するものである。
日本学術会議 心理学・教育学委員会 健康・医療と心理学分科会
委員長 小西行郎 (連携会員) 東京女子医科大学教授
副委員長 利島 保 (連携会員) 広島大学名誉教授
幹事 長田久雄 (連携会員) 桜美林大学大学院老年学研究科教授
幹事 丹野義彦 (連携会員) 東京大学大学院総合文化研究科教授
長谷川壽一(第一部会員) 東京大学大学院総合文化研究科教授
岡田加奈子(連携会員) 千葉大学教育学部准教授
佐藤隆夫 (連携会員) 東京大学大学院人文社会系研究科教授
重野 純 (連携会員) 青山学院大学文学部教授
箱田裕司 (連携会員) 九州大学人間環境学研究院教授
山田洋子 (連携会員) 京都大学大学院教育学研究科教授
佐藤忠彦 (特任連携会員)桜ケ丘社会事業協会理事長
富和清隆 (特任連携会員)京都大学大学院医学研究科教授
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要 旨
医療の発展にともなって重度の精神疾患のみならず、神経症や心身症あるいはポジティブメンタルヘルスともいわれる「心の健康」などへの対応が切実な課題となっており、こうした課題に対する心理学的行為ないし心理業務の重要性は広く社会的にも認識され始めている。さらに、終末期医療や小児科における発達障害あるいは神経疾患の急性期のケアなどでもこうした業務を行う臨床心理技術者は不可欠な存在になっている。しかしながら、現行の養成カリキュラムは不備な点が多く、同時に、その立場は医療法制上からすると不安定な職域であり、その職域における貢献度からしてもその地位を確たるものにする必要がある。そのために第20期日本学術会議の心理学・教育学委員会は「健康・医療と心理学分科会」を設置し、心理学専攻生の職能教育や国家資格の在り方について検討してきた。この分科会に先立って設置されている「心理学教育プログラム検討分科会」は学士課程の心理学教育のあり方と心理学専攻生のキャリア・パスについて検討してきたが、2つの分科会は心理学専攻生の職能教育や国家資格のあり方について共通する問題を審議しているので、これまで相互に連携しあって協議を重ねてきた。
その結果、2つの分科会に共通する結論を対外報告として発表してきた。今回「健康・医療と心理学分科会」はその独自の報告として「医療領域に従事する『職能心理士(医療心理)』の国家資格法制の確立を」と題して、分科会の結論を以下の3項目に集約した。その実現を国並びに学協会などの関係機関に要望するものである。
(1
)職能心理士(医療心理)養成カリキュラムの学士課程設置
(2
)職能心理士(医療心理)の国家資格法制化
(3
)職能心理士(医療心理)の国家資格取得の仕組みの確立
これら3項目の実現は、わが国の医療における心理学的行為ないしは心理業務の確立と発展に寄与すると考えられる。また、この提言は、精神疾患のみならず、身体的疾患の治療に伴う心理的ケアへの対応が重要視されてきた今日にあって、広く国民の「心の健康」にも大きく貢献すると確信している。従って、本分科会は、これらの項目の早急な実現を国並びに学協会の関係機関に要望するものである。
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目 次
1 作成の背景·····················································1
2 職能心理士(医療心理)養成の基本理念···························4
3 職能心理士(医療心理)の養成カリキュラム案·····················5
4 医療現場での研修と資格取得の過程·······························6
5 職能心理士(医療心理)の業務と職域·····························7
6 国家資格への展望···············································8
7.職能心理士(医療心理)に期待される新たな臨床科学の創成·······10
<図表>
表1 職能心理士(医療心理)の養成教育カリキュラム案···········11
図1 職能心理士(医療心理)国家資格取得の過程·················12
1 作成の背景
精神医療の分野において、その対象となる精神疾患が重度のものだけではなく、軽症化した精神疾患へと広がり、それらの病態が生物学的要因や心理社会的要因が複雑に絡んでおり、一つの学問背景だけでは打開できないという現代医療の直面する現実が指摘されている。
