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ブログを終了して、FACE BOOK一本にします。

http://www.facebook.com/pages/Siem-Reap-Jazz-Quartet/120520448048842#!/yoshimasa.tebayashi
です。

長らく注目いただき、感謝します。
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汗をかかない…注意!

3カ月経って、到着間もない人に市内を案内したりする機会が出てきた。
2世紀ころのローマ遺跡があちこちに残っている。
ローマン劇場、アンマン城(蹟)・・・
すべて戸外だ。

もう日中は暑い。
陽射しは強烈!
戸外に停めたクルマに乗る時はドアに触れないほど。

なのに汗をかかない、汗かきのぼくが。
でもカラダは正直で、帰宅すると500ccの水ボトルを一気飲みしてしまう。

乾燥した空気のせいだ。
初体験の世界。

気象台によると、朝は13℃、昼は23℃、湿度67%というけど、そんなもんじゃないとカラダは言っている。
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おいしいカリフォルニア米5Kg、585円

ヨルダンではお米には困っていない。

ちょうど日本米のような、Tiger California Rice がたいていのスーパーで売っているから。
在留日本人にも評判。

うちはそれを電気がまではなくて、鍋を使ってガスで焚いている。
おいしい!

日本の1/4の値段!
昨年暮までのレートだったら、1/5(!)だよ。

TPP、だいじょうぶ?
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アラビア語レッスン開始

アンマンのInstitute Francais で口語アラビア語(ヨルダン・パレスチナ地域)学習開始。

2時間半が週2日、全8週、一部祭日休みあり。

10人のグループレッスン。
仏、US、ポーランド、パキスタン、スイス、ハンガリー、スペイン、そしてぼくが日本と国籍は様々。

早い早い・・・
追いつくには復習と予習、必須。
文字については独習してきたけど、まだ役には立たず。

ほとんど初体験の単語ばかり。
きょうだけでも50余・・・!

今まで学んだ言語との類似はほぼなし。
でもキターブはネパール語と一緒、アラビックのほうが古いんだろうけど。
YOU(男性)をア(イ)ンタと言うのは笑ったナ。

教室では英語禁止。
アラビックのみ。

まあ、久々にアタマのトレーニング・・・

質問が聞き取れて、ぼくはこう思う、なんて言える日が来るんだろうか???



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ヨルダンで「とんかつ」作って食べた。

イスラム圏では、豚を食べない。

理由はコーランに次の禁止があるから。
食べられる獣類は「蹄が割れており、反芻するもの」で、なおかつ「屠殺後に血抜き」されていなければならない。
ウシ、羊、シカはOKということのようだ。

それで肉屋には豚は売っていない。

しかしこの人口200万とも言われるアンマンに一軒の豚肉屋がある!
非イスラムなんだろうか・・・?

きょうは、昨日届いたクルマで、Tさんに教えてもらって、豚肉フィレとミンチを購入に出かけた。
7サークルから北上して、メッカストリートにぶつかる手前をちょっと入ったところにあった。

それで我が家は「とんかつ定食」が夕ご飯!

イスラム圏では「とんかつ」だって、努力した人だけが食べられる食べ物。

+++++++++++++
補足;ウシを食べないはずのネパールだって、外人用に(ということで)、冷凍牛肉は大きなスーパーにはあるからね・・・
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クルマ来る!

1月下旬に手続きを開始して、昨日夕方、クルマが到着。

さっそく今朝は、足を負傷中の連れ合いを仕事場まで送るというのが初運転。
金曜の朝は交通量が少なくて、慣れる第一歩としては最適。

日産サニー1600cc、オートマ、2007年、8万Km,
無税というところがお得。
(元大使館員からのこの所有者変更にとてつもない時間がかかった)

埃だらけのクルマ、洗車しなくちゃ・・・
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朝のアザーンは5時15分

2週ぶりにアンマン生活。

戻っていた日本では、国際運転免許証を取り、保健分野の国際支援を志す人々の集まるMSF(国境なき医師団)の集まりに出たり、旧友と会ったり、そしてたくさんの日本食材と関係書籍などの買い物。

朝のアザーン(adhan,礼拝を知らせるモスクの塔からの肉声の朗詠)が5時15分になっていた。
これがイスラム圏での目覚まし代わり。
出かける前は5時45分頃だったと思うから、ずいぶんと日の出が早くなったということだ。

