吉田玉男襲名で盛り上がる人形浄瑠璃文楽ですが、7月13日まで、阪急うめだ本店で国立文楽劇場、文楽協会ほかの主催で「文楽の世界展」が開かれています。「入場無料」というところにすでに意気込みを感じていましたが、実際に行ってみると、無料の上に場内展示物すべて撮影オッケーという太っ腹。文楽を広く知ってもらいたいという強い願いを感じました。という訳で、ご要望にお応えしてたくさん写真をご紹介したいと思います。
文楽についてざっくり説明しますと、三味線を伴奏に、太夫が登場人物のセリフから状況描写まで節をつけてすべて語る浄瑠璃と、人形遣いの芝居が16世紀に結びついてできた伝統芸能です。17世紀に竹本義太夫が「義太夫節」で人気を博し、大阪の町人文化を背景に18世紀半ばに全盛期を迎えます。その後、歌舞伎に押され一時は衰退しましたが、19世紀植村文楽軒の尽力により復活し、植村が主宰していた「文楽座」から、いつしか文楽と呼ばれるようになりました。現在の三人遣いという形になったのは、1734年頃からだと言われています。
以前、三浦しをんの『仏果を得ず』という文楽の世界を描いた小説が新大阪駅の本屋で大量に平積みになっているのを見て、大阪はやっぱり文楽の故郷なんだとしみじみ思った覚えがありますが、助成金を削られたり、人間国宝・竹本住太夫が引退したりとぱっとしないニュースが多かったので、部外者ながら心配していました。そもそも人形という小さな演者ゆえに大きいキャパでの公演ができず、しかも1人の登場人物に3人の人間が必要と言う、興行的にはまったく採算の取れない形態であるため、助成は不可欠だという話を聞いたことがあります。2年ほど前観に行った公演の幕間に、高名な太夫のお墓の再興費を募っているのを目撃して悲しくなってしまいました。支えてきた町人たちは、どうしても自分の懐事情が苦しくなると、よそまで手がまわらなかったんでしょうね。世界に類を見ない素晴らしい芸能でありながら、時の権力者の庇護が得られなかったのも、文楽の苦しいところかなと思ったりします。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、文楽を応援する一人として、はりきって『文楽の世界展』をご紹介したいと思います。
まず入り口にズラリと並んでいるのが、『勧進帳』の弁慶から『義経千本桜』の静御前まで、人気演目の登場人物たちです。間近でみるとずいぶんと大きく感じます。着物も人間のものと同様に凝ったつくりで、かんざしや刀などの小道具も綺麗です。周りには、実際舞台に立つ人形たちのパネルが飾られています。みなさんちゃんと「演技」しています。
女性のかしらは手拭いを噛みしめるなどの所作があるために、口に針がついています。
かしらをあやつる胴串(どぐし)が見えます。貴重なバックショット。
パネル展示の『女殺油地獄』の与兵衛。どうです、この憂いに満ちた顔。イイ男ですね。
続いては文楽の歴史をひも解いたパネル。浄瑠璃版の戯曲ともいうべき「丸本」(話全体が収録されているもの)と床本(太夫が演じるシーンごとの浄瑠璃)も展示されています。古い講釈本なんかもあって歴史を感じます。
丸本
床本
面白かったのは、人形のパーツや小道具、衣装の展示。かしらの製造過程から、人形の中身まで全部見ることができます。こうして見ると、人形の身体のバランスはずいぶんと胴長ですね。着物だとぜんぜんわかりませんけれど。
左手には左手遣いが操作の時に使う「差金(さしがね)」がついています。客席から人形の動きが良く見えるように、遣い手と人形との距離をとるためのものです。
かしら。形を彫り出した後、縦にぱかりと割って仕掛けをほどこします。
眼や眉が動きます。
胴串(どくし)と呼ばれる首から伸びた棒を遣って主遣いが操作します。
仕掛けを作るためのクジラのひげ。
見慣れた顔になってきました。
リアルすぎる足。
小道具の狐。
衣装も豪華です。
そして、今回の目玉、人形三人遣いのマネキン展示です。かしらと右手を担当する「主遣い」と、左手を担当する「左遣い」、それから足を担当する「足遣い」の3人で人形を操作します。マネキンは全員黒子ですが、例えば玉男さんなど、著名な方が主遣いを担当するときは顔を出します。改めて見てみると、3人ともかなり無理な体勢での操作ですね。特に足遣いの方は中腰なので、すこしでも負担が減るようにと主遣いは「舞台下駄」を履いて、操作位置をあげています。
実際に観ていると、大の大人三人がよってたかって一人の人形の世話を焼いて、登場人物が複数になると舞台上はエライことになるので、(といっても観ている時は話に集中しているので気になりません)呼吸を合わせて動きを裁くのは熟練の技が必要とされます。しかし、おかげでどうでしょう。この見栄。力強くて素晴らしいですね。
舞台下駄。
わっかがついてます。
左遣いは、小道具などを取り扱うとき以外は自分の左手はポケットに。
後ろから見ると、かなり厳しい姿勢なのがわかります。
足遣いと、人形の足の呼吸があっているのが素晴らしい。
足にもやっぱり取っ手がついていて、これを握って操作します。
複雑な三人遣いの妙技で生まれる、この凛々しい姿。
最後は、実際の文楽の再現舞台です。私は見られませんでしたが、ミニ公演も行われるそうです。これ、舞台の中に入れるんですよ!
太夫と三味線が座る床(ゆか)。 太夫は向かって左手の見台(けんだい)に床本を置いて語ります。
人形の足の高さに合わせて蹴込みが深くなっています。リアルな網戸に注目。
出番まち(笑)
暖簾の向こうに実際の演者控えのための黒幕が。
いやぁ、楽しかったです。人形をこんなに間近で見られる機会ってなかなかないですから。
文楽だけに限らず、伝統芸能の敷居が高いのはやはり、その文化に対する教養が必要とされるからだと思います。今では使わない言い回しや風俗の知識がないと、いくら字幕ついてたって理解できないですから。そして、時間は長いしまだるっこしいし・・・と敬遠される理由もわかります。私も初めて観に行った時は寝た寝た(笑)。でも、それでいいんだと教えられました。物語ってどうしても中だるみする部分ありますよね。そういうところは浄瑠璃もゆっくりで気持ちよく眠れるようになってるんだそうです。でも、大事なところはががん! と曲調が一遍するから絶対に目が覚めるから大丈夫だと。人形の所作は間違いなく面白いですから、まず人形の動きと、うなりまくる義太夫とシブイ三味線を眺めて、疲れたら眠ればいいんです。入り口はそれでいいと思います。そのうちに話に興味を持って知識を得、見どころが分かって自分の好みで演目を選ぶようになる。そうすれば、文楽全体を楽しめるようになると思います。だって、人形を観て「色っぽいな~」とか思っちゃうんですから。すぐ横におじさまの顔があるのにですよ。しかもそのおじさまが人形に合わせて悲しげな顔をしてみせたりするわけですから、すごい芸だと思います。
展示やミニ公演以外にも、三味線の役割の説明とか、人形操作の体験とか面白そうな企画が盛りだくさんです。時間が許せば、もう一度行って参加してみたいと思います。
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