そのため精神医療は開放的入院医療や外来通院医療の進展、デイ・ケアや作業所をはじめとした社会復帰の促進と地域精神保健の推進へと変化し、種々さまざまな活動が展開するようになった。それに伴ってその治療には医師や看護師だけではなく心理業務を含む、多様な職種が必要であり、現に活動が行われている。
また最近では精神疾患のなかでも神経症や心身症などが著しく増加し、さらにはポジティブメンタルヘルスとも言われる「心の健康」への対応も切実な課題とされている。こうした疾患に対する心理学的行為ないし心理業務の重要性は広く社会的にも認識され始めている。実際、心理学の発展は著しく、すでに心理学的行為や心理業務は欠かせないものになっている。それにもかかわらず、医療領域に従事する心理技術者の仕事は医療法制の枠内では表に出てこないのが実態である。
厚生労働省発表の直近調査である平成18年度「病院報告」の概況の職種別病院従事者数でも、医療や福祉関係の職種の従事者の数は示されているが、心理技術者については統計値としては出ていない。ただ、統計表に示されている職種のうち、その他の技術員、事務職員、その他の職員のなかに臨床心理技術者が相当数含まれている。厚生労働省精神・障害保健課が平成17年6月30日付けで調査した資料によると、精神科病院や精神科神経科診療所の臨床心理技術者数は病院では常勤1,698名、非常勤819名、診療所では常勤660名、非常勤1,586名であった。このように精神医療において臨床心理技術者に対するニーズが高いことは確かである。
また、医療機関に従事する臨床心理技術者の仕事内容に関する最近の調査によると、内科系、外科・リハビリテーション系、小児科等の診療科で働く臨床心理技術者の割合が、医療機関で働く臨床心理技術者総数の約1割を占めるようになっており、医療機関が種々の病気や症状に対する心理業務の必要性を認知するようになってきたことを示している。
この傾向は、小規模な診療科よりも病床数の大きい病院ほど高まっていることもその証左といえる。さらに、医療機関における臨床心理技術者の仕事内容は、客観的測定値を必要とする各種の心理検査を主体にして、メンタルヘルスや障害者の社会参加の環境整備を目的とした地域啓蒙活動において、家族面接や個別面接によるコンサルテーションや心理教育からグルーブセラピーやプレイセラピーなど患者本人に対するケアだけでなく家族への心理的支援にまで渡っている。
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しかし、彼らの年収は、常勤であっても200万から400万円の間が7割を占めており、経済的には恵まれていないのが現状である。このことは、現在医療に従事する臨床心理技術者の立場は医療法制の上からすると不安定な職域であり、その職域における貢献度からしても、臨床心理技術者の地位を確としたものにする必要があることを示している。
このような状況を受けて医療法制の上の臨床心理技術者の国家資格が、本格的に論じられるようになったのは、平成に入ってからであり、平成2年当時の厚生省が心理技術者資格制度検討会を設けて以後、平成13年厚生科学研究事業「臨床心理技術者の資格のあり方に関する研究」に至るまで6つの厚生科学研究プロジェクトが組織され研究がされてきた。
平成14年に終了したこれら事業では心理技術者の国家資格は必要であるという結論を出した。そして、この結果を受ける形で国家資格に向けての動きが始まり、平成18(2006)年6月には国会議員による臨床心理士(註:日本臨床心理士資格認定協会が認定する臨床心理技術者の民間資格名称で、本名称は登録商標として特許庁登録されている)と医療心理師(註:医療領域に従事する臨床心理技術者の国家資格法制の推進団体「医療心理師の国家資格化推進協議会」が掲げた心理技術者の名称)という2つの臨床心理技術者を国家資格化する法案の骨子案が策定され、さらにこれら2つの資格を1つの国家資格化する「臨床心理士及び医療心理師法」が、それぞれ2つの国家資格法案を推進する議員連盟から提出される予定であった。
しかし、この法案は、関係者の調整が不十分で医療団体などからの反対により提出が見送られた。また、衆議院の解散後は、国会における議員連盟の明確な動きはなかったが、心理学関係者は、心理学関連学協会の任意連合団体である「日本心理学連合」において上記のいわゆる2資格1法案を実現する動きを推進しようとする動きを今日まで展開している。
また、平成18年12月5日に衆議院議員糸川正晃氏の「臨床心理士の国家資格化に関する質問」が、当時の安倍晋三内閣総理大臣になされた。この質問に対して安倍総理は、臨床心理技術者の役割の重要性を認めているものの、「臨床心理技術者の国家資格制度の創設については、その業務範囲等について関係者間の意見が一致しておらず、結論が出ていないところであるが、引き続き関係議員連盟等における国家資格制度の創設に関する検討状況を注視しつつ、関係各方面の意見を踏まえ、どのような対応が可能であるか検討してまいりたい」という答弁書を、平成18年12月15日に河野洋平衆議院議長宛てに提出し、糸川衆議院議員の質問に答えている。