ちなみにきょう3月24日の日の出は5時33分、日没は5時49分。
最高気温22℃、最低は10℃で、晴れ、一部曇り。

もう昼のほうが長くなったんだなあと感じる。
東京よりちょっと寒いと実感。
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オトコの一人旅、その2.アカバでサシミ、ワディ・ラムの月の砂漠

オトコの一人旅1回目の死海は日帰りローカルバスの旅だったけど、今度は1泊2日に拡大。
仕事に忙しい人、子育てや介護に手が抜けない人には本当に申し訳ないけど、ぼくもいろいろ待つ時間が続いているので、ヨルダンの文化や社会、ヒトを知るために旅もいいじゃないか・・・と(言い訳!?)。

アカバはヨルダンで唯一、海に面している街。紅海が入り江になった奥にあって、スキューバでは評判らしい。
ぼくにとって海と言えば釣り!これまで聞いたり調べたりしてると、よくない情報ばかり。自分の目で確かめないと、と意気込んで出かけた。
ワディ・ラムは、この国の自然保護地域の中でも著名。砂漠地帯で、アラビアのロレンスの撮影地でもあったとか。ちなみに、ワディは涸れた河で、ラムとは月の意。ここへ入るにはアカバが交通的には入口になるので選んだ。

アカバへは、このヨルダンではめづらしく、公共交通が便利。高速バスが各社何便もある。
VIPバスを選んだ。
他は8.80ジョルダンディナールJd(1144円)なのにこれだけは18Jd(2340円)もする。
旅の初めにはケチらない・・・などという訳あり?の理由ではなく、ネット検索したら、すぐに家を出て間に合う時刻だったのがこれで、次は2時間半待ちだったから。
家から Al Qahira St. まで3分ほど出ればタクシーは簡単に拾える。メーターが0.70のところをチップ込みで1Jd(130円)支払う。歩けば40分はかかるけど、この国のタクシーは本当に安い。

日本の高速バスの横3人シートと同じ造りでゆったり。
飛行機のように全席の座席にTV画面があってチャンネルが選べる・・・ただし英語チャンネルはなくてアラビア語だけ。ぼくの関心は運転席から前の路面を移している画像だった。
どこか高級感が日本のバスよりあると思っていたら、座席が本革張り!だからと気付いた。

367Km、1回の休みも取らず、4時間かからずにアカバ着。
砂漠の中を突っ走る。ただ前に行った東側の砂漠に比べると、人工物が視界から絶えることはない。イラクへ向かう道と、唯一の海へ向かう道との役割の大きな違いだろう。

アカバでは見当をつけておいた街中心部,、モスク裏の安ホテル Al Shula Hotel にタクシーで入る。部屋を見せてもらうと very basic だけど、海を見渡し対岸のイスラエルまでもが見えるのが気に入ってチェックイン。シングル30Jd。アジアの国々に比べると安くはない。
ベランダから見ると通りを歩く観光客は半ズボンだったり半袖だったり、暖かい。温度は32度もあった。さっそくGパンから薄い生地のモノへ履き替える。ここは冬でも20℃というからね。

インフォーメーションセンターでたくさん資料を貰う。釣りを問うと、船を出すエージェントを教えてくれる。Telする。「できますよ、1時間130Jdですね・・・」一人で1時間、2万円はムリだ・・・「安い情報があったらTelします」と言ってくれたが、返事はなかった。
かんたんにはできないヨルダンでの釣り!

アカバはduty free の特別区なので、缶ビールとタバコを買う。特別なショップがあるのはなくて、どの店でもDuty freeなんだと。砂の海岸沿いに歩いて、博物館や漁港で時間をつぶす。足を浸すが海水は生ぬるい。

ボート用の桟橋から糸を垂れている少年二人。竿はなくて手釣り。横を地元の子どもたちが飛び込んでいる。これじゃ、釣りにはならない、お遊び。
水は澄んでいて、小石が転がる底に、小魚は見える。

夕食はサシミにしよう。1か月半ぶり。思いのほか高級店の店構えのFloka、ショーケースの中で氷でサンドイッチされている魚から選んで重さで値段が決まるシステム。小ぶりのキンメに似たのを選んだら計量して400g、1200円くらい、たまにはいいか・・・
醤油と酢が小鉢に入って、レモンと一緒に出てきた。久々、うまい!ただ、ワサビと箸はなかった。次回に来るときは持参だな・・・

翌朝は自然保護区のワディ・ラムへ。朝6時にバスがあるとは聞いていたけど、目が覚めたら7時だった。というわけでタクシー、やる気のないふりをしていたら、片道16Jdまで下がった。往復40Jdが相場と聞いていたから、ヤッタ!と思っていたら、往復は待ち時間があるから35だと言う。うまいな!やるな!・・・でも5Jdの得ということで・・・

小一時間でワディラムに到着。ビジターセンターは通り過ぎて村の中心部まで行き、ジープツアーの客引きべドウイン青年と会う。タクシー運転手と顔見知り、いや、繋がっていると言うべきか・・・
一人だったら、一台60Jdのところを40にする、と言う。他には既にグループできている人だけで、シャーイ(ミント紅茶)を貰ってさらに待つが同行を誘いたいツーリストは現れず、結局ぼくひとりでジープツアー。まだシーズン入り前だ。

前に行って感動したエジプトのジープサファリと比べると、ここワディラムは岩山が至る所にあって、荒涼感があるかな。砂山に登って砂まみれになったり、定番らしい岩橋で写真を取ったり・・・
ここで夜を過ごしてみたいな、と思った。

そうこうしているうちに、戻る時間に。
酒屋で duty free制限量だという缶ビール12本を買い足し、帰アンマンは黄昏の午後6時20分だった。
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シリア難民情報;革命戦争に参加しない罪責感もある

きのう23日にはシリア反政府勢力がカイロで合同声明をだしたという報道があった。

以下、ヨルダンの新聞情報を紹介。
++++++++++++++++++++++
The Jordan Times の2013年2月24日付のシリア難民ザータリキャンプ情報;

・記者が先週に会った難民の数人はシリアへの帰還を希望し、手続きが12日間もかかると苦情を言っている。
家族の安全を考えて難民キャンプにきた精神的な重荷から今では武器が確保できているという革命に参加したいという理由や、異なる背景から同じキャンプに入っているという安全感のなさ、などを理由に挙げている。

・ヨルダン政府のPublic Security Department Officerの言として、毎日50から100人が帰還を申請するが、国境の情勢から許可できていないこと、しかしながら毎日160から170名が2,3台のバスでシリアに戻っている、と紹介している。先週に、8000人がシリアからヨルダンに入った。今では、8万人がキャンプにいる。キャンプは、ヨルダンの法によって統治されており、犯罪は裁判所へ送るなどされているが、「悪い要素」も含んだ「社会」になってきた。

・国境警備の兵士によると、難民のうち42%がこども、成人女性が36%、成人男性が22%である。

・ヨルダンのNGOであるJordan Hashemite Charity Organisationの代表によると、14,377人が保証人を得てキャンプを出て、11,473人はシリアへ帰還した、という。キャンプ内で働くことを支援していて、600人が複数のNGOで職を得ている。治安状況は理想的ではないが、改善している、と。

+++++++++++++以上で、要約引用終了。

難民キャンプには成人男性が22%しかいず、女性や子供が多いこと。
キャンプからシリアに帰還して戦闘に参加することが語られていること。
実際にバスで戻る人々がいること。
8万人いるキャンプで600人がNGOなどで雇用できていること。
などが注目できる。

「革命戦争」に参加しない罪責感って、あるんだなあ・・・
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土曜テニス1回目、爪が・・・

こちらアンマンの休日テニスであった、金曜テニスが土曜に変更。
日本との連絡が金曜には入ってきて、携帯に答えていると「ポンポンというのは何の音?」と尋ねられる、という官庁系の駐在者の希望から。
たしかに日本の金曜は仕事日だよね。
こちらでは土曜も休む組織も少なくないー商店街は開いている。

まず予定の5人が集まっていて、そして一人、また一人と増えた。
陽射しはあるけど、風が強めで、そして冷たく気温が上がらない。
プレー中はうっすら汗もかくけど、止めるとすぐに上着を羽織って。

ラリー、ボレー、サービスなどの練習。
そしてダブルやシングルスの試合。

ぼくは15分も続くと息が上がってしまう・・・
特に、前に後ろに振られると・・・
他のみんなはそうでもなさそう。

まあ続けることだよね。
年単位で、久しぶりなんだから。

きょうは聞いていたコーチが奥のコートでやっていたので、事情を直接訊いた。
50分間、2人まで15ヨルダン・ディナール(約2000円)。
イラクの元テニス選手と聞いている。

全身に気持ちのいい疲労感!

ただ、右足親指の爪が、ボールを追って走って行ってストップした時に靴に強く押し付けられて違和感があった。戻って靴を脱ぐと、爪全体の下側が充血・・・鈍痛。
爪が剥がれるかも・・・

コートはコンクリートの上にフェルト布が張ってあるタイプなので、オールラウンドシューズではストップし過ぎるとは、前回に気づいていたのに・・・
インドア用のシューズが一番だと思う。
今度日本から持って来よう・・・



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死海でプカプカ!