臨床心理技術者の国家資格については、過去平成5年第126回国会で「精神保健法の一部改正」が可決された折り、「精神保健におけるチーム医療を確立するため、精神科ソーシャルワーカー及び臨床心理技術者の国家資格制度の創設について検討するとともに、精神保健を担う職員の確保に勤めること」
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という参議院の附帯決議が、さらに、平成7年第132回国会の「精神保健法の一部改正」が可決した時も,衆議院において「精神保健におけるチーム医療を確立するため、精神科ソーシャルワーカー及び臨床心理技術者の国家資格制度の創設について検討を進め速やかに結論を得ること」という附帯決議がなされた。それ以来約10年を経過して、行政の長である内閣総理大臣が臨床心理技術者の業務範囲等について言及したこの公式発言は、医療領域に従事する心理技術者並びに臨床心理技術者養成の側にも、その職能を確立する上で重く受け止める必要がある。この認識の下での医療における臨床心理技術者の養成教育では、その業務範囲を明確にした教育課程の編成や資格取得の過程をこれから十分検討をする必要性が生じてきた。
一方、医療における心理業務は、精神科領域だけでなく、小児科領域における発達障害や虐待あるいは不登校や非行などのいわゆる「子どもの問題」や一般の身体的疾患の終末期医療や神経疾患の急性期の医療、さらに、高齢社会に伴い増加すると予想される「高齢者」が入院時に示す精神的混乱などによる不適応行動や社会的孤立・孤独などの問題、エイズなどの感染症、代替医療のインフォームドコンセント、歯科治療の疼痛コントロール、遺伝相談などへの対応と増す一方であり、現実にこうした領域でも心理業務を行う心理技術者への要望は益々強くなっている。従って、このような医療現場のニーズに応えるためには、医療心理学に関わる専門基礎教育に裏付けられた専門技術を高める専門職大学院の教育が、現代高等教育においてなされるべきである。
平成19年9月、中央教育審議会大学分科会は「学士課程教育の再構築に向けて」という答申を公表し、学士教育で身に付けるべき教育成果について、各専門領域に関して明確な基準を設けるべきであると提言した。この提言に沿えば、心理学でも学部段階で心理学の専門性を生かした心理学職能資格の総称である「職能心理士」を各専門領域について養成する上で、基本的に身に付けるべきものが何であるかを明示しなければならなくなった。
そのため、第20期日本学術会議ではこれを受けて、学士教育のあり方についての具体的検討に入っている。心理学教育や職能心理士の養成教育においては、平成18年から日本学術会議の心理学・教育学委員会の下に置かれた「心理学教育プログラム検討分科会」において、心理学教育の基準カリキュラムと、学部専攻生のキャリア・パスをいかに保障するかについて、心理学の種々の業務領域を総称する「職能心理士」養成の観点から検討し、平成20年4月7日には「健康・医療と心理学分科会」(以下本「分科会」と略す)との共同で対外報告「学士課程における心理学教育の質的向上とキャリアパス確立に向けて」を公表した(註:「職能心理士」の詳細については、日本学術会議のホームページ掲載の対外報告(平成20年4月7日公表)を参照)。
先に述べたように医療領域では現在、相当数の心理技術者がチーム医療に
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関わってすでに活動しており、今後の医療の高度化・多様化を展望すると、その必要性が一層増すことが予想される。そうした意味において、医療における職能心理士養成は心理学専攻生のキャリア・パスを考える上で最も重要でかつ現実的な課題であるといえる。
本「分科会」では平成19年から心理学専攻生のキャリア・パスの観点と職能心理士(医療心理)養成といった双方の面から「心理学教育プログラム検討分科会」と歩調を合せつつ検討を重ね、職能心理士(医療心理)基準カリキュラム案、資格取得のプロセス案を作成した。ただし、この提言では、職能心理士(医療心理)に関わる学士課程での養成教育課程を中心に、医療心理における専門基礎教育の在り方を提案し、専門職大学院については、専門基礎教育に基づいた専門技術の習得を実習という側面から向上させる高度専門職業人養成について述べた。
***********その2へ続く。