死海でプカプカ・・・!

砂利の岸で、足が痛かった・・・
回転しそうで重心を取るのに気を使った・・・

更衣室から遠かった。

こんどはビーサンを履いてイコッと。

アンマン約900mから一気に、時速90Km位でバスはマイナス400mまで下った。
ラーマで降りて、タクシーに乗り換えて10分ほど。

市営Amman Tourist Beach、11Jd(1400円くらい)。

近く温泉も博物館も行きたいな・・・
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シリアからヨルダンへの難民が一日3000人超!アサド辞めろ!

今日2月18日付 The Jordan Timesによると、

・17日日曜には2000人、ここ3日間では計9000人のシリア難民が国境を越えヨルダンに入ってきた。

・シリア反政府軍であるFSA, Free Syrian Armyが、シリア南部を今月2月末までに解放するとしたことが背景であり、Nasib, Tal Shihab, Al Jiza などの国境の町では激しい銃撃や爆発が報告されている。

・FSAは、シリアのDaraa近郊のHijarneh 政府軍兵舎を奪取しコントロール下に置いた。これは2011年3月の紛争開始以来、最大の収穫と言える。

・そしてヨルダンからシリアへ抜ける主な国境であるRamtha(25号線)とNasib/Jaber(15号線)を反政府軍は狙っている情勢。

・すでにヨルダンには35万人のシリア難民が入っているが、国連は、戦闘が継続すれば6月末までにさらに30万人増加すると予想している。

++++++++++++++以上で引用を終了

人口600万人のヨルダンにとってはたいへん大きな数だ。
既にザータリ難民キャンプは6万人を超え、次のキャンプも用意されているという。そして、難民キャンプ以外にキャンプ外にあるホストコミュニティーと呼ばれる場所での難民支援も広がっているという。

中東の歴史を思う。
ヨルダンは1940年代のイスラエル独立を契機とした中東戦争以来、300万人ものパレスチナ難民を受け入れてきた。
それは、当時の人口と同じ数だ。
同じ言語、ほぼ同じ文化、国境は時の政権が作る・・・そういう長い共同性を持った歴史が、アジアとは違って、ここには在る、と感じている。

ここアンマンに来て、シリアでの活動経験を持つ人々と会うことが少なくない。
人々の素朴なあたたかさややさしさは異口同音だ・・・
その社会が、ヒトが、変わって表われている・・・

しかし1日に2000人から3000人が増加し続けるという状況での難民支援は困難を極める。
1月中旬には降雨や降雪があり、テントの倒壊も多かったという。

2011年に巨大な津波災害で壊滅的な被害を受けた岩手・陸前高田では、それでも避難を余儀なくされた方々は2万人は越えなかった。
それが支援の対象人数であり、ぼくの実体験だ。
具体的に支援をする時には、そこからさらに地域を縛って支援活動の具体策を創った。

しかしヨルダンではすでに35万人、これからまだ30万人加わるかもという数字が大きすぎて実感がわかない・・・

心理社会支援は、だれに、いつ、どういう形で・・・!?

まずは、戦闘の終結を願わずにはいられない。

恐怖政治の専制アサドは、頼むから、もう諦めろよ・・・
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アズラック湿地と、ヒンマの温泉プール

金曜土曜と、4週過ごしている首都アンマンを初めて脱出。

きのう土曜は、アズラックAZRAQ 湿地保護区 wetland reserve へ

出発前の朝のアンマンは小雨パラパラ。
でも砂漠の真ん中のアズラックは年間60㎜の降雨というので心配なし(!)。
雨の日に当たればよほどの希少価値。
土曜テニス欠席への罪悪感は少なくなった。

首都から約100Km東で、イラクへ向かう新月社(赤十字)の何台もの大型トラックが高速で走り抜けていく40号線沿いにあった。
古くはアラビアから紅海やパレスチナへ向かう街道沿いのオアシスの街。

首都から30分も走ると、もうそこは土?砂漠。
道路脇に高圧線が延々とひかれている以外は、時々現れる軍や警察施設、セメント工場など以外は360度何も人工物が見えない砂漠約90Kmを、時速100Km越えで、ぼくたちを乗せたダブルキャビンのフォード4WDトラックは走り抜ける。

Wild Jordan(RSCN、 Royal Society for the Conservation of Nature)が月2回主催しているマウンテンバイクツアー。
土砂漠では、タイヤが土に潜る、潜る・・・横滑りも。
砂漠って、平らのイメージがあるけど、実は丘ありワジ(枯れ川)あり、上り下りが続く。

ローマ時代からの遺跡に立ち寄ると、近所の子供たちが集まってくる。
つたないアラビア語で話しかけると、英語で答えが返ってきた。
9才というから小学生、できるな・・・

その後はアズラック城にも立ち寄る。
重々しい岩の扉。
門の上にはローレンスが滞在した部屋が残っている。
2ベッドルームくらいの広さはある。
入口の土産物屋で「ハッタ」を購入。
故アラファト議長などがアタマに撒いている紅白の格子模様の布、あこがれていた・・・

遅い昼ご飯は民家で頂く趣向だった。
主人に挨拶をし、靴を脱いで入り、手を洗う。
床に座って、中央にある鳥足ターメリック炊き込みご飯をめいめいが皿に取る。
ほかに、アラビアパンのホブス、キウリとトマトのサラダ、紅色のカブの酢漬け(日本とそっくり)、ヨーグルトなど。
ガイドの食べ方を見ていると、ホブスをちぎりサラダやヨーグルトを上手によそって口に運んでいた。
ぼくはやっぱり少ししかすくえないのでスプーンになってしまう・・・
食後のミントティーも美味。

後半には太ももの筋肉に力が入らず、クタクタ・・・
ひさしぶりの自転車でおしりは痛いし・・・

現地ガイドはバイクで先導だからいいものの、
現地まで1時間半クルマを運転してきて、この自転車ツアーにも同行した Wild Jordan の大柄の青年スタッフは、コースの曲がり角や分岐点で待っても待っても現れないようなヘトヘト状態だった。
「もう泣きたい!」とは彼の弁。
24Kmも、走ったんだって、疲れるわけだ。

興味深い野鳥の写真は追って紹介。

それと、オアシスって、結局高度の低い地域なので水があるんだ、と今回知った。
アンマンは標高約900m、アズラックは約460mだった。
++++++++++++++

その前日16日金曜は、大使主催の地元のお金持ち所有の温泉プールツアーがあった。
じつは具体的な行先はその日になって知ったんだけど。

首都から35号線を北上して、イルビットIrbidを抜け、遺跡ウンムカイスUmm Qaysの脇を通り、ヨルダン・シリア・イスラエルの3国国境の街アル・ヒンマAl Himmaが行先だった。
2回ヨルダン軍のチェックポイントがあった。

旧約聖書で知るガラリア湖、ヨルダン河が目の前にある!
ジーザスも歩いたんだな、このあたり・・・人類史のなかのビッグイベントの舞台に立っていると思うと、感慨深くて、しばし想いを馳せる・・・

このあたりのヨルダン河って、両側が急峻に切れ込んだ絶壁で、水量も多く、勝手に平原のなかの嫋やかな流れをイメージしていたぼくは目を見張った・・・

この地に湧き出る温泉を野外プールにして私有している施設、巨大な庭といったらいいか、が行先だった。
薄いイオウ臭のある、ぬるめ38℃くらい。

ワインやフルーツジュースを頂き、
水着に着替えて、浮き、泳ぎ・・・
手の込んだ料理を頂き、
集まった人々やそのお金持ちヨルダン人夫婦と会話し、
リラックス、リラックス・・・

遺跡などの観光はせずに、そこに4時間は滞在し、そして戻っただけ。
何とも贅沢な休日だった。

+++++++++++

この筋肉痛を思うと、昨日の日程が本当は先で、温泉が後だとよかったのに・・・





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はつか大根、葉ネギ、ガーデンレタスミックス、チューリップ

イスラム圏の金曜はお休み。

朝7時半、通りにある畑から土を少々拝借して、持参のヤシの繊維でできている「増える土」と混ぜて、水性肥料を入れて土づくり。
はつか大根と、葉ネギの種をまく。

ガーデンレタスミックスは、3大皿に分けて栽培中。
既に芽が1.5cm程に伸びてきた。

500mlペットボトルの上を切って作った容器で水栽培中のチューリップ6鉢は、3つは芽が出て根を伸ばし始めている。

陽当たりのいい日中にはベランダに出して手をかけている・・・

友人たちのFBによれば、カトマンズはもう暖かくなり始めたと言うけど、
ここアンマンはいつ本格的な春になるのだろう・・・?
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